十二
「ありがとうございました」
バスの運転手に頭を下げながらバスを下りる。これまでもそうであったが、紙銭――死者のために作られた紙製の金――しか所持していなかった蓮珠の分も払うことになった火生が後から下りてきた。
「以外と小さく見えるのう」
東寺――公称としての名は教王護国寺――南大門前まで来た時、火生が呟いた。
「五重塔は微妙な位置にあるからなあ」
国宝である五重塔は拝観受付と瓢箪池を越えたところにある。そのため、南大門からは近いので、その姿を少しだけ見ることができる。
「それにしても、風流のないところだのう」
蓮珠はその言葉に本当にな、と深く頷いた。東寺の前には国道一号線が通っており、その向かい側にはパチンコ屋があり、雰囲気を壊してしまっているのだ。
「人間は忘れる生き物だからな」
もう古き良き物など、どうでもいいのかもしれない。ただそこにあるだけだとしか思っている若者は想像よりも数倍は多くいるだろう。
「わびしいものだの」
「ああ」
二人は複雑な思いを胸に固まらせたまま東寺の隣を歩いた。
「のう、お主は―」
口を開いた火生の胸を蓮珠が突き、倒す。何をするのだと怒鳴りかける火生に、
「当たっていたみたいだ。きたぞ!」
と蓮珠が声を張り上げる。
「何だと!」
火生の一歩前に進み出る。体を撫でるような高い笑い笛の音が辺りに浮く。何故か、周りに誰もいない。場所が異質なものとなってしまっているのだ。
「頼む。あいつを救ってやりたいから、手伝ってくれ」
辺りに目を配りながらも斜め左後ろにいる火生に声をかける。
「この場に来て分かった。……四神の結界がなくなったから入ってこられたんじゃない!」
風流がない、と火生が評したこの場。昔を忘れ、勝手をふるまい、こちらの声を聞く事すらできなくなった人が好きにしてしまった場。
「中から汚れてしまったら、結界なんてあってもなくても同じじゃないか!」
日を反射させ温度を高くさせ、雨は染み込ませないコンクリートの地面、切り殺された山、腹に重石を入れられた海。全てが壊されて涙を流している。他でもない、人間というもののために。
「ならば、此度のことは……」
「鬼が自分で復活したんじゃなく、起こされてしまったんだろうな」
蓮珠が答えた後、二人とも黙り込むが、どちらからともなく頷いた。
「我、悪を滅す。ゆえに我あり! 蓮珠、それでも我は滅すぞ」
「滅すなんて暴力的すぎないか? 火生」
くすりと笑い、また悲しげに頭をうなだれる。
「それでも護らずにはいられない。放ってしまえばいいのに、できない。変な奴だ、俺も」
「それがお主の宿命というやつであろう。生きとし生けるものの全ては憎めぬものよ」
「ああ、そうだな!」
頷いた後、後ろに手をやり、錫杖を具現させた。
「そんなわけだから、悪いけど出てきてくれないか?」
柔らかく微笑んで言うと、また細い笛の音が聞こえる。