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シーサウスト

今週も3話行きまーす。

 タクシーは乾いて薄くなったとはいえ縦縞の泥色で、とても人に見せられたものではない。

 イノシシの泥浴びもかくやってザマ、待ち望んだはずのやっと見えてきた防壁に、立ち寄るか躊躇してしまうほどだ。


 とは言っても屋根の荷を下さなければ洗車もままならない。


 顔を顰める門番に商業ギルドのカードを見せる。


「こいつはヌシハンザキか?

 おまえたちよく生きてここまで来れたもんだ」


 ハンザキ……そういや「ハンザキ」ってのは半分に裂いても生きているって、サンショウウオの生命力の強さを表現した別名、だったか。

 日本でも知ってるやつなんかそうはいない、今頃思い出すかなあ……


 にしても、俺たちがそれぞれテキトーに呼んだ名が組み合わさってるんだが、それでいいのか異世界!


 俺の声にならないツッコミを他所に

「すごかったよー。

 向こうの湖の木の柵を飛び越えてきたんだ!」


「トゥリー湖の木柵だな。

 あそこは皆、止まらずに走り抜けるんだよ。

 まさか途中で停まったのか?」


「うん。変わった柵があるなー。なんだろーね、って?」


「あー。何となく分かったよ」


 クレアの、テレビでよく見たようなおバカキャラに呆れ声の門番だった。


 スマホを持たせてから、こう言う時のクレアの話し方が変わったように見えるのは、気のせいだろうか。


「ねえ。この町ってなんて名前?」


「……シーサウストだ。

それも知らないでここまで来たのか……」


 シーか。海って意味じゃないよな?


「なあ、南に海があるって聞いたんだが、近いのか?」


「ああ。このまま道を南に半日も辿れば見えて来る」


 南と聞いてこの先に見える山並みを見る。

 連なるそう高くもない山に1箇所低いところがあって、道はそちらへ続いていた。


「これを行けばいいんだな」


 あとでクレアに聞いたが、門番の男はこの荷で行商はないだろ、って呟いたんだとか。


 屋根にあるのはとれたて新鮮の生皮だもんな。

 自分らで狩ったのがバレバレだろう。


 シーサウストの町は白い建物ばかり並ぶのが印象的だった。

 大きな街路には、1歩分ほどもある大きさの石が敷き詰められ、路地にも細かい石を平らに敷き均してある。


 舗装道路じゃないから細かい振動はあるんだが、この町の街路整備(インフラ)はなかなか進んでいるな。


「えーと……職人ギルドがあった。

 商業ギルドもこの辺にあるかな?

 漁業ギルド?初めて見るね、あ、向こうのが商業ギルドだよ。

 タケオ、左側にあった!」


 看板なんか全く読めない俺には、クレアの案内は有り難い。


 ここの建物も白い壁の大きな建物だった。

 屋根の庇は見えているが、上がどうなっているのかはここからでは分からない。


 入って見ると見える場所に人がいない。受付カウンターも空だった。


「こんにちはー。

 ヌシハンザキだっけ、皮と肉を売りたいんだけどー」


 奥の扉が開き若い女が出てきて、俺たちのカードを見て言った。


「魔物素材の持ち込みでございますか?

 係のものが出ておりまして。

 時間をおいていただけると助かります」


「時間というのはどのくらいだ?」


「明日には戻ることになっています」


「皮も肉も早めに始末しないとダメになるよ。なんとかしてちょうだい」


「ダメになる……

 あの、行商の方ですよね。遠路を運ばれる商品がダメになるとはどのような事情でしょうか?」


 行商で扱うとすれば、舐めして乾いた皮や、加工して日持ちするようにした肉の話だと思ったらしい。


「街道を移動していたら魔物が出てきたんで、返り討ちにしたんだ。

 あたしが解体したけど、生ものだからね、さっさと冷やすなり塩漬けにするなりしないと、腐ってしまう」


「あの……元冒険者の方でしょうか?

 分かりました。冒険者ギルドに紹介状を書きますので、そちらへお持ちください」


 そう言うと女は奥に一旦戻って、封書を持って戻ってきた。


「私はシーサウスト商業ギルドのアスルミと言います。

 こちらをお持ちくだされば、手数料の割引が受けられるはずです。

 冒険者ギルドは左へ行った先の右側にございます」


 さて、シーサウストの冒険者ギルド。

 やはり白い壁の大きな建物だが、ヨクレールのギルドと似た感じがする。


 俺たちはもうギルド員ではないので、受付で紹介状を見せた。


「アスルミさんのご紹介ですか。

 何を持ち込まれたのですか?」


「トゥリー湖のヌシハンザキの肉と皮、あとは牙です」


「ヌシハンザキ!

 本当ですか?」


「全部は持って来れなかったんで、一部ですが結構量があります」


「荷車だったりします?

 それでしたら右の通路からお引き取りできます。案内しますね」


 受付嬢は俺たちと外へ出て、泥塗れのタクシーと山積みの皮を見ると、ちょっと驚いた様子だった。

 特に何も言わずに、先に立って建物脇の通路を歩き出した。


 クレアが連れだち、俺はタクシーで付いて行く。


 通路に沿った壁には荷車を引き込める大扉があった。

 それを開けてもらいバックで置き台の近くへ寄せる。

 俺が降りる頃には荷下ろしにガタイのいい男が3人も集まっていた。


「すげえ!ヌシハンザキの皮だぜ。

 馬車の後ろで柵にぶち当たるのは見たことあるけどよ。

 こんなでけえのか?」

「俺は魔法で倒したやつを見たことがある。

 片側がすっかり炭になっててなあ。

 こんな綺麗なのは滅多にゃ見られねえと思うぞ」

「うっほ!このヌルヌルがたまらん!」

「いいものを見せて貰っちゃったなあ!」


 なんかおかしなやつが混じってるようだが、ルーフハンガーの皮と尾鰭はあっという間に置き台に広げられ、バックドアをクレアが開けている。


 肉は手渡しリレーで次々と下されていった。

 大きな葉(クサミケシ)で包んであるとは言え生肉だ。

 これだけ積み上げると下の方は重さに加え、クルマの振動が影響して血が滲んでいる。


 泥汚れに加えて中も血生臭い。

 参ったねこりゃ。


「あたしも手伝うからそんなにガッカリしないでよ」


 俺の顔を見てクレアが察してくれたようだ。


 さて手数料が割引になると言う話だったが?


 皮と肉、牙で総額で11800ギルだと言うんだが、内訳が分からん。

 そんな内心が思わず声に出た。


「割引ってのはどうなったんだ?」


「割引きでございますか?

 あ!」


 受付嬢はひったくるように計量伝票に目を走らせる。


「申し訳ありません。こちらは商業ギルドの紹介の方ですので1割少々の上乗せがございます。

 合計額は1万3千ギルとなりますがよろしいでしょうか?」


 本当にほぼ1割だな、おい。


「いいんじゃない?」


 クレアはあっさりしたものだ。


「なあ、魔石はどうする?

 これ、MSに入らなかったんだよ」


「あー!

 ちょーっと大きいかあ、口に入んないもんねー。

 売っちゃう?

 イブちゃんには小さいのが一杯ある方が良いでしょ」


「じゃあこれを売って、二回りくらい小さい魔石に交換ってできるか?」


「ヌシハンザキの魔石!?

 この色、この大きさ!

 うー……

 少々お待ちください。

 魔石の在庫を確認して参ります。

 あ!

 この魔石、お預かりしてもよろしでしょうか?鑑定をいたしますので!」


「いいよ。持って行って」


 なんだか随分慌てているな?

 ヌシハンザキってのは結構な騒ぎの元みたいだ。


 この場所は解体場だそうで、男達は持ち込まれた魔物を専門に解体しているらしい。

 ヌシハンザキの生皮はここで洗って下処理の後、舐めし屋へ送るんだそうな。


 皮舐めしってのは特殊な溶液に漬けたりその廃液処理とか、いろいろ大変らしいんでここではできないんだそうな。


 裏に井戸があるって教えてくれたので、魔石を待つ間に幾らかでもタクシー(イブちゃん)を綺麗にしてやろう。


 中の生臭い血の匂いを一通り洗い流していると

「あんた達がヌシハンザキを倒したって本当?」


 声に後ろを見ると、花模様の輪っかを載せた紺のとんがり鍔広(つばひろ)帽子、同じく紺の短マントを羽織り、ニッカボッカみたいな膝から上だけ布たっぷりな紺の下履き、じゃらじゃらとした装飾品と、その下だけが薄いピンクのシャツと言う出立(いでた)ちの小柄な少女が、捩じくれた短い木の杖を持って、生意気そうに口を歪めて立っていた。


 その格好って……

 あたしは魔法使いですってか?


「わたしは魔法少女、メグって言うの。

 これでもBランクよ」


 おっと。

 俺の内心のツッコミが見事に上書きされてしまった。


「ヌシハンザキってそんななの?

 あたしはクレア。こっちはタケオ。

 で?なんの用?」


「本当に2人だけなのね?

 ねえ、わたしとパーティ組まない?」


 俺はメグと名乗る少女の顔を穴が空くほど見た。

 もしかしたらポカンと口を開けていたかも知れない。

 今回はクレアの再起動が早かった。


「2人じゃないわ、この子を入れて3人よ。

 それで、あたしたちは冒険者ギルドに入ってない。

 今は行商ってので商業ギルドの所属よ」


「何やねそれ。

 行商の商人がヌシハンザキ倒した言いよるんか?」


 俺の耳にはその言葉は関西風に聞こえた。こっちではどこの言葉か知らないが、自分の口調が変わってしまったと気づいたのだろう。

 メグは左手で口を隠し、黙り込んだ。


 こちらは付き合う気もないので、背を向けてタクシーの洗車に戻った。


 屋根にザバッと桶の水をかけて洗車ブラシで軽く撫でる。


「何があったか知らないけど、わたしがBだから、パーティはCランクで登録できるわ。

 冒険者資格がないんなら、名目上は荷物持ちとか雑用で固定メンバーにして仕舞えばいい。

 稼ぎは山分けよ。

 こう見えて、わたしの魔法はすごいんだから。

 損はさせないわ」


 後ろからメグが言い募る。


「あらそう?

 じゃあ早速だけこの子を洗うのを、その魔法とやらで手伝ってくれる?

 傷とか付けちゃダメよ?」


「水魔法?

 洗うのはあんまり得意じゃないけど、やってみるわ」


「魔法は知らないけど、攻撃と見做されると派手に飛ばされることになるよ?

 気を付けてね?」


「飛ばされ……る?」


 メグはふうんと少し考え込んだ。


 そしてタクシーに向かって立つと右に構えた杖を掲げ、ブツブツと何か呟く。


 タクシーの上に霧のようなものが集まり始める。

 それはどんどん濃く、厚くなっていき、ポツリと雨粒がタクシーに落ちた。


 メグを見ると杖を構えた姿勢はそのままに、真剣な表情で雲を見上げていた。


 まさにアニメで見た魔法発動の光景だった。

 あれは動いてはいても所詮絵空事。

 それがこの目で見られるとは!


 ザアと水音に振り向くとタクシーの上だけ、黒い雲からスコールのように雨が降っていた。

 叩きつけるように落ちる大粒の水。


 が、不思議に周囲に水が跳ね飛んだりしない。

 地面を見ると、水は整然と排水路へ流れて行っていた。これが魔法ってやつか。


 5分程だろうか、唐突に雨と黒雲が掻き消える。


「おおー。スゴイスゴイ!

 でも綺麗になったのは上だけねー」


「上だけやて?

 ウチがあれだけの水かけたんや。そないな……」

 口を押さえるメグ。


 この娘、普段は気取った口調だが、興奮すると地が出るらしい。

 が、クレアはお構いなしに続けた。


「そうよ。

 見てごらんよ、横とか後ろ!

 縞模様になってるじゃない!」


「あー、横からスマン。

 腹の下は特に念入りに洗いたいんだ。

 サビが出て床が抜けると困る」


「そんなとこどうやって洗うつもりだったの?」


「クレアにタクシーの腹の下の土を、俺の背くらいまで下げてもらおうと思ってたよ。

 下に入って洗うのさ」


「うわー、大変そうー」


「ちょっと待ちなさいよ。

 そんな面倒だなんて知らなかったんだから、もう一度やらせなさい」


「あら、まだやるの?」


「当然よ。魔法少女メグの二つ名が伊達じゃないって見せるんだから!」


「そうか?

 なら水をこう車体に斜めに吹き付けるってはできるか?

 表面の汚れを向こうに吹き飛ばす感じだ。水の速さが要るぞ?」


 メグは目を白黒させて考えている。

 俺がやりたいのは両手持ちハンドガンスタイルの高圧水洗車だ。

 あれなら細かい所まで洗うことができる。


 メグが固まってしまったので、俺たちは側面の洗車を続け、クレアに腹の下の穴を掘ってもらう。

 助手席の座席下から雨合羽を引っ張り出して着込んでいるとメグが再起動したらしい。


「あら!

 ウチの洗うとこ、残ってへん?

 これからやってん、ウチの出番、あらへんやん!」


「出番?

 あるぞ、お待ちかねの腹の下だ。

 やってみるか?」


「そんなんやってもええけど、キレイになったか見えへんやろ」


「そのためにこれを着てる。

 潜って見て来るさ」


「言うとくけど、これ、簡単ちゃうで?

 ウチみたいに魔法使うんは、そうはおらへんのや」


 言うだけ言ってメグは地面に膝をついて、タクシーの腹の下を覗き込む。


「こんな感じやろか……」


 また杖を穴の中に向け、口の中でブツブツと何か呟いて……


 今度は霧も雲も無しだった。


 いきなり、シャー、ズババ、ボボと穴の中から音が響く。

 それは凹凸のある面に高圧水流を当てた時によく聞いた音だ。

 EV車はプロペラシャフトは無いが、サスペンション系の部品は沢山付いてて、どうしたって洗いにくいんだ。


 結局、タクシーの腹の下の仕上げは滴る泥水を浴びながら、俺が洗車ブラシで落とした。


 そして冒険者ギルドには釣り合うだけの魔石はないとわかって、掻き集めた魔石との差額は金貨で受け取った。


 クレアは帳簿に書くものができたと喜んでいた。

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