アンバース郊外
アンバース郊外で始まった魔物狩り。
メグがクレアの制止を聞かず、奥の方に水塊を落としちゃった。
ズズンと遠くから地響きがしたらもう何を言っても手遅れ。
出て来たオークの群れは6頭を数えた。
途中、グレイウルフやマッドエイプを屠って喰いながら出て来たと見えて、口の周りを魔物の血で青く汚して、醜悪さが一段上がってたよ。
1頭はメグの氷弾と僕の槍の連携で戦闘不能まで追い込んだ。
止めはイブちゃんが弾いた。
僕が先頭のオークを足止めする間にいつもの黒雲が空を覆う。
言わずと知れたメグの雷魔法だ。
メグの掛け声と共に飛んだ白い玉が上下に弾ける。
僕は後ろも見ずに飛び退き両腕で目を庇う。
あれには何度もひどい目に遭ってる。
音の方はどうしようもない。
硬い革兜の上から耳を押さえたってしょうがないんだもの。
そうやっていても目の内がパッと明るくなるんだ、あの稲光は全くとんでもない!
地面に足から落ちて一回転、目を開けるとちゃんと目は見えてる。
でも耳は当分使い物にならないか。
だってクワンクワン鳴って他の音は聞こえないんだ。
水カーテンが3m後退したようで小物がその裾で蠢いている。
こりゃとてもじゃないけど、毛皮大事なんて言ってられないか。
水カーテンが押し破られそうだ。
僕は突きを諦めて水平薙で行くことにした。
穂先の刃は40センチちょい。柄を4メートルに持って水平に振ってみると大体3メートルの範囲で切れた。
ただなあ。
止めにはなってないし、毛皮の良い場所も切れちゃったり、こりゃやっぱり失敗かなあ。
「くおらタケオ!
槍、使ことらんで短剣使わんかい!
毛皮、傷めなや!」
あ。そうか。手数なら短剣の方が狙いは正確だし早く突き刺せる。
でもなあ……
うえっ!メグが帽子の下で睨んでるよ、やれば良いんでしょ、やれば!
槍を放り出して突きまくること小一時間、長かったよ、やっと終わったー!
「一時はどうなるかと思ったけど案外早く終わったね」
クレアがスマホを見ながら言った。
「せやな、30メント少々やろか。
タケオ、オークは見事やったで」
あ、あれえ?何時間も戦ってたような気がするんだけど?
30メントって……
「どないした、タケオ?
血抜き解体の前に、ちょっと休憩せえへん?」
メグの水カーテンが用を終えて、パシャリと地面を叩く。
そのカーテン沿いに堤防のように折り重なる魔物の山。
これ何匹いるんだ?
前に100ちょいは狩った記憶があるけどその倍、いやもっとかな?
「ほらタケオ、準備!」
クレアに呼ばれてイブちゃんのそばに行く。
メアリ達がなんか怯えた感じでスライドドアのとこで見回してる。
あー。こりゃしばらく使い物にはならないか?
怖い思いさせちゃったかな?
ええと、シートは荷馬車の前っ側の下だっけ。コンロやキャンプ椅子もここ、新しく作った引き出しだ。
ひと抱え持ち出し、キャンプ椅子を重しに使ってシートを広げて行く。
メグが風避けの温水カーテンを回してくれるまでは、この風で飛ばされてしまいそうだからね。
クレアがカップや湯沸かしポットを持って来て、お湯が煮立てば準備は完了。
「ほら、チビちゃんら。座りい座りい」
透明なので目隠しにはならないけど、風避けの水カーテンが回って、少し落ち着いた4人がシートの上までやってくる。
魔石コンロの上ではもうポコポコとポットのお湯が沸き始めた。
お茶っ葉はクレア特製のハーブ。
薬草にも使う葉っぱだよってのはこの間聞いた。
お湯の温度や蒸らす時間で味が変わるんだそうだけど、僕には分からない。
ただ何と無く落ち着くような気がするだけなんだ。
「熱いからねー、冷ましてから飲んでね。
お菓子は袋のでごめんねー」
袋のお菓子は今まであんまり出さなかったんだ。
でもチビ達が増えて、よくこうやって出してくれるようになった。
ボンネット下の大袋を見ると種類はあんまりないんだ、すぐに飽きちゃうんじゃないかな。
お菓子やペコペコボトルの飲み物は、オートサプライってので魔石を使って補充されるらしい。
メアリ達も暖かいお茶で落ち着いたみたい。
一頻り町での買い物の話なんかをしながら談笑の時間。
僕を含めて子供達はちょっと退屈してる。
草が深いから、その辺で遊ぶってわけにもいかないんだよね。
転んで汚しちゃいそうなんだもの。
「さあて!」メグが言い放つ。
解体の時間だね。
まずクレアが土魔法で溝をゾワゾワと掘った。
メグがクレーンを使って大物の処理。オークは重くて1度に1頭しか持ち上がらない。
水刃という魔法で首を落とし腹を裂く。
逆さに釣っているので溝の中へ血と内臓が流れ込む。
その中から魔石だけ掬い上げるのは水網という魔法だ。
足を切って水球がそこに取り付く。切り口に冷たい水を押し込むんだそうだ。
肉の間を通って開いた腹から青黒い水が噴き出す。
続いて洗車と言ってるけど洗うのはオークの腹の中。細い水のブラシみたいので細かい汚れも溝の中へと洗い流す。
「知っとるか?
ホンマはこれ、イブちゃん、キレイにしよ思てウチが作ったんやで?」
あー、そうですかって感じだけどね。
「タケオ!なに呑気に眺めてるのよ!
解体手伝いなさい!」
おっとと!
クレアはさっきからチビ達に、小物の解体のやり方を教えていたんだ。
メグの解体を見てたのがバレちゃったよ。
しょうがない、僕もやりますか。
じゃあ中くらいのやつ、オオカミや猿からやっていこうか。
木の残骸から1メートルほどの材料を集めて、3本ひと束に端にロープを巻き付ける。
反対側を開けば三脚の出来上がり。
死骸の山からサル系とオオカミ系を選んで引き摺り出す。
こいつらは頭の毛皮も繋がってた方が売値が高い。
まずは次々と喉首を裂いて穴に垂らす。
さっきの三脚を溝に跨がせて立てたらロープで足を縛って吊るす。
溝の底は血溜まりだから、血がくっつかないように、これで良し。
三脚は4つ作ったけど足りないか?
なんせ数が多いからな、いつものようにはいかない。
まだ血が抜け切るまでかかりそうだし、もう4セット作っちゃおう。
喉首を切って三脚で吊るす。血抜きの終わったやつから腹を裂いて魔石を取り出し腑を溝へ落とす。
この処理だけをどんどん進めて行く。
「あんたたち慣れてるわねえ!」
クレアの声だ。慣れてるっていったい……
仕込んだのはあんただろう。
「あたしたち片付けで、ネズミを仕留めることがよくあったんです」
「あと道端で死んでる犬とか猫とか」
「そうね、ステス。
それで食べるものがなかったんで拾ったナイフを研ぎ直して」
「ポッキリ折れちゃってて、こんくらいしか刃がないの!」
「そうね、ミトア。
それでそんなのでも解体してお肉を取って、食べてたんです」
「味がうすくて、お肉もかたくてねー」
「そうね、ラトル」
なんかすごい話してるなあ。
「そう。
じゃあナイフの扱いには気をつけて。
指とかお腹とかには先を向けないように使うのよ?」
「「「はあーい!」」」
メアリ達は小さいやつを処理して行くらしい。ナイフも買ってあげてたからあれを使うんだろう。
「タケオー。
あたちも手伝うー」
一番チビのラトルが僕のとこにやって来た。
手伝うって言われてもなあ。
「ねー、これ、はいじゃっていーい?」
手を見ると刃先が3センチくらいしかない、小ぶりのナイフ。
さっき言ってた拾ったナイフってこれかあ。
これならチビでも危なくないかなあ?
一匹くらい皮をダメにしても僕がメグに謝ればまあ、なんとか。
「良いよ。頑張って剥いでね?
指、切らないように気をつけて」
「うん!」
ちょっと見てたけど、そう危なっかしい手つきでもない。
刃が短いから何回も滑らすけど割と綺麗に剥いでるね。
僕は次の猿を引き摺り出して血抜きにかかる。
4匹吊るしたら戻って腸抜き。
もう4匹行っちゃうか。
三脚からサルを下ろしてラトルを見ると、オオカミがもう2匹も皮を剥がれて肉色になっていた。
横に広げて置かれた毛皮は一見穴もない。
ちょっと持ち上げて裏表を確かめたけど、
「これ、上手に剥いであるなあ。
僕がやるよりキレイに剥げてるよ」
「何やて、タケオ。
おー。上手に剥いとるやんか。
これ、誰がやったん?」
「あたちー」「ラトルだよ」
「ほー!ラトルかあ。ラトルは拾いもんやなあ!
頑張ってようさん剥いたってな。
晩ご飯は期待してええからな!」
「わあい、がんばるー」
他の子3人も皮剥ぎだけじゃなく、腸抜きも割と平気にクレアを手伝って、両手が血まみれになっても何でもなさそうにしてた。
僕の時と随分違うなー。
メグがオークと鹿を終わらせると、クレーンが小さめのやつを吊り始める。
腸抜き、皮剥ぎが一段と早く処理されて行く。
どれだけかかるんだと思ってた解体は、陽の傾く前に枝肉状態にまでなって大きな氷箱に収まった。
メグが作った氷箱は草地の上にドンと置かれていて、大きさは8メートル四方高さが1メートルちょっと。
僕が中を覗き込むのがやっとの高さだった。
それが上の方までぎっしり詰め込んである。
これはとても1回じゃ運べないぞ?
明日は忙しいことになるんじゃ……
そんな心配を他所にメグが声を上げた。
「今日はシードディアの肉でええか?」
「ディアってシカさん?
シカのお肉って食べたことない!」
「そうね、ラトル。シカは食べたことないね、楽しみだね」
ステスとミトアがグスっと鼻を鳴らす。
僕らは子供たちの異様な雰囲気に急いで支度を始めた。
ぶつ切りで煮込むと美味しいんだというけど、とてもそんな雰囲気じゃない。
厚切りの焼肉、薄切り肉を野菜と茹でて具沢山のスープ、潰したコーンにチーズを乗せた焼き物。
急いで作ったにしては夕食は豪華だった。
「シカさん美味しー」ラトルが言うと、
「そうだね、ラトル」と言葉少なにメアリが返す。
「オレ、肉屋のシカ肉見てて棒で叩かれたよ。
こんな美味しい肉だったんだなあ」
「そうね、ステス。私も食べたことなかったよ」
「ネズミって硬いもんね、これ、ちゃんと歯で噛み切れちゃう」
「そうね、ミトア。町のネズミは小さくて硬いものね」
お通夜かよ?
「これこれ、おまんら、ええ加減にせえやあ?
せっかくの晩飯やで、もっと嬉しいて食わんかい。
ええか?
町と違て、これからは魔物なんぞ狩り放題や。
こんな肉くらい、いつかて食えるんや。
そいでもディア肉はなんぼか珍しいんやで、味わって食うたらええ」
「そうだよー?
お肉は滅多に切らさないよね。
でもねー、パンはここじゃ焼けないから町とか寄れないと食べられないんだよねー。
あたし、それが悲しい」
「んー?何や、クレア。
あんた酔うとらへんやろな、なんかおかしいで?」
僕はクレアのが膝に隠した赤っぽい液体の入ったビンを取り上げた。
「はーい、クレアがペコペコボトル隠してまーす」
「その色!ワインやないんか?
飲みよったな?
子らの世話もあるから、控える言うとったんに」
「まあだ、そんなに飲んでないよう?
大丈夫大丈夫!」
はあー。とため息を吐くメグ。
楽しい夕食の時間はこうして過ぎていった。




