カーナビ
「ウチら先、お風呂頂くよって留守番頼むでえ」
置いていかれて退屈してたんだ。
あ。カーナビ見よ!
助手席の鎧を後ろへ移し、よっこらしょと背もたれを跨いで前へ移動した。
カーナビの索敵を出すと、ちょっと前に挨拶一つで横を通って行った隊商が画面の上に消える所。
周囲には点はなくて、ほぼ真っ直ぐに僕らの航跡が下に伸びて見える。
ようし!見張り終了!
クレアがこっそり見ているメニューがあるんだよね。
日本語にすると配信って書いてあるんだ。
意味はよくわかんないんだけどね。
で、小さい絵がズラッと並ぶ。
その下に書いてある字は途中で切れてて何だかよくわからない。
もっとちゃんと書けば良いのに。
良さげな絵をポチッと押すと大きくなって字もたくさん並ぶ。
読めない漢字があるのはしょうがない。
僕、小四だもの。
で、再生って右向きの三角を押すとドラマってのが始まるんだ。
父さんが勤めてたテレビでもやってたお芝居だけど、ゴーストも出ないし絵がきれい。
あ、ゴーストってね、テレビに絵が2重に、ひどい時は3重に見えるんだ。
何でも電波の通り道に山とか大きな障害物があるとね、電波が両方から回り込んでアンテナに届くんだって。
ピッタリ同じに着けばそんなには絵に乱れが出ないらしい。
でもそんなにうまくは行かなくって、到着がズレた分だけ横に絵がズレる。
あと、木とかの間を通って来た電波は波形が荒れる、ってここまで来ると僕もよくわかんないんだけどね。
絵がちっちゃい点の集まりになってザラっとして見えるんだ。
なんてこれは全部、父さんの受け売り。
さてこっちのはどんなのかな?
さすがイブちゃん、キレイに映るねえ。
あー、これ、大人の人の話だ。
浮気がどうの、連れ子がどうのってゴタゴタした話はよく分からないし、気が滅入るんだよね。
次、次。
いっぱい並んでるから片っ端。
漫才ってのを見つけて、ケラケラ笑って見てたら、窓をコンコン。
クレアたちがお風呂を上がって交代だって。
良い所だったのに。
でも僕は良い子だから着替えを抱えて、寒い外を通って帆布のシートを捲る。
うわ。めちゃくちゃあったかい!
クレアの土魔法で作った小屋の中、目隠し兼用、風除けのシートの向こうはお風呂だよ。
服を脱いで棚のカゴに入れて。
間仕切りのカーテンの向こうが湯船だ。
村でお風呂はゴエモン風呂が普通だった。
木のスノコを足で踏み沈めて入るやつ。
間違って風呂の底を踏もうものなら火傷ものって物騒なお風呂だよ、知ってた?
このお風呂はそんなことないからいいね。
石鹸も手拭いも置いてあった。ささっとあちこち洗ってザブン!
「耳の後ろもちゃんと洗うんだよ」
ってお母さんがよく言ってたっけ。
どうしてるかなあ。
ちょっと思い出しちゃった。
砂漠の真ん中で、こんなちゃんとしたお風呂なんて、メグとクレアのおかげだねえ!
お風呂から上がって着替えを着て、冷えないようにもう一枚。
日が暮れかけて風がヒュウと冷たい。
イブちゃんに戻ると後席に乗る。
窓の外からチラチラ踊るように灯りが見えていた。
運転席と助手席でカーナビ画面に見入ってクレアとメグがケラケラ笑ってた。
「タケオ、こんなんよう見つけたな。
お手柄やで!」
それは僕が見てたのとは違う、また別の人の漫才だった。
「なんかドラマとかもあるみたいだよ?
僕はあんまり興味ないけど。
漫才は面白いよね!」
関西弁のど突き漫才はメグに大ウケだった。
故郷の言葉と同じに聞こえるらしい。ちょっと不思議だ。
車内では二人の笑い声と、時々バンバンとハンドルを叩く音が遅くまで響く。
それからと言うもの夕飯の後は、眠くなるまでカーナビのメニューを漁って過ごすようになった。
もちろんメアリもステスも、ミトアだってラトルでさえも、2列目にギュウ詰めに座って前席中央の小さなモニターに釘付けだ。
その晩の一番人気は時代劇。
こちらでは見られない奇抜な服装に結った髪、ちょんと乗っかったように見える髷。
そして何よりセリフの言い回しが新鮮なんだって言うんだよね。
背景に出てくる町並みだって全然違う。
長屋の間の狭い通路とドブ板。
井戸端で洗濯してるのはこっちでもある。
何軒も並ぶ商店に掛かる大きな日よけ暖簾、大看板には読めないが風格のある文字。
そうかと思えば練塀に囲まれた武家屋敷と聳える大門。
こちらで同じようなのは街の防壁くらいかな。
寺社の寂れた境内に林立する墓石、卒塔婆と来ては異国の風情って言うんだろう、皆夢中で見ているんだ。
毎回のように出てくる斬り合い、剣はこちらのゴツいものではない。
細く頼りないとすら見える刀は片刃で、あんな華奢なもので戦えるのかとクレアが心配する。
槍の立ち回りが一度出て来たけれど、突き刺す動きが尋常じゃない。
突いた相手を頭越しに後ろへ放って次を突く、連続で数人を突き伏せるなんて演出もあった。
クレアの槍はあれよりも遥かにゴツい。
柄も穂先も大振りで丈夫に出来ている。
あれで魔力を通すから重くても速さが鈍ることはないんだけど、この軽そうな槍は切れ味がやたら鋭いんだって言っても伝わらないんだろうなあ。
そして黒装束の忍者が出てくると、やんやの喝采だ。
パッと消えたりするし、ジャンプ力も半端ない。
アクロバットな動きで、あらゆる方向に転がるように動き回る。
メグが興奮して
「身体強化や!」って叫ぶ始末だよ。
そうそう、後は手裏剣な。
「あれを魔法付与で作ったったらええんやないか!?
遠間の武器の革命やで!」
なんて本気で言ってる。
忍者は魔法使いと相性が良いんだろうか?
あと刑事物とか西部劇とか。
長いの短いの、銃が出て来るんだ。
「あれはどないして相手、倒しよるんや?」
何度目かの銃撃シーンを見てメグが言う。
「音でビックリしてるんじゃないの?」
クレアの答えにメグが言い募る。
「いいや、そやないで。あれ見てみい。
肩に穴が空いたんやないか?
血が出とるで」
「風の魔法なの?
でもあんなにうるさくっちゃしょうがないわよ。
町中に知らせてるようなもんじゃない」
クレアの言う通り、こっちじゃ弓にしろ魔法にしろ静かにやるから、あんな音は邪魔なだけだなあ。
数日経って戦争もの。
機関銃やら戦車やらが出て来る。
どんな反応するんだろうかと思っていたんだけど、顔を顰めたくらいで誰も何も言わなかった。
「ねえ、これって弾がたくさん出て凄いと思わない?」
「なんやそないなもん。
数撃てる言うたかて、あないうるそうてはどないもならん。
うちやったらそこらの小石使てもあれくらいはばら撒けるで。
鉄の馬車かて魔獣と比べたら大したことあらへん」
ああ!大きいものはもっと凶暴な奴らがこっちには居たんだっけ。
魔法のある世界って、厄介?
そしてベタベタの恋愛もの。
気のある相手を遠くから見てヤキモキする様子を、延々と繰り返すんだよね。
別の女を見たとか、拾ったものを届けたとかを見てものすごく落ち込んで。
そうかと思えば、自分を見て笑ったとか隣りを歩いたとか、名前を間違えずに呼んでくれたとかって、ものすごく喜んで。
何が面白いんだろうって思うけど、クレアとメグ、メアリまで夢中なんだ。
ミトアなんか、しょうがないなあって感じで僕とステスに小声で色々教えてくれるんだけど、さっぱりわからない。
ねえ、なんか他のを見ようよ?
テレビでも見るみたいに、いろんな番組が見られる配信にすっかり気を取られてたんだけど、実はカーナビのLVが10になってたって、後でわかったんだ。




