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トエンズル売店

 ここはエンスローの北門近く、トエンズルの街道沿いに店を構える、とある直売所だ。


 売っているのは木の実、山菜、キノコ類の他、ワナ猟で仕留めたシシやタヌキ、ウサギなどの小動物の干し肉なのだが、それらは近在の雇い人6人で山中から集めて来る。


 裏手の作業場にバタバタと足音がした。

 ネスティは、おや?と小首を傾げ作業場へ続くドアへそっと歩み寄る。

 幸いというか客の切れ目、商品の陳列を直して見栄えをよくして次の客待ちを、などとやっていたところだ。


 おかしいな、昼過ぎたばかりで、まだ採取組の戻る時間にはずいぶん早い。

 もしや物取り?


 心張り棒代わりに置いてある1メルキ少々のカタボクの枝を手に取って、ドアの向こうに神経を向ける。

 以前にもコソ泥目的で忍び込んだ男を、これで撃退したことがある。

 ないよりはマシ。


 扉を僅かな開け、隙間から向こうを窺うと、ボソボソと話し声。


 何人かいるようだ。

 こりゃ最悪、逃げ出すことも考えに入れとかなきゃいけないかねえ。


 あの漬物樽のところが狭くて通りにくい。動くだけでもやっとの通路だ、何か振り回すにしたって、あそこじゃ容易じゃない。


 こっちは短めとは言え酷く硬い心張り棒だ。

 一発嚙ましてビビって逃げ出すようならめっけもの、どれ、顔だけでも拝んでやるかね。


 威勢のいいことを考えているが、顔だけ見たら逃げ出す気満々のネスティだった。


「おい、もっと静かにできねえのか?」


「そんなこと言ったってよ……」


 漏れ聞こえる侵入者の会話。


 コソ泥が店番に気づかれないようにってかい?

 こっちはもう疾っくに気づいてるよ。


 扉の影でコソ泥どもが店へ侵入するのを今か今かと待っていると、意外な物音が聞こえて来た。

 建て付けの悪い引き戸を力任せに引き開ける音。


 あれは作業用の休憩所じゃないか。

 僅かな通いの者の私物があるくらい、金になりそうなものなんか置いてやしない。

 なんだってそんなことへ入って行った?


 ゴソゴソと何か動かすような音、微かな呻き声。


 どうなってるんだと聞き耳を立てるうちに、足音が一つ作業場へと向かってくる。


 なんだい1人かい?

 待ってたせいで妙な自信が出て来たのか、落ち着いた様子で待ち構えるネスティ。

 やって来たのは小男らしいが、あいにく開きっぱなしの入口からの逆光で顔までは見えない。


 そうだよ、もう少し寄っといで。

 そこは狭い上に、足元に台木が少し飛び出してるんだ。

 慣れたあたしらでも暗がりで、たまに足を引っ掛けるくらいさね。


 ネスティは男が差し掛かるタイミングを測り、扉から飛び出した。


 男は狭いのも、足元が見にくいのもなんら支障ではない様子でヒョイっと樽の脇を通って


「あ、おかみさん、ちょうど良かったよ、ゴブリンが出てね。

 驚いたクレンドが逃げる途中で足を捻っちまって。

 いや、大したことはないんだ、ゴブリンからも無事に逃げ仰たんだから。

 ほんとに他の怪我は無いんだ、安心しとくれ。

 あれ?そんな棒切れもってシマネズミでも出たのかい?」


 ネスティはきまり悪げに心張り棒を樽に立てかけた。


 危うくナムリロを叩き伏せるとこだったなんて言えやしない。


 クレンドが足を捻った?

 そりゃ大変だ、早く手当してやらないと。

 打ち身に効く薬草は先月、自家用にと分けておいたはずだ。

 そうか、それで休憩所に運び込んだのか。

 薬草は確か店の保存庫にあった筈……


 あれ、ナムリロが何やら気になることを言ってなかったか?


 ええと……


「何だって?ゴブリンが!?」


「そうなんだ、見掛けたのは2匹だが、逃げる途中、藪の向こうから奴らの気味の悪い声がしてた。

 多分あの陰に2匹くらいはいたんだろう。

 セッドと一緒にクレンドを支えてやっと振り切って来たんだ」


 そうすると最低でも4匹かい、そりゃ不味いねえ。


「で、捻挫なら薬草があるよ、あんたは湯を沸かしとくれ。

 今持って行くから」


 保存庫の棚を漁り、多めに乾燥させた薬草を手に取りながらネスティは考える。


 ゴブリンが出たとあっちゃ、ゼッド達では危険すぎる。

 明日にでもギルドで討伐依頼を出してもらおう。

 討伐が済むまでは採取はお休みだねえ。

 幸い保存用に加工した売り物はまだあるから、半月くらいは店の営業は出来るはずさ。


 ネスティはそこまで考え、クレンドの手当てに狭い作業通路を休憩所へと急いだ。


   ・   ・   ・


 翌日、ネスティの姿はエンスローの冒険者ギルドにあった。


 受付でことの顛末を話し、依頼を掛けようと受付嬢相手に説明をしている。

 それを聞いて受付では用紙に書き込んでいるので、なかなか時間がかかる。

 ネスティの話が順を追っていないため質問が時々あって、その上又聞きのせいもあって首を捻りながら答えていると、中堅の職員が通り掛かって声を掛けて来た。


「ゴブリンか、数は?」


「見掛けたのは4匹だそうです」


「少ないな、場所は?」


 ギルドの制服を着た男は名乗りもせず矢継ぎ早に質問を挟んだ。


「トエンズル近くの山中です。

 依頼者はあの山中で山菜や獣肉を採取して売る売店の方……」


「ああ、分かった。

 だが今は魔石の不足が問題になってるんだ。

 トエンズルは近いがそんな少ない魔物に人は割けん。

 その程度、後回しでも問題ないだろう。

 そんなものよりこちらを先に処理することだ」


 制服の横柄な男はそのまま名乗りもしないまま立ち去った。


「大変申し訳ありません。

 お聞きの通り、上役の指示ですのでこのお話は直ぐにはお受けできないことになってしまいました」


「そりゃ困ったねえ、いつならかかれそうなんだい?」


「理由が魔石との事でしたので、数ヶ月は掛かるかと。

 それも私の予想ですので、お約束は致し兼ねます」


 それからしばらく粘ってみたが、受付は頭を下げるばかり、ネスティは仕方なく店へ戻った。


   ・   ・    ・


「しかし困ったねえ。

 こっちは生活が掛かってるってのに、調査くらいはしてもらえないもんだろうかねえ。

 ……うーん……」


 採取組にはしばらく休みにすると伝えている。

 保存加工はもう数日作業があるものの、それも終わって仕舞えば断る他ないだろう。

 店売りも持って一月。

 どうしたものか?


   ・   ・   ・


 カランとドアベルが鳴る。


 入って来たのは革鎧の女。歳は若い。

 冒険者のようだけど武器は短剣が一つ?


 訝しんでいると領主城のことを聞いて来た。

 この店の街道からの入り口辺りは丘の裾まで見通しが良くて、城の足元までよく見える。


「あれはエンストロ城って言ってね、領主様が住んでおられるよ」


 続いて小柄な爺さんが店に入ってくる。


 連れか?だとしたら、妙な組み合わせだねえ。


「へえ。領主様のお城かあ。

 ここってトエンズルで合ってます?

 ラーライってとこありますか?」


「トエンズルで間違いないよ。ラーライは聞かないねえ。

 お嬢さんは冒険者かい?

 だったらゴブリンが出て困ってるんだ、なんとかならないかねえ?」


 変なことを聞くなあと思いながら、ネスティがダメ元で聞いてみた。

 ゴブリンの件には本当に困っているのだ。


「ゴブリンですか?ギルドには聞いてみましたか?」


「いや、それがねえ、あたしらの依頼はなんでか請けちゃくれないんだ。

 料金ははずむよ、3000ギル出すからさあ、なんとかならないかねえ?」


 ネスティは高めの金額を言ってみた。

 背に腹は代えられないのだ。


「料金より相手の数です。

 どの位いるんです?」


「それがねえ、見たのは4匹だよ、でもあたしら、山歩きには慣れてるけど、素人だろ?

 何匹隠れてるかもわからないんだ」


「そうですか。

 あとは場所ですね。

 道があったりします?

 小型の馬車が使えるくらいの」


「ああ。あたしらもそういうので採取に行くんだ。幾つか道はあるよ。

 大雑把だけど地図もある」


 女は爺さんを振り返って言った。


「あたしこの話、受けたいと思う。

 いいかな?」


 え?その爺さん、やっぱり連れだったの?


「明日の朝、偵察で入ってみるか?」


「そうだよね。

 今からは流石に無理。

 ようし。朝から行ってみよう」


 おいおい、おい‼︎

 待て待て!


「まさかこの爺さんと行くのかい?

 無理は頼めないよ?」


「大丈夫!

 ダメそうなら逃げてくるよ。

 あたしら、逃げ足は速いんだから!」


 女は目撃場所と道筋をあたしから聞き出すと、手から地図を引ったくるようにして店から出て行った。


 あの爺さんの逃げ足が早いって??


 一瞬動けず慌てて跡を追ったが、そこにはもう誰もいなかった。


    ・   ・   ・


 あれから2日、あの妙なコンビは戻っていない。

 冒険者は自己責任、そう言う危険込みの職業だと聞くけど、何かあったら割り切れるものじゃない。

 連絡すらないんで心配だよ。


 そうしているうちに10数組の客を捌いて一息吐いた昼過ぎ。


「戻ったよ!」と革鎧の女が訪れた。


 無事だったんだね、良かったよ!


「ご苦労様。で、どうだった?」


「これが討伐証明の右耳だよ。

 23あるから」


「そんなに居たのかい!?

 怪我なんかしてないよね?

 あら、2つ大きいのがあるね、これは?」


「大きいのはホブゴブリン、中くらいのはゴブリンメイジだよ。

 流石にしんどかったよ」


「そんなのまで居たのかい!?」


「うん。

 それでね、こんなのが居るってことは、最悪集落ができてるかもしれないんだ。

 ギルドに断られたって言ってたよね?

 あたしらが魔石を売るついでにねじ込んでくるよ。

 もしこんな街に近い場所に、ゴブリン集落があった日には大変だからね」


 集落だって?

 そんなのができてたのかい、採取組の怪我が捻挫くらいで済んだのは、とんでもない幸運だったんだね!


 苦労したって言うしあの数だ、約束のお金は払ってあげないといくらなんでも気の毒だよ。


 クレアとタケオか。覚えとかなくっちゃ。


   ・   ・   ・


 数日後。


「こんにちは〜」

 先日、冒険者にゴブリン討伐を依頼したそうですが〜」


「そうだけどお宅は?」


 ギルドの制服を着てるけどこの間の受付嬢とは違う人だ。


「ヨクレールの冒険者ギルドから来ました。

 普段は受付をやってるエメリーです。

 集落の調査に何人かCランクを入れることになったんで、お知らせに来ました」


「そりゃ助かるねえ、23匹も居たんだよ?

 あたしが頼みに行ったって聞いてもくれなかったんだから。

 今度は大丈夫なんだろうねえ?」


「あ〜……

 それについては謝罪させて下さい。

 職員が失礼を働いたようで申し訳ありませんでした」


 調査と討伐は請け合ってもらえた。

 クレアとタケオのことを聞いたけど、何だか歯切れの悪いセリフで、誤魔化されたような印象が拭えない。


 それでも山狩は7日程続いて、8匹のゴブリンが討伐された。


 ギルドも謝罪だなんて受付嬢なんか寄越して、あまりきちっとした組織じゃないのかねえ。

 たまに聞く良くない噂が何だか本当みたいで嫌な気分だよ。

次は11/21 21:30 でお会いします

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