朝から魔石狩り
昇ったばかりの朝陽が、カーテンの間から飛び込んで俺の目を突き刺した。
上掛けを捲ると車内の空気は冷たいが、この時期としては暖かい方だろう。
窓から外を見ると夜露が朝の陽射しを浴びてキラキラ光る。
この地域は湖沼地帯が近いためか湿気が多いと分かる。
俺の動く気配で、と言うか、動くとイブちゃんが揺れるからな、メグが目を擦り起き出した。
オレンジ掛かった金髪が朝陽で透けてちょっと眩しい。
メグもカーテンを手で払い外を眩しそうに見た。
「ええ天気やなあ。
絶好の魔石日和やんか。
ほれ、皆、起きい!
朝やで!魔石狩りや!」
「いやその前に朝ごはんでしょ……」
眠そうな声で突っ込んだのはクレア。
続いての寝ぼけ声は
「うーん……ネクラマのお野菜…食べちゃわないと……」
昨日の夕食で、足の早い野菜を使い損なったと溢していたメアリがボソリと言う。
夢にネクラマが出たんだろうか?
「せやから早よせんと、せっかくの夜露が空に消えてまうんや。
皆、起きい言うとるんに!」
「メグ。
朝飯作ってしまおう。
煮炊きしてれば起き出してくるよ」
あまりに動き出しが遅いと、地団駄でも踏みそうなメグを宥めて俺は、スライドドアを引き開けた。
外の冷気が車内に流れ込み、皆が上掛けを掻き寄せる。
扉を閉じるとメグも運転席から降りた。
メグと2人で荷車の引き出しを開けて調理器具を並べ、魔石コンロで大鍋にやや半分の湯を沸かす。
それだけやったら冷たい水で顔を洗う。
ついで野菜をざっと水洗い。水がやたら冷たいのでじっくりは洗えない。
出汁取りにキノコと干し肉を刻み、メアリが気にしていたネクラマをざく切りにした。
イッカクネズミの肉を一口大に切り分けて、味が染み込むようにと串で穴を幾つも開ける。
それをいつぞやシーサウストで買った甕の調味料、辛味噌風で中々美味いのでまた手に入れた、をボウルでトロリと水に溶かして漬け置いておく。
沸いた湯を小鍋に分けて、スイダコーンのザラリとした粒を放り込む。
ここには塩をひとつまみ。
大鍋には細長く切っておいた干し肉とスライスキノコを入れて一煮立ち。
ここにも塩を追加して、ネクラマの茎の硬いところを先に湯掻いていく。
あとは適当に刻んだ野菜と漬け置きの肉を放り込んでまた一煮立ち。
スイダコーンの小鍋が蓋縁から泡を噴いているのでこっちは火力を落とす。
「タケオ、もう少し落とした方がええ思うで?」
「ん、こんなものか?」
こうやってくるくると動ける若い身体が、こんなにもいいもんなのかと感慨に耽る俺の後ろでは。
メグが大鍋の方も火を小さくしてコトコト煮にすると、タクシーへと歩み寄った。
「ほうら、起きんかい、ねぼすけども。
起きんと朝飯食わんまま魔石狩り始めたるでえ!」
バタバタと起きるのはクレアとメアリ、そして一番小さいラトル。
ステスとミトアはまだ寝てるっぽい。
背の順じゃないけど順に顔を洗ってメアリが残る2人を起こしに行く。
クレアはテーブルと食器を出しラトルがそれを並べている。
「椅子は出さないの?」
俺が聞くとクレアが小声で返した。
「メグがね、夜露の乾き具合を気にしてるのよ…」
メグは水魔法使い。他にも火と風が使えるが、1番は水。
だが近くにない水を作り出すのは、無駄に魔力が必要になる。
逆に近間の水を利用するなら然程の苦労はない。
これからやろうと言う魔石狩りは、メグが陽動の号砲から水カーテンでの魔物の誘導まで全て水魔法で行うのだ。
地面近くに多くの夜露がある今が狩り時なのだ。
クレアもそこは長い付き合い、当然承知のことなんだが。
大鍋に刻んだチーズを一塊り投入してかき混ぜる。
凶悪な匂いが辺りを埋め尽くす。
やっと起き出したステス、ミトアの動きが途端に速まった。
よくかき混ぜたシチューもどきをクレアが次々取り分ける。
ともかくも慌ただしい朝食は始まった。
・ ・ ・
いつものように狩りは一発の遠い轟音から始まった。
すでに眼前には水カーテンが森の景色を揺らめかせている。
まずは小物、ニジイロイッカクネズミとパープルフェレットがバラバラと森を飛び出し、薄い水膜に絡まって弾む。
そこへ並んでナイフを構えるメアリ以下4人の子供。
けれど解体の腕は俺より上、急所も毛皮の傷つけていい場所も熟知している。
次々と10数匹が止め処理された。
俺はと言えば小さな的を槍で突くのはまだ自信がない。
同じように短剣を喉や胸の中央に突き込んで仕留め、獲物が大きくなるのを待っている。
続いてホワイトブッシュバック、それを狩るレッサタイガー、更にはウルフの群れがそこに混じり始めた。
見守っていたクレアが前に出る。
メアリたちはホワイトブッシュバックを1頭引き摺って下がる。
腕鳴らしに解体と言うところ。
クレアが駆けながらの連続突きを放ち始める。無防備に水カーテンで固定された的など造作ないと言わんばかり。
俺には真似のできない芸当だ。
更に、魔物の密度が上がって俺は俄然忙しくなる。
左手からはメグが撃ち出す氷弾の音がビュンビュンと響き、それが更に高くなって行く。
相手の大きさに合わせてその粒径を大きくしているからだ。
撃ち出す数がそれで減らないのは流石と言う他ない。
周囲をそんなふうに見ていられたのもそこまで、俺の前にネッドベアと呼ばれる青黒斑らのクマが1頭。
水カーテンこそ超えては来ないが、俺の突く槍先が太い腕で払われる。
軽い連続突きなら一つくらいは当たるが喉も毛皮が厚い。
左右にブッシュバックが数頭、踠いているが構っている余裕はない、こいつを片付けないと。
俺は10数歩退がるうちに槍を立てる。
こいつはなかなかの強敵だ、こうなったら叩き伏せるまで!
立てたまま右足を1歩大きく踏み出す。
上空5メートルの穂先が付いてくる感覚を確かめ、踏み出した脚を止めて踏ん張ると思い切り上体を倒す。
身体全体で槍を倒して行く、腕に体を乗せるようにさらに穂先を加速する。
穂先が左右にぶれることなく風を切る。
ここ迄は上手くいった、さあここから。
穂先の最大速度を出すには、槍先がベアに届く前に柄の振り下ろしを止めねばならない。
止めることによって柄の撓りが穂先を加速し、刃の動きを斬撃に変える。
回転の中心が俺の持ち手から柄の先の方に移り、切っ先が踊るのだ。
これはクレアがこの槍を最初に扱った時に気付いた事。
幾度も練習して俺はそれを身に着けた。
果たして穂先は見事にネッドベアの頭蓋を捉え、頭頂から眉間にかけてを叩き割った。
途切れる咆哮が、引き攣る両の前肢が、消える眼光が仕留めたことを物語る。
ネッドベアが水カーテンに寄りかかるように頽れ、俺は止めていた息を吐き出した。
「こら、タケオ。手動かさんかい!」
ハッと我に返ると、左右でメアリとステスがブッシュバックの止めを刺していた。
ミトアとラトルが小物を両手に引き摺って離れて行く。
やべえ、これはまたメグに怒鳴られちまう。
俺は頬を引き攣らせたまま、魔物の掃討に戻った。
例によって奥の方から地に響く足音。
八つ当たりで薙ぎ倒される巨木の裂けるような音。
ここにはどんな大物が居るんだ?
突然の森の騒ぎに痺れを切らして、逃げる群れを追ってきたのは。
2体のオーガ、それも見たことのあるビグオーガより更にでかい。
その奥でまだバキバキと巨樹を倒す音は、悪名高い一つ目巨人だった。
メグの叱咤が飛ぶ。
「下げるで!
巻き込まれんよう気つけや!」
俺は慌てて数歩退がる。
が水カーテンは間近に迫っても止まらない。
これは仕留めた獲物が足元に溜まって邪魔になるのでカーテンを下げる、いつものやつじゃねえ。
あんなのが出たら黒雲が空を覆う頃なんだがそれもねえ!
更に5歩、カーテンはタクシーの半ばまで食い込むように退がった。
クレアもメグもタクシーの前後に寄って大きな魔物に攻撃を加える。
激昂したオーガ2体が、先ず腕を振り回してそれぞれ2人に突っ込んだ。
その直ぐ後ろにはサイクロプス。
ドオンと轟音が辺りの音という音を消す。
クレアとメグをそれぞれ襲ったオーガが、水カーテンに斜に遮られ、タクシーへと倒れ込んだまでは俺にも見えた。
それが轟音と共に視界から消える。
続いてクレアに巨大な斧を振り下ろす一つ目、その斧をいなすようにクレアが槍で受け流す。
斧の刃先は地面を大きく抉る。
サイクロプスの左足は水カーテンに踏み込んだ、そこへクレアの左からの強烈な薙が襲う。
足を取られたサイクロプスは、堪らず顔面からタクシーへと倒れ込んで。
ドオン‼︎
その時俺の後ろでドバンと大きな音がする。
この緊迫した場面だ。ビックリして振り返ると、地面で弾んだのか仰向けに浮いたオーガが、見ている前でそのまま大の字に、口からは泡を噴いてぐったりと横たわった。
続いてもう1体のオーガが右手で地面を揺らし、サイクロプスもそれに続く。
なんで荷車を外して遠くに置いたのか、俺はこの時にその理由を理解した。
タクシーに弾かれた魔物が、どこに落ちるのかは全く予想がつかないのだった。




