ギルド
この回は前回と重複しておりましたので
再投稿しています
時ならぬネンバース村の解体祭りは日が暮れても続いた。近隣の町村から馬車と人が集まって大変な賑わいだった。
特に傷みやすい肉は、この村だけで捌ける量ではない。
手伝い名目で格安の分配、とにかく無駄なく食ってしまおうと言うことで、俺も異存はない。
そのあとは当然大宴会だ。クサミケシで包んだだけの肉を荷台に積んだまま、酒と硬い焼き肉をガツガツと頬張る野郎ども。
まあ、帰り道は馬が知ってるんで御者は寝てても構わねえんだろう。
そういや子供の頃、脳溢血だか心臓麻痺だかでポックリ逝った隣の爺さんが、馬そりに乗ったまま家に帰った話を聞いたなあ。
俺はあの時、馬の気持ちを考えて泣いた記憶がある。
だってよ、世話してくれてた爺さんが後ろで息もしてねえ、嘶いても返事もしてくれねえんだ、どれだけ心細かったか。
後で見に行ったら割と元気そうにしてて、ホッとしたのを覚えてる。
それはそうとメグも結構飲んでるようで大丈夫か?
なんて見てたら、クレアが寄ってくる男どもを薙ぎ倒してるし。
もう無茶苦茶な騒ぎだが、みなさん気にした様子はない。
楽しそうで何よりだったと言っておこう。
クレアとメグをタクシーの座席にまた運び込む羽目になった。
本日2度目だよ、ったく。
・ ・ ・
「タケオ、朝!」
助手席から声。
「おまえ、ほんとに宿酔いにならないのな。
メグなんかグッタリしてるだろ。見てみろ」
「あらら。
でも、そう言うタケオも元気じゃん」
「俺は医者に酒は控えるように言われてたんだよ、そんなに飲んじゃいねえ」
「イシャが何か知らないけど、飲まないとつまらないでしょ?」
「良いんだよ、俺のことは。
それよりメグをどうにかしてやれ。
流石に二日酔いの薬は積んでねえ、水でも飲ますか?」
「毒消しの薬草が効くんじゃない?」
「アセトアルデヒドったか、毒っちゃ毒だな。
飲ませてみろ」
「ううー……。
アンタら、ウチに何飲ませる気ぃ?」
「なんだ起きたか。
どうだ?起きられそうか?」
「むちゃむちゃ気持ち悪いで……」
「ほら、水だ。飲め」
なんだかんだで粗い粉末の毒消しの薬草を、苦い顔で飲まされたメグはしばらくグッタリしていたが、朝飯の用意ができる頃には復活した。
朝飯が終わって、村長の家に顔を出す。
何せ92頭ものキイロブッシュバック。ツノも毛皮もタクシーに積み切れる量ではないし、骨付きの枝肉に至っては10トンを超えている。
昨夜荷馬車で4台ほど積んで出してやったようだが、まるで減ったような気がしない。
それでどうしたものか相談しようと言うのだ。
「簡単な依頼の筈が大事になってしまいました。
村の問題はお陰様で解決致しました。お礼を言わせてください」
「それなんやけどなあ?
ウチらもこの量は積みきれないんよ。
とても1回2回の量やないんや。
どうやろ、売値の2割。村に納めるよって、捌いてくれへんやろか?
相場やないで?売値や。
損はない筈や」
「はあ、2割も頂けるんで?
昨夜の馬車にも売り先に口を利いてもらってますが、どれだけ買い手が付くか」
「まあそうやろな。
しばらく預けとくよってうまいこと捌いてんか?」
2割は村にとってはいい儲け話だ。
冒険者ギルドで売っても3割は天引きで消える。商業ギルドに納める1割を確保して、こっちはトントン。
捌く手間は向こうもちか。
メグは頭が切れる。
「ここにまた来るのはいつになるか分からんよな。
まとまったら商業ギルドに預けてくれないか?
これが俺のカードだ」
「商業ギルドですね、分かりました。
名前と記号を控えておきます。
あの、メグさんは氷を作れたりしますでしょうか?
色々な魔法を使っておいでなので、もしやと思いまして」
「肉を冷やそ言うんかい、ええ考えや。
穴の中で氷詰めなら一月保つやろか…
クレア、穴掘ってんか?
ウチが壁の補強するよって。
なるべく大っきいの頼むで」
「あたしにも仕事くれるんだ。メグ、優しい!」
いや、メグの得意魔法は水と雷だ。
他は使えると言っても初級魔法だけと言ってたぞ。
クレアの中級土魔法で村長が指示した場所に丸い大穴が開く。
登り降りの階段までつけた親切設計だ。
メグの言っていた補強はなんなのかわからなかったが、底に氷の板がニョキニョキと霜柱のように現れ固まった。壁も同じように氷が生えて分厚い氷の容器が出来上がる。
「土の中もこれでいくらか冷えるやろ。
肉入れよったら、剥いだ毛皮をようさん掛けときや。
それでなんぼか違うやろ」
ここでできることは終わったかな。
「じゃあヤイズルに戻るか」
「タケオ、ヤイズル街道見てかないと。
キイロブッシュが2回も横切ったんでしょ?」
あー。ボロボロにされてるかも知れんか。
その場にいた村のものに挨拶すると俺たちは出発した。
クレアの提案に従って一旦北へ、街道の確認だ。
元々ちょこちょこ穴のある荒れた街道だから、ついでの修繕と思えば無駄足にも……って、ひどいなこれ!
「わー。シマシマだね」
そう。街道の路面は蹄で表面が捲れるように荒れていた。
移動する獣はだいたい前をいくものの跡をついて行く。
だが数が多い分、列も多くなって、あちこち分散するとこう、縞模様に荒れるってことらしい。
向こうの道路工事で使うロードローラーでもあれば、踏み固めるだけなんだろうが、これを放置しては硬く幅の狭い馬車の車輪や、馬の蹴り跡で荒れ方が酷くなるのが目に見えている。
実際数台の馬車がすでに通ったようで、車輪の跡が浅い溝になっていた。
これまで修繕して来た街道よりも馬車2台分ほども広い道路だが。
「メグ、頼めるか?」
「任しとき!」
メグが加勢するリペアは視界一杯を一気に仕上げまで持って行く。
縞模様の踏み跡はリペア2回分あった。
念の為数キロ先まで穴の補修をしながら行ってみた。
「荒れとったんはあそこだけやったね」
「そうだな。これでヤイズルに戻れるか。
冒険者ギルドに行って、キイロブッシュバックとフラウレシアのことを報告せんとな」
帰り道は左側に残る大小の浅い穴を補修しながら、のんびりと帰ることになった。
・ ・ ・
ヤイズル冒険者ギルド。
「フォレストウルフの討伐に行って来ました。クレイ村で4頭を確認しましたが、シルバーパック5頭を相手に取り合いになり、これも討伐して来ました。
村長の署名はこちらです。
次にネンバース村ですが、折悪くキイロブッシュバックの群れがフォレストウルフの生息域に入り込んでいたため、ネンバース村長の調査依頼を受けました。
それについては連絡は来ていますか?」
メグのお仕事モードは何度聞いても違和感が凄い。
いや、ハキハキ喋って印象は悪くないんだ。ただ普段との落差が……イテッ!
足元を見るとメグの爪先がもう1発か?と宙を揺れていた。
「はい。確認しています」
「キイロブッシュバックが800頭ほど集まったようです。
普段は越えないらしいヤイズル街道を越えたのは、森にフラウレシアがいたためのようでした。
その周囲にキイロブッシュバックが密集していましたから。
そこまでの道を開くため92頭を討伐し、フラウレシアも倒しました。
他のキイロブッシュバックは街道を越え離散しました。
フォレストウルフは遭遇した3頭だけ。
こちらがフラウレシアの魔石と村長の討伐証明書です」
「拝見します」
受付はカウンターの後ろの棚にある何かの台に魔石を置いた。
流れるように出たレシートっぽい紙をピッと取って
「フラウレシアで間違いないようです。
申し訳ないですが明日の夕方また来ていただけますか?
確認の上になりますが、追加の報酬を支払えると思います。
それとこちらはフォレストウルフ討伐2件、調査依頼の報酬、7500ギルです」
見せた魔石は戻って来た。
ここは受付で買取カウンターではないから、確認し記録を取っただけだ。
今日このギルドで何かを売るつもりはない。
次は商業ギルドだ。
ここの紹介状で加工場で売ったり、冒険者ギルドでも売っているのでクレアが帳簿記入で頭を悩ませていた。
それに、今回のウルフ毛皮にでかい魔石、牙、ツノなどは売ってしまいたい。
クレアが帳簿を抱えて奥へ、俺とメグで素材を次々運んでカウンターに山積みにする。
これで貨物スペースに残るのは野牛肉100kg程、宿への土産だ。
ここの売り上げは16300ギル。
クレアはまだ奥から戻って来ない。
正直使う当てもないのにカネが貯まっている。
「なあメグ。カネの使い道、ないか?」
「何言うか思たら、そないな話かいな。
無うて困りよるんもおる言うのに。
けど、そやなあ。
行商人なんやから、なんぞ仕入れて売って歩いたらどないや?」
「荷運びの馬車を曳いてか?」
メグの目が泳ぐ。
「イブちゃん重いやろなあ……」
「武器や防具はどうなんだよ?」
「武器やったら、いい杖でもあったら欲しいやろか?
けど、今リペアで色々実験してるやん?
杖の方向性言うたらええかな、材質とか、付ける付与とか?
正直迷とんねん」
「防具は?」
「クレアも言うとったけど、イブちゃんおるからなあ。
大概の攻撃、防ぎよるさかい、重たい防具なんか要らへんねん。
宝石なんかやったら嵩張らへんで?
どないや?」
「そんなものどこで売るんだ?
クレアがやたら薬草を集めてるだろ。
あれは商売にならないか?」
「あれなあ。
あれ、半分はお花摘みや。
体裁わるいさかい」
「お花?
……どっかで聞いたな、お花摘み……
ああ!小便か」
「だから!
それ言いたないから、薬草とかお花とか言うてるねん。
分かっとき!」
「あー、クレア遅いな」
「ごまかしなや。
それはそうとリペアの話や」
じゃれ合いはこれくらいにして、メグの話を要約すると。
タクシーのアビリティはメグが使う既存の魔法とは違うものだが、同様に魔力を消費している。
タクシー単体ではほぼ決まった動作をするだけだが、メグが介入するとイメージがそこに乗る。
道の補修で広く平坦な道路面が出来上がるのは、メグが見える範囲に石壁を思い浮かべているかららしい。
「そうか。やっぱりメグは優秀な魔法少女だな」
俺がそう言うと、メグは帽子の広い鍔で顔を隠した。




