ネンバース調査依頼
3話目
クレイ村での朝、オオカミ肉の香草漬け焼肉は、ちょっと俺の胃には重いメニューだ。
香草の葉はクレアが森で知っていたものの親戚筋だと言うんだが、そんなものどうやって見つけたと言うんだ?
「あれ?
写真撮ったら普通に調べるってメニューがあったよ?
通信2のおかげかな?」
世のスマホアプリはなんでもありみたいに思って見てたが、それはこっちに来ても変わらんか。
俺には手に負えん。クレアに持たせて正解だな。
スマホがもう一台あればメグにも持たせたいところだ。まあ、無いんだが。
「ふあぁー、おふぁようさん。
なんやね、朝から焼き肉ってー?」
肉を焼く竈からからモウモウと煙が上がる頃、メグが起き出して来た。
準備の村人はやたら早く、夜明け前から動いていたが、他はそうでもない。
ポツリポツリ集まり始めて、ベンチやテーブルを持ち寄っている。
「なんやお祭りみたいやな」
「シルバーパック討伐のお祝いだそうだ。略式のお祭りらしいぞ」
「小さい村だから、ちょっと集まってパッと決めたって感じなのね。
あたしが見つけた灌木の葉も使ってくれたし」
「あれなー。ばあさんがこの頃廃れてもうた言うてたから、丸切り知らんわけでも無いんちゃうの?」
この村の元気な年寄りは3人くらいか。
昨日村長のところで夕食をご馳走になった時に見た顔だ。
肉や野菜を網焼きで焼いたり、その周りで野菜を刻んだりの仕込みみたいな事をやっているようだ。
そのばあさんもその中にいて俺たちに手を振った。
テーブルに食べ物が並んで行く。
集まったものから食べて行って、終わった者から配膳や片付け、焼き方の交代に回るんだそうで、みんな何だか楽しそうだった。
パンもあったので俺は肉は少な目に、焼いたネギ風の軸や肉厚の葉と一緒に食ってみた。
調味料が少ないせいか薄味という印象だった。
クレアが食い終わるまで待って、片付けを手伝う。
と言っても自分の食器を持って洗い場へ行くだけだ。
洗い場にも何人かいて、俺たちの食器を受け取ると追い払われた。
討伐の功労者に手伝いはさせられないと言ったところか。
下にも置かない扱いに、早々に疲れてしまった俺はタクシーの運転席に潜り込んだ。
メグが見かねたのか村長に断って、逃げるように村を出た。
「んー、今日もええ天気やねえ」
「メグ、あんた、遅くまで何してたの?」
「いや、あれはやな、森で枝やら木っ端やらようさん集めたやん?
あれでリペアの練習しとったんや」
喋りかたはともかく生真面目なメグだからな。やっぱりか。
「リペアはどんな感じだ?」
「せやなあ。
前に言うた通り、小枝にリペアの形で魔力流すと、おっきな木になるような気がしよるねん。
けどなあ。
ウチの魔力が足らんのやろか、それとも材料が足らへんのか、小枝は何も変わらへん。
ほんで、ポキっと折ってなあ、やってみるとイメージは一緒なんや。
けど、ウチが折ったところ直そ思て魔力流すと、真っ直ぐに直ってなあ?」
元の大きな木には戻らない、と。
「大きな木の方は、実際材料が足りて無いのは確かだなあ」
「それは元の木に戻りたいっていう、枝が持ってる望みなのかもね」
「あー、枝かて生きとったんやからなあ。
そうかも知れへん」
クレイ村から先の街道も、たまに大きなへこみに出くわす。
その度に上下車線のどっち側であろうと移動して行って「リペア」をかける。
1箇所、メグが単独で「リペア」をやってみた。
できないことはないが、中級魔法並みの魔力が必要だった。穴の大きさにもよるんだろうが。
そもそも俺たちは、ボンネットの中の魔石の減り方は、把握していないからなあ。
今はカベヌリノカイの魔石がほとんどだが、魔石によっても容量が違うし。
「あ、見えてきよったで。
あれが依頼の村のはずや」
フォレストウルフ討伐の2件目はネンバースという街道から右にある村だった。
街道に面してちょっとした広場があり、その奥に木製の門がある。
広場には売店があって、豆や木の実なんか彩りの良いものだ並んでいるのが見えた。
奥に門番が2人いた。
「フォレストウルフの討伐依頼を受けた冒険者です」
メグがギルドカードを見せて、ここでも村長宅を教えてもらった。
「よくいらっしゃいました。
私がネンバースで村長をやっておりますナクトと言います。
フォレストウルフですが、一昨日辺りからキイロブッシュバックの群れが近くに来ておりまして、どうもそちらを狩りに行ったようです。
このまま他所へ移動してくれれば良いんですが」
「そうしますと依頼は取り下げるということでしょうか?」
「いえ。そんなことはありません。
本当に移動するか分かりませんし、行った先に別の村がないとも限りませんので」
「あ、申し遅れました。わたしはイブちゃんタクシーのメグ、それにクレアとタケオです。
でもそうなると、キイロブッシュバックでしたか?
その群れのことを教えていただけますか?」
「はい、キイロブッシュバックは西の草原に多くいる野牛型の魔物ですが、数年に一度このヤイズル街道辺りまで出てくることがあります。
いつもですと街道を越えるようなことはないのですが、今回は越えてこの北の森に入り込んだようなのです」
「フォレストウルフのテリトリーに入ってきた獲物の群れですか」
「それで街道の一部が踏み荒らされて、それも困った話の一部になっています。
ですが数が300以上もいるようなので、なんとか追い払えないか、と言うのが今の現状です。
フォレストウルフは狩っていただいて良いのですが、キイロブッシュバックが厄介かも知れないのと、その群れ自体を排除したいのですが、なんとかなるものでしょうか?
依頼の金額も分からないので、村としても困ってしまっています」
「状況が変わったと言うのなら、まず調査が先ですね。
調査依頼を別に出すってのはできますか?」
「できますがギルドの依頼料はそれほど高くなかったはずです。
ええと、この一覧によれば、1500ギル、確か3割ギルドの取り分ですから、そちらへ回るのは1000ギルちょっとでしょうか?」
「足代が掛からない勘定ですから、調査だけならそんなものでしょう。
じゃあ、それで出しておいてもらえます?
私たちは調査にかかりますので」
「分かりました。こんな場合ですから調査依頼は先に私の一存で処理します。
使いをギルドに走らせますが、調査結果でどうするかは主だった者を集めないと決められません。
調査についてはよろしくお願いします」
村長宅を出て村の北にあると言う小さな出入り口まで、案内を1人つけてもらった。
門の開け閉めのやり方くらいは聞いておかないといけない。
まだここからでは索敵画面に赤丸の反応はない。
かなり離れていると言うことだ。
北の門は木製の片開きで、長い横棒を2本柱と扉とに架け渡して、扉を固定する作りだった。
木柵は高さ3メートルほど。
幅30センチ程の人用出入り口がそばにあって、そっちの鍵は簡単なものだ。
もちろん見通しのため、30mほどの幅で森が切り開かれて草丈も低い。
案内の男に見送られ俺たちは荒地にタイヤを進めた。
メグが覗くカーナビの索敵画面には、一番上に幾つかの赤丸が見えていた。
昔の道路でもあったのか北門前だけは踏み固められた道のようで、走りやすいが油断はできない。
草に隠れた切り株を腹に抱くのはゴメンだ。
クレアが偵察に立って槍で薙ぎながら進んで行くと、すぐ森の下生えの草は疎になる。
ここからはスリップ注意だ。
クレアはそのまま歩くと言うので付いて行く。
1kmちょっとで赤丸に遭遇するのは確実だから。
30分進んでそろそろ見えてくるかと言うところ。
クレアが身を屈め左手を上げる。
カーナビ画面の上半分は赤丸で埋まっている。
「すごい数やねえ。
どれがウルフやら分かれへんわ」
クレアが頭の皮帽子の上に指を立てる。
ツノのように見えるから、キイロブッシュバックがいたと言うことか。
そのまま動きを止め、何か考え込んで……
歩き出した。中央突破!?
戸惑っていると手招きまでされた。
「ほれ、タケオ。
クレアが呼んでるで、アクセル踏まんかい」
大丈夫かよ?
先導するクレアは警戒気味にさらに手を振る。早よ来いってか。
俺がアクセルを踏み車を進めるとクレアが脇に付く。
メグの開けた窓から、
「このまま突っ切ってみよう。
キイロブッシュバックは刺激しなけりゃ襲って来ないと思う。
数が知りたい」
「ウルフがどうなんだ」
「こうやってイブちゃんのそばにいれば、何10頭来たって全部返り討ちだよ。
心配ない」
そこまで信頼されるタクシーは大したものだが。
食い荒らされた赤い実のなる灌木の横を通った。
太い幹に絡む蔦から大きな葉が下がっているものもあり、低い場所のものは噛み残しのカケラみたいになっている。
あの葉っぱは美味いんだろうか。
タクシーが近づくと避けるように赤丸が遠のく。時折視界に入るのはお尻の黄色い4つ足の逃げる姿と、灌木の向こうから覗くツノの付いた顔くらいだ。
「そんなに豊富に餌があるようには見えないな」
「そうやねえ、なんでこないなところに群れが入り込んだんやろ。
フォレストウルフも居る言うのんに」
警戒しつつ更に進んだ。
メグがついと杖を上げた。
「この先にようさん赤丸が集まっとるで。
なんぞあるんかいな?」
クレアも異変を感じたらしく
「右に曲がった方が良さそう!」
曲がった先ではフォレストウルフが襲撃をかけていた。
初めて全体が見えたキイロブッシュバックは体長2mちょい、スラッとスリムな体型に横幅のある頭、細く長いねじれたようなツノが2本。確かに牛に似ている。
毛皮は全体に茶系だが、背から腿にかけて黄色い。
その背に1頭、首元にもう1頭のフォレストウルフをぶら下げて、円を描くように走りまわる。
まずは俺たちの脅威になりそうなウルフからだ。
見えているのは襲撃中の2頭と遠巻きに並走する1頭だけだ。
索敵画面では赤丸だらけで区別が付かない。
固まって動く赤丸から見当を付け、メグが次々とフックを掛けて行く。
走っていたキイロブッシュバックが頭から地面に突っ込んだところで、3頭のウルフが吊り上がった。
メグが操作するクレーンでこちらへ引き寄せると、クレアが槍にかけて止めを刺した。
見回すも他にウルフは見当たらない。
次は左手のキイロブッシュバックの塊だが、血塗れを貨物スペースに積むのもなあ。
「何言うてますねん。
調査が先でっしゃろ」
メグに言われては仕方ない、3頭のウルフの死体は放置だ。後で回収することにしよう。
さて、キイロブッシュバックが集まるこの辺りは、カーナビで見ると何となく円形をしているように見える。
その中心に一体何があると言うのか。
「突っ込んでみるしかないんじゃない?」
クレアって思い込むと一直線のとこがあるよな。大体薬草採取だからって、1人で黒の森に行ってゴブリンに追われてたのが出会いなくらいだ。
メグまで入って行く気満々で、タクシーの左右に各々の武器を構えて俺が動くのを待ってる始末だ。
やれやれ。
俺は、覚悟を決め……と言うか圧力に負けて左へハンドルを切ると、ゆっくりと進み出す。
キイロブッシュバックの密集地帯は、タクシーが進入したくらいでは避ける気が無いどころか、邪魔が入ったと言わんばかりにツノを向けてくる。
あの大きな捻れたツノを一斉に向けられるのはなかなかの恐怖体験だが、フロントガラス越しのメグとクレアの行けと言う圧の方が怖い。
そのまま中心部目掛けて加速して行くと、周囲に茶と黄色の毛皮壁が出現する。
それはキイロブッシュバックが弾け飛ぶ残像だった。
タクシーは左右から少女に挟まれ、毛皮壁を押し除けるように進んで行く。
突然ぽっかりと前方が開け、目の前に何やら大きなキノコ型。
大木も斯くやと言う太い軸の上に、大きく広がる真っ赤な花弁。
妙に甘い匂いが漂う空間にタクシーは突っ込んで行く。
並走するクレアとメグがフラッと倒れる様子が見えた。
が、クルマは急に止まれない、これは真理だ。
いくら低速で走っていたとは言え、眼前が開けて5mで止まれるほど俺に反射神経は残っていない。
クルマは太い軸に無謀にも突っ込んだ。
目の前に爆発があって、俺は反射的に目を閉じる。
だが衝撃がないと気付いて恐る恐る目を開けた。
タクシーは止まっていて20mはありそうな円形の広場には一本の木もなく陽光が降り注ぐ。ただし地面は剥ぎ取られたかのように、土と千切れた根の残骸が生えている。
そして左右のバックミラーに、クレアとメグが倒れていた。
元日に時間不定で7話投稿します
第1段0時から、ハッピーニューイヤー です!
暇な時に覗いた見て下さい!