フォレストウルフ
2話目
クレイ村の森は南といっても、ヨクレールからそう離れているわけではない。
せいぜいあって300kmと言うところか。
道路事情が悪いせいで移動に時間が掛かるだけの事だが、気候の方はガラッと変わる。
木の種類が結構違うのだが、もちろんこちらの木のことなんか俺に分かるはずもない。
なんで分かるかと言うと、ヨクレールの黒の森で色分けのため登録した木が、こっちにほとんどないのが索敵画面でわかるんだ。
海に面しているので、暖流でも沿岸を走っているのだろうか。
「仕留めたっぽい獲物は2つやねえ。
襲ったんがフォレストウルフで間違いないんちゃうかな?」
おっと。索敵画面の木の色は後の話だ。
目印代わりに荒地に立ってるクレアが見えて来た。
「あれれー?」
「どうした?」
「真っ先に逃げてたはずの一つやけど、逃げるのやめよって、旋回始めた感じ……なんやろか……」
「仕留めた獲物を拡大できるか?
種類くらい分かるだろ」
タイヤの大きなタクシーはクレアの元に近づき停まる。
「タケオ、なんかあっちがザワザワするんで、スマホの索敵見たら狩をやってるみたい!」
「ああ、今メグも見てる。
で、どうする?」
「ちょっと距離があるっぽいから、イブちゃんで近くまで行きたいなあ」
まあ、そうだろうな。
俺は戦力外だけど、タクシーは近くにいれば何かと手助けができる。
クレアが槍を括って俺の後ろの座席に乗り、スライドドアを閉めた。
「変やで、タケオ。
獲物の方にフォレストウルフって出よるで。
死んだん放り出してもうて、狩りよったのはもうおれへんし」
「広域にしてどうなってるか見てみろ」
「ずっとこっちで見てるよ。
2つ仕留めた後、真っ先に逃げたはずのやつが、後から逃げてくる2つを足止めしてる感じ。
これだと5頭で2頭を包囲してるように見える」
「ホンマやなあ。
コイツら小狡いでえ」
狩られた側がフォレストウルフだとすると、俺たちの依頼は達成できないってことになるのか?
メグのパーティで受けてるからなあ。
「強いのが出たから撤退と言っても、相手くらい知りたいところだな。
説明するにもカーナビで出る名前はテキトーって言うか、地元のと合わないんだよ。
ナントカが居ましたって、それがギルドに通じない、じゃ、おかしなことになりそうだろ?」
「せやね。
行ってみるしかあらへんやろ。
タケオ、広そうなとこにテキトーに突っ込んで」
せっかくツッコめと言うから、
「そんないい加減な話でいいんかい!」とやってみた。
「そのツッコミ、ちゃいまんがな!」
メグが返す。
「アホなこと言ってないで、イブちゃん動かして」とクレアが締めた。
ツッコミ合戦かい!?
広そうなところって言ってもなあ。
まあいいや。どうにかなる。
森の地面は入ってみると手前の空き地と違い、下草が少なく薄く枯葉が覆っているくらい。
思ったより平らな感じだ。
「不整地でなくても走れそうだ。
一番大きなタイヤに戻してくれ」
「あたしがやる」
「ウチは狩、見とく。
てか、こっちは大詰めやで。
包囲がかなり狭まってん。
今ならコイツ、拡大行けるやろか……」
タイヤの方は引っ込んで幅が元に戻ったので、森の奥を目指し進めて行く。
スリップ注意だ。アクセル、ブレーキはやんわり行かねば。
「シルバーパックって出よるで?
格好はオオカミっぽいなあ」
「今1頭が襲われたね、えい、えい!
うわ、大きさがフォレストウルフの倍くらいあるよコイツ。
ほんとだ、シルバーパック。
あ、居なくなった」
「動き止めたら、すぐ次に行きよるんや。
包囲優先って感じやな、やっぱコイツら小狡いでえ。
ほーら、最後の1頭の殲滅戦や、始まるでえ」
索敵の2台連携は凄いな!
拡大すると全体の動きが見えないし、広域だと個々の情報が読めない。
それを別の画面で同時に見てるから状況がよく分かる……
「ん?メグ、おまえさっきシルバーパックって、読めるのか?」
「なんや今頃。
こっちにも翻訳があったでえ。
ほらここ。下の隅っこに、イズーラって書いてある。
これ押したらパパッと切り替わりよった」
「あ。終わったみたいよ。
動きが止まった」
「次は獲物の回収やろ。
ウチかてそうするで」
「うお!」
「どないしたん」
「細い木が前をぐるっと塞いでる。
メグ、クレーンで抜けないか?」
「あー。
そないな細っそい木ぃ、結界で通れへんの?」
「うまく行っても大騒ぎになるだろ、それ」
「あー。せやなあ。
どこ飛んでくか分かれへんし、森中、驚きよった鳥がバタバタ飛びよるんが目に見えるようや」
「こっちでやるよ。メグはそっち見てて」
「見てるでえ。
せやけど動かへんなあ。
疲れたとか言うて休憩なんてせんやろし、どないしたんやろ?」
クレアの操作で3本の木が静かに引き抜かれ、左の広い場所にそっと横たえられた。
枝が少しバタバタするのはどうしようもない。
「あ。動いたで。
まさか今のん、聞こえたんやないやろな……?
やっぱりや、後から仕留めた2頭だけ回収する気や。
あー。離れて行きよる……」
「フォレストウルフの死体を回収しよっか。
傷から何か分かるかも」
「どの辺だ?」
「2時の方向に80メルキだね。
2頭の死体は近いとこにあるわ」
2時と言われても行きたい方へ進めるわけじゃない。
地面と木の具合を見ながら、なんとなくそっちの方向へ進んでいるだけだ。
当然クレアから修正が入った。
安全のため、血抜き解体にはクレーンを使いたいからな、見えるくらいまでは近づきたい。
1頭を見つけると、クレアとメグが降りてもう1頭を運びに行った。
俺はその間にクレーンで死体の足を吊るだけ。
本当に近かったようで、すぐクレアたちが死体を引き摺って戻って来た。
クレアの土魔法で穴を掘って、血抜きと解体が始まる。
「傷、言うても首のとこ、ひと噛みやねえ。
体格が大人と子供やったらこんなもんやろか」
毛皮と牙、肉はグレイウルフと一緒で筋が多く硬いが少し量は多い。
あとはいつも通り土のなかだ。
その間俺は周囲の警戒なんだが、大型のオオカミ種が暴れたせいでこの辺りに敵対反応はない。
シルバーパックと言ったか。
その5頭は随分離れた位置に今は集まっているようだ。
ええと、距離を測ると1267って何メートルだ?
メグがカーナビも翻訳付きだと言ってたけど、下の隅に日本語ってあるのがそうか。
変えると怒られそうだからこのままでもいいや。
方向は10時くらい、やや左ってとこだ。
客席のパワーウインドウを開けて
「シルバーパックは1200先にいるようだ。
どうする?」
「そりゃ狩るっきゃないやろ」「うん。行こう!」
二つ返事ってやつか。
だが狩るとなると向こうのほうが足は早い。
逃げられると追いかけるのは大変だな。
クレアたちに囮をさせるのも嫌だが、何か上手く誘き寄せる方法があるといいんだが。
「それやったら、釣ったらええんやろ?」
「なんか良い方法があるのか?」
「あるで。ウチに任せとき」
作戦をメグに聞いた俺たちがするのはまず風向きの確認だ。
どうやるかの前に匂いでバレては話にならない。
人間の匂いが餌になる相手なら別だが、そう言うのは滅多に居ないそうだ。
その結果、右手からの大回りが必要だった。
通る場所を間違えなければそう時間も掛からない。幸い川などもなかったので移動は速かった。
回り込んだら今度は接近だ。100mくらいまでは寄っておきたいところだ。
なんとか音を立てないように寄っていくため、クレアが先行偵察して通路の確認をしている。
クレアから停止の合図があった。
メグがフォレストウルフの毛皮を一匹分、首元に紐を巻きつけ補強して準備する。
使うのはクレーンだ。
フォレストウルフの毛皮を、最大半径の60mまで伸ばして吊り、藪の中をくぐらせてわざと音を出す。
そのまま旋回させていけば、どこかでシルバーパックどもの目に映るだろう。
そんなことができるのも、このクレーン、フックを吊り下げるための竿がないからだ。
範囲は狭いがその中のどこであっても、見えないフックの移動が可能、吊られたものはそうもいかないが、立木を薙ぎ払うような動きであっても支障はない。
そうやって移動する音と、毛皮の血の匂いに反応して捕まえに来てくれれば、一気に手前に引いてこっちの攻撃圏内に呼び込もうと言うわけだ。
問題になりそうなのはクレーンの移動速度と操作の難しさ、だろうか。
横長に吊り上がるように2点吊りで毛皮を吊って、メグがそのままシルバーパックのやや右へ伸ばして行く。
地面スレスレの移動だ。
灌木で形成する藪や茂みが、いい位置にあるのはマップで見えているから、それが予定の動きになる。
クレアはタクシーまで戻って迎撃体勢を取った。
「位置に付いたよって始めるで」
窓は開いてるのでクレアにもメグの声は届く。クレアが片手を上げた。
俺が毛皮の移動をやらせてもらえんのは、やっぱり順応性の問題らしい。
2人がかりで却下されたからなあ。
カーナビモニターにフックマークが移動する。
少し離れた赤丸がいつ気がつくか?
薮を示す薄茶色を次々に通過して行って
「動いたで。
さあどないや、食い付きよるのんか……」
横切るようなフックマークの移動は続いているが、赤丸の動きは鈍い。
メグは旋回を空き地で止め引込みを掛けた。
シルバーパックからは逃げるように見えただろう。
乗ってくるか?
「来よったで」
さらに左へ行った旋回操作は木陰に隠れるような動きになるんだろう。
赤丸の2つがそのさらに左へ回り込む動きを見せた。
メグはもう少しの間旋回を続け引き込みを合わせた。真っ直ぐに迫る赤丸を見ながら、藪に突っ込むように右旋回に切り替える。
もちろん引き込みは継続しているので、タクシーまでの距離はかなり詰めた。
赤丸は灌木や藪に進路を遮られ、左右に展開し迫る。
「ええでえ…」
クレアを示す青丸が画面上を10数歩離れて行った。
メグはもう旋回を止め、全力で引き込みをかけている。
そして藪の上で囮の毛皮を切り離す。
クレアの位置とは目と鼻の先だ。
「よっしゃ、ここや!」
メグの指が画面上を踊った。
立て続けに遠い赤丸からフックにかけて行く。
いつ4点吊りに切り替えたのか、俺には分からなかったが、クレアと回り込んだ1頭が戦闘に入る中、一気に吊り上げた。
静かだった森に、シルバーパックの戸惑ったような悲鳴が響いて、クレアの前の1頭が足を止めた。
青丸が1歩踏み出し、なんらかの手傷を負わせたようで……
「よっしゃぁ」
ドアの閉まる音に俺は、助手席でクレーンの動作をしていたメグが消えているのに気がついた。
カーナビ画面に青丸が車体から離れて行く。
クレアの加勢に行ったのか?
なら、俺は吊り上げた4頭を近くまで引き込むか。
操作を始めた途端、森の木立を稲光が切り裂いた。
メグの雷のようだが、状況が分からない。
あれが成功したんなら、戦闘は終わったはずなんだが。
少しして
「終わったで。
討伐完了や」
メグの声に俺は胸を撫で下ろした。
大型のオオカミ5頭を仕留め、俺たちはクレイ村に一泊することになった。
オオカミ肉の半分を村で買い取ってくれたので、荷物が減ってありがたい。
代わりに新鮮な葉物野菜や芋を仕入れられた。




