表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/135

樽修理依頼

人物紹介 (本編はこの下にあります)

 ホーレイ 48歳 身長182cm(推定) アクトベル王国所属のセンバーツル諸島へ向かう商船の艤掌長

 小太り大柄な髭男 身体強化魔法使い

 ヤイズル湊。

 街の人はこの街をそう呼んでいた。


 着いて最初に目に入った冒険者ギルドへ飛び込んでオーガを売却し、宿と飯をと入った宿屋の食堂でやっぱりと言うかクレアが酔い潰れる。

 メグと二人がかりで急遽借りた部屋へ放り込んで、ヤイズル湊ってのを見に夜の散策に出た。


「なあタケオ。

 ウチ、ギルドで見た依頼票やけど、ものごっつう気になっとんねん」


「よくそんなもの見てる暇があったな?」


「そやかて、交渉ごとは皆クレアがやってもうたやん?

 ウチ、暇やってん。

 でなでな。依頼票の話や。

 あれ、なんて書いてあった思う?」


「いや、おれここの字は読めんし。

 大体見てもいないんだぞ。

 そこまでメグが言うんだから、なんか突拍子もないことが書いてあったんだろ?」


「せやでー。

 ウチ、ビックリしたってん。

 冒険者ギルドで、なんと『樽の修理』やで。

 それも53本や。そんなん樽屋へ持って行きーって話やないかい。

 おかしいやろ」


「ふうん。

 よっぽど樽職人が足りないのか」


「ウチ、あの依頼、興味があるんや」


「んなものどうする気だ?」


「リペアや!」


「んー。

 確かに弓と、馬車の車軸を直したことはあるな」


「弓?どんなん直しよったん?」


「弓は真ん中辺でバッキリ折れてほとんど(つる)だけで繋がってたな。

 馬車の方は穴に落ちて、車輪の根元で軸がボキッと折れて地面に倒れてたか」


「それが直った言うんなら、樽なんかチョチョイのちょい、ちゃうんかい?」


「あ。なるほど!

 樽修理はありか!

 あ。けどな、リペアを見せることになるぞ?」


「せやねん。そこがちょいと引っかかるとこやねん。

 ウチの魔法でもかーるいリペアならできるて思うんやけどな。

 樽ひとつ言うたら自信ないで」


「それを53個、連続で、か。

 なんとかうまく誤魔化すか?

 タクシーをそばに持ち込めるかにもよるだろうし」


「せやなあ」


 メグが気になる、やりたいって言うなら、応援はしたいとこだ。


「まずギルドで話を聞いてみよう」


「え?今からまた行くん?」


「ギルドって夜でも開いてるって聞いたぞ?

 寝るまでまだ時間はあるだろ?」


 宿に戻ってタクシーでギルドへ。

 メグが見つけた依頼票を持って受付へ向かうのに付いて行く。


「この依頼について聞きたいんですけど」

 カードと依頼票をカウンターに置いてメグが受付に話しかけた。


「はい、承ります。

 こちらは…樽の修繕?

 あの、失礼ですが樽の扱いはなかなか大変だと思うのですが、ご経験の方は?」


「樽は初めてですが、修繕は魔法でやりますので、大概のものは大丈夫だと思います」


 メグの口調がガラッと上品に変わるのはなかなか慣れないなあ。お仕事モードってやつか。


「そうですか。

 樽はこちらの倉庫にあります。明日朝、2の鐘に立ち合いの方がこちらに来ることになっていますので、その時にご一緒頂けますか?」


 そう言って一枚の地図を出してくれた。

 簡単な道順で目印などが書いてあるようだが、もちろん俺には読めない。

 近くに船の形があるから波止場の傍らしいのはわかった。

 案内が来ると言うのだから迷う心配は無いだろう。


 宿へ戻る途中、車内で

「なんや、あっさり決まったなあ。

 あのリペアなんやけど、アレ、ウチの知ってる魔法と大分ちゃうねん。

 どこがどうと言えへんのんが厄介なんやけどな、今使こうとるのって前の形に戻すだけやん?

 前、言うても道なんか作った時やから、何年前かも分からへんのに直ってまうし。

 けどな。

 それだけやないんや。

 ウチが魔力乗せたのなんて、アレ絶対元よりええ出来や。

 な?おかしいやろ?

 せやから、色々やってみたいんよ。

 ウチ、寝るまでもう少し考えてみるわ」


 宿の前に停めると、メグは手を振って入り口に消えた。


 俺は後ろの座席を畳んで寝床を拵えると、寝袋に横になって考える。

 簡単便利なタクシーの……アビリティだっけ。

 まあアニメの魔法やスキルだかのようなもんだと思って、便利にホイホイ使っていたんだが、メグのような魔法使いから見ると色々おかしいらしいな。

 あの娘はそこら辺を解明したいみたいだ。

 向上心があるってのはいいものだ。

 先が短いと思って努力に加減をしている俺とは違うってことだな。


 どうせ体が動かないから、力が衰えたから、記憶力がなくなった、理解できなくなった。

 そんな負の気持ちで凝り固まった俺には眩しい生き方だ……



 窓をコンコンと叩かれて、目を開けるとシェードの向こうが明るくなっていた。

 クレアの声が呼んでいる。

「朝ごはんに行くよ!」


 バックドアの内ノブを押し下げて、少し開くとクレアが残りをガバッと上げて全開にする。

 朝の冷たい空気が一気に流れ込んだ。


「昨日、酔い潰れてたのに、元気だなあ。

 二日酔いって言葉を知らないのか?」


「二日酔い?聞いたことはあるよ。

 次の日も酔ってられるんならお得じゃない?」


 飲んでないこっちが頭痛いわ!


「ほら、起きて起きて!」


 ズルズルと寝袋ごと引き出され、靴を穿かされた。


 手を引かれて井戸まで行くと、俺も諦めて手桶の水で顔を洗う。

 横を見るとクレアはもうそこにはいなかった。


 食堂に行くとメグが席を取っていて、そばに立つクレアが大げさな手招きをしている。


 朝から元気なこった。


 運ばれてきた朝食を食べながらクレアが言う。


「なんかさ。あたしが寝てる間に依頼受けてきたんでしょ?

 メグが張り切ってるんだ。急いで食べて出かけようよ!」


 メグの顔を見ると要らないことを話してしまったとでも言うように、片手で目を隠した。

 それにしてもクレアは朝からよく食うよな。俺のパンの残りじゃ足りなくて、スープとパンのお代わりまでしていた。


 ギルドへ行くと少し早かったようで、邪魔にならない受付そばの隅のほうで待つことになった。


 朝の依頼票争奪戦はすでに終わっているようだったが、それでも何組も武装したパーティがいて、落ち着かない。

 アニメでは女連れのジジイなんか絶対絡まれる流れだからなあ。


「タケオがまたなんかビビってる。

 大丈夫だって言ってるでしょ?

 冒険者ってイカついけど割と礼儀正しいのよ?」


 クレアの大きな声に俺はその後ろへ隠れようとするが、苦笑いする男たちや、でかい男に肘鉄をくれる女が居たりの反応が見えた。


 なんか俺のせいで、悪いことをしたかな?


 そこへ入ってきたのは天の助け……じゃないか。

 樽修繕の立ち合い者、小太り大柄な髭男だ。


「受けてくれそうな人はいましたか?

 樽の修繕なんてなかなかいないとは思いますが……」


「そちらでお待ちのパーティが受けてくれるそうです」


 受付嬢が俺たちを左手で示すと、男は飛び上がるようにこちらを向いた。


「おお!

 あなた方が私どもの依頼を受けてくれると!

 ありがとうございます!」


「まず申し上げておきますが、わたし達に樽を扱った経験はありません。

 リペアという魔法で直すつもりですが、樽は初めてですから確実に直せるとは保証できません」


「なんと!

 そのような魔法があるのですか?

 この依頼は少々事情がありまして。

 とにかく倉庫へ案内しますので、協力をお願いします」


 男は受付に一礼すると外へ出る。

 そこには馬2頭が曳く6人乗り馬車が待っていた。


 クレアとメグが嬉々として乗り込み、俺は急いでタクシーを後ろへ回す。


 馬車は大通りを少し進んで海の方へ折れる。

 すぐに大きな倉庫が並ぶ倉庫街へと入って行く。


 そして1棟の倉庫の前で止まると、メグ達が男に続いて降り始めた。


 小さな入り口から入って行くので、俺もタクシーを降りて付いて行く。


 その薄暗い片隅に大きな樽が幾つも幾つも積み上げられている。


「こちらが修繕をお願いしたい樽です。全部で53個ありますが、何個でも構いません、直せるだけお願いしたいのです」


「事情があるとおっしゃってましたね?

 ええと。

 わたしたちは、イブちゃんタクシーというパーティなんですが、そちらは?」


「ああっ!申し訳ありません、魔法と聞いて舞い上がってしまったようです。私はホーレイ。

 船で艤掌長をやっております。

 実はこの樽は真水を入れて運ぶためのものでして、必要な樽の半分が老朽化のため水漏れする事態となってしまったのです。

 水が積み込みできなければ出港を遅らせなくてはならず、大変な額の損害が出るのです。

 現在、樽の工房には発注をかけておりますが、とても期日には間に合わないということで、一縷の望みをかけて冒険者ギルドに依頼を出した次第です」


 一気に捲し立てるホーレイ氏。

 必死だというのはよく分かったよ。


「まず表の自走馬車(タクシー)を中に入れたいんですが?」


「あ。そうですね、往来の邪魔になっては困ります。こちらの馬車も入れてしまいます」


 馬車が停められた辺りは荷運び用の大扉だったらしく、片側開けただけで馬車1台くらいは余裕で通れる幅があった。

 船を相手の倉庫というのは、どこのでも規模が大きいな。


「タケオ。樽が積み上がっちゃってるけど、どうしようか?」


 開いた扉から入る光で中の様子がよく見える。

 クレアが俺に耳打ちした。クレーンを使うか心配しているんだろう。

 それよりもだ。


「直したからってちゃんと直ったかどうやって確かめるんだ?」


「水を入れてみるしかありませんな。

 直った分から人足を入れて運び出します。

 水漏れがあるようでしたらまた持って戻ることになります。

 ただ、人足の手配はこれからですので、少々お時間をいただきます」


「水ならわたしの魔法でこの場で一杯にできますよ?」


「そうなんですか?

 では私が樽を並べますので、始めていただいてよろしいですか?」


 なんか無茶苦茶なことを言い出したぞ、このおっさん。

 俺たち3人が入っても余裕そうな木の樽を、このおっさんが並べる?


 俺たちが見ている前で軽く樽に飛び乗り、3段目の樽をヒョイっと抱え上げた。

 床に柔らかく飛び降りるとそのまま、ゴトッと小さな音と共に膝を使い下ろす。


「いや、驚かせたようで申し訳ない。

 私は元々船積み人足上がりでしてな、身体強化は習い性になっております。

 水が満水に入るとこうは行きませんが、空樽なら何と言うこともございません」


 俺はクレアとメグを見回した。

 2人は首を振って、こんな人初めて見たと口を揃えて言った。

 すごいな、異世界!


「ともかく樽の修理だ。メグ。頼むぞ!」


 メグが一つ目の樽に向かって杖を構える。

 クレアはボンネットを開け、ザラザラと貝の玉虫魔石をMS容器に流し込む。


 俺?俺は……

 まあいいじゃないか。若い2人が頑張ろうっていうんだから、な?


 クレアのやつ、サッとボンネット前を押さえやがった。


 はいはい、年寄りはじっと休んでますよーだ。


 キャンプ椅子を出して、お茶でも飲みながら眺めているとしましょうか。


「リペア!」

 メグがブツブツの後唱えるが、別に光ったりの効果(エフェクト)はない。

 クレアが数個の魔石を追加した。


 樽修繕は割と燃費がいいな?


 予定では続いて初級水魔法。

「ウォーター」


 ブツブツはなくてメグがそう呟いただけで、樽の上にピチャンと水が跳ねる。

 縁から溢れた水が床に滴った。


 やったなメグ!

 声には出さないが、思わず拳を握って応援しちゃったよ。

 こんな興奮は孫の運動会以来だな。


 水漏れ確認は後にしてどんどん修繕は進む。

 1列目15樽が全て満水になり、折り返して14樽、3列目も行った。

 最初の樽を見に行ってみたが、表面張力で盛り上がった水面なんぞ、久々に見たよ。


 1時間ほどで3列目が終わって休憩を取る。

 ホーレイが樽に張った水を見て歩いて感心したように言った。


「すごいものですなあ。水漏れは一切ないようです。

 新しい樽は水で材木が膨れて隙間を潰すまではいくらか漏れるものですが、こちらは全く減る様子がありません。

 ですが樽の表面を見ると、まるで作りたてのように使い込まれた艶が見えない。

 そのまま休憩なさっていてください。

 私は樽を運ぶ手配をして参ります」


 44本の樽に修繕と水入れをやってしまったメグもすごいが、樽をあれだけ移動させて息も切らさないオッサンもすごい。


「メグ、魔力の方はどうだ?」


「実はやね。ウチの魔力、ほとんど使(つこ)とらへんのよ。

 イブちゃん優秀やわー。

 ウチは材木を新らしゅうする想像をしてるだけやって。尤もらしく、リペア!とか言うてさ。

 オマケに水なんか初級魔法やで?

 あんなん寝ててもでけるて」


「さすがメグちゃん!

 これで依頼は達成したも同然ね!」


 ホーレイが戻って来て再度水漏れを見て回った。

 メグが確認の終わった樽から水を消し、人足達が次々と樽を運び出す。

 ホーレイが残り9本を並べ水を張ったところで依頼は達成、ギルドまで戻ると依頼料に上乗せを払ってくれた。


 僅か3時間ほどの稼ぎが11000ギルにもなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ