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スライム狩の寄り道

本日3話投稿します

「アズスイフのばあさんとの約束なら、戻るのはちょっと早いか」


 タケオがそんなことを言い出した。


「ばあさんじゃないでしょ。頭取って呼んであげなよ」


「どっちでもいい。

 情報集めを俺たちが戻って催促ってのもなあ。

 ちょっと山にでも入ってみるか?

 ゴブリンのデカいのはもう碌に無いし、スライムはまだ底にいくらかあるが手持ちは使いたくない。

 行けばなんか出てくるんじゃないか?」


 魔石についてはあたしもどうかなと思ってたけど、行ったことのない場所ってなんか面白そう。


「タケオ、ずいぶん積極的なことを言うじゃない。

 カイとサイダの間に東へ行く脇道があったでしょ?

 あの道は山越えでさ。

 出るって話だよ?」


「出るって?」


「そりゃあ色々よー」


 タクシーはあたしの言った道を走って行く。

 いくらも行かないうちにもう上り坂、左右に緩やかに曲がりながら高度をあげて行く。

 草地で割と見通しが良かったのがいきなり木立に囲まれた。

 右に深い谷が現れ、また林間を縫うように山道が続く。


「タケオ、出たよ!

 この先の右!

 反応は一つ!」


「道は左に曲がってるぞ?」


「じゃあ止めて!

 あたしが見て来る!」


 さあ何が出たかな?

 まずは偵察だね。


 タケオは運転席のドアを開け、間に立ってこっちを見ている。


 あたしは警戒しながら静かに下草を踏んで進んで行った。

 草の薄いところは枯葉が積もってカサカサと音を立てる。

 あたしは数歩歩いて耳を澄ます。

 条件は向こうも同じ。

 空でも飛ぶんでなけりゃ、どんなヤツでも動けば音はするもの。


 そっと数歩動いて耳を澄ます。

 それを繰り返し少しずつ進んで行く。


 右手前方に動きがあった。

 音が聞こえたのではない、空気が揺らいだと言えばいいのか。


 あたしはじっと耳を澄ます。

 気配のあった方向へ全身の神経を向けた。

 ふと、上に揺らぎを感じて上を見上げた。

 その枝には全身が黄色い毛皮に覆われた、妙に手足の長い猿が1匹。


 確かマッドエイプという魔物、長い腕と脚で、振り回すような爪の斬撃があると聞いた気がする。


 それほど大きいヤツじゃないが、あの長い手足は確かに厄介そう。

 そう判断して、最初の予定通り槍を構えたまま、目を離さないように数歩後ずさる。

 イブちゃん(タクシー)のとこまで獲物を連れて行くのが、あたしの最初の仕事だ。


 キキィー!


 猿が叫ぶと木霊(こだま)が返った。


 いや、木霊にしては反響の間隔が短い。そういえば名前を呼ぶって言ってた?

 仲間が応えたのか?

 かなり近い!?

 ヤバイやばい! ヤバイ!!


 あたしはマッドエイプに背を向け道に向かって走り出す。慎重に進んだので、かかった時間の割にそれほど深くは林に入り込んでいない。20メルキ(メートル)も無いはず。


 上からの殺気に伏せるように、槍を脇に伸ばし前転した。

 穂先が灌木に当たり枝葉を散らす。


 転がった勢いで前方に飛び込んで、右脚を一本の木の幹に絡めると、僅かにあたしの軌道が変わる。

 左腕をマッドエイプの爪がかすめて行った。


 白いボディーに黒い屋根、丸くて黄色いアンドン。求めていたイブちゃん(タクシー)が見える。

 間には細い木が2本と深い笹藪、あたしは構わずそこに真っ直ぐ飛び込んだ。


 革鎧から出ている腕や膝下に細かい枝がビシバシ当たるが、イブちゃんは目の前だ。

 頭から滑り込むようにあたしは山道に飛び出し、転がった。


 身を低くしたのが良かったのだろう、マッドエイプがあたしを掴み損ね、イブちゃんに突っ込んで行く。

 それをあたしは地面から見上げていた。


 助手席と後席の間、タケオがロールバーと呼ぶあたりにマッドエイプは背中からぶつかる。

 ダンッ!という音と共にそのまま弾かれ、近くの木の枝を束でへし折って、マッドエイプは灌木の上に逆さに落ちた。

 折れた枝が刺さったのか、辺りは血塗れだ。


 あまりのことにあたしが顔を顰めて立ち上がる。

 そこへ更に3匹のマッドエイプが木立から飛び出して来る。


 あんたたち、枝を伝う空中戦のつもりで飛び出したの?


 タクシーに背を預け、槍を両手で持ち上げたが防御すら間に合わない。

 咄嗟にしゃがみ込んで躱そうとするあたしの顔面を、1匹の足先の長い爪が襲う。


 が、爪は手のひらひとつであたしに届かず、短い悲鳴と打突音を残してマッドエイプは眼前から消えた。


 一緒に飛び込んで来た2匹もあたりには見当たらない。


 バキバキと上から枝の折れる音、後ろでドサッと何かが落ちる音が二つ。


 左の木の上から、腕と足を不自然に揺らして血の付いた黄色い毛皮(マッドエイプ)が落ちて来た。


「クレア、ちょっとやり過ぎじゃないのか?」


 声に振り向くと、タケオが顔色をなくして窓枠と屋根の端を握りしめて立っていた。


 あたしはタケオに乾いた笑いを返すのがやっとだった。

 ほんと、死ぬかと思ったよ。


 収穫は4匹のマッドエイプ。

 売れそうなのは毛皮と肉、それとあたしの指より長い、ナイフみたいな切れ味鋭い鉤爪。

 そんなのが手足に4本ずつ付いている。

 2匹の毛皮は枝があちこちに刺さって買い叩かれそうけど、地面に落ちたやつはいい値が付きそう。

 鉤爪は指先から切断した。

 結構破損もあったけど、それでも62本の爪を確保した。


 あとは肉だけど、ウルフ肉より筋が多くないかな?

 細身だからそんなに沢山付いてないし。取れるだけ取るけどね。


 今回の魔石はイブちゃんの総取りだった。

 始末には1時間近くかかったよ。


 ずいぶんのんびりだなって?

 いいじゃない。血の匂いでウルフとか寄って来た方が、あたしは楽ができるもん。

 あ。格上は勘弁ね。



「クレア、まだ奥へ行くのか?」


「まだお昼前だし、もうちょっと行ってみようか」


「なんだ、さっきひどい目にあったってボヤいてたくせに。

 いいんだな?」


 あたしはタケオの念押しに頷いた。


 だってねえ。朝から街道の穴ボコを埋めたところを2箇所くらい通過して来たけど、もうスーッと通ってくんだよ?

 これから何度も通る道だって、タケオが言った意味がわかった気がする。


 だから魔石は貯めておきたい。

 またどこかで使うはずだもの。



 イブちゃん(タクシー)はまたグネグネと山道を辿る。


「お!タケオ、反応が5つかな、右側!」


「右ってすぐ沢になってるぞ?」


「ありゃりゃ。

 でも先へ行ったら右に曲がってない?」


「ああ、そうらしいな。

 進んでみるか」


 チラッとしか見えなかったカーブだけど、道はしっかり右へ回って行く。


「印は動いてないみたいだけど、3つ増えた。

 ここからだと正面よりちょい右だね」


「増えたって?

 大丈夫なのか?」


「まあなんとかなるでしょ。

 もう少し進んで」


 20メルキくらいイブちゃんを進めてあたしは外に出た。


 あんたたちはここでいい子にしてるのよ?


 道は緩やかに左へ、反応はほぼ正面だった。


 道なりに近づいて行く。


 なんか小さいのがいるね、なんだろ?


 見えて来たのは銀の毛皮を持つ長い尾の細っそりしたやつ。丸い頭はキツネというよりイタチ?

 あたしも詳しいわけじゃない。

 駆け出しだからね。


 イブちゃんに反応が出るのは魔石持ちだから、ってことは分かってる。


 尾を入れても1メルキをちょっと超えるくらい、それが8匹か。

 問題は何をして来そうなのか、あたしが知らないってことだ。


 慎重に観察してたつもりだったのに、中の1匹がピクッと頭を上げた。


 ヤベ、見つかった?


 8匹が一斉にこっちを見る。

 目が3つあるよ、黒い鼻の頭もおんなじに見えるから4つ目に見えちゃう。


 やん!可愛い!


 次の瞬間4つ目玉は口を開けて威嚇した。

 いや、威嚇なんてものじゃない、顔が裏返ったと言った方がいい、頭全部が牙を剥いた真っ赤な口になった。


 キシャァーー


 耳をつんざく吠え声にあたしは飛び上がって逃走した。


 びっくりした!ビックリした!!


 後ろからザザッと動き出す気配があたしを追ってくる。


 幸いイブちゃんは近い。

 あたしはイブちゃんの背後に小さくなって隠れた。


 ダンッという音に顔を上げる。

 1匹の4つ目が宙に舞ってクルクル回っていた。

 イブちゃんの前には飛び掛かろうと身を低くした7匹が散開している。


 弾かれた4つ目を見てちょっと落ち着いた。

 あたしは握っていたことも忘れていた槍を構え、助手席側へ踏み出した。


 それに応じて3匹がこちらへ首を向ける。


 良かった。4つ目に戻ってるよ。

 アレ、怖いんだもの。


 後ろでドシっと落下音、弾かれた4つ目が地面に叩きつけられ、それが合図になったか、7匹が動き出す。


 あたしに向かう3匹は上段、中段、下段と分かれた牙を剥いた。

 あたしは右から左へ槍先を振り下ろした。


 右上の1匹は首辺りを穂先が掠める。

 その槍は左から回り込む、地を馳る1匹を叩き伏せた。


 あたしの胴を狙って食いつこうと跳びつく残り1匹。

 穂先は間に合わない。


 あたしは左腕を伸ばし槍の柄をソイツに当てに行く。

 手が逆になって苦しい体勢だった。


 これはまずいかも!


 顔を大口にして突っ込んで来る4つ目、なんとか柄が間に入るか?

 というところでソイツはイブちゃんのバックミラー辺り、まだ(なに)にも触れてもいないのに左へ弾け飛んだ。


 防御結界は車体から離れて有効らしい。


 あたしがそうやって3匹を引きつけている間に、残りは全てイブちゃんが持って行った。


 なんか!釈然としないよ!

 頑張ったのあたしなのに!


 綺麗な傷ひとつない銀毛の毛皮が6枚、首に穴あき、背の潰れたのが1枚ずつ。

 血抜きはタケオがクレーンで手伝ってくれるし、穴掘りはあたしが土魔法に慣れて簡単になってる。


 小さいからお肉は大して取れない。

 とは言え8匹だからね、美味しそうなお肉が20クロッツ(kg)にはなったよ。


 カーナビで見たらシルバーフェレットって名前らしい。

 顔全部が口になるんで無けりゃ可愛いのになあ。


 お昼を山中で食べて、次はグレイウルフの群れだった。

 今度はあたしが3匹仕留めた。

 おかげで毛皮は台無しになっちゃったけど、イブちゃんには負けられないよ。


 そんなふうに夕方まであたしたちは山中で狩りをして過ごした。

 でも獲物はグレイウルフばっかりだったよ。

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