ネドクラスト侯爵の視察
ナイケックトからの連絡があってから3日。
あたしたちの周囲で青い光の柱が毎日のように降りて来る。
それはロププテラーの訪問に合わせているようで、あれからただの1頭もあたしたちは狩れていない。
もちろん、ニストワームもゴッソリ持っていかれるので、魔石もろくに増えない。
けれどタケオが言っていたように、天に向かって唾を吐いても意味はないわけで。
ゼレンシアで受け取った在庫はまだあるんで、こんな調子でもまだしばらくは持ちそうだ。
テオドラ街道の架橋は13日目、距離にして2/3といったところ、順調に進んでいる。
もう少しでお昼かなと言うところでお客様。
なんとネドクラスト侯爵の視察ご一行がやって来たんだ。
始まりはメアリ。
「ねえ、クレアさん。
この青い点ってなんだか分かります?」
メアリはずっと索敵担当で、この画面の見方についてはあたしらの中で一番詳しい。
でも相談されたら見ないわけにもいかない。
「青ってことは敵意はないんだよね?
この移動の速さは、高架橋を馬車で来てるっぽいよ?
誰か開通してないってのに来ちゃったのかな?」
「登り口には仮の柵置いったったやん。
あれ退けて来るんやら普通やないで?」
「そうだよね。誰が来たんだろ?」
「待っとく義理もあらへんよって昼にするで」
そうして昼食の準備をワイワイやって、さあ食べようかと言うところで上から、
「やあ、昼食時にすまないな。
お邪魔してよろしいかな?」
それがネドクラスト侯爵直々のお声掛けだった。
こうなったら仕方ない。
美味しそうに出来た昼ごはんを横目に、あたしがクレーンで出迎えに上がることにしたんだ。
下にいたって先に食べるわけにもいかないんだから。
「ネドクラスト侯爵様、このようなところまでお運びになるとは、御苦労様でございます。
今日はどのようなご用件でいらしたのでしょうか?」
誰かなんか言った?
あたしにだってこれくらいの口上はできるよ!
「いや、なに、テオドラ砂漠を横断しようと言う橋の建設が、どのようなものであるか1度は見ておきたいと思ってな。
ここまでゆっくり2日の行程で来ることが出来た。
道も十分に広い故、野営にも困らなんだ。
作業は下でやっておるのだな。見せてもらっても良いか?」
「あ、はい。ですが、ろくなおもてなしの用意もありませんので」
「なあに構うことはござらん。
その、どうやって登って来たか知らぬが、それで降りられるものなのか?」
「はい小柄な者なら3名まで、大きな方ですと重量割になりますが」
「ほう、目方に制限があるのだな。
先にこの者を下ろしてもらって良いか?
私は次に参ると致す」
見るとゴツい甲冑の兵士だ。
「甲冑は重すぎるかも知れません。
外して頂けませんか?」
「エンデバス、聞いた通りだ。
その重い具足を外し先に下へ送ってもらえ」
「クレアどの、この剣は持っていきますぞ」
「結構です」
甲冑は同じ甲冑姿が数人がかりで剥ぎ取るように脱がせてしまって、中から筋肉鎧でゴツさで言うとそう変わらない男が現れた。
エンデバスは簡素なズボンとチェニックを着た赤髪の男だった。
「ではこちらへ。足はこことここを踏んで。
腰のベルトを吊りますが、余り安定は良くないのでなるべく動かないようにしていてください」
これだけ上体が発達した筋肉ダルマは重心が高そうだ。いっそ肩あたりで吊り上げたいところだけど、今すぐの対応にはならないか。
吊り上げが始まるとウオっと一声発した切りで、あとは下まで沈黙を貫いていたが頬を伝う汗が、その内心を物語る。
地に足がつくと、あからさまにホッとした表情を浮かべるエンデバスに、あたしは忍び笑いを一つ漏らした。
さて、次は領主様。
こちらは流石の胆力で表情一つ変えずに降り切っただけでなく、すぐに下の状況を把握されてニストワーム対策などもお尋ねになるほどの落ち着きぶり。
違うものだなあと、感心した。
「昼食はお済みですか?
用意がありますのでご一緒しませんか?」
メグが領主に聞く。
「こちらの食料事情もござろう故、遠慮致す」と、エンデバスが答えたが、
「いや、馳走になろう」
と遮るように了承する領主。
「帰りしなに野菜など不足のものがあれば、差し入れて行けばよかろう」
「あ、それはありがたいです!」
メアリの言葉に領主様がニヤリと笑みを返す。
「改めましてわたしがクレア、こちらメグ、タケオ、メアリ、ステス、ミトア、ラトルです」
「これはご丁寧に。
私はドルガストレイ・ネドクラスト、こちらは護衛のエンデバスだ。
世話になる」
「肉は今ロププテラーしかないんで、こちらが辛味噌ソースで焼いたものです。
あとはサソリの燻製に、干し肉とキノコで出汁を効かせたデンダコーンですね。
口に合うかわかりませんが遠慮なくお召し上がりください」
「ロププテラーを仕留めたと申すか。
あれは滅多に地上に降りぬと聞く。
それに行き合うとは、余程運が良かったのだな」
「いえ、メグが撃ち落としましたから。
3頭分の肉が有りますから少し分けましょうか?
あ、サソリの燻製は殻がパリパリしてて美味しいですよ」
ステスとミトアがさっきからつまんでパリポリとやっているのを、エンデバスさんが不思議そうに見ていたのだ。
何やら戸惑った様子の領主様主従だが、諦めたように料理に手をつけ、味と食感に驚く一幕を挟んで会話は架橋作業へと移る。
「支柱部分は経路を決定した時にすでに建ててあるんです。
今はその嵩増しと架橋をやっています。
材料は砂を持ち上げ、それを固めて使ってます。
無から作るより魔石の消費を抑えられるので。
欄干もできるだけ同時に作るようにしていますが、多少の修正には然程の手間はかかりません」
あたしの説明に続いて
「では実際にやってみますね」とメグが言ってクレーンで上空へ昇っていく。
メアリは魔石の補充をすると索敵に就く。
タケオとステスはメアリの指示で前衛、ミトアとラトルは、スナヘビやトカゲの反応があればそれの確保だ。
そしてあたしはメグの合図待ち。
イメージが固まったら合図が上がる、それに合わせて大量の砂を持ち上げてやるんだ。
それを使ってメグが桁を形造る。
それがリペアで、その時の魔力で、付近のニストワームが飛び出して来る。
かなり遠くのものも呼び寄せてしまう。
中には大型のニズドワームが混じってたりする。
それが今回はやってきた。
「タケオさん、8ジに大きいの!
6ジに2つ!
「ステス6時2つは任せるぞ!」
そう言われてステスはイブちゃんのそばに下がる。
あれはいい判断だ。下手に前へ出て1匹とやり合うと、その間に真下から奇襲を受けることがある。
一方のタケオは出現位置を見てとったのだろう、やや離れた位置に進出している。
果たせるかなその前方でモコモコと砂が蠢く。
あとはいつ本体が飛び出すか。
砂塵が噴き上げ、それに隠れるように砂色の筒様のものが身をくねらせ跳び上がる。
そこへタケオの風を纏った槍が薙ぐ。
当たったのは首のすぐ下。
あれは魔石の他に皮を剥いで売る獲物だ。
それを配慮して狙ってのこと。
腕を上げたわね。
あたしはほくそ笑む。
次はステス、その前にはずいぶん離れた場所に一匹ニストワームが跳ね飛んでいる。
ステスを誘っている様にも見えるがステスは動かない。
やや左へと跳ね近づく動きに紛れて、右の手前で砂が蠢いている。
2匹でやる目眩しだが?
ステスが一気に跳ね飛ぶニストワームに迫って頭を叩き割る。
後から出た方はそのままイブちゃんに突っ込んで爆ぜてしまった。
皮の要らない方だし魔石はイブちゃんが回収済み、あれで問題無しだね。
あたしはそんな説明をネドクラスト侯爵とエンデバスさんにしていた。
小さな身体でよくやるものだと感心しきりで、肝心の架橋についての視察が疎かになってないか心配になったよ。
それで満足したのか戻るとの仰せ。
先に領主様を上げて次にエンデバスさん。
その時に辛味噌について聞かれたので、
「作っているのはシーサウストです。
作る家によって味が違うらしいですよ。
配送はエンスローのスイフナール商会に頼んでます」
と答えた。
「シーサウストと言えば南の果てではないですか?
エンスローは南街道の要所。
ですがヤイズル街道を使う方が近いはずでは?」
お付きの文官さんかな、こんな西の果てに居てもずいぶん地理に詳しいね?
「そう言う付き合いなので今更ですね」と笑っておいた。




