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ヤイズル 海鳥のお宿

3話目です。

 抜けるような青空に、階上の物干し台へ上がって北を見れば、いつもは霞んで見えないテルクラフト山の頂までくっきりと見えた。

 山腹にたなびく一筋の雲が一部隠しているのを残念と思うべきか、風情を増したと喜ぶべきか。


 振り向けば、右から突き出た半島の青々とした木々から、鳥の群れが大波のようにうねり飛び回る。

 海も遠くに白い帆が一艘、遠くまでよく見えた。


 今港に入っているのは、アクトベル王国所属のセンバーツル諸島へ向かう商船と、テオドラ帝国の商船の2隻だけだ。


 センバーツル行きは明後日にも出港ということで、ここ数日周囲が慌ただしい。

 積荷、乗客はもちろんだが、補給がなかなか手間がかかる。


 水や生肉、野菜なんかは新鮮な方がいいからギリギリまで待って積みたいんだ。

 でも水の入った樽は重いから、船としちゃ重心を下げるため、できるだけ下に積みたいじゃないか。


 それに厨房、食堂は7層からなる3層目にあるから、生鮮品もその一つ下4層まで下ろしたいはずさ。

 専用の昇降口はあるが、そこも板をかけ渡して船倉に使うんだ。

 航行中は極狭い一本の昇降口でやりくりする。それは主に厨房のためだ。


 なので大口が空いているうちに、下から順に重いものを置いて蓋をして、と順に出港準備をしていくわけだってあたしは聞いてる。


 水の樽に結構な数の破損が出たって話だ。


 そうなると他の荷は積むに積めず、桟橋を積み込み待ちの荷が塞いでいる。


 まあ、こんなトラブルは年に何度もあることで、今はこの2隻しかいないんだ。

 多い時は15隻を捌くヤイズル湊だ。

 今回も切り抜けるだろう。


 そんなちょっとバタついたヤイズル湊に、1軒の宿がある。

 あたしの旦那が1等地とは言えないが、そこそこの場所を確保してもう……16年だったか。


 月日の経つの早いもんだ。

 「海鳥のお宿」って看板を出して……

「おーい。

 ユエサラ。生鮮野菜の仕入れはどうなった?」

 おっと。旦那のエストが呼んでるね。


「準備中の商船が買い占めてるよ。慌てたって積めやしないってのにねえ。

 近所の村から明日の昼前には次の荷が着くって言うから、そっちを頼んでおいたよ」


「そうか。

 下拵えの順番を変えなきゃだな。

 魚の方はどうした?」


「朝一番に市場で買いつけに行くよ。いつものことじゃないか。

 毎日ことなんだから、もう少しどっしり構えたらどうなんだい」


「おお、済まねえ。

 性分ってやつだ。勘弁しろ」


「……全く!

 惚れた弱みってのかねえ……

 あんなにせっかちな男だとは思わなかったよ……」



 夕飯時はいつも食堂はごった返す。

 手伝いの子をこの時間は5人にして回してるんだが、その大波が引こうかと言う時間になって3人入って来た。


 この辺じゃ見かけない顔なんで、接客が合図を寄越した。


 あたしが勘定の整理をしながら様子を見たところでは、一人は大柄な革鎧姿の女。

 革帽子は脇に抱えているが、あれは前衛職の冒険者だ。


 もう一人も女。如何にも魔法使いですと主張するような鍔の広いとんがり帽子に、どこもかしこも黒で固めている。

 物騒なのはあの杖だ。

 あたしらには捩じくれた棒にしか見えないが、魔法使いにとっては立派な武器だ。


 最後は男。それも小男だ。

 歳もかなり行っている。60に近いかもしれないが、食堂まで足を運ぶとなればもう少し若い?

 こいつは脅威には見えない。


 となれば万一の時に警戒すべきは女二人。


 あたしら宿屋が集まる商業ギルドの宿屋会議ってのがある。

 そこであった話に「店で起きるトラブルの原因は9割が余所者など初めて来た者」ってのがあった。


 トラブル自体は毎月1件2件あることだから、こっちも色々対応には慣れているんだけど、大事(おおごと)にしないようにしないと後の営業に差し支えるんだ。


 背の高い似合っていない鎧の娘が手を振っている。


「あたしはエール。おっきなジョッキでお願い!」


「またいきなりエールですか?

 料理を頼みなさいよ。

 店主のお勧めってので試すわ。

 3人前ね。

 タケオ、他になんか頼んだ方がいい?」


「いいんじゃないか?

 それで行こう」


「はい。じゃあそう言うことでお願いね」


 黒帽子の口調は丁寧だな。

 革鎧は如何にも前衛って態度だが許容範囲だ。男は無害、と。


 気にするほどのものではなさそうだ。


 入って来てすぐ、鎧の娘にここらにラーライって場所があるか聞かれたけど、聞いたことはない。

 旦那にも聞いたけどやっぱり知らないって。

 あの時はちょっとガッカリって感じで心配だったけど、あの娘、もう立ち直ってる?


「このボアのピリ焼って言うのを追加してくれる?」

「エールも!」


「はーい」手伝いのユリアが返事をして厨房へ伝える。

 革鎧が一人で飲んで、男の分まで腹に収めても、まだ飲むのか?


 料理が運ばれると真っ先に革鎧がフォークを突き刺した。


「あー、もうクレア、ソースが垂れよったで、コラ、動いたらあかん、今拭くよってじっとしとき」


「もう酔っ払ってるんじゃないのか?」


「あたしが酔ってるって?

 まだまだ飲めるわよ。もう一杯頼もかなー」


「おい、やめとけ」


 酒飲み以外客足の減るこの時間、賑やかに飲み食いする3人は目を引く。

 見てて面白いってのは不謹慎だな。


 なるべく見ないようにしておこう。


「あの、こちらの宿に空き部屋はありますか?」


 うわ。びっくりした!

 見ると一行の黒帽子があたしに話しかけている。

 鍔を片手で押し上げ下から見上げる、緑がかった瞳に年甲斐もなくドキッと……女相手になんであたしがドキッとするんだ?


「空き部屋はいくつかありますが、広さのご希望はありますか?」


「一人部屋を二つあったらお願いします」


「二つ?一人部屋ですとベッドは一つだけですが?」


「ああタケオはタクシーで寝ますので、2人分で大丈夫です」


「?……はあ。

 一部屋一泊で500ギルとなっています」


 黒帽子の娘は皮袋から小金貨一枚をあたしに渡す。

 テーブルの様子を見てあたしは

「後で結構ですので宿帳に記入をお願いします」


 同じテーブルを黒帽子がチラリと見て

「分かりました」

 と答えてテーブルへ戻って行った。


 その後しばらく3人でワイワイやっていたが、革鎧がついに撃沈して小柄な二人が部屋まで担ぎ上げていた。


 閉店前に片付いてくれて良かったよ。


 でもあの黒帽子の娘は東の浜の出だわ。

 あの訛りはここらじゃ滅多に聞かないもの。ちょっと懐かしい。


 この後しばらく逗留する「イブちゃんタクシー」と言う妙チクリンな名のパーティとの、これが最初の出会いだった。


   ・   ・   ・


 センバーツル諸島へ向かう商船が予定通り出港できるそうだと、市場で古い付き合いの野菜売り、エンツキ婆さんから聞いた。

 あれは樽の水漏れのせいで出港ができない、樽職人に新たに作らせるとか聞いてたんだけどねえ。


 水は重いから船じゃ下に積むものだから、上積みの荷が大量に積めずにあるはずさ。

 魔法のように必要な樽がポンと用意できたって、出港まで持っていくのは容易じゃないんだ。


 旦那とそんな話をしていた翌日、センバーツル諸島行きの船は無事出港して行った。


 その次の日だよ。

 2日程部屋を空けて、ウルフ狩りの依頼に出ていたらしいんだけどさ。

 ここらじゃ珍しい野牛肉を土産だって持ってきてくれたんだ。

 小分けにクサミケシで包んであったけど、100クロッツ(kg)はあったよねえ。


 要らないって言ってたけど、クセがあるんで牛肉相場より安い金額で良ければってうちの旦那が言い出しちゃって。

 払う要らないの押し問答の末、宿代2人の20日分先払い扱いで何とか落ち着いた。


 お金なんて言わないで、食堂でサービス品並べとけば、クレアちゃんが帳尻合わせてくれるのにねえ。

 旦那も面倒なことをしたものさ。


 でもその後、暗くなってから戻ってきた時のお土産には参ったわ。

 見たことない「茹でシーオクトパスの足」って言う、ひと抱えもある分厚い白い肉なんだもの。


 茹でてあるからそのままで食べられるって言うんで、試食してみたわ。

 歯応えがいいし塩味に何とも言えない風味と旨みがあって、美味しいけどちょっと物足りない。


 料理の素材としては味付け次第、ひどく面白い素材だった。相場がないから、今度はお金を払うって言い出さなかった旦那は褒めてあげた。


 あの人たちは持ち帰ったものがどんな料理になって出てくるか、それが楽しみなんだと思う。



 うちで味付けを色々やってたら、漁師さんが食べに来て気に入ったらしくって。


 そのあと一月くらいで茹でシーオクトパスが界隈で並ぶようになった。

 何でも見つけたら、腕利きの冒険者を連れて行って、袋に隠れた触手の根元を突いてもらうらしい。

 だけど、1回で凄い量取れる割に値段が高いのよねえ。


 なんにせよ、街の名物になってお客さんがたくさん来てくれると、あたしは嬉しいよ。

また来週!

指折り数えるお正月!

元日0時の7話投稿を予定してまーす

お楽しみに〜

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