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メアリの長い日

人物紹介 (本編はこの下にあります)

 メアリ 10歳 少女

 ステス  7歳 少年

 ミトア  7歳 少女

 ラトル  5歳 幼女

 クゼルという男に飼われていた

 街で捕まえられる犬猫ネズミの解体経験がある

 あたしはメアリ。

 今日はクゼルが来てくれるかも知れない。

 いや、あんなのでも来てくれないと、チビたちに食べさせるものがもう何もない。


 ラトルは昨日の夕方から熱を出して、動けずにいる。

 ステスもミトアもお腹を空かせている。

 あたしはみんなに少しでも食べさせてあげたくて、ずっと我慢をしているせいか、たまにふらっと足が(もつ)れる。


「お前ら、掃除の仕事だ。

 パンを持ってきたから食ったらすぐに行くぞ!」


 あたしはちょっと寝てたんだろうか、その突然の大声にビクッと頭を上げた。


 見回すと、暖を求めて小さい子たちがあたしにしがみつくように眠っていた。


 戸口に立つのはどこにでもいそうな地味な服、酒臭い吐息が火の気のない屋根の下で、入り口からの光の中に白く舞う。


 ストンとあたしの足元に放られた紙袋。


 あたしは夢中でその袋に飛びついた。


 そこに入っていたのは一握りの小さなパンが4つ。

 子供の小さな口でも、ほんの3口4口でなくなってしまうような小さなパンだ。


 クゼラはいつもそうだ。

 僅かばかりの食事をくれて、それで子供には決して楽ではない雑作業を1日させる。

 その中から、もう少しだけマシな食事ができるだけのお金をあたしに渡して、どこかへ行ってしまう。


 今日もそんなきつい一日になるのだ。


 ともかく食べなくちゃ、食べさせなくちゃ。

 この寒さの中では凍えてしまう。


 袋を掴むと子供達を起こす。


 クゼラは柱の一本に寄りかかると懐から紙巻を一本取り出す。

 右手には着火の魔道具が握られていて、ポッと小さな火が灯る。


 紙巻だってあの魔道具だって、安いものじゃない。


 確か紙巻きは24本で1200ギル。

 あたしたちなら4日は食いつなげる。


 あの魔道具は魔石がなくなれば使えない。

 だからクゼラは空の着火具をここに捨てて行く。


 でもあたしは市場で噂を聞いた。

 魔道具を両手に挟んで1時間かもっとじっとしていれば、1回復活するって。

 誰でもできるわけじゃない、いつも成功するわけじゃないって言ってたけど、時間だけは有り余ってる。

 あたしは子供たちの面倒を見ながら、途切れ途切れだったけど、半日手を合わせた。


 壊れかけの鍋にそこら辺の草葉、安い干し肉を入れただけのスープ。

 そんなものでも食べさせてあげたい。


 薪はクゼルの雑作業の時にゴミの中から分けておいて、みんなで持ち帰る。

 両手鍋の片手が落ちてすっかり浅くなった壊れかけを持って、近所の井戸で運べるだけの水を汲んで来る。


 僅かな薪に小さな鍋。

 どうか火が点きますように。

 祈るように着火具を使う。

 火口にポッと小さな火が灯る。

 なかなか薪に燃え移ってくれない。

 ミトアが寝藁を一本火の上に出した。


 着火具の火は終わってしまったけど、藁の火が残ってる。

 みんなが手元の藁を小さな火の上に翳す。火はたちまち大きさを増す。

 あたしはそれを地面の上に置かせて、薪を数本載せる。


 潰されそうに火は小さくなるけど、そこにまたステスの藁束。

 ステスの藁束が燃え尽きる頃には、薪は赤々と薄暗い屋内を照らしていた。


 あの時みんなで食べたスープは美味しかった。

 喧嘩もせず僅かな量のスープを分けあって。

 嬉しそうに笑う子供達の顔。


 それからは雑作業が楽しみの一つになった。

 だって燃やしていい木なんて、町の中にはないから。

 ゴミになった木材だって、あたしたちは近寄れない。

 ただ燃やすだけじゃなく、使い道はいくらもあるから。


 町の外へ行けば森があって、いくらでも薪に出来る枝が落ちてるって言うけれど。


 そして数回の雑作業。大体は物置の片付けとか壊れた家の中のものの整理。

 分かる範囲で分けて並べて行く。


 中には重たいものもたくさんあって、大きな男の人たちが運んだ後に借りた袋に分けて詰めて、あるいは2人、3人で持ち上げて運ぶ。


 だから早く食べさせて支度をしたい。


 けれどラトルが動かない。

 揺すってみるけど丸切りぐったりして目も開けない。


「ラトル、起きて。

 ねえ、ラトル?」


 熱があったんだ。

 額に手を当てると、冷え切った手指にはひどく熱く感じられた。


「ラトルが熱を出してる。

 動かせないわ」


「なんだと?

 俺は約束してきたんだぞ、できないなんてわけにはいかねえんだ!」


「そんなこと言ったって、放ってなんか置けないわ」


「うるさい、とにかく後1時間だ。

 それまでになんとかしろ!」


 ステスが食べかけのパンも忘れた様子で、ラトルの額に触れて目を丸くした。


「ラトル、死んじゃうの?」


「そんなことはないと思うけど」


「いやだ。ラトルが死んじゃったらいやだ」


 こちらの騒ぎなど聞こえないかのように、クゼルが背を向けた。


「いいな?言ったようにできないなら飯は抜きだ!」


 ステスはご飯抜きと言われて、手に持っていたパンを口に押し込む。

 クゼルを追って裸足のまま駆け出した。


 あたしは顔を引き攣らせるミトアを宥め、ラトルにボロ布を掛ける。

 少しでも寒くないようにと。


 ミトアが

「なんか、お外で騒いでる…

 ステス?」


 あたしは慌ててステスの後を追った。

 ステスは革鎧の男の子、あたしとそう変わらないとしに見えるけど、その子の上着を両手で握ってしがみ付いていた。


「ステス!

 ああ、もう」


 外の人に何してるんだろ。

 酷いことされたらどうするのよ!


 ステスを引き剥がして、あたしは一心にお詫びする。


「すみません、すみません、すみません……」

 何とか収まりますように……


 男の子は何かじっと考えている。

 どうしてくれようか、とか思ってないよね?


 あっ!何でラトルが出てくるの!?

 …ミトアまで!

 熱があるんだから寝てなくっちゃ!


 ミトアは男の子に突撃して上着や袖を持ってしがみ付いた。

 わあわあと泣いて何がしたいのかわからない。

 あたしがラトルに気を取られた間に、ステスもそれに加わってしまった。


 こ、このままじゃ往来でいい見せ物だわ!


「中に入るよ!」


 あまりの事に、うまく声は出なかったけど、子供達には通じたみたい。

 あたしがラトルを抱き上げる間に、ステスとミトアも戸口を潜る。


 中に入ると男の子が

「一体どう言う暮らしなんだ?

 ちゃんと食べてるのか?」


「食べ物はクゼルが運んでくるの…

 時々畑の手伝いとか、連れて行かれて…」


 さっきのパンでは足りなかったんだろう。ステスもミトアも騒ぎ出す。


「お腹すいたよー」

「メアリ、お水飲んでいい?」


 と、ステスが男の子の腰の短剣に目を向け、駆け寄った。

「この剣、かっこいいね、見せて」


「こら、ステス、人のものに勝手に触っちゃダメ!」

「やだ、見たい!」

「ダメったらダメ!

 ステス、ご飯抜きになるよ?」


 ステスが手を引っ込めたと思ったら

「ラトアが寝ちゃったー」


「熱があるのにさっき無理して動いたから…

 大丈夫なのかな…」


 コンコンコンとノックの音がして、クゼルが戻ってきたのかとギョッとしてしまう。


 子供達が怯えたように騒ぎだした。


「大丈夫だよ。来たのは僕の連れだから」


 男の子が扉を開けると

「コラ、迷子。

 逸れたんやったらジッとしとらんかい」

「もう!心配したんだよ?」

「怪我やらあらへんやろな?」


 入ってきたのは背の高い鎧姿の女、鍔広帽子の黒尽くめ、変わった言葉遣いのこちらも女だった。


「子供?ここって土の上?

 何このひどい環境!

 こんなとこで寝起きしてるの?

 親は何やってるのよ!」


「多分やけど、この(こお)らは孤児やないか?

 それともどっからか(さら)って来よったか。

 どっちにしても親は居らへんなあ」


 どう言う事?と問う革鎧に

「孤児を集めて食わせとる(もん)には、領主から補助金が出るんや。

 一人あたま月に銀貨1枚やったか。

 その領によって多少はあるやろけど、食うもん着せるもんに使(つこ)たら()うなる額や。

 それ目当てでこないなふうに子供ら集めて、生かさず殺さず飼い殺しや」


 あたしたちってそう言う事でここに居たのかな?

 目の前のご飯のことで精一杯、寒くなってきちゃったし、どうしたらいいのかって思ってたけど……


 それから男の子と女の人2人が話し合い、男の子が外へ追い出された。


 背の高い人はクレアさん、帽子の魔法使いはメグさんだと言っていた。

 さっきまでいた男の子はタケオさん。


 あたしたちの名前や歳を教えると

「この子ら、洗わんとどうしようもあらへんやろ」


 それからは目まぐるしかった。

 地面から壁が立ち上がる。

 その中に水がいっぱいに湧き出たと思ったら、すぐにお湯になった。

 寒々としたこの家の中までほわっと()ったかい。

 こんなにたくさんの水なんて見たこともないのに、それがお湯になるなんて。


 そしたら子供たちの服を脱がせろと言うんだ。

 

 何だか匂いのいい、すぐ消えちゃう泡のついた布で擦られて、お湯で流す。

 流した色の変わった水は、何でか穴の底へ流れて行く。

 ()ったかいお湯に肩まで入れと言われて、顔が真っ赤になるまで浸けられた。


 クレアさんのお許しで、土間に上がるとそこには何かツルッとしたものが敷いてあって。


 大きな布で身体中の水気をこすり取って、乾いて()ったかい風が何処からか吹く。


 みんなの髪色、肌の色って初めて見たかも?

 あたしもだけど、みんな土っぽい色だと思ってたなあ。


「小っさい子は、すまんやってウチの替えのシャツ着たって。

 メアリはんはウチの着替えが行けるやろ。

 靴はちょっと合わんやろか、まあ取り敢えずや」


 熱のあるラトルはそのまま大きな布で巻いて、メグが抱き上げる。

 お湯の溜まっていた箱はいつのまにか、藁のない剥き出しの土間に戻っていた。


 あたしもミトアをおんぶして、ステスは上背のあるクレアが抱き上げた。


 外には見たことのない真っ白な、馬車と言ってもいいのか、イブちゃんだって聞いたけど、4輪荷馬車を従えて停まっていて。


 タケオの姿が前の方に座っていて。

 そこへ後ろを片付けたクレアが言った。


「ほら、タケオ、手伝ってよ。

 後席に乗り込んでここの紐を引いて欲しいの」


 タケオって子が一つ後ろの椅子に後ろ向きに取り付いて紐を持って引いたけど

「ああ、ダメか、両方いっぺんに引かないと動かないみたい」とクレアさんが言う。


「えー?手、届かないよ?」

 内側だけど両端に紐が出ている。


 あ、中が広いから手が届かないんだ。

 じゃあ

「これを引けばいいのね?」


「うん、頼んだ。僕はこっちを引くよ」


 カチンと音がして座席がグラッと浮き上がって、カシャカシャと椅子がもう一つ現れた。


 その出来立ての椅子があたしたちの席だった。


 イブちゃん馬車が静かに走り出す。


 環状通りで靴屋がどうとか言って、ぐるっと回り出すもんだからビックリしてたら、あたしたちに靴を買うんだって。


 ずっと裸足で歩いてたのは、靴なんて高くて買えないから。

 いいのかなあ。


 初めて入った靴屋さんは変わったものがたくさんで、こんな場所で靴を作ってるなんて信じられない。


 チビたちにはサンダルを買ってくれたし、あたしたちみんなの靴を作ると言って、足を測ってくれた。


 ほんとに自分の靴がもらえるんだろうか?


 ビックリ続きの靴屋をどうにか出て、イブちゃん馬車に乗るとタケオさんがお菓子を出してくれた。

 小さいツルッとした袋に分けて入っていて、開け方をクレアさんが教えてくれた。

 手で千切るみたいにするとツツっと裂ける不思議な袋。

 綺麗な絵が描いてあって破るのがもったいない。


 でも中のお菓子はもっとビックリだった。

 すごく甘いんだもの、あたしもチビたちも夢中で食べちゃった。


 その夜はゼレンシアのお宿。

 こんなお宿もあたしは初めて中に入る。

 お昼のご飯はビックリするくらい、たくさんの食べ物がテーブルに並ぶんだ。


 でもでも、あたしたちってこんなにたくさん食べたことがない。


 お腹いっぱいで眠くなって、途中でお部屋に連れて行かれて、その後どうなったのか覚えてない。


 食べきれない分は、クレアさんがみんな食べちゃったって、後で聞いた。


 ほんとなのかな。


 寝て起きたら立派な寝台で、すぐに夕飯だった。

 またたくさんの食べ物がテーブルに並んだ。

 クレアさんとメグさんがお酒を飲んでいた。


 お昼に食べたのとはまた違ったものがいっぱいあった。

 あたしたちはいっぱい食べたけど、また眠くなってしまって……


「クレア。こりゃ注文加減せんやったら毎度、こないなことになるで。

 やれやれや、早よ運んで寝かしたろ」


 そんな言葉が聞こえた気がした。

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