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カイの村のスライム

人物紹介 (本編はこの下にあります)

 デンストロ 46歳

 カイ村の雑貨屋店長兼冒険ギルド職員

 俺は飯山健夫。68歳の個人タクシーのドライバーだ。

 中野林市を通るローカル鉄道、山津川線、その狭いアンダーパスを潜っていたらこっちの世界に来てしまった。


 以来、森から飛び出して来たクレアという少女とあちこち見て回っている。


 俺たちは今、黒の森へ行く街道の先、南街道と呼ばれる道を北上している。

 天気は雲が多くて日差しが柔らかい。


 それでも締め切った車内は少し暑い。

 俺はエアコンを強めに掛けた。


 贅沢と言われるかもしれんがこんな埃だらけの道、エアコンなしで走れるか?




 この南街道は王都カイズルタウンを発して商業都市ネスト、エンスロー、ヨクレールを通り南へと向かう王国の主要道だ。

 ヨクレールとエンスローの間にはカイ、サイダという村がある。


 今回はエンスローまでの道のりを走ることになった。


 と言うのも地図などあるのかもわからないこの異世界で、俺のタクシーのカーナビは行った場所への経路を記録できる。


 GPS衛星などあるはずがないので、魔法的な何かで位置を特定していると思われる。が、今はどうでもいいことだ。


 一番は俺が運転手なんだから、知らない道を走りたい。

 そして生活できるだけの稼ぎ。

 これに尽きるんじゃないかな。


 しかしこの道、主要街道とは名ばかり、舗装など当然のようになく砂利敷きでガタガタの穴ボコだらけだ。

 街道整備はしとらんのだろうか?


 道幅は6mを超えるくらいあるから、人が両端を歩いていても馬車の行き違いくらいできるが、それは全面が平坦であった場合のことだ。

 まあそう言う場所もあるにはあるが、直径1mに近い馬車の車輪を飲み込むような大穴があちこちにある。

 必然、そう言う場所は片側ばかり通るので車輪の溝が路面に刻まれることになる。


 今もタクシーは左の車輪を溝に落とし、大きく車体を傾けて大穴を躱した所だ。


「流石イブちゃん。こんなとこでもスイスイいけるねー」


 うん。クレアのこの言葉が異世界標準。


 高速道路を時速110kmで巡航するタクシーがここでは20kmが精々、こんな難所では人が歩くより遅い。


 路面を睨んでどこを踏んで先へ進むべきか、そればかり考えてハンドルを握る、そんな苦行は午後の半ばまで続いた。



「タケオ。あれがカイの村だよ!」


 クレアの指差す先は大木を左に大回りするその先、土手の陰に貧弱そうな木柵があり、その向こうに数軒の板葺き屋根が小さく見えている。


 道を回っていくとその全貌が……20数軒ってとこかなあ。

 カイの村は小さい村だった。


 クレアが目立たない場所の石柱を見つけ手をヒラヒラさせる。

 街道でも時々やっていて、なんだかなあと思いながら見るその先の木の門。


 一応門番はいるんだな。


 門では入村料として一人頭100ギル、銀貨1枚を徴収していた。

 観光名所じゃあるまいしと俺は釈然としないが、クレアがギルドカードを提示し、小さな銀貨2枚をサッと払って門を通過した。


「この村は関所も兼ねているんだよ。入村料は領主が徴収してるらしいよ」


 クレアは言うが、じゃああの手抜き街道は何だって話だ。税金取るなら道の整備くらいしろよ。


 そうは言っても俺に何ができるわけでもないんだけどな。



 カイの村には雑貨屋と宿がそれぞれ1軒だけある。


 宿は1泊食事なしで300ギル。

 クレアの分だけ確保した。


 雑貨屋も覗いてみるとヨクレールと比べて品数が少ない。

 サイダ村寄りの畑に魔物が湧いてここ数日コンテンショの収穫ができないらしい。ギルドの出張所も兼ねているらしく、これについての依頼票もあった。


『スライム討伐 カイ村近在 1200ギル』


 店主に詳細を聞くと

「魔物はスライムなんです。

 何しろ数が多くて農民だけでは手が出せません。夕方になるとも沼地から出てきて作物を食い荒らすようで収穫が減ってしまって」


「多いってどのくらい?」


「100以上出るようです」


「場所を見に行ってからでもいいですか」


 クレアの質問は、沼地と言っていたしタクシーの入れない場所だったら、クレア一人で戦う羽目になるから。


「今からだと鉢合わせするかも知れません。もしできるようなら討伐に入ってもらっても構いません。

 仮請けにしておきますので」


 場所を聞くと、沼地沿いの馬車道路を挟んだ畑で被害があるようだった。

 それならタクシーの防御結界で何とかなるかも知れない。


 行ってみると右手の沼の周囲を、シロヤナギの木がポツポツと取り囲んでいるが視界はいい。

 シロヤナギから馬車道までも多少距離があって、湿地になっている。

 畑は道沿い左に広がっていて、沼に近い広い面積で葉が腐ったように茶色く変色していた。


「うわあ。これはひどいね」

 窓から見ていたクレアがカーナビで索敵を始める。


「沼から道に近い場所まで真っ赤になってる。この先が特に濃いね。

 ほら、畑の葉っぱの色が違う」


 クレアに言われて畑を見ると、この少し先から緑がこれまでより濃い。

 餌の多いところに集まっている感じか。


 カーナビ画面を覗き見ると、沼地が先の方で畑から遠ざかっている地形が見て取れた。


 食いやすい場所から攻めて行って、後回しになったってとこだ。


 沼にはまだ動きがない。

 スライムの密集する赤のエリア、沼地を右に見ながら通り過ぎて、どこかでクルマの向きを変えよう。


 ええと、転回に良さそうな場所は…

 と地面に目を凝らして進んでいくが


「動き出した!」


 俺は慌ててギヤをバックに入れ、そのまま走り出す。

 イブちゃんの結界防御で跳ね飛ばすのは、最初から考えていたことだ。


「待って。ここで止めて!

 もっと厚みが出てから突っ込んだほうがいい。

 どうせ全部なんか狩れやしないんだから数を減らそう。

 あたしは畑で漏れたやつを狩るよ、合図するまで動いちゃダメよ?」


 仕切るなあ……


 クレアは外に出て槍をルーフハンガーから取ると、片手を上げた。


 あれは準備の合図で待てと言うことだろう。俺は大人しく合図を待った。

 カーナビの画面を横目で見ると畑へ赤い斑ら模様がゆっくり広がっていく。

 付近の道路は大半が赤で覆われていた。


 屋根をバンッと叩かれた。発進の合図だ。

 俺はブレーキを離しアクセルを踏み込んだ。


 すぐにスライムの群れに突っ込み、一瞬に視界を奪われる。バックドアのガラス越しでは道がどこかも分からない。


 こりゃダメだと、俺は開いている窓から顔を出して後ろを見た。


 周囲は結界の境目でスライムが流れる泡に包まれている。

 地面のすぐそこに道路の肩が見え、クルマの後端から5mくらいか、スライムで埋まる視界の中でスライムがいない地面が楕円形をしていた。

 クルマはその中心をタイヤのザリザリ音だけを響かせ、ドタバタと走って行く。


 そのまま人の駆け足くらいの速度で何百m走ったろう。

 バックの上に景色が見えないので距離感がない。

 突然視界が開けた。まだたくさんのスライムが後方に見えるが、腰くらいの高さで弾け飛んでいく。

 まるで除雪車が雪を跳ね飛ばすような光景だ。


 それも徐々に減って行って、周囲の地面が見えるところまで少なくなった。

 前を見るとスライムの海の向こうで、クレアが槍を振るっていた。

 振り回し、叩きつけ、徐々に下がりながら一体何匹を相手にしているのやら。


 俺はタクシーを前進させる。

 フロントガラス越しでは何も見えなくなるのは分かっているので、最初から首を窓から出し、前方では無く道路の境目を頼りに加速する。

 すぐにスライム模様の流れるトンネルの中へと飛び込んだ。


 前進はバックより首が楽だが、その分スピードが出る。

 一気に突き抜けてしまった。


 もう一丁!


 が、前進の途中で、メーターウインドウに警告の赤文字が踊るのが横目に見える。

 見ている余裕はないし、警告と言いながら止まってしまう様子もない。

 それならとそのまま群れを突っ切った。


 空白地帯で見直すと、出ている警告は「MS-OvFl」。


 MSというと燃料の石だよな?

 あとのは何の略だ?


 急いでボンネットを開けるとMSキャップから5mmほどの荒目の砂つぶが(あふ)れ、受け皿状の窪みに両手ひと掬いほども(こぼ)れていた。


 バタドリの石を入れた袋にザラザラと流し入れ、蓋を見ると持ち上げるように砂つぶがまだ落ちてくる。

 開けてみるとギッシリ詰まっているので3本指で出せる限り掻き出し、袋に入れる。

 バタドリの大きめの魔石の隙間に、小さいのが割り込んで底の方は全く掻き出せない。


 まだスライム討伐は終わっていない。

 俺はボンネットを閉めるとまたギアをバックに入れた。

 


 結局俺は沼沿いの馬車道を都合4往復した。


 窓から出す首は荒れた路面で揺すられ、辛いことになっている。

 が、クレアはまだ畑で奮戦していた。


 スライムの厚みはかなり薄くなっている。その中を俺はタクシーを進めた。

 最後の方は暗くて見えず、魔石灯を使って後ろを見る羽目になった。


 狩れるだけ狩って、指が届く範囲の砂つぶ魔石回収の2回目を終わらせ待っていると、畑を大きく迂回しクレアが戻ってきた。


()っかれたー!」


 暗くなりすぎて諦めたってところか。


「ご苦労さん。ホラ、甘いものでも食えよ」


 後部座席に座ったクレアにチョコレート菓子の小袋一つに水筒のお茶を渡すと、顔を綻ばせて膝に抱えた。


 俺はしばらく考えて「MS」が魔石を差すんじゃないかと思い付いた。


 魔石なのかモンスターストーンなのかは置くとして、OvFl……

 あれはオーバーフローか?

 スライムの魔石が溢れたってことなのか?


「なあクレア。

 スライムの魔石って取れたか?」


「スライムには核はあるけど、魔石はないって聞いてるよ?」


「それがな。

 今回のスライム討伐で、MSの容器から魔石が溢れた。

 今持ってくるから見てくれ」


 俺がボンネットの中から出した、ビニル袋にふた握りも入った砂つぶを見せる。

 色も濃淡はあるが黒寄りのグレーで、歪な形が如何にも砂つぶっぽい。


「なにこの砂みたいの。

 確かに魔石みたいだけど、こんなちっちゃいの?

 こんなの攻撃とかで飛び出したらもう見つけられないよ。

 そりゃスライムに魔石は無いって事になっちゃうか。それにしてもすごい数だね」


 クレアが倒した分の魔石は、畑の土に混じってしまって探しようが無いという事で諦めた。


「いやー。すごい数でしたなあ。

 おいはデンドと言いますだ。この畑でコンテンショを作ってますだ。

 おいの作物たらふく食って、増えたんですかなあ。

 ギルドには報告しときますで」


 翌朝、雑貨屋で報告すると依頼料を払ってくれた。

 スライムの魔石を店主に見せる。


「これがスライムの魔石だって?

 確かに魔石のようだがこんな小さいのは初めて見るぞ。

 ここではどうもできないから大きな町のギルドで相談してくれんか?

 ああ、スライム討伐のことは一筆書いてやる。

 一粒いくらになるか知らんが、情報料は上乗せになるはずだて」


 雑貨屋の店主に礼を言って、俺たちは次のサイダ村に向けて走り出した。

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