クレア
本日5話目。
今日は最後‼︎
土埃の舞う馬車道を急いた様子の女が走っている。
町中には似合わない皮鎧姿。
バタバタと角を曲がると、3階建てとこの辺りでは大きな建物へ飛びこんだ。
「ナブラさん、いたー?」
宿に着くなり受付横の通路を、勝手知ったるクレアは突撃する。
日中は泊まりに訪れる客などそう居ないので、宿の受付に人はいない。
「おや、クレア。
今日はずいぶん帰りが早いね、なんかあったのかい?」
「お肉持って来たの。
見てちょうだい。欲しいだけ下ろすから」
「オークもまだ捌き切ってないのにもう次かい。
ちょっとは加減しとくれよ」
「あら。じゃあギルドにみんな持って行くよ。血抜きは上手く出来たんだ」
「待ってよ、そうは言ってないでしょ?
はいはい、見せてもらおうじゃないの」
そこでクレアとナブラは揃って、店先に停まるタクシーまでやって来た。
なんでこうなってるかと言うと。
町の中といっても道は然程良くないから、ルーフに積んだ毛皮が崩れると厄介だ。
それで荷に気を遣ってゆっくり走るタクシーから、門を潜るなり待ちきれないクレアが宿へと駆け出したのだ。
ようやく店先に着いたところに女将さんを連れてクレアが出て来たわけだが。
タケオがバックドアを開けるとクレアが一気に捲し立てる。
「今日のお肉はバタドリが一番多いかな。1羽10クロッツちょっと取れたから32羽で350クロッツ位ある計算ね。
次は……ファットリザード!
これは100近くあるよ。
後はグレイウルフが2頭で30、グリーンラインウルフが4頭で90クロッツってとこ!
どれを卸す?」
「屋根の上は皮が山になってるじゃないか。
よくこれだけの皮や肉を運んでこられるもんだよ。
これがバタドリかい、鳥肉はいくら有ってもいいけど、流石にこんなには使い切れないか。
半分下ろしとくれ。
こっちはトカゲ肉?
これは全部もらっていいかい?
食堂仲間で欲しがる奴がいるんだよ。
狼は筋が硬いけど食いたがる物好きがたまにいてね。
そうさね。一包みだけおろしとくれ」
タケオは喋ることがなくて楽でいい。
言われた分を手分けして、赤い花の飾られた受付カウンターを通り奥へ。
また3人で肉を抱え厨房の作業台に積み上げて行く。鳥とトカゲは混じらないよう二つに分けて、狼は調理台へ置いた。
「オークの支払いもまだだってのに、今回も半金で悪いけど2500ギルでいいかい?
オークの分はもう2、3日でまとまるよ」
「いいですよ。
宿屋は逃げられないですもんね。
楽しみにして待ってます」
宿を出るとクレアが
「狩はもう少し間を開けた方が良かったかなあ。
狩ると持って行きたくなるよねえ」
「そんなものか?」
「だってさ、あたし、もう1年もここにいるんだよ?
お母さんと2人でこの町まで流れて来て、病気で倒れちゃったお母さんの看病する間もずっと泊めてくれたんだ。
大したものも持って来れなかったから、支払いだって満足じゃなかっただろうに、嫌な顔ひとつせずにさ」
クレアはタケオに唯一残っていた首飾りを見せた。
宿代の足しにと私が最後まで持っていた物を渡したんだけど、ナブラさんがお母さんの形見なんだから持っていろと返してくれた、銀の薄板を切り出したようなリング。
それを安物の紐で首から掛けていた。
およそ凝ったデザインじゃない。
大銀貨ほどの円形から、中心をずらして小銀貨を、ただ打ち抜いたような形。
板面も円形も仕上げなどなく引っ掛かりがないと言うだけで、表面や縁に凹凸や歪んだ波が残っている。
その片面の縁に沿って何やら文様が刻まれている、それだけの物。
タケオはなにも言わず、リングを回すように一通り見てクレアに返した。
「あたしが冒険者始めるって言ったら応援してくれたんだ。
この立派な槍だって革鎧だって、おじさんのお下がりなんだよ?」
「そうか。それで一人で黒の森で採取か」
「うん。
あたしね、お母さんに聞いた故郷に行ってみたいの。
町の名前はあんまり覚えてなくて、なんとかズルって言ったと思う。
そこにラーライっていう場所があってお屋敷があったんだって。
井戸のそばに石碑があって、子供の頃そこでよく遊んだって言ってた。
それくらいしかあたし、覚えてないんだ」
随分と曖昧な話だ。
だが、客商売のタクシー運転手としては、できれば連れて行ってやりたいものだな。
そうタケオは思い聞いていた。
タクシーはギルドの前に滑り込む。
買い取りカウンターまで2人でせっせと肉の包みと皮を運ぶ。
「おお。クレア、今日は大漁だな。
こんなに肉を持ち込んだやつはそうはいねえ」
ゴツい体格の髭の爺さんが積み上げた肉の山を見て言った。
肉は総量で220クロッツ程もある。
半分を宿で下ろしたとはいえ、4人パーティでもそうそう運べる量ではない。
その後に運び込んだファットリザードの硬い鱗皮はいい値段が付いた。
グリーンラインウルフの毛皮も綺麗に剥いであると驚かれた。
グレイウルフ2頭は背中に傷があって買い叩かれたが、30羽のバタドリの羽毛つきの皮はオークションに出すと言う。
「傷のない羽毛つき、しかもこの量だ。
欲しいやつはいるはずさ。
悪いようにはしねえからこいつの代金はちょいと時間をくんな」
魔石を含め今回は6200ギル。
残りは10日後、王都でオークションの結果待ちということになった。
今日の稼ぎは9000ギル。
手元にはないが宿の売掛金もある。
上々の稼ぎと言っていいだろう。
ギルドでこの辺りの地名を調べると、エンスローの街外れにトエンズルという町があるらしい。
クレアの意識に母親に聞いたなんとかズルと言う地名が被る。
母親の故郷だったらしい。
ギルドの用を終えた2人は、宿に戻ってタクシーの中を洗った。
肉を積んだ貨物スペースを洗うついでとあちこちをきれいにして行く。
ブルーシートを敷いていたとはいえ、山に積んだ肉からは重みやら振動やらで血が滲む。
匂いがこびりつく前に洗うに限るのだ。
「じゃあ明日は近くの町をいくつか回るってことでいいか?」
タケオが客席のゴムマットを洗いながら聞いた。
「そうね。エンスローを目指すのはどう?
途中には村がふたつ。
カイとサイダっていう小さな村ね。
後はここへ戻るだけ。
3日ってとこかしら」
「良さそうだな。準備は食料くらいのものか」
「そうだ。魔石コンロを買って行く?
煮炊きが楽になるわ」
「そうするか。
一休みしたら見に行こう」
さっぱり顔になったタクシーで2人は道具屋に行った。
魔石コンロという道具を見に来たのだ。
幾つか種類があって、一人旅で使う木板の薄いコンロは値段も安いし、湯を沸かすには充分だけど火力の調整ができない。
家族連れに人気の双口コンロは値は張るし少し重いが、火力調整が出来て本体が磨き上げられた石板なので、掃除が楽。
網を乗せて焼き肉なんかに使っても汚れを軽く洗い流せる。
その上のコンロもあったが、見た目ばかり豪華な飾り付きで性能はあまり変わらない。分離式で二つをそれぞれ離して使えるのは便利そうではあるのだが。
彼らの場合は持ち運ぶわけでもないし、まだまだ収納場所には困っていない。
「じゃあ家族用を貰おうよ」
「3850ギルになります。魔石をお付けしますか?」
「大丈夫よ。冒険者やってるから」
「ありがとうございました」
そんなわけで今日の予定は全て終了した。
「宿に戻って早めの夕飯にしましょう」
クレアの提案にタケオが乗った形だ。
夕食と言いながら、クレアはエールをジョッキに一杯いきなり飲み干した。
「かーっ!
仕事終わりの一杯はいいわー!」
料理を運んで来たナブラが声を掛ける。
「おや、クレア。
今日はずいぶん頑張ったみたいだものねえ。
でも飲みすぎちゃダメだよ?」
タケオがクレアの飲みっぷりを見て呆れているが、「これが楽しみなんだから!」とその勢いは止まらない。
「クレア、料理を持って来たんだからお食べよ」
「言われなくったって!
ナブラさん。もう一杯!」
「あらあら」
・ ・ ・
その夜は腰が抜けるほど酔っ払ったクレアを、タケオが宿の部屋まで運ぶ羽目になった。
上背のあるクレアは縮んだジジイには荷が重い。
足だけは動かしてくれたので、階段でふらつく危機はあったがなんとか登り切り、奥の角部屋のベッドへ放り込むことに成功した。
「ううー。お水……」
「水が飲みたいって?
しょうがねえな」
ボソリとタケオが口にする。
がその目元に笑いが浮かんでいる。
井戸まで行って、汲みたての冷たい水を木製カップに一杯取ってくる。
「ほら、クレア。水」
「ありがとう……」
大事そうに両手で抱えて水を飲むクレア。
「ねえ、タケオ。
タケオって向こうに家族は居た?」
「古女房は3年前に亡くしたな。
娘一家と同居してた」
「そう。
あたしは前の家を出てお母さんと、この街に来たんだ。
家からは着替えの他に、お母さんがいろいろ用意したものを詰めてたんだけど、この街に着く前にあちこちで使ってしまって、もう安物しか残ってなかったんだ。
紋章入りのものを持ってくればもっとお金になったんだろうけど……」
家から金になりそうなものを持ち出した?
娘一人を連れて家出か。
どんな家だったんだろうか。
紋章のある家か……
何かトラブルがあったんだろうな、女の身で子連れの家出なんて余程のことだ。
タケオの思いを他所にクレアが続ける。
「この宿に落ち着いて、お母さんは食堂の手伝いをすると言ったんだ。
……あたしも手伝うって言って……
何日か一緒にお手伝いして……
倒れちゃったの……
床にバタンって……
大騒ぎになってナブラさんが薬師さん呼んでくれて…
一ヵ月だった……
あたしが店の手伝いで部屋代を払って、なんとかやってたのに……
夕方部屋に戻ったら……ううう……」
「前の家ってのは?」
「大きな家だった……
あたしはずっと部屋に篭ってたから。
そうだ、たまにお世話をしてくれるメアリーって言うメイドがいたわ。
他にも手伝いの人がいっぱいいたんだ。
お金持ちなんだなって思ったもの。
……廊下ですごく怖いおじさんと会ったことがあって、杖を持って打たれそうになったことがある……
怖い家だったよ……」
静かになったので、タケオが顔を覗き込むとクレアは眠っていた。
タケオは音を立てないように部屋を出て、ナブラに言って外から鍵をかけてもらった。
タケオは思う。
あの話だけでは、なぜ家を出ることになったのか、クレアの育った環境までは分からない。
だがまあ。
今は俺のパーティの一員、ってか俺が使ってもらってる感じが強いんだが、仲間と言っていいだろう。
そんな悲しい目に遭わないように見ていてやろう。
タケオはそう誓って寝袋の中で目を閉じた。
ではまた来週!
つぎは11/16です
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