大物狩り
湿地帯、湖沼の広がる風景、時々浅い水面から枝を伸ばす痩せた樹木。
この辺りの風景は、どこへ行っても今のところ代わり映えがない。
「近いです」
カーナビを見るメアリの言葉のすぐあと、葦のような丈の高い草が途切れ、一気に視界が開ける。
左は葦が続き、右に広がるのが鈍い青を湛える湖だ。
フセーチの起こす4つの波紋が、重なり合うように数百メートル先まで湖面を渡って行く。
見える限り真っ平らな湖面、水の透明度は低くて水中は全く覗けない。
前回の2体はいずれも沼の水面に目だけ出して、背コブに泥水を撒き上げながら動いていた。
「静かやな、ほんまにここでええんか?」
「そうだと思うんですけど」
メグの確認に自信無さげなメアリ。
「あたしは居そうな気がするよ。
それっぽい気配があるし。かなり抑えてるって感じの」
「それでどうするんだ?」
「そうね、外周をこのまま走ってみる?」
クレアは走ると言うが、水上での動きはフセーチでは精々小走り。
時速で言うと10キロ程度でしかない。
波紋は時計回りに湖面を彩って行く。
それが陽差しを乱反射するのか、湖面の中心辺りが青く輝く。
一種幻想的と言って良さそうな光景だが、クレアの放つ緊張感がそれに浸ることを許さない。
それは半周も走る頃、皆の緊張が薄れ始めた時のこと。
「気配が変わった」
静かに話すクレアの声。
この辺りの水深は3メートル。
なのに真下からの突き上げにイブちゃんが宙を舞う。
窓から見える湖面が一回転した。
ステスが叫ぶ。
「下にタイラント!」
いつの間に接近したのか、湖面で大口を開けるブルータイラントが俺の目にも飛び込む。
「でかい!」叫んだのかクレアか、他の誰かか。
落下が始まりタイラントは右に流れ、イブちゃんはタイヤを下に落ちて行く。
ガアアッ!っと短い咆哮があって、ドン‼︎
先ほどよりも更に激しい突き上げが車内を襲う。
チビ達の悲鳴が上がる。
一瞬浮き上がる感覚に戸惑う俺たちの周囲に水柱が何本も噴き上がって、滝の中のようなあり様だ。
そして土砂降りの泥雨を浴びながらの着水。
車体は揺れに揺れる。
「何があったんだ?!」
俺が問うと
「どうやってか下へ潜り込んであたしらを跳ね上げたんだ。
落ちる所を牙に掛けようとしたんだろう。
でもイブちゃんに防御結界が、それも飛び切り強力な結界がある。
こっちが上であいつは水中だからいつもみたいに飛ばすことはなかったけど、その分こっちが跳ねたって感じかなあ」
「それでそいつはどうなったんだ?」
「前の2体より大きそうだからね。
あいつらに効かなかった結界の衝撃が、あれに効くとは思わないよ。
痛い思いはしたろうけど、また来るんじゃない?」
荒れる湖面が落ち着いて行くのに5分程、突然湖の中央で水の柱が立ち上がる。
それが湖面を叩くように落ちると大波が周囲へと走り出す。
波の速さは相当なもので見る間に車体が揺れ始めた。
なす術もなく翻弄される波間に
「なんか居る!」とはミトアの声。
メアリも「来てる!」と声を上げた。
クレアはすでに肉を括ったワイヤーを用意している。
右の水面が盛り上がる。
流れ落ちる水、その中から見上げるほどの大きな顎門。
それがこちらへ向かって振り下ろすように閉じてくる。
「てんで懲りとらんようやな」
まるで爆発のような音が車内を襲う、湖面一面には叩かれたような飛沫が飛ぶ様がサイドミラー越しに見えた。
そして跳ね飛ぶブルータイラントは裏返しに湖面に盛大な瀑布を作り上げた。
揺れる揺れる揺れる。もう、揺れに揺れた。
岸に逃げたいとも思うが方向が分からない。
どうかすると上下すら分からない。
目を回し気絶したのか車内の呻き声は少ない。
クレアが窓から首を出し吐く。
メアリは膝を抱きしめるように丸くなっている。
それでも皆シートベルトを締めていたと見え、天井を叩く者はいない。
「うええ!うええ……
もう、吐くものがないよ……」
背の高い葦の草原が、波に薙ぎ倒されているのが左に垣間見えた。
俺は左へ車体を向け、激しい揺れに構わずアクセルを踏んだ。
何度も波頭を踏んで宙に浮き水面を叩く。
乗り心地は最悪だ。
それも僅かの間だった。
すぐに湿地の柔らかい地面をフセーチタイヤが噛み締める。
こうなると速い。
時折の追い波に尻を叩かれタクシーは走る。
この辺りでいいか。
ぐるっとUターンで向きを変えるとそこには。
まだ波の高い湖面に大きなものが浮いている。
それは揺れてはいるが動く様子は見えない。
「流石に結界の衝撃2発や。
あれはあかんのんちゃうか?」
ルームミラーの向こうで青い顔のメグが言った。
・ ・ ・
気絶3名、嘔吐1名、他3名もすぐには動けないダメージを食らった。
波がすっかり静まった様子の湖面には、傾いた日差しが細波を照らす。
大型の鳥が数羽、タイラントをとまり木代わりに降り立った。
まだ顔色の悪い者が3人もいて動くに動けない。
その中の一人、年長組の魔法職が使い物になりそうもないのが特に痛い。
俺はジクジクと足の沈む地面に降りてフロントへ回ると、冷蔵庫から持てるだけのペットボトルを取り出した。
クレアもまだ少し青い顔のまま出てくる。
袋菓子と人数分の飲み物を手分けに持ち帰ると、後ろへ配ってやる。
少しは元気になってもらわないと、アレが片付けられないからな。
・ ・ ・
「いやー、大変やったなあ。
あないに揺れよるなんてなあ、はらわたがどないかなってまうんやないか、思たで」
メグの調子が戻り、チビ達も元気が出たようだ。
タクシーは仕留めたブルータイラントまで移動した。
クレーンのフックを頭部に掛けて連結する。
ここからは4本のタイヤはフリー。
ただの浮輪となる。
メグが水を、クレアがそれに混じった僅かな濁りを使って、ブルータイラントを移動させて行く。
このブルータイラントはこれまでのものより大きい、体長13メートル。
クレアは薄い土の媒体で苦労している様子だが、それでも人が走るよりも速い速度で湖面を移動できている。
やがて湿地に入るとそこからが速い。
水魔法は変わらず使えている中、泥を使った土魔法の効率が上がったためだ。
そのまま氷箱の近くまで行くと、湿地は終わり固い地面となるが、メグは水をそのまま引き連れてきているので、速度が落ちることはない。
その水はそのまま血抜きや洗浄に使うので、寧ろ必要なものだった。
そして俺は後ろから押されるままに、ハンドル操作だけしているわけだ。
「あんまり時間がないわ。
解体、急ぐわよ」
まずクレアが裏返しのままのブルータイラントの首に登って、喉の辺りの皮を数箇所槍で突き抜く。
その間にメアリ達が切り取り線の印を付けていく。それは大体30cm間隔だ。
魔法を載せた斬撃でもこのブルータイラントの腹皮は硬くて、それ以上斬るのは困難なんだ。
クレアの槍がタイラントの四肢の先と、尾にも穴を突き通すとメグの水球がそれぞれの穴に取り憑き、注水を始めるんだ。
喉に開けた穴から溢れ出るタイラントの血。
その流れる先に土魔法で大きな穴をクレアが掘って、メアリ達の付けた印に槍をぐるっと打ち込んで行く。
ここまで来てやっと俺の出番だ。
短剣に風魔法を載せて数回の斬撃を、穴を繋ぐように叩き込む。
これはなかなかの重労働だ。
魔力もそうだが、頭と尾を除く全周を切り離さなければならない。
ある程度切り込みが入ると、そこからはステスがメグの力を借りて腹皮を捲っていく。
それに続いてメアリとチビ達が肉の切り取り、内臓の処理をやっていく。
肉はクサミケシで巻き氷箱へ、そして骨は内臓と一緒に埋めてしまう。
腹の大穴が空になる頃、クレアと俺で尾と首を切り落とす。
切り離した分厚い皮はメグの魔法で洗浄、乾燥までやったら円柱形に丸めて氷箱の横に置く。
頭と尾はそのまま運んでもらう。
これが大体の解体の流れだ。
魔石は5cm級で残念だが売る他ない。俺たちに、何か使い道があればいいんだけどね。
終わった頃には日がとっぷりと落ちていた。
・ ・ ・
ブルータイラントは、一つ一つの沼や湖を1体1体がテリトリーとしているらしい。
広い湖の主人を狩れば、その場所には近くから移動して来た次のタイラントが棲みつく。
主がいない事に気付くのがいつなのか、そう早く知れるとは思わないんだが、昨日狩った湖に赤い光点があった。
新しい主人は先のとは違い隠れる気はないようだ。
同じ場所で狩ると言うのは、勝手が分かっていてリスクが少ない。
当然のように俺たちは昨日の湖へ向かった。
体長10メートル足らずの手頃な獲物で、昼前には解体が終わる。
荷運びの馬車が稼働を始めていて、挨拶したが割りのいい仕事だと喜んでいた。
昨日の午後から3回目の運搬だそうだ。
早めの昼飯の後、湖沼の探索を開始すると割と近い沼にメアリが光点を見つけた。
ここのも10メートルクラス、手間取らずに解体できた。
そんなこんなで日々は過ぎて行く。




