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イブちゃん魔法

今週も3話アップします

 「海鳥のお宿」の食堂で飯を食いながら、クレアが言う。

「あの樽積んだ船ってどこまで行くんだろうね?

 いっぺん乗ってみたいかなー」


「クルマごと乗れる船が向こうにはあったな。

 横っ腹に大きな穴があって、広い板をかけてだな。

 岸壁からそのまま腹の中へ入って行くんだ」


「へえ。相当おっきな船なんだろうね。

 ねえ、波止場に行って船見て来ようか?」


「それもいいな」


 食事代を払って、タクシー(イブちゃん)に乗る。

 波止場は倉庫街の向こうだから遠くはない。


 桟橋が1本、港を仕切るように海に突き出して、手前の方に大きな船が1隻、桟橋の向こうにも1隻泊めてあった。

 広い岸壁の手前側に数台の馬車が動いていて、桟橋向こうは何台並んでるのか、海が見えないほどに馬車が列を成している。


 他には漁船らしい小型の船が港のあちこちに(もや)ってあった。


 タクシーが岸壁を船に近づいて行くと

「あれ!

 さっきウチが直した樽やない?」


 後席から指が伸びて来て車列を指した。


 樽?

 なんでこんなとこで並んでるんだ?


 樽を積んだ馬車は海側に並び動く気配のない車列とは別に、船に向かって進んで来る。

 桟橋を見ると樽の馬車が1台船へ荷が積み込まれ、岸壁で転回を始めた。

 左に倉庫街からまた1台、樽のシルエットを見せる馬車が出てくるのが見える。


「もう水の積み込みが始まってるみたいだな」


「ずいぶん早いね、直してから2時間も経ってないよ?」


「それだけ急いどるんやねえ。

 ウチ、大活躍やん」


 中央の桟橋に停まってる馬車はいないようなので、入ってみることにした。

 大型の荷役馬者が3台余裕で並びそうな広い桟橋。

 と思ったら全部石でできている。

 突堤って言った方がいいのか?


 とにかく右へ曲がった途端、手を挙げこちらを止める男がいた。


「あれ?ホーレイさんだ」


「先程はどうも!

 見物ですかな?」


「ええ。船を見たいなと思いまして」


「そうですか。

 うちの商船でもいれば良かったんですがね、ご覧の通り今は出航準備に追われとりまして。

 本当なら中をご案内するところなんですがね」


「いえいえ、そんな。

 外から見られるだけで十分です」


「あ!

 おいそこ!

 ロープの掛け方が違う!

 それじゃ頭の上に樽が降ってくるぞ、死にたいのか!?」


 突然上がった怒鳴り声に俺たちは3人揃って震え上がった。


「うわー。艤掌長、オーガの何倍も怖い人やってん!」


 作業をしていた男たちにやり直しをさせる後ろ姿に、燃え盛る炎が透けて見える。

 邪魔しちゃ悪いと、俺は突堤の先を目指してタクシーを走らせた。


  積算距離計(オドメーター)で大体700m、長い突堤の突き当たりは1辺40m程の海に囲まれた広場だった。

 タクシーを中央に駐め降りて周囲を見てみる。


「ここで馬車が転回するんだろう」


「この堤防の両側にずらーっと大きな船が並ぶんやろなあ」


 正面はヤイズルの街が左右に大きく広がって、巨船と見えた2隻もこうしてみる倉庫に紛れてしまって目立たない。


 街の終わりは山の始まり。

 両方に海に向かって伸びる陸地が、この港が風を防ぐ自然の良港である事を物語る。


 水面を囲うように白い突堤がその山裾の前を伸びて行く。

 突堤は一見海への出口を塞いでいるように見えるが、僅かな段差であの間に水路があるのだろうと分かった。


 それにしても海の青色が深い。

 水平線を境に空の青とはっきり違うのが分かる。


 海から吹く風が俺たちの間を吹き抜けて行った。


 せっかくなので、キャンプ椅子を引っ張り出してしばらく海を眺める事にした。


 南に降ったせいか海流のせいか、寒さは感じない。


「ウチ、思うんやけど、イブちゃんのリペアやらクレーンやらって、あ、結界もやろか、ウチら魔法使いが使(つこ)とる魔法とはなんか違う思てるねん。

 なんとのう分かるんはリペアだけなんやけどな?」


「そう言えば、ちょっとだけなら同じような効果を出せるようなことを言ってたな?」


「せやねん。まあだやってみたことあらへんのやけどな、なんとのうリペアの魔力の流れ方が分かるんや。

 ウチでも真似ができそうな流れ方なんや。

 せやなあ、焚き付けに使てる細っそい棒を二つに折って戻す、とか?

 けどな?

 ウチはリペアには、まあだなんかあるんやないかと思うんや。

 樽の修繕やったやろ?

 あれな、樽に使とる(きい)がな?(ねえ)をはやして地面か生えてる大木になる、そないなイメージが頭ん中に出てきよるんや。

 ひょっとしたら、そないなことまでできるんやないやろか?

 まあ、今は絶対出来ひんけどな?」


「へえ。

 俺には魔法の感覚みたいなものはないからさっぱりだが、そんなことがあるのか」


 横を見るとクレアが、首元から形見だと言っていた銀のリングを引き出し眺めていた。

 銀の量にしたら小銀貨くらいしかないだろう小物、売ってもはたして50ギルの値がつくだろうか。


「クレア、それちょっと見せてんか?」


「ん?いいよ」


 メグが首から外して渡されたリングの裏表を確かめ、刻まれた模様をじっと覗き込む。


 あの模様は俺の目では、モヤっとした汚れみたいにしか見えなかった。

 近くはどうもよく見えん。

 老眼鏡はあるが、頭痛がしてくるからなあ。


「これ、スマホで撮って翻訳できひん?」


「ただの模様じゃないの?」


「分からんのんけど、模様にしてもところどころ隙間が開いてるやん。

 なんや単語の区切りみたいに見えへん?」


「うーん、どうだろ。

 やって損することはないから撮ってみるね。

 そのまま持ってて」


 クレアが脇の内ポケットからスマホを出し、アングルを探して前後に体を揺らす。

 パシャリとシャッター音が響き、ポチポチと操作をして

「アクトベル モンファン・ド・シェル・ラーライ……?

 何これ?

 ラーライっておばあさまの名前がそんなだった。

 お母さんの故郷とおんなじ名なんだよね。

 なんとかズルのラーライ」


「国の名前になんや貴族っぽい響きやなあ、モンファン……

 どっかで聞いたような気ぃするんやけど」


「ギルドに行って聞いてみるか?」


「せやな。

 ええやろ、クレア」


「あと、どこかでメグに焚き付けを手に入れてやらないと」


「せやな!」


 周りを見ると小波の揺れる1面の海。

 長く突き出た西側の岬の向こうをゆったりと白い雲が寄せる。


 突堤にはこちらへ向かって走る1台の荷馬車。

 馬はトカゲっぽいのが2頭のようだ。


 俺たちは椅子を片付け、乗り込むと広場でUターンした。

 トカゲ馬車には挨拶代わりに片手を上げ、荷積み監督に忙しそうなホーレイさんに軽く頭を下げて、馬車の列を横目にそのまま通過した。



「モンファン・ド・シェル、でございますか?

 王都の北に領地をお持ちの侯爵様のお名前ですね。

 遠いので詳しいことは聞いていませんが、それが何か?」


「あ、いえ。

 ちょっと名前を聞いたのでどんな家かなって。

 いいんです。

 それでこっちの依頼票なんですけど」


「フォレストウルフの討伐でございますね。

 おや、2件もですか?

 頭数が8頭以上になりますよ?

 カードを拝見します」


「カード、あ。ウチやん。

 はい。これや」


 焚き付けに使えるような細い枝をリペアの練習用に確保しようと、森に出そうなフォレストウルフを狙ったんだが、2件は多くないか?


「Cランクパーティ、イブちゃんタクシーのリーダー、メグ様。

 ああ、樽の依頼を受けてくださった方でしたか。

 依頼主様も大変喜ばれておりました。

 気をつけて行ってらっしゃいませ」


 1件目の討伐地域はヤイズルの西側のクレイ村近くの森だ。

 ヤイズルの西門へ向かってタクシーが走る。


「侯爵家だって、びっくりだね。

 この銀細工って本当にお母さんのものだったのかな?」


「でも、おばあはんの名前が書いてあるんやろ?

 せやったら間違いあらへんのとちゃうん?」


「でも、なんで他所の文字で書いてあるのよ。

 テントロスって言うらしいよ、この字」


「ウチもよう知らんけど、テントロス言うたら大昔の滅んだとかいう王国やろ?」


「そうなの?

 翻訳にそう書いてあっただけだから、全然知らなかった」


 クレアのところの家族関係はよく分からんが、冷遇されていたらしいのは分かる。

 今持っているリングも、そう価値のあるものでもないから単に売れ残ったのか、意味があって残しておいたものなのか。


 門を出て、ここから一旦西へ出たあと北上するのがヤイズル街道だ。

 シーサウストまでの道も便宜上ヤイズル街道と呼ばれるが本線ではないらしい。

 その証拠に、南街道やシーサウストまでの道とは幅が全く違うし、整備もこまめに行っているらしい。

 何せ王国の数少ない港から王都を目指す主要道路だというのだから。


 ただ、補修も完全ではないので、油断していると舌を噛むほどの突き上げを喰らう罠が待っている。



 さてクレイ村。

 街道から分かれた先に門があった。


 ここも狭いなりに門番を配置していて誰何(すいか)された。

 メグがギルドカードを見せて討伐依頼で来たことを告げると

「それなら村長の家に顔を出してくれんか。

 ここをまっすぐ行った左の、他より大きな家だからすぐ分かる」


 行ってみるとウルフは南側の畑辺りによく来るんだというので、案内してもらった。


 困ったのは畑と切り拓かれた空き地の間に木柵があって、タクシーがそのままでは出られないことだった。

 ウルフ程度ならクレアとメグだけでも問題ないとも言えるが、保険はかけておきたい。


 獣よけの空き地は柵の外側にぐるっとあるようなので、一旦門から出て空き地を走ってこようという話になった。

 ただ、草は膝下くらいだが、ところどころに切り株が顔を出している。


「かなりの荒地っぽいけど大丈夫かな?」

 俺が不安を口にすると、クレアが得意げに言い放つ。


「イブちゃんがね!

 レベル6だって!」


「またなんか覚えたのか?」


「うん!

 オーガ倒してからリペアを使いまくったでしょ?

 あれで上がったみたいでさ。

 タイヤにフセーチってのが生えてた!

 リペアも2だって!」


 フセーチは多分不整地か。

 どうなるんだか知らんが、荒地に強くなったってことか?


「どんなか、やってみないと」


 クレアがチャッとスマホを取り出してポチポチ操作する。

 タクシーのタイヤがタイヤハウスから外に押し出され、見ている前で風船さながら膨らみ始める。

 タイヤは俺の胸辺りまで大きくなり、幅も倍以上、トレッドも農耕トラクター並みにゴツいものに変わった。


 後席のスライドドアがどうなるのかとみると、車体が持ち上がって車軸とドアは干渉しない。

 なるほどうまく躱したものだ。

 しかし車幅は3mを超える。


 黒い巨大なタイヤに囲まれた白い車体、そこにちょこんと載る黄色い行灯。

 これはまた、ひどく印象が変わっちまったな。


「このままだと村の中は走れないな。

 一旦戻してくれ」


 クレアが目印代わりに残ってメグが助手席に乗り込んだ。


 門番に森にクルマを寄せるからと断り、ヤイズル街道を右へ逸れて荒地に入る。


 メグがタイヤメニューまで開き俺が不整地のボタンを教える。

 変形はすぐに終わった。


 草で見えないが地面はかなりデコボコなようで、デカいタイヤが上下に揺れる。

 が、車体の揺れは思ったほどじゃない。サスペンションの可動域が前よりずっと大きいからか。

 横でメグが索敵画面を出している。


 もうそんな操作ができるようになってるのか。

 若いやつの順応性はすごいな。


「あ、クレアが映ってるやん。

 柵の外に出たみたいやなあ。

 このモアッとしたんは森やろか?」


 チラッと見ると畑、荒地、森とそれぞれ色が変わっていて、木々の輪郭が雲っぽいのは黒の森で見たのと一緒だ。

 木の種類が違うらしく、木の色分けはされていない。

 荒地の真ん中の青い○はクレアだろう。メグのやつ、これでよく分かったな。


「そうだ。畑も表示されてるな」


 ひょこひょこ凹凸に合わせて踊るタイヤに囲まれて、荒地を進んでいく。

 時折タイヤが切り株に乗ると車体が傾くが、これもその程度だ。


「あー。おるわおるわ。

 ウルフかは分からんけど赤丸がひいふう……8つもあるで。

 あれ?こいつ重なっとったんかい、9つになったわ」


 メグの実況は続く。


「おお?一斉に動き出しよったで。

 追いかけよるんが4つやろか。

 他は逃げとる感じやわ、おろろ?

 あー、2つ捕まりよったで」

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