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オーク

2話目

本日中5話まで投稿する予定です

 黒の森。


 ここは奥へ行くほど凶暴な魔物が出ると言われ、クレアのレベルでは入り口付近がせいぜいらしい。

 クレアは薬草を探しに森の外縁部、草原側の日の光の届く範囲に向かった。


 俺は昔も今も戦闘力など皆無なので森には立ち入らず、車を回しここに出現した場所を探っている。

 踏みつけられた草は回復力が高いと見え、このわずかの時間でタクシーの通った場所すらハッキリしない。


 俺はクルマを降りると、その辺りを歩いてみた。

 草丈がまちまちで分かりにくいがそれらしい場所を見つけた。

 当たりを付けた10m四方を足裏の感覚を頼りにくまなく歩き回る。

 タイヤの踏み跡らしい溝を見つけ、並んであるはずのもう一本の溝を探す。

 まだ前方に続いていることから、出現位置はまだ先だと分かった。


 その時、クレアがキャアキャアと騒ぎながら森から飛び出した。


 タクシーの後方80m。

 何に追われているのか分からないが距離がある。

 俺はタクシーに急いで乗り込むとそのままギアをバックに入れ、アクセルを踏み込んだ。

 駆動は4駆に入っているが、地面は柔らかい。タイヤがグリップを失うほど回せば、4本のタイヤが地面に、タイヤ径きっかりの穴だけ掘って終わる。


 できるだけやんわりと、しかし急いで!

 矛盾した要求だが、俺だって職業ドライバー30年以上、砂浜、雪道、泥濘の道。

 ラリーやカーレースの経験こそないが、悪条件の中でタイヤのグリップくらいは感覚で掴める!………はず。


 幸いエンジン車とは違い、バックもローもタイヤを回す力に差はない。

 ただ進む方向が違うだけだ。


 長々とした独白だが、このほとんどは一瞬で判断した。

 あとから見直して追加したとこなんか……無いったらない。


 ドアを開けて乗り込み、そのままシフトをバックに入れる。助手席に背もたれを左手で掴むとまだ走っているクレアを目掛けアクセルをジワっと踏み込んだ。

 地面を噛むタイヤトレッドを思い浮かべもう少し踏める、もうちょい、まだ行ける……と加速して行く。

 スピードがある程度乗るまではハンドルは切れない。


 バックでの強いハンドルはコントロールを失いやすい。

 タイヤが空転する感覚は独特だ。今回のように加速する場合は、背に押される感じが一瞬弱まる、シート越しに尻に伝わる振動が弱まると言ったところで感知する。

 その現象が来たらアクセルをやや弱める。そしてグリップを確かめまた加速して行くのだ。


 幸い今回はその空転の感触はなく順調に加速している。

 もう少し行けるかもしれんが、誤差の範囲だろう。


 クレアが森を振り返り、俺の視界を6つの影が横切った。

 距離はあと20m。

 もうすぐそこだが、狼らしいのがクレアを取り囲む。森の側に4匹あとは回り込もうと動いている。


 その獣の厚いところに目掛けて、俺のタクシーがバックのまま突っ込んだ。


 森からクレアが引き連れて来た狼のような魔物は数が多い。

 群れはよほどクレアに集中していたのだろう。


 エンジン車と違いEVはアクセルを踏み込んでもエンジン音がない。

 近づいて風圧を感じるくらいまでいかないと気がつかないのだ。


 ましてここは草原で、タイヤが路面を叩くような音は一切出ない。

 わずかな音も靡く草の葉が吸収してしまう。

 端の一頭が驚愕したようにこちらへ首を向け直後、跳ね飛んだ。


 クレアに飛び掛かろうと一頭が動く。

 他は僅かな時間差で飛びつこうというところで、

 ドスン! と鈍い衝撃と共に、

 ギャン! と悲鳴が上がる。


 群れは一瞬に凍りついたように動きを止める。


 が、それは全速後退中のタクシーの蹂躙を避けるには悪手だ。


 続けて2頭が跳ね飛び、タイヤが1頭の上を通過する。


 乗用車両としては小型の部類だが重量は2トンに近い。一本のタイヤにかかる重さは約500kg。

 一瞬とは言え、それが体の上を通過するのだ。


 どこを踏まれたにせよ、しばらくは戦闘どころではない。


 タクシーは戦場を20m近くも通り過ぎて止まった。


 クレアは最初の一頭を危なげなく捌き、驚愕する残りの狼どもに槍を突き込んだ。


 健在なのは残り2頭だ。


 跳ねられた一頭がフラリとと立ち上がる。


 何か合図があったのだろう。群れは踵を返し森へ向かって撤退した。

 後には死体が一つ、首だけ上げ動けずにいるのが二つ。

 クレアがそいつらに止めの槍を突き込んだ。


 タクシーの方は最後の5mのブレーキが強すぎたらしく、草の根ごと引きずって、土の色の弧を残して止まっている。


 滑り始めてしまえば草根の塊でタイヤがロックしてしまう。そうなるとブレーキペダルを離したところでタイヤが回ることはなく、止まるまで草を削り続けることになるのだ。


 路面のグリップはどうか、俺はゆっくり慎重にアクセルを踏む。

 草根のない裸の土はさらに扱いが難しい。

 ズ……ズズ……

 僅かずつ前へ進めて4本のタイヤが草地を踏むまで、クレアが呆れたようにこちらの、亀の歩みのような動きを見つめていた。


 クルマと言うのは走るよりも止まる方が難しい。

 タイヤグリップの十分な路面でもスピードがあると僅かな事で車体の挙動が変わる。

 ましてこのような土の柔らかい草地だ。

 このタクシーがここで移動できるのは、一面に張った草の根が互いに繋がっているからだ。

 5m分の草を削ったとは言え、腹が(つか)えるほどの量にならなかったのはただの僥倖だ。


 軽いスピンがかかって、別々の場所を削ったのが良かったのか悪かったのか。


 焦ってブレーキを抜くタイミングを逃した失敗だったが、兎も角もタイヤは走れる地面を踏み締めた。


 そのカタツムリが這うような静かな歩みをじっと眺めていたクレアだが、俺がドアを開けたところで、ホッとした表情でタクシーに歩み寄る。


「助かったよ、タケオ」


 バックドアを手で撫でながらタケオが返す。

「ゴブリンを連れてきたばかりのような気がするんだがなあ?」


「あ。

 アハハ……

 ごめん」


 クレアが薬草探しに夢中になって、奥へ進みすぎたらしい事は予想が付く。


「ふう。

 無事だったからいいようなものの……」


 俺は口から漏れる小言を飲み込んだ。

 クレアのショゲ様が孫のそれと被ったのだ。


 だが、毎度こんな調子で変な物を連れてこられては敵わない。


「なあ。

 森の中ってタクシーは入れそうか?」


 俺はクレアの盾代わりに、タクシーを森に持ち込むことを考えていた。

 近くに敵を弾くクルマがあれば、最悪クルマに逃げ込めばいい。

 どのくらいの防御力があるのか、まだハッキリしないが、狼を跳ね飛ばしても傷一つ付いていないのだ。


 狼の血抜きをしながらクレアは答える。


「これを連れて行こうっての?

 どうだろう。

 地面に太い根が張り出してたり、枝の低いところもあるけど、入れないことはないんじゃないかな?」


「あとは地盤だな。

 タイヤが落ち込むようだと出てこられなくなる」


「それはあたしじゃ分からない」


「木の間隔の広い場所を選んで入れてみるか。

 まだ薬草は採るんだろ?」


「規定の10本束に少し足りないのがあるんだ。

 もう少し探したい」


「そうか。じゃあ奥へ入ってみよう。

 乗って行くか?」


「草を見ながら行くから後ろを歩くよ」


「槍が邪魔ならここにくくるといい。

 ほらこんなふうに」


 クレアはちょっと考えてルーフハンガーにゴムバンドで槍を括る。


 俺は運転席に乗り込むとタクシーを発進させた。

 運転席の窓は開けたまま、スリップさせないようにゆっくりと走り出す。森に近づくと木立の(まばら)なところを選んで、進入場所を探す。


「この辺が行けるか?

 カーナビに幹の間隔とか出るとありがたいんだがなあ。

 んな訳ないよな」


 ミラーには後ろに付くクレアが写っている。


 大木を大きく回り込むように進路を右へと変えた。


「ちょっと止めて」


 クレアが周囲を見て声を上げた。

 まだ30mほどしか進入していない。


「見つけたのか?」


「うん。しばらくそのままね」


 待っている間に、俺はカーナビの設定を弄って見ることにした。

 面倒でも幹の位置を登録すれば、次に来るときに楽ができるかと思ったのだ。


 森と草原の境界は、少しだけ色が違って表示されていることが分かる。

 まず森の色を濃く、表示設定を変更をした。


 次は現在位置をどんどん拡大して行く。

 樹冠同士がぎっしり重なっているわけではなく、上から見た木の形が何となく分かるので、幹は枝葉の範囲の中心辺りと考えていいだろう。


 推定できる幹の位置を周囲の分も含めて丸印を書き込んで見る。


 これが正しいかは分からないが、間隔の広そうなルートは分かるかな?


 窓越しに周囲の木を見ていると色々な種類の木があるようだ。


 これが色分けできたらもっといいよな?


「なあ、クレア。

 木の種類って分かるか?」


「実の成る木は少しなら分かるよ」


 食い物優先だよな。

 植物学者じゃないんだから、そこはどこの世界も一緒か。

 幹や葉の違いで色が変えられるかな?


 移動と採取を3回もすると、カーナビの森林画像は随分カラフルになった。

 幹の推定丸印は手書きだが、進路は選びやすい。


 地面の段差やら障害物なんかは目で見て書き込むしかないんだよな。


「ねえ。採った薬草って後ろに積んでもいい?

 持ちきれなくなった」


「ああ、ちょっと待って。

 ビニル袋を出すから」


 ボンネットを開けて、ゴミ拾い用の袋を持ってくると、クレアがバックパックから取り出す薬草を種類別に詰めて行く。

 薬草は5種類有った。

 赤い花も摘んでいたがそれは薬草では無いらしい。宿で飾るんだそうな。


 ついでなので、太マジックで薬草名をクレアに書かせた。

 それは全くみたことのない文字。


 厚手で割と丈夫なこの袋は、捨てずに次も使えばいいのだ。


 詰め終わってまた移動だ。

 移動していると、ミラーに写るクレアが左へ回る。


 何だ?

 タケオが車を止めると右から、


 ガンッ!


 音に驚いて俺が外を見ると、仰向けにイッカクネズミがひっくり返っていた。

 クルマの影からクレアが飛び出し、ネズミに喉元を槍先で突く。


 紐で足を結えて担ぎ、笑みを湛えたクレアがタクシーの後ろへ戻った。


 俺は肩を一つ竦めて、またタクシーを前へ動かす。


 あのサイズの入る袋は積んでないよな。

 ビニル袋は破れやすいから、重かったり爪のある獣を入れるには向かない。


 クレアが採取を始めたので、カーナビで位置の確認をする。

 あまり奥へは踏み込んでいないが、まだ採取は続くのだろうか。


「なあ、クレア。

 まだ集めるのか?」


「うん。

 規定の数はもういいんだけどね、折角の稼ぎだもん、このペースなら結構行きそうなんだよ」


「そうかい。

 飽きたって言い出すまで付き合うよりなさそうだな」


 幸い、カーナビの表示を弄ったから、進路は決め易い。

 抜けるルートもなんとかなりそうだ。


 俺がカーナビに集中していると、何かの物音が聞こえて来た。

 ミラーを見ると、クレアは既に左側に隠れるようにしている。


 バキバキと枝の折れる音にズンと響く遠い足音。


 結構大きいんじゃないのか?

 まだ姿は見えない。


「なあ、クレア。

 これ、逃げたほうがいいんじゃないか?」


「ダメ。

 たぶんオークよ。

 来た道を戻るしかないけど向きはすぐ変えられないでしょ?」


「そんなことか。

 バックで出るぞ、乗れ!」


 客席の自動ドアを開けると、イッカクネズミを先に放り込み、クレアが乗った。

 槍は来た時と同じように、手早くゴムバンドでハンガーに括っている。


 ドアを閉めると俺はバックを開始する。

 体を左に捻って、助手席の背もたれを左手に、右手でハンドルを切る。

 クレアは俺の視界の邪魔にならないように、ドアに寄って助手席の背もたれにしがみ付いた。


 最初の動きはゆっくりだったが、じわりじわりと加速して行く。10mほども動いたか、右の前の木の大枝が爆発した。

 いや、オークが棍棒で枝を叩き落としたのだ。


 俺はそちらを一切見ずにバックを続ける。

 引き攣った顔でオークを視線で追うのはクレアだ。


 オークが逃げる獲物に気づいたようで、こちらに向き直る。


 クレアが震える声で言った。

「うわ、気味悪い!

 オークがニマアって笑った!」


 オークがズンと一歩を踏み出す音は車内まで響く。

 巨体のせいで動き出しは遅い。

 2歩目、3歩目と段々と加速して来るのが分かる。

 タクシーの方も段々とスピードが乗って来たが、

「なんか追いつかれそうだよ!」


 オークは地面の状態なんか気にしないんだろうな。


「速く、速く!

 そこまできてる!」

 クレアの切迫した声がアクセルを煽る。

 クレアは顔を引き攣らせ、速く、速くと呟いていたが少し声が落ち着いて来た。

 そっちを見るわけにゃいかない、全神経をアクセルペダルに注いで後ろを注視する必要があるんだ。


 オークはトップスピードだろうが、タクシーは俺の集中が続けば、まだまだ加速できる。

「ちょっと離したよ!」


 クレアが喜声を上げるが、最初の曲がり、大きな木を右へ回り込んだ場所が近づく。


 このスピードじゃ、あれは曲がれない。

遭遇早々2回目のトレインをやっちゃうクレア。

今度は何連れて来やがった?

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