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妖怪退治モノ短編集  作者: 結月てでぃ
混沌から来し者
22/53

 俺はその日、夢を見た。高校の頃の、忘れられない思い出を夢として。  教室の中で、それだけが異質な空気を放っていた。どんなに無視しようとしたって無視できない、そんな異常なものがあの教室には、いた。常時狐の面を着けている普通じゃない女、三千院不二。ソイツのことが俺は未だに忘れられない。

 高校に入ってしばらくしても友達を作ろうとしない、全く馴染もうともしない奇妙な女。イジメが始まったら面倒だと思った俺の隣を通り抜ける時に一言。

「貴方、縁切り神社に行った方がいいわよ」

 ぞっとした。気持ち悪ィ。初めて口きく奴にそれか、ってのと、縁切りなんて縁起でもねーことを言うな、ってのとが混ざって気持ち悪ィ。

「おい、どういうことだよ」

 血管が透けて見えそうなくらいに白くて細っちい腕が持ち上げている、黒いスクールバッグを睨みつけながら言う。

「体が重い、肩がこる、最近よく危ない目にあう」

「ねーよ」

 頭の後ろで蝶々の形に大きく結った長い茶色の紐がふわりと揺れ、ソイツがこっちを向いた。

「そう。でも、気を付けて」

 白い面に朱色で描かれた狐の顔。始業式の後に泣かしてやろう! という気満々で自分のところに来て指導室まで連れて行った、毛のないゴリラをどう言い包めたのか。

「あなた、人に呪われているから」

 ぞぞっ。気持ち悪っ!

 俺、ユーレイ見えちゃうんだぜぇーなんてアホっぽい自慢をすることが許されるのは精々小学校高学年までだ。高校生にもなって、んなこと言ってる奴なんてただの痛い奴だ。普通に恥ずかしい。

「あ、そお……」

 俺は勝手にそう判断して、ソイツの言葉を聞かなかった。んで、三日後バイト中に怪我をした。

 工事現場の交通整理の夜間バイト。誘導棒を振っていたら、車が後ろから突っ込んできやがった。すまない、君が見えなかったんだ、とか反対車線ブッ飛ばしといて何言ってんだ、っつーことで右足骨折。全治四週間の割と重症だった。

 だけど、アイツの言ってることを無視して信じなかったからこうなったんだ、なんてことは思ってなかった。あんな意味不明な話、まともに聞く方がおかしい。呪いなんてあるもんか。ないに決まってる。……呪われるようなことをした覚えは……実は、一つだけあったんだが。

 一ヵ月前にあった中学の卒業式で彼女と別れた。

腕に爪を立てながら、ぎゃあぎゃあ喚くから仕方なく付き合った。けど、どうしても好きになれなかったから、ほぼ一方的に別れを突き付けた。逃げたともいうかもしれない。

 それでソイツが刺しにくる、って言われんなら、まだ話をきこうと思える。なのに、イマドキ呪いとか。笑うわ。

 無遅刻、無欠席だと年度末に五百円の図書カードが貰える。そのために俺は毎日松葉杖をついて学校に行った。

 そんな俺を三千院不二は見もしなかった。あの日のことなんて忘れちまったみてーに。

 だけど、その年の冬になってから三千院不二は来た。冬休み前の期末テストの最終日。地下にある下足室で靴を履きかえていた俺のところまで。やっとサイズの合ってきた学ランの裾を指先で掴んできた。

「……どうした」

 掴んできただけで、無言。こっちをじっと見つめてくるけれど、何も話さなかった。何分、そうしていたのか。

「あれ? 榊くん待っててくれたん?」

「待ってねーよ」

 今日掃除当番だった宇治が来た。

「三千院さんも今帰りなん?」

「はい」

 こくりと三千院が頭を上下させる。意外だ、宇治ならコイツでも喋んのか。

「せやったら、一緒に帰らへん?」

「はい」

 違う。はいはい言ってるだけだコイツ……。

「ええやんな、榊くん」

「……ああ」

 どうせ駅までは宇治も一緒だ。三千院も一緒なのかどうかは知らないが、多分宇治が相手をしてくれるだろうから、別にいい。

「ほな決まりやな。帰ろ」

 スタスタ歩き始めた宇治の後ろを追っていく。……宇治は何も言わなかったけど、三千院はまだ俺の服の裾を掴んだままだった。

 恥ずかしいとか、目立つとかはこの際どうでもいい。いい、けど……何でコイツは俺の服を握ってんだ。どっちかっていうと宇治より俺のが愛想悪くて怖いんじゃねえのかよ、普通は。

「あ、二人共見てみーな」

 全くおかまいなしな宇治がでかい声で地上へ繋がる階段を指差している。

「どうしたー?」

「雪やでー、雪!」

 ご機嫌そーな笑い顔を見せてから階段を駆け上がっていった。呆れながら地下から出ると、確かに雪が降ってきていた。

「積もるとえーなあ」

「良かねーよ」

 雪ぐらいで騒ぐな! と叫んだら嬉しいやん! と返ってくる。

「大阪あんま降らへんもん」

「もんじゃねーよ」

 高校通ってる間に嫌ってほどに見れるっての、と悪態をつく。すると、ふっと斜め後ろの三千院が微かに笑っているような気配がした。

 丸くした手で口辺りを押さえていた三千院を見る。狐の面は笑っているように……見えなくもない。

「何一人で笑ってんだよ」

 ずれていた三千院のマフラーを巻き直し、先が赤くなった手を掴んで馬鹿をやってる奴のところまで歩いていく。

「三千院、お前手袋持ってねーの?」

「はい」

「嫌いじゃなかったら、買え。すんげー冷てー」

「はい」

 やっぱり三千院ははいとしか言わない。会話じゃないけれど、会話として成り立っている会話。

 そういえば、アイツとは手を繋いだりしなかった。と昔付き合っていた奴の顔を思い浮かべた。それと一緒に、春に言われた物騒な言葉も。

「なあ、三千院」

「はい」

「前に言ってた呪いって……マジ?」

 確かめるために言うと、三千院が立ち止まって頷いた。

「マジです」

「そっか」

 とだけ返して、また歩き出す。

 正門前にいる警備員のおっちゃんに皆で仲良くさようならを言いながら階段を下りて、正門を抜ける。

 だだっ広い五条通を横にしながらグダグダと歩く。四方を山に囲まれた京都の冬は身を切るように寒い。春先にUSJに行ったりなんかすると、暑さにバテてしまうくらいに、隣県の大阪とは気温差がある。……だから、宇治が雪にハシャぐ理由は分からないでもない。さっき言ってたし。

 昨日工事現場のバイト中に眼鏡を壊しちまって、今日は眼鏡無し状態だ。その上、雪なんか降ってきたもんだから、前がほぼ何も見えない。まあ、三千院の冷静な危ないです、って言葉で大抵の障害物は避けられているからいいけどな。

 と、出て三分も経っていないのに余裕ぶってたら、

「岩蔵くん!」

 急に三千院が今まで聞いたこともないような大声で叫んだ。

それを聞いたからか、そうでないのか、前を歩いていた宇治がビタッと動きを止めた。その予測が出来てなかったから、俺は思いっきり宇治の背中にぶつかった。どうしたんだよ、と言う前に、大型トラックが宇治の前を走り抜けた。

「……は?」

 半年前に車にぶつかられた。今度は宇治が前にいたとはいえ、トラックにぶつかられかけた。それも、学校の塀を半分以上突き抜けるくらいのスピードと重量を持ったやつにだ。

「三千院さん、榊くん頼むわ」

「はい」

 無様に地べたに座り込んでしまっている俺の肩を二度叩いてから、宇治は踵を返して百メートルくらい後ろにある正門の方に駆け戻っていった。運転手の安否と、事故に巻き込まれた人がいないかを調べに行ったんだろう。

「岩蔵くん」

 そっと三千院の手が俺の手に触れてきた。

「大丈夫ですか?」

「……悪い」

 手を貸してもらって立ち上がる。で、塀に突っ込んだトラックを見る。

「なんでまた……」

 ポン、ポン、と黒いスカートについた砂やほこりを払った三千院が俺の方を見た。

「直接手は下したくない。けれど、死んでほしいくらいには恨んでいる。貴方のことをそう思っている人がいるのでは?」

 狐の細い目に突き刺され、俺は固まった。

「心当たりはある」

 ポリ、と頭の後ろをかく。

「悪い、その、良かったらでいい。良い神社を紹介してくれねえか?」

 と今更言ってみたら、三千院は私でよければ、と返してくれた。


「おっはよーう、榊くん!」

にかっと笑顔の宇治に手を上げられた俺はブルーだった。爽やかに笑えるか。

「日曜の朝っぱらから何だよ……祭なら稽古に行ったぞ」

「榊くんとデートにでも行こか思てな」

「キメエ」

「まあまあ、兄ちゃんが昼飯おごったるって」

 ぱっぱと着替えーな、と俺の背中を押して家の中に入ってくる。

「つーか、伊藤はどうしたんだよ」

「昌紀は今日も彼女とデートやって」

「…………そうかよ」

洗面所がねーから、台所で顔を洗う。タオルで顔を拭い、眼鏡を付ける。

「バイトの時間までだぞ」

 余計な世話焼きやがって、とは言わなかった。コイツはきっと、俺が誰にも言えなかったことに気づいた上で、知らないフリをしてくれているだろうから。

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