ゼレンシアの街
人物紹介 (本編はこの下にあります)
クレア(ゼクレアスタ) 16歳
青い髪 青い瞳 彫りの深い顔立ち 身長170cm(推定) 土魔法使い
母はエルザ(エルザスターニャ) 故人
15歳の時母と共にヨクレールの街に流れてきた。
形見の銀のリングを持っている 酒が好きでよく飲みつぶれる
宿の亭主カッツェドス(引退冒険者)より槍と皮鎧を譲り受ける
祖母という人がラーライという土地に因縁があったらしい
カーナビのマップと言うのを見せてもらった。
ここまで旅をしてきたと言う緑の、ウニャウニャした線の先端にある、赤い尖った三角がこのクルマだと言う。
今はクレアが運転中で、後ろの席からメグが杖の持ち手の細い所で、助手席の僕にああしてこうしてと指し示すけれど。
言われた通りボウッと光る板の表面を、指で突いたり払ったり。
何でここの絵が動いたり、変わったりするのかさっぱり分からない。
大体がこんな絵の動く板なんか、見たことも聞いた事もないんだ。
父さんが勤めるお店にはテレビがあったから、何度か見せてもらってる。
少し離れて見ないとチラチラした光の粒が揺れるだけ、離れれば人が動いてるとか、どこかの風景かななんて少しは分かる。
でもあれはテレビの中の弁士の人が、分かりやすく説明してくれるから何とか分かるようなもので、1、2センチ右側にもう一つ輪郭っぽいのが見えて、絵だけ見るには分かりにくいったらない。
父さんに聞いたらあれはゴーストって言うやつらしい。
山に囲まれた中野林では、天候にもよるけれどテレビの電波が、山の右側と左側に分かれてアンテナに届くんだそうな。
電波の強いほうがちゃんと絵を映すんだけど、弱い電波はちょっとだけ遅れてアンテナに入っちゃう。
その遅れた分が輪郭のズレになってテレビに見えるって、ウソなんだかホントなんだか。
それにテレビって、父さんのポコっと出たお腹みたいに突き出てる。
台は四角いのに絵が映る部分は角が凄く丸くなって、このカーナビみたいなかっきり四角なんかじゃないし、平らでもないんだ。
線もはっきり見えるし。字は……
「ねえ、ここの模様って字なの?
全然読めないよ?」
「ああ、それはウチら用にしてもうたからや。
イズーラになっとるんや、右の下っかわ、読める字があらへんか?
そこ、指でチョンしよったら変わらへんか?」
「ええ?右の下の方……漢字かな、日本語……
あ、なんか出てきた!」
画面の右端に1列に並ぶ箱の中の模様が漢字に変わる。
上からメニュー、登録、検索、索敵………Helpだけ横文字…
こんな難しい漢字、僕、読めたっけ?
習ったかどうかも覚えてないのに?
漢字の書き取りは苦手な授業だったんだけどな?
あれ?地図と言っていいのか、線の向きが少し変わる、回った?
「ねえ、勝手に絵が回るよ?」
「それなー。イブちゃんの進む方角が地図の真上になるんや」
「んー、他に馬車もいないから、ちょっと向き変えてみるね」
クレアが広い道路の真ん中までクルマを寄せる。
その動きだけでも地図が左右に揺れた。
スピードを落としハンドルを大きく切る。
車の動きにつれて地図が大きく回転した。
逆側もやってくれたけど同じように回る。
「あとな、タケオ、指2本でこうやってな?」
メグがくっつけた親指と人差し指を広げる仕草を見せた。それを地図の上でやってみろと言う。
「わわっ!地図がおっきくなった!」
「面白いやろ、逆もいけるで?」
なるほどなあ。
「指2本で手を回してみい」
今度は車の向きに関係なく、僕が回しただけ地図が回った。
「うんと拡大すると、ここから見える範囲の森とか建物があれば、それも書いてくれるよ。
ここは野っ原だから何にもないけど、街に入ったら建物がどう並んでるかもわかるわよ」
クレアがハンドルを握ったままそう補足してくれた。
地図はいつの間にか、クルマの走る向きに直っていた。
・ ・ ・
ヤーニトードはまだ結構先。
ここゼレンシアの街は石積みの城壁に囲まれた街で門が3方向にある。
王都に通ずるヤイズル街道からは、街への分岐があって南東門を潜る。
門番の詰所で500ギルで売っていた
た街の案内図を見ると、ここもヨクレールと同じように大きな環状通りがある。
環状通りを右へ行くと北東門でヤイズル街道へ合流、左はツールドゥルフへ続く西門がある。
このまま進むと、それぞれの門からの3本の通りの突き当たりに大きな広場があった。
領主の館は北の山の上。城壁はそこだけ大きく膨らむように山を囲んでいて、こちらも石積みの堅牢なお城らしい。
あー、ここからじゃ建物の影で見えないか。
クレアの言った通り、街路の左右に見えている建物は地図に書き込まれていた。
見えないはずの建物の裏側や、路地からチラッとしか見えない家の形まで書いてあるけど、ホントなんだろうか。
「まず、ギルドやな。
毛皮や肉やらが嵩張ってもうてあかんわ」
「肉はメグが氷詰めにしてくれてるから、安心だけど早目に売ってしまったほうがいいもんね」
そうなんだ。
後ろに曳く荷馬車の荷台いっぱいに、僕の背丈に近い高さの氷の箱が載っていて、中はクサミケシで小分けに包んだ魔物肉でぎっしり。
その上に剥いだ毛皮を山積みにして、ロープでグルグル巻きなんだもの。
まだ陽も高いし、こんな大荷物は目立つから早いとこ身軽になった方がいい。
「このマークって商業ギルドじゃ無かった?」
僕は紙の地図を後席のメグに見せて聞いた。
「せや、よう覚えとったなあ。
クレア、そこの環状、右に行ってんか?
ちょい先の左っかわや」
「はいよー。右に行くのね」
案内図によると商業ギルドは、大きな中央広場まで突き抜ける倉庫の側に建っている。
それにしても大きな倉庫だなあ、なんて思ってたんだけど、それは商業ギルドの商品倉庫で僕らのクルマは受付で話した後、大きな入り口からその中へそのまま入っていくことになった。
屋根には明かり取りの格子窓がいくつもあるけど、中は薄暗い。
あまり強い日光は、保管している商品が傷めるんだとか。
売るのは上積みになってる毛皮が先だ。
クルマの貨物スペースの牙やら爪やらはいつでも出せる。
肉は毛皮の後がいい、そう説明すると倉庫の一番奥へ行くように言われてしまった。
中の通路では荷馬車が左右に何台も、積んだり降ろしたりの作業をしていて、とてもスピードなんか出せる場所じゃない。
のんびりと移動して行くうち、毛皮のカウンターをクレアが見つけた。
左右にカウンターがあるんだけど、どっちにも1台ずつの馬車が先に居て、順番待ちになった。
待つ間に毛皮を固定しているロープをみんなで外す。
倉庫の中の通路はちゃんと平らだし、移動もすぐそばだから崩れたりしない。
毛皮は剥いだそばからメグが、洗剤を使った洗車魔法で肉片や脂分を流して、乾燥までさせてしまう。
水魔法使いの本領発揮やって言ってたけど、乾かしただけでちょっとパリパリと硬いので、あとは少し揉んで柔らかくしてやればいい毛皮になるんだとか。
僕が止めに失敗して傷の増えたやつ以外は、かなりのお値段が付くと思う。
毛皮は大小合わせて126枚、それを1枚1枚、買取査定して行く。
気をつけて見ていたんだけど、穴や傷のある毛皮が1枚も無かった。
僕の毛皮は積んで無かった?捨てちゃったの?
伝票を貰って次は爪のカウンターだと移動中、車内でメグに聞いて見た。
「ねえ、僕が止めに失敗して余計な傷のついたのが幾つもあったよね?」
「皆、売ったで?」
「え?全部優等品だってカウンターの人が言ってたじゃない。
何で?」
「まあ、いくつかは状態の悪いんがあったなあ。
あれ、ウチが、リペアしたってん。
仕上げは完璧やで?」
親指を立てて見せるメグ。
「メグは大穴があったって、周りから皮を引き寄せてでも、なんちゃってリペアで塞いじゃうんだよ。
針の穴くらいは残っちゃうんだけど、そんなの見たって誰も分からないんだ。
集めた分少し小さくなっちゃうけどね」
そう言えば毛皮の処理の時、山を幾つかに分けて積んでいた。
大きさの他に傷も見てたんだろうな。
爪はタイガーリスやマッドエイプが20体分程。大きい物だけ集めてある。
これも洗剤を使った洗車魔法でピカピカだ。
優等品58個の伝票を受け取り、次は牙。
牙を預けて次はツノ、そして肉。
魔道具だと言う巨大な冷凍庫の前には3台の先客が居た。
量が少なかったとみえて、いくらもせず列が捌ける。
重さにしたら1トンを超える量の肉を、氷の容器ごと買取の台の上に置く。
「冷凍まではしとらんよって、クサミケシ剥いたらなんの肉かわかるやろ」
クルマの中ではそう言っていたメグが
「お肉は全て氷温保存です。
クサミケシで包んでありますので匂い移りもないと思います。
種類はイッカクネズミ、グレイウルフ、マッドエイプ……」
この後も延々と魔物の名が続き
「……、デスサイクロプス。
以上です」
メグの口から聞きなれない丁寧と言っていい言葉が飛び出して、僕は頬がヒクッと引き攣る感じがした。
けれど、それ以上にカウンター担当の大柄なおば……お姉さんの表情が歪んでいる。
後ろ手で大きく手招きし、氷の箱の中を覗き込む。
氷の蓋は疾っくにメグが消してしまったので、5cmほどの厚みの氷の箱の中にクサミケシで四角く包まれた塊が、上までぎっしり並んでいるのが見えているだけだ。
ドヤドヤと現れた4人の応援は皆女の人だ。
揃いのツルッとした見かけの、長い前掛けを付け、見たことのない素材の長い手袋をしている。
5人は包みを箱からそれぞれ取り出すとピロッとクサミケシの葉を捲る。
「イッカクネズミはここに置くよ」
「グレイウルフ」
「デスサイクロプス!」
「シルバーフェレットはこっち」
・
・
・
見ている間に10数種類の肉は、大小の山に分けられて行く。
もちろん一番大きな山は一つ目巨人だ。
分けられた肉の検品が始まって、ここでも優秀品と優等品の評価が書かれた伝票を、クレアが受け取った。
大柄なお姉さんが、最高が優等で僅かに難のあるのが優秀とか教えてくれたけど、値段はいくらも違わないそうだ。
「血抜き、冷却、部位の切り分けまでキッチリやっとるさかいなあ。
当然言うたら当然や!」
「メグは解体中に周りに細かい水の散布までしてるからね。
あれ、結構違うと思うよ?」
「そう言えば霧っぽいのが出てたね。
あれ、メグがやってたんだ」
「せやでえ。
草地やら森やら言うたかて、外やちゅうんは変わらへんやろ?
細かい虫やら悪さしよるんもようさんおるんやで?
あの霧はうちの魔力が載ってるさかい、多少のもんは弾きよる。
クサミケシにも使とるんやで?」
どうせ売るんやったら、1ギルでも高こ売りたいやんと言って、メグが笑った。
商業ギルドの本館に戻って伝票を出す。
しばらく近くのベンチで待つと、
「クレア様」と呼ばれ、僕は興味津々で付いて行った。
「総額で28万6千750ギルになります。
カードにご入金でよろしいですか?」
「はい、カードに入れてください。
あと、帳簿の方、確認してもらえますか?」
「はい。ではこちらへどうぞ」
帳簿とか、なんか難しい話っぽいので僕はメグのところへ戻る。
「ねえメグ、28万ギルだって。
金貨は入るかな」
「金貨は10万ギルやから、2枚入るなあ。
なかなかの稼ぎになったなあ」
しばらく2人であれやこれやと喋っていると、て言うかほとんどメグが喋って僕はウンウンと返事してるだけだったけど、クレアが戻って来た。
「終わったよー。
お腹すいちゃったー」
僕はポケットから、折り畳んだ街の案内図を引っ張り出して広げた。
「これで美味しいところ、聞いて見たら?」
「タケオ、冴えとるやん!」
クレアが早速地図を受付に持って行く。
受付では幾つか丸印を付けてもらって、
「さあ、行くよ!」
受付嬢おすすめの店では、うどんのような太い麺をひき肉混じりのソースで頂く料理を食べた。
クレアは3種類頼んで、全部綺麗に食べていた。相変わらずの大食いだよ。
宿にも印をもらったと言って先に部屋を押さえる。
4人部屋を一つ押さえて、市場に歩いて向かう。
紙の地図があるから、宿の女将さんに聞いて大体のところは教えてもらえた。
書いてくれた字は僕には読めないので地図はメグが持った。
「さあ、市場巡りやで」
ぶらぶらと裏路地を並んで歩く。
この辺りは石造りの壁の立派な家が並ぶ。
門から広場へ続く3本の放射通りから1本入っただけの路地だ。地図で見ると表通りに店舗を構える商店、の裏口がここに並んでるらしい。
やって来たのは中央広場。
広場を囲むように小さな環状道路があるけど、ここまで入ってくる馬車は少ないみたいだ。
簡単なテントの店や、手押し車を改造したような屋台がその通りに背を向ける形で立ち並ぶ。
広場の北側には、大屋根の掛かった常設の市場があると聞いていたので、僕らは屋台を覗きながらそちらへ向かう。
「なかなかの人出やないかい。
タケオ、逸れんように手繋いどき」
メグにそんな風に言われ、手を繋いで市場へ入った僕だったけど、途中、ドヤドヤと横から現れた一団に流されて逸れてしまったんだ。




