メアリの魔物狩
何だか体の軽い寝起きだった。
立派な寝台に柔らかいお布団、凍えたりしない部屋。
もうどれだけってくらい眠った。
横や足元にはチビたちがまだ眠りこけてる。
部屋には寝台が他にも3つあって、上掛けが捲れたりしてるところを見ると、メグさんやクレアさんがそれぞれに寝かせてくれたんだと思う。
でもずっと4人でくっつきあって眠ってきたんだ。
きっとあたしを探して、ここに集まっちゃったんだろう。
下から物音がするって事は、ここは上の階なのかな、窓の戸の隙間から明るい光が漏れてきている。
ラトルのほっぺをつついてみる。
そう言えばこの子、熱を出してたんだっけ、大丈夫かな?
よかった、熱はないみたい。
でもこの子達、こんな顔だったんだなあ。
いつも汚れ放題で井戸も遠慮して使ってたから、顔なんて洗えなかった。
「朝ごはん行くよー」
扉の向こうからクレアさんの声。
日に3回もご飯が食べられるなんて。
食べたらイブちゃん馬車で出発だ!
クレアさんがあたしたちに、透明な容器に入った飲み物を出してくれる。
それも1人に一つ!
これも見たこともないものだけど、開け方がまた不思議!
クレアさんがやって見せてくれた。
てっぺんの橙色の蓋をギュッと握って、パキッと捻るんだ。
あたしも真似してみたけど、パキまでは行かない。かなり力が要るみたい。
「これ巻いてごらん」
渡されたのはクタッとした革の端切れ。
「滑り止めに使うんだ」
チビたちは美味しいジュースにお菓子を頬張ってキャアキャア喜んでいる。
お菓子の包みにきれいな絵が描いてあって、あたしは大事に畳んで買ってもらった服のポケットに仕舞う。
それをチビ達も真似している。
今日は隣の町まで行くんだって。
外を景色がビュンビュン流れて行く。
「クゼルが君たちを探してたら面倒でしょ?
このイブちゃん、あの家の前に停まってたのは誰か彼か見てるだろうし」
だから村を二つ通り過ぎて、少し大きな町、アンバースまで行くんだって。
前に聞いた話じゃ半日は掛かるって……
でもイブちゃん馬車は、すごいスピードで走って行く。
これって伝令で走るって聞く、鳥の騎士さん達よりも速いんじゃないかしら?
それにそれに!
馬車ってすっごく揺れるって……
「ジュースっていうの、美味しいねー」
「こっちのお菓子も美味しいよ、ほらメアリも食べてー」
ミトアが差し出す手の上のお菓子が、手から飛び出してしまうなんてこともなく、あたしは普通につまめてしまう。
なんでこんなに揺れないんだろ?
「んー、どうした?メアリ」
クレアにこんなに速く走れる理由、揺れない理由を聞いてみた。
「せやろ!
ウチのリペアやで?
次通る時は10倍速いんやで?」
前で丸い輪っかを握ってたメグさんが、首をちょっとだけ振り向いてそんなふうに言う。
そうやって振り向いても大きな鍔広帽子が、椅子の間で下向きに挟まっていて、顔なんて全然見えないんだけどね。
何処の村や町にもあるって聞く高い壁が、アズールと言うこの町にもあった。
服を買いに行くんだと言ってた通り、門の衛兵さんに場所を聞いてまたイブちゃん馬車は走り出す。
今着ているメグさんの部屋着はちょっと大きいし、ずっと借りてるのも気が引ける。
だけど、あたし達のために服を買うって。
チビたちのサンダルだって買ってもらって、ちゃんとした靴まで注文して。
その上みんなの服!
「なーに子供がそないなこと、気にしとるんや。
心配あらへんで。ウチらこう見えて金持ちなんやから!」
なんてメグさんが胸を張る。
クレアさんがクスッと笑った気がした。
古着屋さんでは立派な外着に暖ったかい外套、ゆったりの部屋着、そして下着靴下が5揃えも。
今まで着たきりだったのに、自分の服がこんなにいっぱいあるなんて信じられない。
あたしたちの着替えは、それぞれに袋詰めにしてもらって座席に持ち込んだけど、結構場所を取る。
手狭だからともう1台馬車を引くとか相談があったみたいで、結局、今引いている馬車の床下に、大きな引き出しをつけることになった。
メグさんの魔法で木材が変形して、雨が入り込まないフヨとか言うのも何度か掛け直してた。
外で使う道具とかをそっちに移して、あたしたちの着替えは、空いた場所に積んでいいことになった。
武器屋さんにも行った。
あたしたちの4人にそれぞれ手に合わせた鞘付きナイフを一本ずつ、あたしとステスには短剣を買ってくれた。
これから朝晩、剣を振る練習をするんだって。
午前中はそんな感じで町を回って、午後は近くの森で魔石狩りだと言う。
狩場になりそうな森の近くまで行くのに道がない。
何か相談してると思ってたら、グラグラ揺れ出すイブちゃん馬車。
黒い塊が馬車の外でむくむくと大きくなる。
大きくなった車輪だって言うんだけど、何が何だか分からなかった。
でもイブちゃん馬車が進み始めると、座席が大きくふわふわ揺れて、4つ黒い塊が揃って転がり出す。
地面の草が削られて巻き上がり、前の方にピュンと飛んで行くのが面白い。
たまにこっちにも飛んできて窓にペタッと貼りついたり、窓が汚れちゃうね。
でもクレアさんは運転するメグさんに
「ハンドル切らないでよ!
ゆっくりでいいから、真っ直ぐ走んなさいよ!」
なんて怒ってた。
ひどい揺れはそんなには続かなくて、木のたくさん集まってる前で止まる。
木の間を覗くと暗くて奥まで見通せない。
前の座席もメグさんが外に、タケオさんも続いた。
「あんた達はここから出ちゃダメよ?
窓は開けてもいいけど寒くないようにね」
クレアさんがあたし達に言い置いて横に動くドアから降りる。
「雪言うんもええもんやなあ。
水気に不自由せんで」
少し開けた窓からメグさんの声が聞こえる。
森の方、木の並ぶ前に揺れる白い壁が立ち上がる。
なんだろうとみんなで見ていると
クレアさんが「メグ!」と叫んだ。
メグさんが杖を持ち上げ、ズズンと地響き。
「ちょっと!
何で始めちゃうのよ、大きいのが群でいるってのに!」
「あー?聞こえんやった、すんまへん。
でもまあええやんか。
あんたら、気張って狩りいな!」
なんか行き違いがあったのかな?
見ていると森がザワザワと騒ぎ出す。
クレアさんが右側に走ってタケオさんが前へ踏み出す。
メグさんは逆に左へ移動して少し離れた場所へ陣取った。
ザワザワと空気が重くなった気がしてきて
「来るよ!」
クレアさんの声を皮切りに戦闘が始まった。
白い壁がいくつもボコボコと膨らんで揺れる。
よく見ると鋭いツノが突き出て、それが下に落ちて動いている。
それをタケオさんが長い槍で次々と突いて白い壁の裾が青い色に染まる。
でもそれは一瞬ですぐに元の白に戻ってるように見えた。
タケオさんが左右に移動しながら何度も槍で突く。
「メグがなんか飛ばしてる!」
ステスが指す方には杖を翳すメグさん。
周囲には尖った白い槍先がいくつもいくつも浮いていて、それが波打つように揺れる白壁に向かって次々と飛んで行く。
当たった場所には青い花がパパパッと咲いてすぐに消える。
クレアさんを見ると広い範囲を行ったり来たり、槍を振り回しているように見える。
やっぱり波打つ白い壁には、青い色の花が舞って落ちるように見える。
ギャン! と何かの悲鳴?
ズンズズンと遠い足音が響く。
木の葉群れを突き破って、こちらに飛んで来たものはベシャっと地面に落ちた。
転げて止まったそれは、手足がおかしな向きに捻曲がったサルだった。
ザワザワする感覚は止まらない。
チビたちも興味半分、けれど何かの圧力を感じてかあたしにしがみつく。
また何かを叩き飛ばすような鈍い音、枝が弾けるような音は左の方だった。
木立が揺れる。
現れたのはとにかく大きな醜い化け物顔、あれってオーク?
潰れた鼻、青い口から突き上げる牙、青白い毛の薄い肌。
聞いたことのある姿は多分そう。
太い切り株で白い壁を殴りつける。
そこへタケオさんが槍を構え駆け寄って行った。
化け物の顔面が、パパン!と音がして弾けた。
青い雲と白い破片がその辺りに舞った。
メグさんの魔法!
化け物が腕で顔を庇うようにして下を向く。
そこへタケオさんが槍先を脇に突き入れた。
続けて2回。
グオォーー!
化け物が吠える。めちゃくちゃに棍棒を振り回す。
タケオさんがそれを避けて数歩退がった。
そのまま槍を両手で振り上げた。
そして1歩踏み出すと一気に穂先を醜い化け物の肩口に叩きつけた。
ここからも聞こえるザクっと肉の切れる音、そして高く噴き上がる青い血。
すごい!やっつけちゃった!
イブちゃん馬車の中はあたしとチビたちの歓声でいっぱい、豚面はそのまま倒れるかに見えた。
でも太い脚一歩また一歩と先へ進む。
タケオさんはどうしてか、もうそいつを見もせず森の方へ駆け出した。
「え?え?
何処行っちゃうの?これまだ動いてる!」
「うわー!怖いー!」「やだやだやだやだ……」
さらにもう一歩踏み出し、巨体がグラリと揺れたように見えて、掲げた根っこの棍棒があたしたちのほうへ振られる。
ドオン!!
ものすごい音と一緒にイブちゃん馬車がグラングラン揺れる。
あたしは背もたれにしがみついて、目を瞑ってしまったから何も見えなかったけど、それはチビたちも同じ。
「「「ヒイィィッ!!」」」
もうどれが誰の声かもわからず縮こまる。
瞼をぎゅっと閉じて、何も見えないはずの視界がパッと真っ赤になった。
ビシャアァーーン!!
耳がおかしくなるような轟音。
ワアキャアと騒ぐチビたちの声が消えた。
何が起きたの?チビたちは?
あたしの足や腰にしがみつく手や顔の感じで、何人かは無事とわかるけど!みんな大丈夫なの?
あたしは思い切って目を開けた。
よかった、ちゃんと3人居る。
あたしにひっついて震える3つのつむじ。
ホッと息を吐いて静かになった外を見回す。
メグさんがまだ白い槍先を、次々と森へ向けて飛ばしていた。
タケオさんも槍で白い壁を突いている。
それは駆け回るクレアさんも同じだった。
なんでこんなに静かなの?
チビたちの震えようを見たら、すごい声で泣いてそうなのに。
と、音が戻ってきた。
最初はチビたちの泣き声。
そして外からのバシバシ、あれはきっとメグさんの魔法。
えいやあ!とタケオさんの声。
「ねえメグ!まだ終わらないの?!」
これはクレアさんの声だ。
段々はっきり聞こえてくる。
「なんやもう音上げるんかい!
しゃあない終わらしたろかいな、けど回収は面倒なるで?」
「あー?それは困るかなあ?」
「どないせえっちゅうんや!
ほな、も少しやよって気張りい!」
なんだか気の抜けるような会話にはあまり緊迫感がない。
なんかちょっとホッとしちゃった。
あのビシャーンはなんだったのか、そう言えばでっかい!
あれ、怖かったよー、あいつどうなったんだろ?
あたしはチビたちの頭を撫でながら外を見る。
タケオさんの後ろに転がる白っぽい色の小山、あれかな?ずいぶん遠いけど?
ぐるっと見回したけど、それっぽいのはあれだけだ。
それからいくらもしないうちに、外はホントに静かになった。
「終わった?本当に終わった?
もう来ない?」
チビたちも半信半疑みたい。
「ちょっと休憩にせえへん?」とメグさんの声。
3人がイブちゃん馬車に集まって来た。




