エンスロー探索
挨拶が済んで手土産までもらい、スイフナール商会の執務室を出ようと戸口を潜った時だった。
突然、頭に駐車場が見えた。
目で見たのではないが確かに見える。
これはタクシーを駐めた周囲を上から見た画像だ。
野次馬らしい大勢が遠巻きにする中、今しも体格の良い、しかしどこか崩れた印象の男がむき身の剣を振り上げ、タクシーに切りつけようとしている。
見ている間に男は剣を黄色い行燈辺りに叩きつけ、弾け飛んだ。
背後に群れた数人を巻き込んで……
そこで映像は途切れた。
「何だ今の……?」
タクシーに何かあったらしい。
クレアの強張った表情が気になるが、今は駐車場へ急ぐ。
が、クレアが血相を変え、俺を追い抜いて走っていく。
何だ?
クレアもあれを見たのか?
駐車場では気絶した実行犯と、持っていた剣がぶつかって血を流す野次馬が2人、あれだけ囲んでいた人数は5人にまで減っていた。
クレアはタクシーの屋根あたりを撫でまわし、俺を抜いて行ったスイフナール商会の男達が、すでに聞き取りを始めている。
その聞き取りで分かったのは、見慣れないタクシーに興味を持った数人が屋根の上の行灯を欲しがったらしいということ。
何でそんなものが欲しいのかさっぱりだが、真昼間から剣を抜いての凶行が敢え無くタクシーに返り討ち、野次馬だか仲間だかが2人巻き添えになったと。
大きな街はおかしなのも紛れ込んでいて、面倒ごとが多いな。
とばっちりの怪我人はスイフナール商会がポーションを使って治療していた。
剣を振り回した男は目を覚さないので、ロープで拘束して衛兵に突き出すらしい。
あの映像は実際にあったことだった。
俺たちが離れていても防御結界は動作する。
そして俺が乗っていないからなのか、人間が相手だったからなのか、今回の反撃はいつもより弱いように思われた。
これまで弾かれた魔物は大体が死んでいた。
弾いて飛んだ剣で怪我人は出たが、今回は気絶で済んでいる。
トラブルがあったせいで遅くなったが、やっとギルドへ向かうことができる。
環状通りをタクシーで進んで行く。
遅い馬車に合わせるので、スピードは時速10キロ程度がいいところだ。
この街へ来て分かったことはいくつもあるが、一つは左側通行なんだなってことだ。
今まではろくに対向車も無いんで癖で何となく左を走っていた。
この街くらいになると行き交う馬車も多い。それが皆行儀良く左を通行するんで気が付いた。
もう一つは馬車。
クレアに聞いていたし、虫とイヌは見ていた。
ここに来て実際にトカゲやトリ、クマに似た奴なんかを見てしまった。
毛艶の良い馬が引く馬車は4頭引きの豪華なやつだった。
あとはいろんな種族がいた。
アレはコスプレとやらじゃ無い本物なんだろう。
半分獣というみたいに頭の上に耳と毛皮を纏った尻尾がある人。
ウィスキー樽が歩いているのかってくらいの、背の低い筋肉ダルマ。
背の高い、一見普通に見えるが耳の先が尖った「ミ○タースポック」。
あとは……そうだ、捻れた野牛の角を頭に付けた人も居た。
やっぱり大きな街ってのはどこか物騒だ。
そんな様子を見ながらタクシーは走る。
北門までの途中、西門へ向かう大通りが左に見えた。
こちらの道も12、3mあるが向こうはもう2車線くらい広い。
広い道路を見ると本当に大きな街なんだと思わされる。
ギルドはそこから少し行った左にあった。
建物の前に広場があって馬車が何台か停まっている、大きな建物だった。
中へ入ってみると受付の並ぶホールはヨクレールの3倍ほどもあって、昼を少し廻った時間というせいもあるのだろう、かなり賑わっていた。
カイ村の店主に貰った書き付けを見せると、個室に案内された。
5分ほど待たされたあと、痩せぎすの初老の男がやって来た。
「わたしはここのサブマスターをやっているデマホーと言います。
見ての通りの体格ですので現役時代は後衛やっておりました。
ところでスライムの魔石をお持ちだとか。
これまでスライムは核だけで魔石はないと言うのだ定説でした。見せていただけますか?」
俺は袋に詰めた大粒の砂のような魔石を、ザラザラとテーブルに空けた。
デマホーは片眼鏡を出し右目に掛けた。
「ふうむ。見たこともない小さな魔石だ。
魔石であるのは間違いないな。
カイ村のデントスロの書き付けもあるから、この情報に5000ギル支払おう。
これはギルドの規定通りなので了承してもらいたい。
そこまでは良いか?」
何だ?この男、何か雰囲気が変わったか?
取り敢えず頷くとデマホーが続ける。
「この魔石なのだが、一つ10ギルで買い取らせてもらう。
内包する魔力は見ての通りの大きさなので、然程はない。
ではあるが折角ここまで持ってこられたのだ。よろしいか?」
なんか胡散臭いと思うのは穿ちすぎか?
俺の表情を読んだのか、デマホーは更に続けた。
「持っていても使い道はないだろうから、これは全てギルドで引き取ろう」
使い道ならタクシーがいくらでも使うんだが?
やっぱりおかしいな、こいつの物言い。
「そうか。ではこれは全部持ち帰るよ」
「何?
これでは魔石灯が精々ではないか。
それをこちらで引き取ると言っているのだ」
「使い道はあるんでね。心配はない。
情報料とやらはここで払ってくれるのか?」
「むう。この紙を受付で出してくれ。
遠路ご苦労だった」
そのあと受付で銀貨50枚を受け取り、俺たちはギルドを出た。
「なにあのオッサン。感じ悪い!」
「まあまあ。
それより、武器屋があるぞ。
覗いて行くか?」
ギルド周辺には武器屋、防具屋、ポーション屋の他、携行食や雑貨を扱う店が多く集まっていた。
そう言った店を俺たちは何軒か見て回った。
母子連れだろう、10歳くらいの女の子の手を引き、屋台で菓子を求める女。
身なりは擦り切れに、継ぎを当てていたり、あまり裕福そうに見えない。
クレアがそちらをじっと見て口を噤むので、親のことでも思い出したかと思った。
しかしあまり俺が立ち入る事でもない。
「武器、防具はどうなんだ?」
俺は気を逸らそうと話しかけた。
「うーん。武器といっても、今の槍もまだ使いこなせてないんだよ。
防具はイブちゃんの結界があるからなあ」
「じゃあポーションを少し仕入れていこうか。万が一の備えだ」
「それもスイフナール商会で買った方がいいんじゃないの?」
ギルドでもあんまり良い印象がなかった。
それはクレアもだけど、日頃の礼にと言ってみたクレアへの提案も、全否定とはちょっと落ち込むなあ。
「それよりさ、北門にかかる橋が大っきいって聞いたよ。
見て行こうよ」
「南街道北門と言うと、この環状通りの先か。
いいぞ、行こう」
馬車の列に連なるように南街道へ進んで行く。
行手に大きな交差点が見えて来た。
商会で見た街の地図の記憶では、環状通りはこのまま左へ回って行って、岩山を土台に利用したという城の門前を通り、西門の通りを通過して南門まで、グルッとエンスローを一周する。
もうそこに見える交差点は、右へ行くと城壁を潜る北門、抜けるとすぐにナビキ川がある。
クレアが見たいと言ったのはその川に架かる石橋だ。
そしてその南街道は遥か王都まで続いていく。
タクシーは交差点を左に曲がった。
道幅がグンと広くなり俺は真ん中寄りを走る。
南門でもそうだったが、城門を潜る時はトンネルのように暗くなる。それだけ城壁は厚いって事だ。
でも向こうは見えているからライトを点けるほどじゃない。
とはいえ最近のクルマは明るさを検知して勝手にライトが点いたりする。
コイツもそうだ。
城壁を抜け、ここからが石橋なのだろう。
広い橋の中央付近にいるので川面は見えないが、左右に遮るもののない広い空間。
青空の元、並走する馬車は道の広さの割に少ない。
やはり朝夕が混むのだろう。
向こうでもそうだった。
正面にまだ距離はあるが森が見えている。道は川を渡り切ったあたりで緩やかに左へ曲がって行くようだ。
「うわー。こっちは広いねー。
やっぱり馬車も多いよ、ヨクレールとは大違いだ!
この辺からトエンズルって言うらしいよ」
窓にへばりつくようにしていたクレアがはしゃぐ。
石橋の欄干には一定の間隔で幾つもの彫刻が立ち並んでいた。
剣士、修道女、駆ける馬、荒ぶる熊、トカゲの魔物。
モチーフは様々で見飽きない。
彫刻の列が途切れると橋は終わりとなり、遠くの街村へと続く南街道街道となる。
俺は走る場所を左端へと寄せて行く。
どこかで向きを変えたいと思ったのだ。
割と空いてると言ってもここでUターンするわけにもいかない。いくら何でも迷惑だろう。
「あそこはどう?
なんか山菜ってのを売ってるみたい」
「へえ。こっちにも山菜の直売所みたいのがあるんだ」
この街でウインカーに意味があるか不明だが、習慣だからな、つい上げてしまった。
道路沿いにいくつか置き看板が出ているのは、客探しで郊外を流して居るとよく見た光景だ。
街道を外れ広場へ進入した途端、正面に建つ白い城に目を奪われた。
街の城壁を圧倒し聳える白い壁。
上に刻まれた矢狭間が城壁であることを示している。その背後にさらに高く、デザインビルのように見えているのがお城だ。
現代のビルと違う点といえば、窓の数が極端に少ないこと、その窓の上端が必ずアーチになっていること。
寸胴なシルエットだけ見ればビルディングで通るだろう。
そしてその上に立つ白い塔。
ここからではどのくらいの高さなのか分からないが、窓の数で言うと5層分か。
その上にさらに先細りの2本の尖塔が続く。
全てが白で統一された城は、傾く午後の陽光を浴びて強く光って見えた。
ふと我に返って右に目を向けると、木造の間口の広い小屋が道路脇の突き当たりに建っている。
その店で付近の土地で採取できるという果実や香草を見せてもらった。
宿の女将へのお土産に、煮ると美味しいと言う芋を箱買いした。
「外から見えるお城、すごく綺麗ですけど、なんて言うお城ですか?」
「あれはエンストロ城って言ってね、領主様が住んでおられるよ」
「へえ。領主様のお城かあ。
ここってトエンズルで合ってます?
ラーライってとこありますか?」
ああ、母親の故郷か。
そんな話をしていたっけ。
「トエンズルで間違いないよ。ラーライは聞かないねえ。
お嬢さんは冒険者かい?
だったらゴブリンが出て困ってるんだ、なんとかならないかねえ?」
店の女主人だろうか、クレアの皮鎧を見て相談して来た。
「ゴブリンですか?ギルドには聞いてみましたか?」
「いや、それがねえ、あたしらの依頼はなんでか請けちゃくれないんだ。
料金ははずむよ、3000ギル出すからさあ、なんとかならないかねえ?」
請けてくれない?
ダメホーだったか?サブマスの顔が俺の頭を過ぎった。
「料金より相手の数です。
どの位いるんです?」
「それがねえ、見たのは4匹だよ、でもあたしら、山歩きには慣れてるけど、素人だろ?
何匹隠れてるかもわからないんだ」
「そうですか。
あとは場所ですね。
道があったりします?
小型の馬車が使えるくらいの」
「ああ。あたしらもそういうので採取に行くんだ。幾つか道はあるよ。
大雑把だけど地図もある」
俺の方を振り返りクレアが言う。
「あたしこの話、受けたいと思う。
いいかな?」
「明日の朝、偵察で入ってみるか?」
「そうだよね。
今からは流石に無理。
ようし。朝から行ってみよう」
俺たちの会話を聞いて、女主人は顔色を変えた。
「まさかこの爺さんと行くのかい?
無理は頼めないよ?」
「大丈夫!
ダメそうなら逃げてくるよ。
あたしら、逃げ足は速いんだから!」
11/19は11:50の予定