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妖怪退治モノ短編集  作者: 結月てでぃ
混沌から来し者
25/53

 食券機の色とりどりのボタンを上から順番に眺める。そして、目当てのボタンを見つけ、押す。出てきた食券を手にとり、カウンターまで歩いていく。今日はちょっと豪勢に一杯二百円のカレーうどんと白米だ。いつもみたいに素うどんと、無料の福神漬けを山盛りにした白米じゃない。何しろカレーだ。福神漬けを山盛りしたって怪しまれたりしない。憐みの目も受けない!

 おばちゃんからカレーうどんと白米を受け取って、トレイの上にのせる。少し離れた場所にある漬物や調味料が置かれたテーブルまで移動して、カレーうどんに七味と醤油をかけて、お茶碗に福神漬けをたっぷりのせる。給水器で水をくんでから、空いてるテーブルを探しに行く。

「岩蔵ー」

 長テーブルは女子の集団がきゃっきゃしていて空いていなさそうだ、と横目で見つつ思っていた俺の名前を誰かが呼んだ。周りを見て、声の主を捜す。

「こっちやでー」

 一番近い丸テーブルに座っていた伊藤が、分かりやすいようにと手を上げていてくれた。

「伊藤」

 今日も爽やかな笑顔が眩しい奴だな。まるでドラマの撮影をしにきたアイドルのようだ。いつものことだが、女子の目線が殺到してるぞ、伊藤よ。

「荷物どけるから、座りぃな」

 ルーズリーフ、大量の本、なんだかおどろおどしい絵のついたプリントの山が丸テーブルの上にどっさりとのっていた。

「レポートか?」

「いや、これは興味あってやってるだけのやつや」

「ふーん……」

 あらかたどけてもらって、トレイを置く。伊藤が鞄を置いているのと逆側の椅子に鞄を置いてからやっと椅子に座る。

「なんの研究だ?」

「岩蔵が訊いてもよお分からんと思うで?」

 確かに、伊藤の研究しているものは俺には全く分からない。俺と宇治は経済学部だが、伊藤は民俗学部だ。彼女と話をしている内に昔の生活や俺の嫌いなもの――つまりは妖怪だとか吸血鬼だとか、そういう摩訶不思議なものだ――に興味が出てきたから、というのが理由らしい。が、俺には全く理解が出来ない。どうして法学部を蹴って、そういう訳の分からん方向にいってしまうかねー。人間とは不思議な生き物だ。

「いいから聞かせてくれよ」

 けれど、今日はなんとなく伊藤の研究しているものを知りたくなった。昨日アイツと話したからかもしれない。

「なんや変やなあ。……頭おかしなったんか? 岩蔵」

「いたって正常だ。それ、人に言えねーような内容なのか?」

「そういうわけやないよ」

 けれど、なぜか勿体ぶって教えてくれない。……前に興味持って聞いてみた時は俺にでも理解できるように噛み砕いて話してくれたのに、今日は一体どうしたんだ。俺も変かもしれないけどお前も変だぞ。

「なあ、怖いところに行ったらダメって、なんでだ?」

「危ないからやろ?」

 急に会話の中身を変えた俺に、伊藤は不思議そうな顔になりながらも答えてくれた。

「いや、そうじゃなくて。この前俺がビビりだから怖いとこに近づくなって言ったろ? あれ、なんでだよ」

 俺にそう言ったのは伊藤だけじゃない。けれど、アイツよりも伊藤の方が分かりやすく説明してくれそうだから、伊藤に説明してほしかった。

「ああ、あれ? どない説明したったらええかなー」

 伊藤は少し悩んだみたいだったが、俺がカレーうどんを半分食べ終わる頃には口を開き始めた。

「学校の怪談のお決まりの場所ってどこやと思う?」

「どこって……やっぱトイレとか、音楽室とか階段だろ」

 トイレの花子さんと太郎さんカップルとか、音楽室のベートーベンがケタケタ笑ったり喋ったりピアノが鳴ったり、階段の段数が多くなったり少なくなったりするのは、流石の俺でも知っている定番中の定番だ。

「そういう場所って、学生からどんな印象持たれてるんやろな」

「どういう印象って……そりゃ、怖いとか暗いとか」

 トイレは薄汚い上に暗いし、音楽室のベートーベンは壁に飾られた音楽家の写真の中でも特に強面だし、階段は暗い時に一人で歩いてるとスピードを上げたくなる。

「せやから、怖いとこには行ったらアカンねん」

 気ーつけや、とイケメンスマイルで言う伊藤に、とりあえず頷いておく。自分がこんなにビビりだと印象を人から持たれる奴だとは思いもしてなかった。

 トントンとプリントを机に軽く打ち付けて揃える伊藤から目を逸らす。

「結局、それ何の研究なんだよ」

 伊藤は短い溜息をついた。多分、しつこいなあって感じのことを思ってるんだろう。実はもう答えは分かっていて、わざわざ訊かなくてもいいことだったりする。伊藤が俺に言わないってことは、彼女に関係することだ。つまりは、

「……狐憑きについて研究してるんや」

 ということだ。

「不二ちゃん、何もよう言うてくれへんから、心配やねん」

 聞いて後悔した、と思ってしまった。答えが分かっていて訊いたのに、それでも後悔してしまった。

「ほな、俺次講義あるから行くな」

 伊藤はそんな俺の気持ちが伝わったのか、苦笑しながら席を立ちあがった。今の三千院に関係する資料をずっしりと詰め込んだ鞄を手にして。

 俺は福神漬けを箸で摘まんで、口の中に入れた。ぽりぽりとした食感は、俺の気持ちを少しなだめてくれた。

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