鎧
エンスローの防具屋に来るのは採寸以来、ひと月ぶりだ。
硬すぎる地竜の皮革を鎧の形にするだけじゃなく、着て様々な動作が出来るように繋ぎ合わせなくっちゃいけない。
この頃体力が付いてきたと言っても、重い鎧を着てそんなに長く動けるのか、不安しかない。
「おはようございますー。
イブちゃんタクシーですけどー」
「やあ、よくいらっしゃいました。
できておりますよ、こちらへどうぞ。
わたしはここで鎧師をしておりますトワームでございます。
調整には半日ほどお時間をいただきますが、お時間は大丈夫ですか?」
薄暗い廊下を先に立って案内しながら、そう問いかけた。
「大丈夫です。今日は予定を入れてませんから」
廊下の扉を開けると、そこは革の匂いがぷんと漂う、いかにもな工房。
その片隅に2領の鎧が台木に着せられ、僕らを待っていた。
「そうですか。それで、どちらから始めましょう?」
「タケオ、この子からお願いします」
「はい、タケオさんですね。
ではこちらへ」
成長期ですからと言いながら、この間やったように体のあちこちを測られた。
メグとクレアが作業台に出されたお茶を飲みながら、椅子にかけて僕を眺めている。
背は2セロ増えて、肩と腿周りが前回より太くなってるそうだ。
トワームさんが鎧の調整を始め、僕は部屋の中を見回した。
目立つのは壁に掛かった、いろんな形の鎧の絵。
近くに行って見てみる。
今回作ってくれたのはこれかな?
立体感があって、どうなってるのかと触わってみると、絵だと思った小さな鎧がグラッと揺れる。
「ああ。その絵は魔道具ですから。
くるっと回すと後ろも見えますし、大きくもできますよ?」
イブちゃんカーナビみたいな感じか?
へえ。
「さて、準備は出来ました。
合わせてみましょう」
台木から鎧を持ち上げるように外し、
「両側の側面に合わせ目があるんです。
ここをこのように…」
簡単そうに鎧の腕の下側を、裾まで開いて見せてくれる。
小さな金具を綴って、お互いに噛み合わせるチャックは見たことがあるけど、これはどうなってるの?
それにあの地竜のゴツい皮とは思えないほど薄い。
5ミリくらいだろうか。
かなりゴワゴワした感じだけど……
トワームさんが、頭と片腕を通すやり方で着せてくれる。
「上下どちらかからでも良いですが、きっちり合わせて下さい。
ずれていると閉じませんので。
うまく出来ない場合は、こちらの紐を穴に通して引くと、ぴったり合いますので」
言われたように裾で合わせてみる。
角と角を気持ち重ねるくらいに合わせてやると、ヌルッと脇が閉じてしまった。
開く時は、少し厚ぼったく感じる合わせ目を、グイと引っ張る。
それでまたヌルッと開く。
「合わせ目は、どうしても他の部分より強度が落ちてしまいますので、攻撃は背中や胸で受けるようにして下さい」
着方は分かったので、少し動いてみるよう勧められた。
まず腕を回してみた。
肩から肘の先にかけて、半円の傘みたいに覆う装甲は、ちゃんと腕の動きに付いてくる。
腕の裏側や脇はどうしても薄くする他ないと言うけど、しっかり覆ってくれていて、しかも柔らかい感触だった。
2の腕には手甲を別に付ける。
先端の輪っかに4本指を通して、これもヌルッと合わせ目が留まる。
これも肘のところ、手首も不自由がない。
次は体の仰け反りから前屈だけど、少し重い感じはあってもちゃんと出来た。
捻る動作は、膝の少し上まで筒形伽藍堂の革鎧だから、全然支障が無い。
下はどうするんだろうと思ってたら、上の鎧を一旦脱がされた。
出て来たのは前のないズボンみたいなやつ。
お尻に当てがってベルトを前で締める。
股の間から引き出した革と、外側から巻いていく革を腿の内側で、これもヌルッと閉じて、足首まで閉じるとくっついてる膝当ての紐を固定するだけだった。
上だけだったら屈むとお尻が少し出ちゃうけど、これなら滅多なことはなさそうだ。
そしていよいよ長靴に兜。
脛までの編上靴はとにかくゴツい。
兜は頬当てと口周りのガード、肩覆いまでついて、これで頭の前に派手な飾りでもついてたら、戦国武将かってくらい。
こんなゴツい兜はちょっと大袈裟じゃないかなあ。
鎧の後ろに巻いてある薄いフードに革の鉢金でも、普段使いは大丈夫って言ってた。
「これで一通りでございますが、幾つか注意点がございます。
雨や泥の汚れはなるべく避けて下さい。
数日は大丈夫ですが、必ず水洗いして汚れを落とし、乾燥させてからお使いになるようにお願いいたします。
次に成長に合わせ多少のサイズは調整して参りますが、なにぶんご成長期ですので、きついとお感じになった時点でこちらまでお持ちいただけますよう。
無理に着用いたしましても、革の強度が低下するばかりでなく、体の成長に悪い影響が出る場合がございます」
滔々と注意を捲し立てるトワームさん。
そのあとは地竜の革の優秀な点、それを活かすいくつかの付与について教えてくれた。
成長に合わせて、ある程度のサイズ調節もその一つなんだとか。
他には衝撃硬化、若干の重さ軽減、殻内通気の付与も掛かっていて暑さ寒さ、蒸れを軽くしてくれるって言うんだ。
丈夫で快適ってすごくありがたいよ。
メグは退屈そうにしてたけど、クレアは同じ地竜の鎧なので、頷きながら熱心に聴いていた。
これで僕の鎧の調整は終わりで、あとは慣れだそうだ。
「タケオ、終わったんやな?
ぶらっと街見に行かへん?」
メグが僕の手を引く。
「え?いいけど、どこに行くの?」
「朝からな?時計塔登ってみよか、思うとったんや。
エンスローの街、上から見たらどないやろってなあ?」
「時計塔って、領主のお城のあれ?
僕らなんか、入れて貰えるの?」
「スイフナールの名前出したらイケる言うとったで?
どんなもんか行ってみようやんか」
あの塔はこの街じゃ一番高いのは間違いない。
それはわかるんだけど、なんか普段から、クレーンであれより高いとこまで昇ってるメグなのに、なんて思っちゃったんだよね。
でも、街中でクレーンを使うわけにもいかないのは、僕にも分かる。
ここからだとお城はちょっと遠い。
環状通り沿いに北へ進んで、どこかで右に行かないとお城のそばには行けない。
そんな程度で二人で歩き出した。
高い塔だからどこからでも見えるだろうと、気楽な考えだったんだ。
歩き出して30分も経ったろうか。
路地のたびに右手を見て、お城が見えるか見ながら歩いたんだけど、なんと見つからないんですよ?
「もう見えてもいいよね?」
「せやなあ、次の路地で見えるんちゃうか?」
「ここじゃないみたいだよ?」
「せやなあ、随分歩いたんや、もうそろそろや思うんやけどなあ?」
「メグー、ここも違った」
「なんやろな、随分歩いたで?」
「ねえ、ちょっとあの人に聞いてみる?」
ここまでも何人も歩いている人、店先に立ってる人、買い物客も入れたら、たくさんの人が居たんだけど。
聞かなくとも見れば分かるはず、と進んで来た。
「あのー。お城に行きたいんですけど、どう行ったら着けます?」
「城!
ちょっと遠いぞ?
分かり良いのはそうだなあ、環状通りを戻って、左にサパト菓子舗って赤い看板の店があるから、そこを左に行くんだ。
で、突き当たりを右に行けばすぐ見えてくるよ。
近い道もあるんだが、かなりごちゃごちゃ曲がるから、そっちが良いだろ」
曲がるとこが二つか。
赤い看板の菓子舗を左、突き当たりを右だな。
「助かりました。どうもありがとう」
メグが丁寧にお礼を言う。
「良いってことよ」
道は聞いた。
だいぶ行き過ぎたってことだ。
「じゃあ戻ろう!」
お菓子屋さんで左に曲がったけど、お城なんて全く見えない。
この辺は3階建4階建の、背の高い建物が多いからなんだろう。
気が付かないはずだよ。
その路地はゆらゆらと左右に緩く曲がって、見通しは良くないけど一本道。
言われていた突き当たりは右だったね。
正面から右には大きな建物が道の端まで塞いでいて、景色なんか見えない。
曲がって少し、その建物の端が近づくとその向こうには。
白く聳える城壁、その上に窓が不規則にポツポツ並ぶ、のっぺりした感じのお城。
その後ろに一本の塔。
あれなのかな?
歩くに連れ、全体が見えて来る。
そしてまた高い塔。
城壁の向こう側、お城より手前っぽい。
近いからなのか、さっきの塔より高く見える。
道は建物をいくつも間に置きながら右へ曲がる。隙間からお城が見え隠れ。
それがなくなって一気に視界が広がった。
中天からの日差しを浴びてあまり影がないせいか、おうとつが分かりにくい。
ほんとにのっぺりした印象のお城だ。
もっと威厳とか豪華とか飾り気があっても良いと思うけど、僕がどう思おうがなんの関係もないんだよね。
この道は左右に木の一本もない草地を進んでいって、お城へ向かう十字の交差点から左、あの見えている門に行けるようだ。
近づいていくと城壁がいよいよ高い。
城門近くで見上げると、のしかかるような白い壁。
ここの城壁も厚い。
エンスローの外壁の半分くらい、10mはあるんじゃないか?
衛兵詰所は城壁のすぐ内側右に彫り込んだようにあって、僕らの相手をしてる衛兵は一人だけ。
中で3人がこちらを見ている。
ああやって待機して、交代でここに立つんだろうね。
衛兵さんには順路以外に立ち入らないようにって注意をされた。
ふと上を見ると1m角くらいの四角穴が斜め上に登っている。
なんだこれ?
ずっと上に格子と丸い影。
そんなのが2本も。
城壁の通路を抜けて順路は左、メグにさっきの穴のことを聞いてみると
「門の大扉が城壁の中にあったやろ?
この城、攻めよ、思たら一番は城門や。
あの穴はな、上から穴いっぱいの大きな石を転がすんや。
後ろ見てみい。
壁の上に出っ張りがあるやろ?
あそこから転がすんや」
大扉を閉められて、それをどうにかしようとする敵兵の前に、転がされる大石かあ。
それは恐ろしい想像だった。
転がりでた石はちょっとやそっとじゃ止まらない。
まして正面は平らな広場だ。
何かに、兵士の体なんかで転がる向きを変えたりして転がれば、あの門の正面は只事では済まないだろう。
「あれ?メグはあの穴を見たの?」
「見とらんで?
水気のあるとこは気張ってたら大体わかるんや。
地面に血の染み込みもあるよって、使たことあるんやないかな?」
「うわー。怖い怖い!」
「今はきれいになっとるんや、気にすることあらへん。
それより、ほら、塔やで?」
塔の入り口は城壁を登る階段の途中にあった。
城壁には見回りの兵士も何人か見える。
家で言ったら4階分くらいの階段を上がって、そこから塔の中へ入る。
階段からは、外から見えなかった窓が縦に並んでいるのが見える。
中庭を見下ろすように。
中へ入ると右回りに登る螺旋階段があった。中心に丸い形の部屋、小さな扉が階段とは逆の右側に一つ。
なんだろうとは思ったけど、2人並んでも余裕の広い階段が待っている。
僕とメグは登り始めた。
一周まわるたびに窓から中庭が見える。
窓から入る陽で、階段も明るい。
ぐるぐる、グルグル登って行く。
高くなると城壁の外も少し見えた。
この頃随分走ってるせいか体が軽くてどんどん登れる。
「ふうふう。
タケオ、ちょっと待ってんか。
はあ、はあ。
そない、一気に登らんかて、はあ、ふう」
すっかり息の上がったメグが階段に座り込んじゃった。
もう少しだと思うんだけどなあ。
メグのガラケーがピリピリ鳴る。
胸のポケットから取り出すと
「メグやでー」
「メグ、あんた今どこ?
タケオも一緒?」
ちょっと離れた僕にまで聞こえるクレアの声。
「あー。
領主のお城や。時計塔、見に来たってん。
タケオも一緒やでー」
「一緒やでー、じゃないでしょ?
あたしとイブちゃん放っぽって!
鎧の調整が終わって、外に出てみればどこにもいないし!」
「済まんなあ。早よ帰るつもりやったんや。
けどなんや迷子になってもうて、環状通り行き過ぎたんや。
もう、歩いた、歩いた。
お陰で時計塔登るんも大変や。
今も階段で」
「あんた良い加減にしなさいよ!
そこで待ってなさい。すぐ行くから!」
ピシャリと電話が切れてやっと立ち上がるメグ。
時計塔からメグがエンスローを「なんや、こんなもんかあ」と眺めていると、門に向かって走って来る白いクルマ。
門の前に停めると走り出すのはクレアだ。
そのあと塔の階段を駆け上がって来たクレアに、メグがしこたま怒られていた。
やれやれ。




