テオドラ帝国
人物紹介 (本編はこの下にあります)
飯山健夫 通称タケオ 15歳(69歳)
身長 150センチ(推定) 黒の短髪
身体は子供のまま記憶が戻っている
元中野林市の個人タクシー運転手
妻とは3年前に死別 子供2人 孫4人
所有の個人タクシーと共に異界へと転移した
戦後世代で貧困を経験している
食べるため過去に幾つかの職を渡り歩いたことがある
自信無さげな振る舞いが多いが内に熱いものを持っている
子供返りの後、成長とともに戦闘力を持ちつつある
テオドラ帝国。
それはアクトベル王国の西方に、その5倍と言う広大な土地を領有し、7つの公国を従える大陸随一の大国だ。
公国には、皇帝の血統に連なる公王がそれぞれ居り、皇帝を補佐する役目を代々負っている。
帝国がここまでの権勢、栄華を極めたのはすでに数世紀も前のことだ。
今も公国に伝わる王笏は、筒杖を持つ5万の公兵に号令することができる。
対して皇帝の持つ帝笏は50万の筒杖帝兵を従えると言われていた。
皇帝とは公王を統べる者。
しかし今、帝都テオドンにその姿はない。
帝室の療養地商都ヤーニトードの一画ラッシズル、そこを虫禍が襲いほとんどの帝血が絶えたのが9年前。
累を失い、失意の老皇帝クレッセンタビアがお隠れになって早3年、帝笏は公王の血筋を拒み続け、代理という形でツミザ公王が帝国を纏めていた。
虫禍とは俗名クイツクシムシ、それ自体は然程大きな虫ではない。
山野に普段から生息していて、草の茎を齧りその汁を飲む。
数もそう多くはなく、特に害になることもない。
普段であれば。
数世紀に一度、大発生を起こし帝都テオドン一帯を食い尽くしたと古文書に残されていた。
曰く『通常体』は小指の先ほどの小さな甲虫である。
先述した通り草の茎と、虫の死骸などを主食とした大人しい虫だ。
もちろん魔石など持っていない。
ところがその切っ掛けは明らかでは無いが『群体』になると、体長は3〜4倍、魔石を持ち、元々雑食ではあるが飢餓感からか自らよりも大きな相手にも群れで襲い掛かる。
そして繁殖力も一気に上がる。
この時期に産まれた卵は数日で孵り、通り掛かる成虫の背に取り付くと、共に餌を貪るらしい。
虫禍前線の通過後にこの幼体の痕跡はほとんど見られないことから、急速に成虫化すると考えられている。
さて、この虫禍前線だが3層に分かれる。
最前線の虫どもは繁殖部隊。
目に付くものに襲い掛かり相手の動きを止める。
そして満腹になると生殖が始まる。
ここでまだ大量にある餌をさらに貪りつつ、雌が卵を産む。
その上を第2層、掃討部隊が続く。
第2層が通る頃、既に新鮮な食料はそれほど残っていない。
木の皮、地面の土に潜り込み根まで齧る、その破壊の痕跡から凄まじいまでの飢餓感が読み取れる。
第3層は予備軍とでも言おうか。
喰らうだけ喰らって繁殖に廻った分の数を埋める。
飢餓に駆られて先頭集団に追いつくべくただただ前へ進む。
この3層の虫禍がまろぶように広大な面積を食い尽くす。
まさにクイツクシムシだ。
帝都の学者がこの文献を再発見し、対処が可能になるまでの間に、平時の帝兵10万のうち8割が死傷し、帝室の療養地が飲み込まれたのは、帝都を襲うとの予測が大きく外れたからだった。
皇帝は帝室を療養地へと逃し、一人防戦の指揮を執る。
民の大半も周囲の公国領へと避難させた。
そしてやって来た、空を真っ黒に染めるほどのクイツクシムシの大群。
虫禍の大波は一度は帝都を包囲し、城壁を守る帝兵を貪った。
多数が帝都内に入り込み、最早これまでかと誰もが諦めた時に風向きが変わった。
いや、この季節特有の南西風が変わらずに吹き続ける中、クイツクシムシの移動方向が変わったのだ。
突如として包囲を解き西へ向かう虫禍。
入り込んだクイツクシムシも、帝都をそのまま蹂躙し、城壁を越えて合流して行く。
その向かう先にはヤーニトードがある。
帝室の避難地たるラッシズルがある。
残る2割の帝兵を再編成するに時を取られる。
老皇帝が帝都を発った時、ヤーニトードはすでに包囲されていた。
目前まで迫った虫禍を免れた象牙の塔の学者どもが、古文書の中から伝承を掘り当てたのもその頃。
幸いと言って良いのか、地下の魔道具棚に幾つか伝承通りの魔道具が残っていて、その再整備を行い、試動作もままならない中、皇帝軍の後を追う。
折が余程悪かったのか、ヤーニトード城壁はラッシズルに近い場所で破れた。
そこの城兵が食い尽くされ、津波の様に壁を虫禍が越えたのだ。
だが2万の帝軍は最速の移動を果たし、学者共が供した3つの魔道具でクイツクシムシを殲滅した。
外壁沿いに左右から2つ、城内に1つ。
取りこぼしを6千余りの帝兵が潰す。
ヤーニトード住人の半数が虫に喰われ、ラッシズルを含む北東側は全滅だった。
皇帝クレッセンタビアの取った指揮は最善であった。
学者共もあの時点の最善を尽くし、帝兵もまた8割を死傷した中、急行軍に耐えヤーニトードを救ったと言って良い。
誰もがそう皇帝を讃え、慰めようと必死、これほどまでに帝国が一つに纏まるなど、かつてあっただろうかと後に学者共が振り返る。
しかしそんな5年を失意のまま、皇帝は余生として送ったのだ。
そして虫禍は治まったかに見えた。
これで数世紀の猶予がある。
それが間違いであることを後に帝国は知ることになるのだ。




