14.今の世を生きる
「ほんにうるさい童じゃのお、お主は」
「いっ、痛たたたたたた!」
両耳を力強く引っ張られ、誉は大声を上げて目を開けた。
「痛いですよ鬼神さまー」
涙目で耳をさすりながら、ビニールシートの上に正座で座り直す。すると、鬼神さまはもう一度手を伸ばしてきた。
「ピーチクパーチクと、ようあれだけ言えたもんじゃのお、このひよっこが」
「いっ、いひゃい。いひゃいです鬼神さま」
抓られていた両頬を解放してもらい、今度はそこを擦る。鬼神さまを睨んでみたが、そっぽを向かれてしまう。
「お主が、癒せるのか」
「へ?」
瞬きをして、鬼神さまの顔を見る。鬼神さまは袖を手で掴み、顔に当てていた。その手をそっととると、濡れた感触があった。涙を指の背で拭う。
「人など、ちぃっとばかしの間しか生きられん」
小さな肩に手を置いて、自分の方に引き寄せる。すると、鬼神さまの顎が自分の肩辺りにきた。布ずれの音をさせ、鬼神さまは誉に抱き着いた。
「はい、癒します。癒してみせます」
背を撫でると、ひくっと喉を鳴らす。小さな声を出して泣く。
「でも、もし癒しきれなかったら、俺も鬼になってここで暮らします」
この温かくて小さな存在を守りたい。涙も、その理由も、この人がずっと一人で守ってきたものを、忘れず守っていきたい。
「せやから、俺と一緒に生きてくれませんか? 今世さま」
鬼神さまは顔を上げ、衣の袖で涙を拭き、頷き、微笑む。
「お主と共に生きよう、誉」
その笑顔からは、懐かしい、寂しい程に優しい春の香がした。