西へ
今日もイブちゃんは西へ走る。
目的地はテオドラ帝国領じゃないかと思われる、ヤーニトードと言う場所。
メグが杖を新調したいんだそうだ。
大きな水の魔法石は、ええと50万ギルだっけ?金貨で5枚だよ?
エンスローで手に入れていて、あとは相性のいい持ち手があれば。
それにそこの魔木がどうかなって話だった。
道は整備されたところもあるけど、大体は荒れ放題。
その整備だってなんとなく平らって感じで、ゴムタイヤ、サスペンション付きって言われるイブちゃんだって、本気では走れないほど揺れる。
木輪の馬車なんかよく走らせてるよなー、ってレベルの道だ。
それで次通る時は快適に素早く移動できるからって建前?で、リペアを掛けまくって進行中な訳だ。
ガタガタボコボコ低速で進むのも、短い距離だけど、直した道路をピュッと進むのも、時間で言ったらそう変わらない。
魔石はかなり食うから、魔物の掃討は必須条件だ。
肉は食べられるし、毛皮なんかも売れるし、これが唯一の収入源、まあ良いんだけどね。
この頃なんか僕の鍛錬だと言ってリペア間の移動は、僕だけ鎧兜、槍付きの2本足、駆け足移動なんだよ? 酷くない?
鎧は重さが付与で軽減されてるとはいえ、結構重い。
でもお陰で5m超えの長い槍が、この頃はなんとか突けるようになって来た。
「お昼にしよかー」
「今日も頑張ったねえ、タケオ。
昨日狩ったネククドリ、煮てみたよ。
鳥だからね、骨から良い出汁が出ると思うんだ」
出汁が出るって、何時間煮込むつもりなんだ?
「お陰でイブちゃんの中、堪らん匂いがしよってなあ。
お腹が鳴りよるんで敵わんわあ」
なんと車内で煮てたの?
火は大丈夫?
僕、ずっと走ってたから知らなかったよ!
「火は使とらんでえ?
ウチが乗るたんびに煮立たさん程度に熱うさせとるだけや。
けどホンマ、骨と野菜放り込んで、手間かかってもええ出汁が出よるなんて、不思議やわあ」
車内に入ってみると後ろの座席が畳まれ荷物も片付けてある。
運転席以外全部平らになったところに鍋が一つ、パンの入った籠が一つ。
クッションがいくつか置いてあって、腹ペコの僕は鎧下と靴を脱ぐのに大忙しだ。
クレアは鎧下は着けていなくて靴だけ。
外はこの時期寒くて、お昼はこうやって車内で摂るのが普通になっている。
脱いだ靴や鎧下は助手席に押し込んで、さあお昼ご飯。
出汁ガラの骨はもう取り除いてあって、野菜や鳥肉が鍋の上まで煮込まれてあった。
赤辛いソースで味付けされた、具沢山スープをメグが木椀に装う。
「ウチは煮込んだだけで、他は皆クレアがやってくれたんやけどな」
狭い車内で帽子を取ったメグが、悪戯っぽく翠の眼をきらめかせる。
肉も野菜も柔らかくなっていて、何より汁が美味い。
パンを肉や野菜と交互にパクつく。
スープの汁気がパサつくパンを美味しくしてくれる。
「お代わりやったら、自分で装ってな?」
「パンもまだあるよ?」
パンは止しとく。
でも。具は少な目、スープをたっぷり。
寒い今日みたいな日は、辛めの熱いスープが最高だね!
お腹いっぱいで、曇った窓を手で拭いて外を見る。
遠くの山は北の方角。
上の方が真っ白になっていて、日に日に裾へ向かって広がって来てる気がする。
「まだ寒くなるんでしょ?」
「せやでえ。
この辺りはどうか知らんけど、お婆はんとこは3メルキ、雪が積もったなあ」
僕の村は雪なんて年に1回あるかないかだもん、って、何?3メートル?
ありえねえー。
何もかも埋まっちゃうじゃない!
「あ、なんやありえへん想像してへん?
そんなん、いっぺんに降る訳ないやんか。
なんぼ降ったかて一晩にせいぜいが60セロや。
降るたんびに通路だけ跳ねて、歩けるようするんや。
朝晩何時間かは掛かるけど、埋まったりはせえへんで?」
いや。すごいとこにいたんだなあ、メグ。
僕がメグに変な感心をしていると、クレアの様子がおかしい。
「どうしたの?」
「んー?
いやちょっとね。
根性の据わった魔物がいるなあって」
「えっ!魔物が?」
リペアで弱い魔物は大体が逃げ出す。
リペアが気に食わないと向かってくる強者も居る。
近くにいるってことは向かって来る?
「あはは、大丈夫、大丈夫。多分だけど」
クレアは助手席側の窓の曇りを拭いて、外をじっと見る。
「こっち側にね、大きそうなのが3つ」
あ、そうだった、と言ってスマホの索敵を始め、僕らにも見せてくれた。
そこにはこのテオドラ第二街道の左側に3つの光点がある。
「白いんだ?
襲ってくる気はないってこと?」
「うん。そんな感じ。
あれ以上は寄ってこないんだよね」
「クレアがそう言うんやったら、放っといてもええやろ。
これ、寄せてお昼寝の時間やでー」
午後からもリペアは続く。
索敵に見える白い点も増えたり減ったりしながら左側、50メートルくらいを付いて来る。
それもあって僕はイブちゃんでの移動、リペアの最中は槍を振る、ビニル袋を振る。
午後のお茶の時間。
カップに口を付けたクレアが
「一つ近付いて来たよ。
あ。止まった。
何する気なんだろ?敵意って感じじゃないんだよね」
僕は左の窓を拭いて外を見た。
この辺りは荒野で地面は風になぶられたからなのか、酷く平らだ。
そこに背の低い、葉っぱが貧相に見えるくらいの木がポツポツ、見晴らしは良いんだ。
20メートルくらいの所に1箇所、土が盛り上がってる。
この辺じゃ、出っ張りは珍しい。
と。てっぺんから尖ったものが上に伸びる。
「なんか出て来た!」
クレアとメグもこっちの窓に取り付いて、イブちゃんが揺れる。
ヘビの頭みたいにニョロっと立ち上がり、首先をこっちに向けた様だ。
その首がバッと大きくなる。
顔の周りにトゲトゲが広がったみたい。
「ウチも初めて見るんやけど、土竜ちゃうやろか?
お婆はんとこの本で見た気がするでえ」
頭のとこが1メートルしか見えてないのに、わかるんだ。
「こっち見てるねえ。
用事でもあるのかな?」
「魔物がウチらに用事て、何やねん」
「あたしも分かんないよ」
「あ。引っ込んだ!」
僕の見ている前でシュッと地面に引き戻ったように頭が消え、荒野にはぽこっと土に盛り上がりが一つ残った。
「離れてくね。
あたしたちが見たかっただけってことかな?」
「それならそれでええ。
向かってくるなら狩るだけやし」
「また遊びに来てくれると良いね!」
そう言ったら、クレアとメグに変な目で見られたよ。
その日は野営。
たまには湯浴みがしたいと、メグが言い出した。
一つ前の町は3日前だし、僕も汗の匂いが気になってた。
毎日走らされてるんだからしょうがないけど。
荒野の真ん中に土魔法の小屋が立ち上がる。
メグと二人がかりの建物魔法。
「セカンダル、思い出さへん?」
「あー。あの温泉良かったよね、また行きたくなっちゃったよ」
「せやなあ」
なんて2人で話す間にも、小屋の中に箱ができて、水が入る。
入り口に青いシートを下げ目隠しに、中ではもうもうと白煙が上がって、外へ漏れ出て来た。
「ちょいと熱めにしとくで?
土も冷えとるよって」
「良いんじゃない?
こう寒いとねえ。
タケオ、誰も来ないと思うけど、見張りよろしくね♪」
もう、あっという間だ。
小屋はこれ一回使うっきりだから、仕上げなんか無し、本当にぱぱぱっと作っちゃった。
クレアとメグが着替えを抱えてシートの向こうに消えるのを、僕は後席から眺めていた。
しょうがないから、前と後ろをキョロキョロ見てた。
でもそんなのすぐに飽きちゃうよ。
メグがこの頃買った本があるんで開いて見た。
何だこれ?
魔物の図鑑みたいなやつか?
絵がいっぱい並んでて、魔石狩りでお馴染みの魔物も並んでいる。
1ページに2つか3つ。
イッカクネズミ、ウサギっぽいの、キツネっぽいの。
次は…シルバーフェレットが居た!
こっちはマッドエイプか。
いろんなのがいるんだなあ!
そうやって夢中で見てたら、窓をコンコン。
クレアたちがお風呂を上がって交代だって。
もう少し見たかったのに。
でも僕は良い子だから着替えを抱えて、寒い外を通ってシートを捲る。
うわ。めちゃくちゃあったかい!
服を脱いで棚のカゴに入れて。
間仕切りのカーテンの向こうが湯船だ。
村でお風呂はゴエモン風呂が普通だった。
木のすのこを足で踏み沈めて入るやつ。
間違って風呂の底を踏もうものなら火傷ものって物騒なお風呂だよ、知ってた?
このお風呂はそんなことないからいいね。
石鹸も手拭いも置いてあった。ささっとあちこち洗ってザブン!
「耳の後ろもちゃんと洗うんだよ」
ってお母さんがよく言ってたっけ。
どうしてるかなあ。
ちょっと思い出しちゃった。
お風呂から上がって着替えを着て、冷えないようにもう一枚。
「タケオ、この本に土竜が載っとったで。
これ、お婆はんとこの名鑑より詳しいんちゃうかなあ。ええもん買うたで」
「名鑑って?」
「魔物名鑑や。いろんな魔物の絵やら説明が載っとるんや」
図鑑みたいなものかな。
学校にあった図鑑は、僕もよく借りて見てたっけ。
僕はテオドラ帝国へと続くと言う、月明かりに浮かぶ夜道をじっと見ていた。




