ヤイズル街道
おはようございます
本日も3話お願いします
たまたま海で狩ったクロマンタの代金がすぐには揃わないと言うので、シーサウストにはしばらく滞在する必要があるのか。
別に急いでどこかへ行きたいわけでも無いので、それは構わないんだが……
「ねえタケオ、西の方に港があるって聞いたよ。見に行こう!」
とクレアが言い出した。
メグもここに来て何ヶ月か経っているらしく、違う街を見たいと言うので、行ってみることにした。
なんだかここでも流されている感じがするなあ。
行商といえば、どこかで仕入れたものをいくつかの町を回りながら売り買いするって仕事だと思うんだが。
俺たちがやっているのは、移動ばかりしている猟師の産地直販って感じだ。
道路の整備はしておきたいし、今はいいが何か考えておくか。
さて馬車で1日の距離だと言うから、行って戻れば加工場の支払いを受けられる。
そんな予定で市場を回り準備を始める。
途中に大きな河があって、谷あいに架かる橋があるんだとメグは聞いているらしい。
西への道もやはり何年も補修していないようで、「リペア」で直しながら進んで行く。
ふと気がついて後ろを見るとメグが何やら呟いていた。
車酔いでもしたんだろうか?
昼休憩で広場へ入ると先客が1台停まっていた。
クレアがそっちへ情報収集に行っている間に、メグと魔石コンロを使ってスープを作る。
具は干し肉の刻んだやつに、テキトー野菜、いつもの手抜きスープだ。
「あの馬車はヤイズルから来たんだって。
途中でオーガを見かけたって言ってたわ」
「オーガって珍しいやない。
もっと北の方に居るんちゃうの?」
「それは強いのか?」
「そら強いで、ランクはオークの上やさかい。
1匹で出て来てもDランク魔物やって、聞いたことあるで」
接近戦ならクレアの槍にタクシーの防御結界があるし、離れた場合はメグの攻撃魔法とクレーンが使える。
慢心はできないがどうにかなるだろう。
昼休みを少し取ってまた移動することになった。
「さっきの馬車、道がよくなってて今頃ビックリしてるよね!」
なんとなく想像がつくな。
「それなんやけどな、ちょっとやってみてええか?」
「何を始めるつもりだ?」
「リペアや。
ウチも一晩考えたんや。
さっきもやけど、なんかいけそうな気するねん」
後席でブツブツ言ってると思ったらこれだったか。
「そんなのパーティメンバーが指差して、リペアって唱えればイブちゃんがやってくれるよ?」
「それはそうなんやけどな。
あのな、それやるんは、前に放り込んだ魔石を使とるんやろ?
ウチが考えたんはそれだけやないで。
ウチが杖構えてな?ウチが唱えるんや。
そしたらイブちゃんの魔石とウチの魔力がリペアに乗るんやないか、思うねん。
きっと直す距離が稼げると思うんやけど、それはやってみんと分らへん」
「そっか。
メグの魔力は温存したいとこだね、オーガが出るって言うし。
だからこれ1回だけね。
今日はそれで我慢して」
「クレアの言うようにしよう」
「せやった。
オーガの話があったなあ、忘れとったわ」
話がつくと、メグが助手席横に立って前方に杖を向ける。
何かブツブツと呟いておもむろに「リペア」と言った。
こう言う時はアニメだと道が光ったりするんだが、まあこっちは現実だ。
でも道をじっと見ていた俺たちには同じような効果があった。
見える限りの延長が一気に平らになったんだ。
いや土地の起伏はそのままなんだよ?
凸凹がね、まるで舗装し立ての幹線道路なんだ。色は白っぽいとこが違うんだけど。
「すごい!どこまで直したの?」
「さあ?
ウチにも分からへん」
「進んでいけば分かるさ」
みんなでタクシーに乗り込んで、走り出すと300mはもう1瞬だった。
時速は30kmほどまでしか出てない。
「これは!
うう!もっと走りたい!」
「はいはい、運転手さーん?
気持ちは分かるけど自粛をお願いしまーす。
オーガが待ってますんでー」
「うぐぅ……」
クレアに諭されて項垂れる俺、後席でまたブツブツモードに沈むメグ。
大穴を拾ってはちまちまと、「リペア」をかけて進む道中が再開した。
「なあメグ。あれ、日に何回行ける?」
「せやなあ。
中級魔法と同じくらいやったから、午前中6回、午後も6ってとこやろか?
もうちょっと行けるんやないかと思うねん。
どうすればいいやろか、今考えとるとこやけどな?」
12回、いいとこ4kmか。
メグにばかり負担がいくけど、良い道があったら走りたいぞ。
カーブだらけだからいいとこ時速4、50kmだろうけど、それでも気持ちよく走れるだろう。
だが待てよ?
リペアって復旧なのか、修繕なのか?
復旧なら元に戻してるんだから、この世界であんなに綺麗に道を作れたはずがない。
いや、知らないだけで元はあんなに平坦だった?
今の曲がった道を無視してまっすぐな道が欲しいんだが、復旧にしろ修繕にしろ新規に作るわけじゃ無いんだよな。
うーん……
前のタイヤがドゴンと穴を拾ってタクシーが大きく揺れた。
「タケオ!考え事はやめてくれない?
舌噛んじゃったよ?」
「ああ、すまん」
そんな一幕があってタクシーは聞いていた河に差し掛かる。
こちら側は2段の階段状に下がっていて、1段目は10m程の落差がある。
段差に沿うような斜路を左へ降りていくと河川敷のような場所が広がる。
ここは川水が近いので木や草の丈が高く見通しが悪い。
助手席でカーナビをチェックしていたクレアが
「左になんか居るよ。
まだ離れているけど」
「拡大して見られるか?」
「えーと、こうか、んー。
人型だね、オーガかな?
2頭だわ」
「オーガが出たん?」
「まだはっきりとは分からん。が、2頭はちょっとやばいか?」
「近づいてくる。
前に回ってるから戦いになりそうだよ?」
「クレーンを出しとけ。
見えたら吊ってしまおう。
メグの魔法の威力を見せてもらおうじゃないか」
「ウチの出番かいな。
思いっきりやったるわ」
「いや、メグの思いっきりってまだ見たことねえし。
怖いから、加減しといてくれ。
相手の動きは止めるつもりだから」
「そやかて、ウチまだオーガとやり合うたことあらへんもん。
加減んなんてできひん。
やっぱ、思いっきりいてもうたる!」
「見えた!
肌が赤いんだね、始めるよ!」
クレアがカーナビの画面をタタタンとリズミカルに指先で叩く。
指を一本振り上げると「吊るよ!」
そして画面をツンとやる。
前方に見えた2体の赤鬼の足が宙に浮いた。
俺はタクシーを停め、客席ドアの開閉スイッチを操作する。
メグと同時にクレアも外に飛び出した。
クレアが槍を取って警戒に付く、その後ろで杖を構え、何やら呟くメグ。
なんかいいコンビだな、おい。
と、上に黒雲が突然発生する。
今回は霧の前触れなんかなかったよな?
何が出るんだ?
黒雲が厚みを増し回転を始める。
周囲に小さな閃光が散った。
「行きやん!」
パリパリと空気が振動を始め、ビカッと強烈な光が俺たちを襲う。
目が回復するまでしばらくかかった。
「あんなに光るんなら先に言っておけよ」
「あれ?
ウチ、行きやん、言うてなかった?」
「イキヤンの意味が分からなかったよ」
「はいはい!あたしは分かったー。
ちゃんと手で目を隠したもん!」
俺が運転席で座り込んでいる間に、クレアがスマホのクレーンアプリで操作して、オーガの血抜きから解体を進めていた。
「タケオ、どうや?
ようなったか?
すまんやったわ、堪忍や」
「ああ、もう良くなったから気にするな。
それよりあの魔法は?」
「あれは雷魔法や。中級魔法やで。
オーガが動けへんようになっとったさかい、小さいのんで十分やろ思てあれにしたんや」
「雷か。すごいもんだな」
「何言うとるん?
すごいんは、このイブちゃんやん。
それを使とるタケオやん。
クレアが言うとったで、タケオがおったら100人力やって」
「はは、そうだったらいいな」
「ウチ、まーだ解体あるんや。ゆっくりしとき」
なんだか気を使わせてしまったか。
俺が少し反省している間にも解体は進んで、持ち運べないものは埋められた。
又しても大量の肉が貨物スペースに積み上げられ、後ろが重い。
「ウチ、オーガの解体なんて初めてやったやん?
あの皮、どないなっとるんやろな、剥いだらパリパリになりよった」
「あー。それね。
あたしも思ったよ。
でも高値が付きそうな気がしない?
取れるものは色々取ってみたけど売れるかなー」
「一体何を取ったんだ?」
「えーとね、ツノでしょ?
牙に爪に……」
「目玉に睾丸、それと陰茎やね。
2匹分やったから売れたらええ儲けになるんやない?
玉が8つて、ププー」
「若い娘が睾丸だの陰茎だのって、おまえらいい加減にしろよ?
俺の前はまだいいけど外では絶対言うんじゃないぞ?」
「えー?
そうなん?買取カウンターとかやったら普通に喋ってるで?」
「そうよ。
受付のベティもみんなの前で言ってたもん」
「ぬぬ!
じょ、常識が違うのか?
むう!」
「おじいちゃん、無理しちゃダメよ?」
「うるさいわい!」
「あははは」「クスクス」「ムムム」
車内は笑いに包まれた。
川にかかる橋は石橋だった。
道路幅の広い橋で異様にガッチリ組まれている。
きっと大水の時は水中に沈むのだろう。
下流にあたる左側を見ると、アーチの足に連なって木の枝やゴミが溜まっていた。
右側はどこを見てもそんな様子はない。
これはおそらく、洪水の後は掃除しているってことだ。
敷き詰められた石の僅かな凹凸はあるがいい橋だ。
対岸に渡ると20数mの土壁まで200mはあるか。
オーガは片付けたので、メグの「リペア」を解禁にした。
土壁までの荒れた直線は見違えるほどに平らに仕上がる。
そして正面の壁を削って作られたような長い斜路が右側へ続く。
ここも登りで馬が苦労し無理をするのだろう、荒れ放題と言っていい。
いくつか修繕の後は見えるが、どうかすると大水の度に削られて作り変えるような斜路だ。
だがそれも1回の「リペア」で上まで届く。
500m近い距離があったのに1回でだ。ほぼ均一な勾配の長い長い斜路。
メグの見える範囲って言う縛りがありそうだった。
尤もゲームのコマンドと違って人間のやることだ。
何かの拍子で条件が変わるなんてことは良くあるんだ、そう気にすることでもない。
河岸段丘を越えるとしばらく高台の道が続く。
ここも特に障害など見えないのに道が曲がって見える。
まさかとは思うが、大昔の獣道をそのまま馬車道路にしたわけでもあるまい。
獣は獣の都合であっちに寄りこっちに縄張り宣言を残しと、フラフラ寄り道しながら通っていくものだ。
それでもある程度は直線で動くものと思うが。
うーむ。
高台の道を辿って2時間が過ぎた。
そろそろ夜営の準備をと良さそうな場所を探し始めた頃、道が下りに変わる。
木々の隙間から石壁に囲まれた大きな街が見えていた。




