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イブちゃん

3話目♪

 良いとは言えない路面、木々の間をバック走行するタクシーを、地響きをあげ追う巨体のオーク。


 オークは少し離したらしいが、大きな木を右へ回り込んだ場所が近づいている。


 このスピードじゃ、あれは曲がれない。

 グリップのいい路面でも難しい操作だ。

 俺は進路をやや左に取りアクセルを緩めにかかる。


「えっ?えっ?

 どうしてスピード落とすのよ!

 アイツどんどん近づいてる!」


 クレアが騒ぐがここがギリギリと、俺がハンドルを左へ緩やかに切った。

 バック走行でしかもこの速度、滑り出したらもうコントロールは効かない。


 どうかすると、車体が横転しゴロゴロと転がって、幹に激突!なんて言うのもあり得るのだ。

 俺の慎重なハンドル操作が続く。


「アイツ逸れてく!足が滑って曲がれないんだ!」


 ガサガサバキバキ、盛大に森の下草、トゲだらけの灌木を撒き散らすような音が耳に飛び込む。


 クレアが「うわ!」と一声上げ絶句する。

 余程派手にオークが木立に飛び込んだんだろう。


 俺はカーブを無事に曲がり切り、落とした速度をまた上げて行く。

 視界がパアッと明るくなった。


 森を抜けたのだ。

 速度を落として今度は進路を左へ。

 出した速度を停止まで持って行くにも長い時間が必要だ。

 タイヤをロックさせてしまえば削った草が邪魔して、次に走り出せるか分からない。


 ゆっくりとタクシーは草原に止まろうかと言うところ、右手の森が爆発した。

 顔に真っ赤な怒りを湛え、さっきのオークが枝に棍棒を叩き付ける。

 タクシーは前に向かって動き始めているが、オークに殴り飛ばされた大枝が進路に飛んで来る。

 オークもこちらを追って走り出した。


 大枝は避けるのも間に合わないのでそのまま跳ね飛ばす。

 が、枝の一部が車体の下へ入り込み、タクシーの進路を大きく変えた。


 4輪車が一瞬でソリになったようなものだ。車体の向きとは関係なく、腹の下に入り込んだ大枝の向きに従って草原を滑って行く。

 もちろん加速などしない。

 草地を削る抵抗で、即席ソリの速度はどんどん落ちて行く。


 後方からは、流石に疲れたのか、明らかに走る速度は落ちているが、怒れるオークがドスドス向かって来るのがミラーに見えた。

 大枝のソリは一面緑色の草原に、醜い灰茶の長い軌跡を描いて遂に止まった。


 タクシー(イブちゃん)は腹の下に大枝を抱え、車輪には大量の草を纏って容易には動きそうにない。


 オークは走り疲れた様子で、その動きは鈍っている。

 が、まだ獲物への熱意を振り撒いていて、気勢を上げながら近づいて来る。


 そして運転席のドアは、大枝の股が押さえ込んでいて開かない。


「タケオ。

 こっちのドアを開けて!」


 タケオが自動ドアの開閉スイッチを操作すると、後部座席左側のドアはすぐに開いた。


 クレアが降りて槍を手に取ると前へ出る。


 オークが駆け出しの手に負える相手では無いなど、タクシーごと蹂躙しようと舌舐めずりしているなど百も承知だろうに。


 ここで戦えるのは、守りたいものを守れるのはクレア一人だから。

 防御というには些か心許ない皮鎧を着て、手槍一本、短剣一本、それが持つ武器の全て、あとはその体ひとつ。


 それでもクレアは前を見据える。


 ズンズンと草地にデカい足跡を残し、オークがクレアの前に立ちはだかった。

 いや、クレアがオークの行く手に立ちはだかったのか。


 運転席のドアが開かないタケオは、薬草採取でお世話になったカーナビにヒントがないかメニューを探した。

 人間一度いい思いをすると、2匹目のドジョウを探して同じことを繰り返す。

 タケオもその例に漏れず、カーナビメニューをつついている訳だが……


 現在位置の確認から入る。

 外からはクレアの戦闘音が聞こえて来るが、車内には今のところ影響はない。


 自車の斜め後方に赤い点がひとつ。

 それをどんどん拡大して行く。ワイヤーフレーム表示のオークの姿がそこに現れた。


「おお!

 すごいな、カーナビ!」


 いや、それ、カーナビの機能じゃないですよ。

 そんなツッコミが何処からか降って来そうだが、タケオはこの方面には疎い。


 メニューのコマンドリストを出そうとして指がカーナビ画面を掠める。

 それがフリック操作となってオークの3Dモデルが回転した。しかも戦闘中を再現して棍棒を振り回している。

 が、相手をしているはずのクレアの姿はそこにはない。


 疑問に思って顔を上げ後方を振り返るタケオ。


 窓越しにオークとクレアが対峙しているのは肉眼で見えるのに?


「お?何だこりゃ。

 敵だけ映るのかな。ふーん」


 さらに画像を拡大すると、オークの両膝にバツマークのようなものが見える。


「バツって事はなんか弱いのか?」


 バツから連想されるのは不良品とか使えないとか……


 タケオはパワーウインドウで後部座席の窓を開けると、オーク相手に身軽な動きで翻弄するクレアに怒鳴った。


「クレア!両膝!」


 一瞬何の事かピンと来なくて、棍棒を掠めたクレアだったが、弱点のことではないかと思い至ったようだ。


 タケオもクレアも知らないことだが、冒険者の間では大きな相手の足を狙って、膝を突かせ脇腹、胸、喉、脳天などの急所を手の届くところに引き寄せる、と言うのは攻略セオリーの一つだった。


 クレアは回り込みながら叩きつけてくる棍棒を躱し、右膝の側面に槍先を突き入れた。


 骨が入り組んだ場所なので、あんなに深く槍が刺さるとは思っていなかったので驚く。

 オークはブギャーと汚い悲鳴を上げた。

 あれだけの大きさだ。その体重の全てがかかる足の要。しかもここまで走り詰に走って来ている。

 そこに突き刺さった槍の穂先は膝関節の半ばまで達し、完全に関節としての機能を破壊した。

 体を捻るように倒れるオークはうつ伏せに地面にその顔面を叩きつける。

 土が柔らかいので衝撃はそれほどでもないだろう。

 それよりも、もう一方の膝が裏側を晒している。


 クレアはそこにも渾身の突きを叩き込んだ。


 オークの悲鳴は土中に苦潜って響いた。


 だがまだ息の根を止めたわけではない。

 槍と短剣で仕留めるなら首がいい。

 何より暴れまわる腕は邪魔だが、今はオークの上体が手の届く地べたにあるのだ。

 そう判断したクレアは槍を抱えオークの腰を踏み越え宙に跳ぶ。

 落下する勢いに加えて、オークの首筋目がけ体重を乗せた突きを繰り出した。


 背後からオークの太い首に槍を突き入れた形だが、顔面が土に埋もれ苦しいので左に顔を背けている。

 それは顎の下辺りの頚動脈が狙えると言うことだ。

 クレアに動脈の知識など無いが血抜きで切る場所だし、首の前半分には骨がないことは獲物の解体で承知している。


 上から迫るクレアを横目で認めたのだろうが、棍棒は右手にある。

 顔の向きとは逆側の、しかも背後をそれでどうにかしようなど、どう考えても無理だが脳筋のオークはそれを選んだ。


 タイミングを測り腰から背にかけて棍棒を振り上げる。

 でかい図体に似合わず柔軟な動きだったが、目視しているとはいえ片目である。

 遠近感が全く掴めていないことに、感覚で生きるオークは気が付かない。

 特にクレアを注視しているため、ズーム効果で近く見える。


 オークの棍棒はクレアの足先を掠めるに留まった。

 棍棒はオークの右腕を捻りつつ狙いである首を通過、そこへクレアの槍先が降り掛かる。


 渾身の力で体をくの字に折ってクレアは槍を突き下ろす。

 脛骨を突いて穂先の逸れる感覚はあったが、ズブリと刺さった傷口から血が溢れ出す。

 睨むようにしていたオークの目から力が抜ける。


 クレアは槍を引き抜き、噴き出す血を避けようとオークの背から飛び降りた。


 タケオも開かない運転席を諦め助手席に移ってドアを開く。


 死んだかに見えたオークだったが、その目に憎しみが戻っていることにクレアは気づかない。


 背から降り2歩ほど歩き、腹の下に大きな枝を抱えたタクシーを見る。


 これどうやったら走れるようになるんだろ?

 そんな仕草だった。


 オークの左手指の先がピクリと動いた。

 首の傷口から又血が噴き出す。

 うつ伏せに横たわるオークの左腕が、肩の上からハエでも叩くように振り下ろされる。

 そこには無警戒にタクシーの状態を見るクレアの両足があった。


 不意に両足を払われ、クレアが縦回転に宙を舞う。

 手から離れた槍があらぬ方へ飛んで行く。

 クレアはうつ伏せに上体から地面に落ちた。


 何が起きたのか泥に塗れた顔で周囲を見回すクレアに目には、両の手で起きあがろうとするオークの姿があった。


「そんな……」

 立ち上がりながら腰の短剣を引き抜く。


 ブルブルと腕を振るわせ、起きあがろうとするオークの首の傷から噴水の様に血が飛び散る。

 それは心臓からの血流がそのままに外へ吐き出されているようだった。


 槍を引き抜いた時の勢いそのままに、しかもそれを遥かに凌ぐ量だ。


 目に燃えるような憤怒を込め、ひとしきりクレアを睨め付けた後、今度こそ光を失った目を地に伏せた。


 あまりのことに、クレアはそのまましばらく動けずにいた。

 タケオはというと、開けた助手席ドアの窓枠を握って、呆然と立ち尽くすのみ。


 それでも年の功か受けたショックが少なかったからか、先に再起動を果たし、

「クレア。こっちで座ったらどうだ」


 声を掛けると

「あー。

 そうさせて……」


 ふらつく足取りで定位置である後部座席に収まった。

 左のドアを2枚開いたままにして、タケオはタクシーの周囲をぐるりと回る。


 乗り上げた枝で車体が傷ついたりしている様子はない。

 枝の当たるボディにも凹みどころか擦り傷もない。


 車体の下は見えないのでなんともいえないが、これだけの大枝に絡まれて、傷もへこみもないとはちょっと考えられないことだった。


 ついでと言ってはなんだが、ボンネットを開け、冷蔵庫からチョコレート菓子を出す。


 大袋で売っている、そんなに洒落た上品なものでは無いが、1回分にはちょうどいい量に小分け包装されている。

 孫が好きだと言うのを何種類か買い置きしてあったものだ。


 折りたたみのノコギリと(なた)もどこかにあったはず。


 物入れからそれも見つけて、クレアの方へ回ると

「ほれ。

 これでも食ってな。

 甘いものは疲れが取れるから」


「あ、ありがとう」


 クレアに菓子の入った小袋を渡すと、運転席のドアを開放するべく、ノコギリを構えてクルマの後ろを回った。


 枝は屋根を越えて上まで車体を抱え込むように伸びている。

 地面にほとんど潜り込んでいる枝から伸びているので、低い位置で切る必要があるんだがちょっと大きい。

 そのまま切るのは支えきれ無い感じなので、タケオはまず屋根上の分を撤去することにした。


 目の高さくらいでノコギリを引くのはなかなか大変だ。

 この10数年、ろくな運動をしておらず、痩せた胸に突き出た腹、おまけに縮んだ背丈というタケオには、休憩2回を挟んでやっとの作業になった。


「タケオ爺ちゃん、大変そうだね。

 手伝おうか?」


 休憩と補給を済ませたクレアが横に立っていた。


「お。おう。

 済まないが頼むよ」


 ノコギリを渡すと初めて見るようで、持ち方から教えることになった。

 タケオが上を支える位置につき、クレアが地面スレスレにノコを引く。

 切るに連れ、枝の重みでノコを挟みつけようとする切り口を、タケオが支えて切り進めて行く。


 20cm近い太さの枝の付け根も若いクレアにかかれば一気に切ってしまい、最後は毟るように折り取った。


 これでこちら側のドアも開けられる。


「これちょっと動けない感じだよね?

 あれ解体しちゃうよ。

 食料も要るし、他のが寄って来るから運べない分は埋めてしまいたい」


「そうだな。

 ショベルがあるからそばに穴を掘るか」


「何?穴掘りの道具も積んでるの?

 これ、めちゃくちゃ便利だね!」


「はは。

 動けんけどな」


 ショベルはスタックからの脱出用で、そんなに大きなものでは無い。

 あの大きなオークを埋めようと思ったら、どれほどの穴が必要なんだか。


 それでも日が暮れるまでには解体と埋葬と言っていいのか、死骸を土で覆うくらいはできた。

 切り出した腕足の肉だけで、貨物スペースは一杯になっている。


 クルマの脇でシガーライターを使って火を起こし、オーク肉を焼く。

 碌に味付けも無いオーク肉だが、血の臭みを気にしなければ悪く無い味だ。


「しょうがないんだけど、血抜きがねえ。

 これは買い叩かれそうだよ」


「薬草で臭み消しとかできないのか?」


「ちょうどいいのは無いかな?

 試すにしたって、刻んだ葉をもみ込んで少し置かなきゃならないから、すぐのもんじゃ無いと思う」


「ふうん。思いつきでどうなるものでも無いか。

 あ。いけね!

 メーターが賃走のままだった。

 停車中でも待機扱いでいくらか運賃が掛かるんだよ。

 止めておくな」


「ウンチン?お金ってこと?

 タケオが道具とか出してたし、手伝いもしたんだから少しくらいは構わないよ。

 オーク素材なんて結構な値段になるはずだし」


 その夜は前席に二人並んで休んだ。


 タクシーがEV車だと言うと、「イブちゃんだ!」とクレアが名付けする一幕を挟んで、カーナビを突き(つつき)ながら夜は更けていく。

まだまだ駆け出しのクレアは危なっかしい?

ともあれタクシーに名前がついちゃいました。

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