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【完結済】此れはこの世のことならず  作者: 結月てでぃ
此れはこの世のことならず
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「もう少しだからさっさと来い」

 怒りに小刻みに震えている俺を見て、たかむーが手を振って呼び寄せている。だけど、俺の意識は別の所にいっていた。

「おい、貴様私の話を――」

「なあ、たかむー」

 明らかにたかむーは苛立った様子だけど、構ってられなくて途中で切る。それどころじゃないんだよ。

「今って、夜?」

 上を見てもどこまでもどこまでも暗い。遠い黒しか見えなくて今が本当に夜なのか判別がつかないようになっている。地獄には空なんてものは存在しないから。

「夜だが、それがどうした」

 答えが返ってきてすぐ、俺は駆けだした。

「おい! どこへ行く!」

「悪い、そこで待っていてくれ」

 たかむーの声が俺の背中を追っかけてきたけれど、俺はそれを無視した。白くて柔らかい泥を固めたような石と、黒い硬い岩が削れたような石が砂利の中に撒き散らされていて、その上を走ると均衡が取りにくくなってこけそうになる。だけど、速度を落とさずに走り続けていく。落としている暇なんてない。じゃっじゃっと鳴る石が鬱陶しくて、早く走れているような気がしてこない。

「やめてよぅ、やめてよーっ」

 喉も裂けよと子どもの泣き叫ぶ声が聞こえ、さらに速度を速めた俺の目に映ったのは、6才くらいの男の子二人と、筋肉質の大きな体をして、背と同じくらいの大きな金棒を持った鬼だった。

「やれ、汝等は何をする」

 鬼ががばりと大きな口を開いて子どもを飲み込まんとするくらいに顔を近づけて、

「娑婆に残りし父母は

追善作善の勤めなく」

 子どもの着ている服の襟を無骨な手で掴んで持ち上げた。

「ただ明は暮れの嘆きには

むごや悲しや不憫やと」

 子どもは泣き喚き、やめてよ、やめて、と声の限り叫んでいる。見ているこっちの血が沸騰していってしまいそうだ。

「親の嘆きは汝等が

苦患を受くる種となる」

鬼が子どもを放り投げて、金棒を大きく振るう。

「あっ」

「いやだよ、やめて!」

 子どもが必死に手を伸ばしても、がらがらと虚しく崩れ落ちる。河原の大きい石を集め、子どもが手を痛くして作った石の塔は、あっけなく、たったそれだけでただの積もった石になった。

 子どもが地にふして、嗚咽を噛み締めたのを見て、俺は地面の上をすべるようにして移動した。

「我れを恨むること勿れ」

 金棒が振られるよりも先に、しゃがんでいる二人の子どもと鬼の間に割り込み、手を広げる。たかむーのひきつった声が俺の耳まで届いたと同時に、俺の頭に鋭い痛みが走った。

「くっ」

 目の前が真っ赤に染まって、俺はがくりと膝をついた。

「貴様!」

 たかむーが扇を開いて振ると、旋風が発生して、小石を巻き込みながら俺の頭の上にもう一度金棒を振り下ろそうとしていた鬼にぶつかる。風の体当たりを正面から受けた鬼は、哀れにも小さく声を出した後、ぐるぐると回転しながら上空に巻き上げられ、ぼとんと下に落っこちた。

「大丈夫か」

「蓮珠さまぁ、いたい?」

 たかむーが俺の隣に膝立ちになって、子どもがうるうるとした目で俺を見上げた。その目を見ていたら、自然に俺の顔に笑みが出てきて、手が子どもの頭を撫でた。

「大丈夫だよ。俺は頑丈だからさ」

「うん、でも」

 えっと、と子どもがもじもじとするのに、俺が小首を傾げたら、ふいに右のこめかみに柔らかい感触がした。

「たすけてくれてありがとう、蓮珠さま」  にぱあっと子どもが笑う。やっぱり、子どもの笑顔って最強だ。こんなちっぽけな痛みなんて吹っ飛ばせてくれちゃうね。

「貴様は無茶をするな」

「あ、いっ」

 無理矢理首を横に座っているたかむーの方に向かされたから、首がぐきっといった。

「だから、私の傍を離れるなと言っただろうが」

 墨色の着物の袖で血を拭おうとする手を掴んで止める。

「汚れるだろ。色が黒だからって簡単に人の血なんか拭うもんじゃない」

 折角高そうな服なんだから、少しは大切に扱えって。勿体ないだろうが。

 自分の手の甲でごしごしと拭う。傷なんかもうない。さっきも言った通り、俺は頑丈なんだよ。立ち上がって、周りを見渡す。

「他の子は?」

 砂利と所々に岩があるだけの殺風景な河原だ。見ているだけで心が冷えてくる気がする。足元にしがみついている子どもに訊くと、子どもはあっと小さく声を上げて立った。

「みんなーぁ、もうでてきてもいいよー」

 両手を口の周りに覆い、拡声器代わりにして、子どもが高くて瑞々しい声を張り上げる。すると、大きな岩の影からちょろりと小鼠のように五才くらいの女の子が顔だけ出してきた。俺がおいでおいでと手招きをしたら、そろりと顔だけじゃなくて、体も全部出して、

「こわかった」

 と俺に寄ってきて、足にひしとしがみついた。その頭を優しく撫でると、ほんの少しだけ硬く結ばれた唇がほどかれた。

「でていっていいの?」

「だいじょうぶなのか?」

「こわいよぅ」

 と言って不安がる子もいれば、

「やっといった?」

「おーい、でーてこーいよー」

「もう大丈夫だってさ」

 と自分から素早く出てくる子もいる。

 子どもがあっち、とこっち、とぞろりぞろりと岩の背後や砂に掘った穴の中から出てきたり、枯れた木の上や三途の川の中から出てきた。まいった! 流石子どもだ。かくれんぼの名人だらけで驚いちゃうね。

 怖がって出てこなかったり、腰を抜かしてしまった子どもたちのところには俺が行って、指の腹で涙を拭って、小さな体を抱き上げて揺らす。

 俺が笑うと子どもも笑うから、俺の方から笑って抱きしめてやる。この子たちが笑うためなら、いくらだって笑ってやる。

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