デマホー
なんなんだ、あのジジイと小娘!
情報料を払ってやったのに、魔石を売らないだと!
パーティを組んで片手で数える日数の、駆け出しもいいところ、しかも何だあの……!
私はテーブルの酒瓶から火酒をグラスに注ぐと、一口に煽った。
小娘はまあ、そう珍しい事もない。
若く他に伝手がなければ、冒険者は稼ぐには手軽な選択肢だ。
私の登録も同じ様な事情だった。
問題はあのジジイだろ。
私の折角の提案を断って来た。
あんな小さな魔石は、今までの魔石とは大きさが違いすぎる。
内包魔力量が多いと言っても、魔道具に組み込めなければ売れる宛などないというのに。
値段がつくだけありがたいと思うべきなのだ。
使い道はある、だと?
出鱈目も大概にしろと言ってやるのだった!
壁にかけてある鏡の向こうに酔眼を据えて、睨んでいる白髪の目立つ貧相な男。
自分はこんなだったかと少しびっくりする。
だが、私はあんなふうに舐められていい男ではない。
・ ・ ・
私が冒険者になったのは、あの小娘と同じような年頃のことだ。
母親と弟の3人暮らし。
金が無くいつも腹を空かせていたが、楽しい暮らしだった。
少しでも食べるものを得ようと、年上に誘われギルドへ行った。
それが私の全ての始まりだ。
ギルドでは過去の犯罪歴と共に魔力を見てくれる。
私はそこで火と風に素質があると判定された。
魔力量はまだ計測できる量では無かったし、栄養不良で体はガリガリ。
まあ、その点だけは背だけが伸びた今もあまり変わらない。
力仕事も向いているわけではないのに、商店やお屋敷の手伝いの仕事依頼を回してくれた。
FからEに上がるのに半年以上かかったが、家にはパンと、肉は無理でも野菜を持ち帰ることができた。
Eに上がった日、受付嬢に「一応ね」と言われてオーブに手を置いた。
オーブには赤と薄い青の光が捩れるように踊っていた。
「光と風の魔法が生えてますね。
冊子を持っていって。
これを読んでいっぱい練習すれば、魔法が使えるようになるから」
この時の受付嬢はもう引退してるが、あの女性の言葉は今も忘れられない。
低年齢への特別措置で冊子の料金はかからなかった。
それからは雑用、採取依頼の合間を縫って魔法の練習を毎日のようにやった。
甲斐あってDに上がる頃には初級魔法が発動するようになった。
この時もオーブを使わせてくれて、魔力量が増えていると言ってもらった。
あとは慣れて行けばいいと。
そこから、Dランクパーティ、クリムゾンブレイドに入って私の快進撃が始まった。
僅か5年でパーティはBに上がり、私も上級魔法をいくつか使えるまでになった。18の時だったか。
今の家内と知り合ったのもこの頃だ。
それから更に7年、世帯を持って最初の子が産まれパーティはAランクに上がった。
2人目の娘の10歳の祝いは今も覚えている。
そう広いとは言えないが屋敷と使用人3人を構え、留守がちと言っても幸せな家庭が待っている。
子供たちと私の母親、家内の両親を呼んでの祝いの席、娘をアクトベル学院の寮へ出す祝いも兼ねての集まりだった。
今思えばこの時が、私の冒険としての絶頂だったのだろう。
しばらくして私はレッサードラゴン討伐で、パーティと王国東部へ向かい、それが棲むと言われるステドア山脈へと登った。
麓の村々が何度か襲撃を受けているというのだ。
20日ほども山中を彷徨い、見つけた巣は子竜を抱える2頭の番。
巣の周囲に転がる牛の骨などを見るに、子の餌を得るために村の家畜を襲ったらしい。
私を含めパーティは山中で休憩にも不自由して、体調万全とは言えなかったがまだまだ元気だった。
前衛の剣士がレッサードラゴンの敵愾心を自らに集め、盾士の大楯の影を使って剣士、槍士のアタッカー2人が縦横に刀槍をドラゴンに浴びせる。
その合間に私は後ろから上級魔法を放つ。
番の1頭は子を守る位置にいて、闘いに参加する様子はない。
その様子を見てしまうと、自分たちが他人の家へ土足で踏み込む強盗のように感じられる。
罪悪感がパーティに漂うがもちろんこれは正規のルートで発行され、私たちが請けた依頼だ。
滅多なことでは撤退できないし、中止すれば甚大なペナルティも発生する。
メンバーにはそれぞれ養う口がいくつもある者もいて、そんな決断などできないが、知らず切っ先はにぶる。
だが互いの事情は皆が把握しているし、腐ってもAランクパーティ、そんな事で手を緩めたりはしない。
闘いは2時間を経過し、互いにダメージを負ったが膠着状態に入った。
レッサードラゴンも子を守る役割を何度も交代して、2頭ともそれなりの手傷を受けている。
前衛は回復術師の度重なる掩護で身体の傷は無いはずだが、武器防具に細かなダメージがあるだろう。
バフ、デバフは効果切れで何度か掛け直しているので、彼女の残す魔力量が心配される。
そして私の上級魔法は10数発に及び、魔力は半分を切っていた。
パーティはこの戦闘を生き延びられるのか、そこが問題となって来ていた。
「デマホー。翼に攻撃を集中してくれ!」
リーダーからの指示が飛ぶ。
レッサードラゴンの機動力を削ぐ狙いらしい。
ここまでも局所狙いの魔法は何度も放った。
頭、腹、翼、足。
いずれも単発で、前衛もダメージ優先。
特に連携などしていないのだが、ここへ来て膠着打開を図ろうというのだろう。
ここまで削ったからこそ取り得る手段でもある。
最初よりは、レッサードラゴンの動きが鈍っているのも確かなのだ。
指示と同時に私は上級魔法の詠唱に入る。
上から回転するたくさんの炎の刃が降り落ちる局所魔法だ。
これも何度か放っている。
指示があったからには、何か連携の工夫があるのだろう。
仕切り直しは前衛の攻撃から始まった。
大楯から飛び出した槍が頭を狙い、気を引いた隙に剣士が脇を突く。
対するドラゴンは4本足で身体ごと回転させ強靭な尾で薙ぎ払おうとする。
何度も繰り返した闘いだ。
戦闘時間が長くなると互いに戦闘パターンが読めてくるものだ。
所詮は技の組み合わせ、人間と違ってそれほど多くの攻撃手段がレッサードラゴンにあるわけではないので、これも何度か見ている。
剣士が大袈裟に飛び退くのはレッサードラゴンの視界を計算してのことだ。
逆に槍士は尾スレスレに小さく飛んで上に躱し、通り過ぎた後ろ脚に続く脇腹に槍先を合わせるつもりか。
それに合わせて盾士が回ってくる頭の前へ進む。
あれほどの距離を、しかも戦闘中に大楯を構えたまま移動するのは滅多にない。
私は詠唱を続けながら戦況を見守った。
盾士はレッサードラゴンの頭を傾けた大楯で上へ弾いた。
シールドバッシュで上へ弾くなど初めて見たが、レッサードラゴンの暴れ方が尋常ではない。文字通りドラゴンが跳ね上がった。
おそらく槍士の攻撃が初めて通ったのだろう。
「今だ!」
戦場を切り裂くように声が飛ぶ。
これは間違いなく私への指示だ。
詠唱は終わっている。
直ちに私は魔力を請求する精霊に大きな魔力塊を渡す。
実際にこれが他から見えるわけではない。
契約のある上級精霊と私の間の心象の中でのことだ。
レッサードラゴンのそう高くない上方に突然、真っ赤に燃え盛る炎の円盤が現れる。
それが薄く剥離する様に回転しながら落ちていった。
その炎の円陣は3枚。
ここからは円盤に見えるが上から見れば、4本の炎の刃が一点を中心として回転しているのが見えるだろう。
レッサードラゴンは翼が作る浮力もあって、まだ宙に浮いている。
羽ばたく様に動く2枚の大きな翼。
それぞれは体長の半分ほどしかない。
あれで飛べるはずがない、魔力を使う一種の器官なのだ、というのがドラゴンと翼に関しては定説となっている。
が、その翼を回転する刃が切り刻む。
千切れた様に飛び散る破片はいくらもせず燃え尽きる。
翼への攻撃に気づいていないのか、羽ばたきは根本近くまで燃え尽きるまで続き、その間レッサードラゴンの身体は高さを保っていた。
これは要報告事項だな、私は魔力放出の脱力感の中でぼんやりと考えた。
そして唐突にレッサードラゴンが地面に落ちた。
この一撃が決め手となり翼が無くなった1頭を戦闘不能に追い込む。
だが巣を守るもう1頭がそれを黙って見ているはずはなかった。
我々を追い散らすまで容赦なく攻撃してくるのは目に見えていた。
ここでは私たちが侵略者なのだ。
成功に味を占めたパーティは多少のアレンジを加え、同じパターンに持って行く。
苦戦を覆した一手なのだ、当然皆がそう考える。
が、相手も一度見ているのだ、直上への魔法を許す様な隙は見せない。
1時間に及ぶ死闘ののち盾士のシールドバッシュに槍士の腹への貫岩突きが決まって合図に合わせ、私の上級魔法が放たれる。
そしてその下に突き刺さった槍にぶら下がる、槍士の姿が小さく見えた。
バラバラと焼け飛ぶ翼が周囲に散乱し、最後のレッサードラゴンが落ちる。
上級魔法直後のぼんやりした視界に槍士が上手く下から抜け出すのが見え、自らの体重によって槍がドラゴンの腹を突き抜ける。
私はドラゴンの絶叫を聞いたんだと思う。
だがそれと共にレッサードラゴンの口からパワーブレスが吐き出され、正面にいた私の胸を直撃したらしい。
・ ・ ・
次に私が覚えているのは、麓の村の診療室だという粗末な個室だった。
そこで戦いの後のあらましを聞いた様な気がする。
はっきりと意識が戻り、自分がどうなったのか知らされたのは王都の魔術師協会の一室だった。
パワーブレス。
それは属性のない生の魔力を吐き出すもので、竜族の一部が稀に使う。
火や水などの属性がないため、単純な衝撃力であると思われていた。
レッサードラゴンからは、ブレスそのものが吐かれた記録がこれまで無かった。
様々な憶測はあるが、私がそれを胸に受けて、魔力の大半を喪失したというのが魔術師協会の診断だった。
胸にあると言われる魔力溜まりを強打して、魔力を喪失した例は過去に数例の報告があった。
まさか自分にそんなことが起こるとは。
・ ・ ・
魔術師の職を失った私はギルドの片隅で職員となった。
王都の屋敷は人手に渡り、エンスローへ移動となって分相応の小さな家を借りた。
娘の通うアクトベル学院への支払いだけはなんとか続けている。
仕事は支部から上がってくる報告書の整理と、初級魔法の指導だ。
幸いと言うか、かろうじて初級魔法なら、日に何度か使えるだけの魔力が戻ったのだ。
そんな生活を10年続け、何がきっかけだったか私には魔道具師との付き合いが生まれた。
魔力のないものにも、決まったものだけではあるし高価でもあるが、魔法が使える様になる魔道具。
現実には貴族相手の虚栄と暴利の世界だったが、魔道具師のほとんどは庶民の出だ。
私も一時の身に丈に合わぬ栄華があったが、所詮母子家庭、貧乏人の出自だ。
「安価な魔道具を庶民にも!」と言われれば協力もやぶさかではない。
冒険者には悪いが、魔石の傷を理由に買い叩き、ギルド出入りの商人への口利きなどで小金を集め、安く売れる魔道具の開発に協力していたわけだ。
私は生き甲斐と言っていいものを見つけ、暗躍を始めた、
そこへ降って沸いたスライム魔石だ。
カイからの報告書に私は目を見張った。
報告通りなら小型で他の魔石に比べ供給量が多い。
採集そのものがあのパーティ依存となってしまいそうだが、何か方法はあるはずだ。
先行して廉価版の魔道具を開発し……
現物をこの目で見て、踊り出したい表情を鑑定モノクルに隠した。
なんと言う内包魔力量。この一粒でゴブリン相当とは!
これでまた一歩先へ進める!
その目論見はあのジジイの一言で潰えたのだ。
・ ・ ・
ところがその厄災はそれだけで終わらなかった。
ゴブリン討伐を請けなかった件について、受付を通じて確認に来たものがいると言うのだ。
私は魔道具師に回す金を捻出するため、あちこちで少額の手数料を申し受けている。
拒む者にはペナルティを課す場合もあったのだ。
嫌な予感がした。
小会議室に、確認に来たと言う者を案内させて話を聞く体を取った。
そこに案内されていたのはあの小娘とジジイだった。
調査した結果ゴブリンの数が多いだけではなく、ホブとメイジがいたと言う。
ゴブリン集落ができている可能性があるので調査しろと言うわけだ。
一つホッとしたのは、依頼を出したと言う山菜屋の申請に、私は関わっていなかったことだ。
調査するしないはギルドの権限であり、冒険者に口出しされる謂れはない。
スライム魔石の件を腹に据えかねていた私は、ギルドを通さない依頼を受けた咎でギルドカードの返却を求めた。
相手が冒険者で無くなればもうギルドは関係がない、そう考えた。
2人はあっさりと引き揚げた。
受付には寄らずに。
あいつらは厄病神だ。
安価な魔道具普及のためにも、なんとかしなければ。
週一投稿に戻します
11/30にお会いしましょう