ジジイの記憶
俺の名は飯山健夫。
この間68になったってのは覚えてる。
田舎町の個タクドライバーだったはず。
それがなんでかこっちに来て、クレアとメグに振り回されるように旅暮らし。
グレンズールーで爺の記憶を無くしたっぽい。
メグの故郷やら回って、今はテオドラ帝国とやらを目指す途中だったか。
その辺の記憶はかなり曖昧だ。
手足を見ると子供の手だなこりゃ。
身体は戻ってねえらしい。
ジジイの頃を思い出しただけらしいが。
だがなんだってこんな砂だらけの場所に、俺は寝転んでいるんだ?
たしか……魔石を得るためだと、魔物らしい砂のとんがり山に……
あれ?バンバン砂弾が飛んで来て、メグが一旦退散だって言い出して……
うーん、思い出せねえ。
薄く靄がかかったような青空の下、そこに立っている砂の柱はなんだ?
砂があんなふうに立っているはずがない。
あるとすれば木の杭にびっしりと砂が塗り付いているくらい。
バキバキと、動かすたびにあちこち痛む身体を地面から引き剥がす。
黒っぽい砂が上の方に二つ、目のように見える模様を作っている。
右目がやや低いようだが、あんなんでも顔っぽく見えるのが不思議だ。
そう思ってなんとか上体を起こすと、砂柱が小首を傾げたように見えた。
まさかな。
両手を突いて膝を曲げ、足を踏ん張る。
若い身体は痛みを強く感じるんだというが、それでも何とか動く。
「いてて……」
歳をとっても痛むのは嫌なもんだが、動かなければどんどん衰えてそれっきり。
良いも悪いもない、明日も生きていたければ無理でも動く。ジジイはこのくらい慣れっこだよ!
痛みの感じは打ち身か筋肉痛か。
関節や神経の痛みとは少し違う。
身体は若い筈だが記憶はそのまま、痛みを自分なりに解釈した。
ふわりゆらりとなんとか支えもなしに、砂地に立ち上がることに成功した。
《………》
何か声?
聞こえたような、そうじゃないような?
辺りを見回すがどちらを見ても砂漠の風景。
なんかありそうなのはそこに突っ立ってる砂の柱だけだ。
歪んだ眼のような模様が右を覗き込むように回り、首を伸ばすかの動きを起こす。
一瞬そちらをじっと見たかに思えた傾いだ砂の首は、そのままぐるりと一周した。
こちらへ向き直った歪んだ眼は、最前とは異なり釣り上がっていただけではなく、口と思しき開口が左右に引き攣れて
「ギュュユワワワ……」と異音を発する。
俺は突然のことに一歩後退る。
それを追うように首がこちらへ更に傾ぐ。
砂の傾いだ凶相の、頭の上から青い光る紐のようなものが、鈍色の空に向かって伸びているのに気がついたのはその時だった。
砂柱は最初の位置からが動くことなく首だけが俺を追うように伸びたが、それもある程度。
それよりも光る紐が太くなっているように見える。
「タケオ!」
聞き覚えのある声が何処からか飛び、目の前の砂柱が爆散した。
飛び散る砂を翳した袖でやり過ごす。
やっと開けた目に飛び込んできたのは見覚えあるクレアの槍だ。
ズズズと砂を踏み締める音の向こうには、フセイチの巨大なタイヤを纏った白いタクシーがあった。
青い光の紐は繋ぎ止めるものが無くなったかのように、ふらふらと漂い舞って空へと消えていく。
「こないなとこにおったんか、心配したで!」
「ほんとだよ、イブちゃん裏返った拍子にドアが開いちゃったらしくって」
俺は何でか、メグとクレアのお叱りを受けていた。
・ ・ ・
ところで、あの砂漠にそそり立つ砂の尖塔はどうなったんだろう?
「あ、タケオ、それ聞きよるん?
しゃあないなあ、ウチが教えたるわ!」
あれ?なんか地雷掘ったっぽい?
「手強かったでえ?
砂弾がようさん飛んでくるよって、ちぃっとも近付かれへんのやからなあ。
けどな、知っとるかあ?
砂漠のサラサラの砂やけどなあ、あれかて濡らしたらごっつう硬なるねん」
「そうそう。
メグちゃん大活躍だったんだよ!」
二人のそんなセリフから延々と続く冒険譚。
俺が放り出されてからそんなに時間は経ってない筈なんだが、小一時間も聞かされた。
「要するにあれか。
濡らした砂で作った盾で防御しながら近付いて、サンドゴーレム達から魔石を引き抜いた、と」
「うっわ、タケオ、ウチの大冒険、そないに簡単に言わんといてんか?
水用意するんかて、大変やったんやから!」
いや、砂の下、ちょっと深いかも知れないけど、地下には水脈があるってのはオネシスの街で見てるし。
「サンドゴーレムって幾つ居たの?」
「6体です。大きいのが2つ、中くらいのが4つ採れました。
あと、サンドドールの小さい魔石が3つ」
メアリは魔物よりも魔石で勘定するんだよな。
そこそこの実入があったってことか。
でもその戦闘を見られなかったのは、ちょっと残念だ。
「さっきのサンドドールの石は小さかったなあ。
あんな動きが鈍くちゃね」
あ、あれサンドドールだったのか。
クレアの投げ槍で吹き飛んでたもんな。
でもよく魔石を回収できたもんだな。
そう思っていたら1セロトの魔石を手のひらで転がしメアリが言う。
「魔石は見逃しませんよ、任せといて下さい」
柱を建てて、アクトベル王国ゼレンシアの方へ戻って行くのも半ばを過ぎた。
まだ魔石の在庫はあるけど、狩れるものは狩っておかないと、橋本体を架ける段になったら足りなくなるのは目に見えている。
サンドゴーレムの気配が無くなったせいか、柱を建てる魔力に食いつくニストワームの数が、戻って来たように思う。
集めるメアリとステスの機嫌がいい。
チビ達も解体の仕事が増えて楽しげに見える。
日が暮れる前にクレアが土魔法を使って、仮小屋を建て始めた。
「今日は大変だったからねえ」
そうだな。橋はいくらも進んでないけど、サンドゴーレムだっけ、あの砂山は厄介だった。
ステスを手伝うようにミトアとラトルが、何か言われる前だろうに、カーテンに使う帆布を用意している。
もう慣れたものだな。
俺もああやって用意をしていた筈だが、今はジジイだ、任せて置こう。
今日は砂系とニストワームだったから晩飯は保存食の煮戻し。
期待はできん。
1匹混じってたニズドワームも皮と魔石以外使えるところはねえし、砂系は魔法砂が幾らか値がつくと言っても集めるのは大変だしな。
サソリやヘビが出てたらまた違うんだが。
メグがメアリと飯の準備を始めた。
俺もそっちを手伝うとするか。
ウルフの塩辛い干し肉と、カラカラに干した海藻が出て来たのは予想通りだった。
それに元が何だかわからない大葉の野草に……、こいつは驚いた、メルルの実じゃねえか。
よくこんなものが残ってたなあ、あれは美味いんだ、刻んでスープに入れて軽く煮込むとコクが丸切り違うものになる。
何だかんだで夕飯が出来上がる。
まだ俺がジジイを思い出したことは言ってねえ。
何となく言いそびれたってか?
逸れたんで説教食らった感じもあって、ちょいとヘソもひん曲がったし、それからも今日はゴタゴタあったからなあ。
風呂の準備はできたらしく、クレアが戻って来る。
日もとっぷりと落ちて辺りはすでに薄暗い。
焚き火の火がゆらゆら辺りを照らす中、ローテーブルに、簡単な料理が並ぶ。
クレアがそれを見てボソッと
「明日はサソリが出るといいねえ」
考えることはみんな一緒だな。
・ ・ ・
飯の後は順番に風呂だ。
最初は俺とステスが当たった。
次はメアリとラトルにミトア。
焚き火を囲むのはクレアとメグ。
最後に入るつもりらしい。
俺たちも火を囲んで腰を下ろす。
「タケオ。
自分、なんか隠しとるやろ?」
メグの隣で火を見つめていたクレアが、視線を俺にチロと投げる。
ステスがそれに反応して、何事かと俺の顔を覗き込む。
こいつら、勘は良かったんだよなあ。
「別に隠してるってわけでもねえ。
どうも、頭ん中だけジジイに戻ったみてえだ」
ポカンと口を開け顔を見合わすクレアとメグ。
何言ってるんだと呆れの表情のステス。
これはこれで面白いんだが、まあ。
「俺は若い体で良かったと思ってるんだが?」
そう、追い討ちのつもりで言うと
「あ。せやな、若いちゅうんはええことや」
「そうだね、筋肉痛とか言ってマッサージもしなくてもいい…のかなあ?」
「けど、何やったんやろねえ?
アレ、夢かと思たけど……
あの神さまっぽいやつ……」
「神さま?」 そいつは初耳だ。
「えーっとね、爺さんのタケオがテーブルの上に出て来たんだよね、ここからボワっとさ。
なんだっけ、ナイ…なんとか言ってたような」
クレアがスマホを出して配信のボタンを見せた。
配信ってのは漫才やドラマ、映画を見られるチャンネルだと思ってたんだが、カーナビに出るのとは違うのか?
そのボタンは今は使えないようだった。
さっぱり要領を得ないが、どうやらそいつはテルクラフト山に棲まう何かで、悪意はないらしい。
グレンズールーで俺を攫った連中によって、俺は背骨に傷を負った、その治療の一環で若返った……記憶も一緒に子供に戻った……?
他にも色々言ってたらしいが二人ともろくに覚えていない。
元気ならそれでいいやで通してきたってとこだ。
役に立たねえな?




