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モンファン屋敷

本日は3話投稿です

 私はこのお屋敷の管理を預かるメドゥールと申します。


 このアクトベル・モンファン家の治めるエストラック伯爵領は王都の北西に位置し、土壌は肥沃、テオドラ帝国との国境からも距離があるため、穏やかな生活を送ることができています。


 ですが、あれはもう10年も前になりましょうか、お屋敷では奥方様の交代があり、領外から招き入れた侯爵ご令嬢ニコラスィーネ様が正妻の座に収まりました。


 あの時の騒動と言ったら。

 あまり良い思い出とは言えませんね。


 それまでの奥様エルザスターニャ様は、御当主アクトベル・モンファン・ド・シェル・ザイクレオス様の命で、屋敷森の奥の小さな古い別棟に移動されます。しがない家事主宰の私には、そば付きメイドの一人、メアリーを移動させるのか精一杯でした。


 エルザスターニャ様は子爵家のご出身で、嫁いて来られた時のことは今でもはっきり覚えております。


 淡いピンクのドレスに濃い青の上掛けを羽織り、御当主様のお手を支えに馬車から降りられる優美なお姿。

 何とお可愛らしい、と一同で感激したものでございます。

 私も当時は30を目前にしたメイド頭、実家の男爵家には5人の兄姉と弟が1人がおり、何年も前に家の資力では私の嫁入り支度は無理と、覚悟していた宣告を受けておりました。


 それもあって、ゼクレアスタお嬢様がお生まれになり、その後のご成長の日々の何と楽しいものであったことか。


 そば付きの者が3人おりましたので、私などはたまにお部屋へ伺うくらいと言いますのに、ゼクレアスタお嬢様が3歳になられたある日、お庭でお会いしましたら

「めどる!あのお花、とって!」

 と私に仰るのです。


 お年の割に言葉をお覚えになるのが早く、発音もはっきりされている利発なお子様でしたが、まさかこんなにも早く私の名を覚えていてくださるとは思いもしませんでした。

 その後は廊下でお会いした時、奥様のお部屋へ伺った際などに、めどる、めどるとお声を掛けていただき、駆け寄って来ては私の指2本を握ってニコニコとされて。

 正に私の天使さまでございました。


 ですが、そんな穏やかな日々は続かず、お嬢様が5歳になられたある日のことでした。


 御当主アクトベル・モンファン・ド・シェル・ザイクレオス様が、お一人の貴族女性を連れてお屋敷にお戻りになりました。

 サイナック・シェン・ニコラスィーネと仰る侯爵様のご令嬢だそうでございました。


 その日は前家宰の引退に伴い、職を引き継いだばかりの私と主だった使用人との簡単な顔合わせがあり、応接間でしばしのお茶のお時間があり、お客様は御当主様が馬車でお送りになりました。


 なぜ奥様が呼ばれず、私ども使用人だけとの顔合わせであったのかなど、特にご説明もありませんでしたから、一体何だったのかと一同で首を傾げたものでございます。

 それから1月程でしょうか。


 突然、御当主様が奥様の部屋の片付けを命じられました。

 家具、調度、ベッドに至るまで地下倉庫へ移せと言うのです。

 何でも3日ののちに新しい家具一式が運び込まれるとか。


 抗議する私たちには取り合わず、御当主様が仰います。

「エルザスターニャは先代屋敷へ移せ」


 先代屋敷!

 庭師が手入れのため屋敷森を巡回していますが、屋根の一部が欠けてしまった話を随分前に聞いています。

 あそこはもう50年以上も使われていないはず。

 そんなところに奥様を移すと言うのでしょうか?


 私は急遽メイド、下男を8名と掃除道具を積んだ荷車を引き連れ、先代屋敷へ向かいました。

 どれほど移動先の屋敷が荒れていようとも、移せと言われた以上従わない訳にはまいりません。


 まず奥様とお嬢様が暮らせるだけのお部屋だけでもお整えしなくては。


 人が住まず、手入れがされていないお屋敷というのは、こうまで荒れるものでしょうか?

 重々しい正面の扉は健在のようにみえましたが、エントランス自体が歪んだのか動きが重く、軋みながら引き開く途中で支えたように動かなくなってしまいました。


 人は無理すれば通れますが、道具などはそれもままなりません。

 使用人のための通用口は、内外にある廃材を片付ける事で、何とか通れるようになりました。

 この扉から奥様、お嬢様をお迎えするのかと思うと暗澹とした気持ちに襲われます。

 中は鎧戸が閉められたままなので真っ暗です。


 兎も角も、燭台の灯りを頼りに倉庫、厨房、用途の分からない小部屋を通れるよう片付けながら、エントランスからの主廊下へ辿り着きます。

 廊下には埃を厚く纏って枯葉が入り込み、それを縫うように獣の足跡が何筋もあって、どこからか侵入できることを示しています。


 装飾用の鎧が倒れ散乱しています。

 壁に掛けてあったであろう絵の額縁が壊れて落ちています。

 中の絵は千切れ、汚れて何が描かれていたのかもはや想像もできません。


 途中、応接間らしい扉が僅かに開いていて、件の足跡が出入りしていました。

 扉を開けて中へ入ると、予想通りの荒れ放題、窓の隅から光が差し込んでいました。


 外の立木が倒れ鎧戸の一部が壊れたようで、そこから獣が出入りしているようでした。

 控えの間の隅に枯れ草が丸く囲うように盛り付けてあり、どうやらここが巣のようですが、ここの住人は留守のようです。


 壊れた窓を取り敢えずテーブル材で塞ぎ、廊下の奥の階段を登ります。


 階段は軋みはしますが傷んではいない様子で、少しホッとしました。


 奥様方、お嬢様が暮らすとすれば2階の家族部屋のどれかになるでしょうから。


 2階の主廊下は階下よりは、汚れていませんでした。

 応接間の上に当たる窓がやはり壊れて日が差し込んでいます。

 外を覗くと折れた枝がまだ壁に寄りかかっていて、ここからも獣の出入りができそうでした。


 2階には家族部屋が12室、居間と主寝室があります。

 一つ一つ中を確認し使えそうな部屋を見ていきます。


 子供部屋と思しい1室が何とか使えそうでした。

 奥階段を登って二つ目の部屋です。

 エントランスから続く主階段からは遠く狭いお部屋ですが、お二人での生活ならば何とかなるでしょう。


 出入りで通る廊下や階段の片付け掃除、窓の修理などを考えると余り手間はかけられないのです。


 何とか日暮れまでに通路と部屋の掃除片付けを済ませ、本屋敷に戻ることができました。

 そば付きのメイドには移動の準備を言いつけてありますが、予想以上に持って行けるものは少なくなるでしょう。


 これから私はその説明というか、説得に参らねばなりません。


「奥様。

 急なことではございますが、旦那様のお言い付けで御座います。

 お聞き及びのとおり、この部屋の調度は地下倉庫へ運び込まねばなりません。

 その作業の前に先代屋敷へお移りいただきたく、準備をしてまいりました。

 急なこと故、狭いお部屋ではございますが、お過ごしいただけるように致しましたので、明日ご移動いただきますよう」


「分かっています。

 御当主様からも指示がありました。

 持っていきたいものは粗方詰め終わっています」


「そのことでございますが、大玄関が使えませんでした。

 心苦しいのですが、使用人出入り口よりの移動となりますので、大きなものは持ち込めそうにございません」


「そうですか。

 わたくしはこの子と一緒であれば、どのようなところでも辛抱いたします。

 でも、何でこのようなことになってしまったのか……」


 奥様はそこで俯き言葉を途切らせました。

 まだ5歳のお嬢様が、不安な顔で私たちのやりとりを聞いておりましたが

「お母さま、どうしたの?

 どこか痛いの?」


「いいえクレア。

 大丈夫です。

 それよりも明日はお引越しですよ。

 準備はよろしくて?」


 奥様はまだ幼いゼクレアスタお嬢様を、愛称のクレアでお呼びになります。

 そして、お嬢様も奥様の名はエルザだと思っているようでした。

 確かにエルザスターニャさまと呼ぶには、まだ幼い舌が付いていかないでしょう。


「うん。

 メアリが手伝ってくれたよ。

 お気に入りのお人形を持っていくんだ」


 そんな健気なお嬢様に、私は顔を背け涙したものでございます。


 何とか奥様、お嬢様にはお移りいただき、大車輪で調度の移動、そして翌日には商人が馬車3台もの新しい家具調度を運び入れました。


 一方のエルザスターニャさまと言えば、厨房はあれど世話に回せる使用人はメアリー1人。

 身体を拭うための湯が少々沸かせるだけでございます。


 お食事は本屋敷で調理したものを10分ほどもかけ、メアリーが運んでおりましたが、当然冷めてしまいます。


 あまりのことと私も御当主さまに掛け合いましたが、家宰と言えど希望する者はいくらでもいるのだぞ、と逆に脅しつけられる始末でございます。


 半年ほど経って、ニコラスィーネ様がご懐妊されますと、先代屋敷へ運ぶ食事を使用人並みに、お子様が生まれる頃になると朝夕のみにせよと、締め付けが始まります。


 どうやらニコラスィーネ様が、あらぬ讒言(ざんげん)を御当主さまに吹き込んでいるご様子でしたが、私にはどうすることもできません。


 それでもエルザスターニャ様は、ゼクレアスタお嬢様が旅に耐えられるまでのご成長を待っていたのでしょう。

 7年もの間劣悪と言っていい暮らしを辛抱されました。


 そして、3年ほど前、唯一そばに置いたメイドのメアリーが、固パンと薄いスープだけの朝食を運んで行って息を切らせ戻ってまいりました。


 エルザスターニャ様とゼクレアスタお嬢様のお姿が、先代屋敷のどこにもないというのです。


「捨ておけ。

 最早、あの女には未練もない」


 あまりに冷たい御当主様のお言葉でした。


 今思いますと、エルザスターニャ様は我々使用人にもお優しい言葉をかけてくださる方でしたのに、比べては無礼者と詰られるかも知れませんが、言葉の端々に私共を見下すご様子が窺われるニコラスィーネ様。


 このエストラック伯爵領のお屋敷に勤めることができているのは、幸運なのかとあれから自問する日々なので御座います。


 こんなことを思い出してしまったのも、屋敷森の管理で歩き回る庭師のセドリックが、先代屋敷の頑丈な筈のエントランスの大屋根が崩れたと報告して来たからでしょう。


 あのエルザスターニャ様とゼクレアスタお嬢様が暮された先代屋敷は、来月から取り壊しが始まるとのことで御座います。


 今ごろ、あのお二人はどこで、どうしていらっしゃるのでしょうか?


 お元気でいて欲しい。

 私は、メドゥーラは先代屋敷の取り壊しと聞いて、そう祈らずにはいられません。

クレアの生い立ちでした

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