タケオが見た夢
本日3話目です
俺は飯山健夫。68歳の個人タクシーのドライバーだ。
中野林市を通るローカル鉄道、山津川線、その狭いアンダーパスを潜っていたらこっちの世界に来てしまった。
以来、森から飛び出して来たクレアという少女とあちこち見て回っている。
北はエンスローという大きな街まで行って来た。
ボコボコに傷んだ道を何故かタクシーが覚えた?「リペア」で修繕しながら。
で、今度は南に行ってみようかというところ。
このところ魔石をリペアに使うので、寄り道をしては魔物を狩り魔石を集めている。
俺は役に立たんから、専らクレアとタクシーが狩るんだけどな。
最初の狩りはイッカクネズミにゴブリン、ロックスネークの単独で魔石は10個ほど、道の補修をするにはてんで足りない。
場所を変えてクレアが分け入るが、上手く行かない時ってあるもんだなあ。
夕暮れまであちこち頑張ったんだが、遂にヤマニ村近郊で野営とあいなった。
小物ばかりとは言え30近い獲物だ。
肉はそこそこ取れたし香草の類いはクレアがちょこちょこと集めている。
あまり代わり映えしない夕食だが腹は満たせた。
気候は晩夏、車中泊もちょっと窓を開けたくらいで快適だ。
・ ・ ・
薄暗い部屋に何か動くもの。
緑の艶やかな肌、見慣れぬ形。
誰かの声。ナレーションでもするかのように。
『我らは大宇宙に無数の探査艇を…ザ…偉大な種族、レッグス。
長い長い探査任務でこの星系を覆う青いエネルギー雲を発見。
系内に進入するもエ…ガ…ルギー雲に捕捉され、艇は航宙能力を喪失。
やむなく惑星周回軌道に降下。
総点検を掛けるも系内機関すら修理不能。
調査端末により惑星探査を開始。
惑星の高山にある溶岩洞窟は修…ザザ…ックに適当と判断。
着艇に成功して公転147回が経過。
以来、修理資源の現地調達と本来任務の調査を続行。
他艇の転送リンクへの不安定な接続を受信。
母星系への報告、救助要請を試行す…ビ…艇長決断を下す。
しかして転送リンクは機能せず。
我らの孤独は続く。
余波が何処とも知…ガガ…彼方へと伸びる。
かねてより観測されていた惑星を覆う網目状のエネルギー帯、その一本に転送反応を確認。
白い金…ガピ…物体が移動した』
薄暗い室内らしい場所が詳しく見えて来る。
頭に被っているのはヘルメット?
細い腕に鉤爪のついた手指。
箱を積んだようなズンドウの頭?
背負っているように見える太い棒の束は…脚か…後ろ脚。
ああ。これはでかいバッタだ。
頭の左右にゴーグルっぽく張り出すのは、複眼と言うやつ。
バッタが歪んだ岩を鉤爪で叩く。
音はコンコンカリカリと聞こえる。
それとは別にカチカチシュウシュウ、互いに音を浴びせ合う。
それらは数えると多分4つ。
どれも同じようにおかしな形の岩を抱え、多すぎる腕で掻いたり叩いたり。
何をしてるんだろう。
岩の上に黒い煙が広がる、その中に何かが見える。
どいつもそれには気づいていないのはなんでだ。
煙の中のモヤモヤは形を成す。
それは、雨を忙しなく弾くワイパーの向こうに、暗い空の下ライトに浮かぶ、高さ制限がどうとか書かれた虎模様の鉄骨の門。
あれはどこかで見たように思う。
四角い箱型の暗い通路が後ろへ流れて行く。
この通路はどこまで続くんだ。
そこで件のバッタの鉤爪が前を引っ掻いた。
下では岩を、鉤爪の手が一本上から、左にもカンカンと叩く爪が、下ではキイキイ爪の先で削る指が。
何本もの鉤爪が捩れた岩をを引っ掻き回す。
煙の輪には、ライトを受けて後ろへ流れる狭い箱の先に四角い光が見える。
あそこまで行けば抜け出せる。
だが、そのうちの一本の長い爪が上の煙に現れて深く食い込む。
そこからトンネルが割れて行く。
天井が大きく歪んで黒い亀裂が走る。
両側の壁が倒れ込んできて。
床が抜けた。
全てはバッタの鉤爪が発端らしい。
そうなのか。
黒い亀裂は大きく揺れながら続いた。
そして見覚えのある草原と黒い森。
黒い森……
森の奥から何かがやって来る。
太い枝が草原に爆ぜるような音で飛ぶ。
でかい影は白い2本の足で走る豚…
あれはオーク…
巨体のオークが俺を襲う。
俺は背を向け逃げ出す。
だが後ろからドスドスと足音。
俺はとにかく逃げるが、向こうのほうが足が速い。
このままではきっと追いつかれる。
逃げないと。
逃げきれないんじゃないのか。
逃げろ。
とにかく走れ。
逃げる、音が迫る、肩を大きな手が掴む、うわあぁぁぁーーー!
・ ・ ・
……ケオ……タケオ…起きて!
ひどい汗。
うなされてたよ?」
ハッと世界が切り替わった。
目の前にはクレアの顔があった。
天井灯が点いている。
ここは…タクシーの後の床か。
座席を畳んで寝てたんだったか?
あの雨のガード下は、あの時の私鉄を潜る狭い箱型暗渠だ。
なんであれを潜ることになったのか未だに分からない。
しかも、なんででかいバッタなんだ?
オークまで出てきやがった。
こんな夢を見るなんて…
「大丈夫?水、飲む?」
寝る前に、ボンネット下の冷蔵庫から出しておいたペットボトルを、クレアが持って示す。
「ああ。もらう」
キャップを捻り、口を付けると一気にゴクンゴクンと半分を飲み込んだ。
喉がキュウっとなって苦しい。
どう言う加減なのか、たまにこう言うことがある。
その様子を見てクレアが
「本当に大丈夫なの?」心配そうな声で聞く。
「ああ。夢を見たんだ。
なんかバッタが出て来た。
人間よりデカそうなやつ。
最後はオークに追っかけられた」
「バッタの魔物は聞いたことないけど、居るんだろうね、そんなのも」
「どうかな、カチカチシュウシュウって感じで互いに喋ってるみたいだった。
多分4匹いて、岩の前で爪を立てて叩いたり引っ掻いたり、そのうち上に煙っぽいのが広がってな。
なんなんだろうな、あれ。
で、その煙の輪っかの中に、中野林の私鉄ガード下だ。
あー、俺がここに来るときに潜った箱形暗渠、っても分かんねえか。
あそこを潜る気なんか無かったんだけどなあ、なんでかあそこにいたんだよ。
それもかなり変な話だ」
「ふうん?
でもすごいうなされてたよ?
うわーとか言ってたもん?」
「あー!
それ多分、オークに追っかけられてたからだな。
俺が足で走って逃げる後ろから、棍棒を持ったオークがドスドス追っかけて来るんだ。
ありゃ、恐ろしいわな」
「あの時はイブちゃん、バックで逃げたんだよね。
生身の足じゃ逃げらんないよ。
そりゃ怖いわ!」
大袈裟にクレアが両手を上げる。
「しかし何だったんだろうな、あのバッタ。
俺がこっちに来てしまったことに、何か関わりがあるんだろうか?」
「どうだろね、夢は夢で現実じゃないからね。
夢見で予言したりって話も聞くけど、それって御伽噺ででしょ?
気にしないほうがいいよ」
俺は息で曇るガラスを拭いて暗い窓の外、瞬く星を見上げた。
「どう?落ち着いた?
落ち着いたんなら寝るよ?」
クレアが手を伸ばし天井灯を消した。




