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妖怪退治モノ短編集  作者: 結月てでぃ
此れはこの世のことならず
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 遠い遠い海の向こうで番犬をしている地獄の番犬だって休みが欲しいだろう。

 わんきゃん鳴いて冥王の投げる円盤フリスビーを追いかけたい時があるだろう。俺だってそうだ。

 茶ぁ飲んで、煎餅でも食いながら映像受信機テレビでも見ていたい。

 いや、河原で石積んでいる子どもの手伝いをしてやってもいい。今だったら地上に届くほどの塔を作る自信がある。俺ならいける、きっとやってみせる! 今、この状況から逃げられるなら。

「今すぐ地上に行き、捕まえてこい」

 全ての悪行を映し出す水晶の鏡が俺の姿を怪しく映し出す。でも別に怖くもなんともない。俺にとってその鏡はただの鏡だ。別に俺の悪行は映し出されない。

 そんなことを考えている俺に目の前の大きな目をして髭を生やした黒い顔をしたおっさんが俺に杓を向ける。

「嫌だ。人間に関わりたくないんだよ。この前会った爺さんとかさ、わしゃーまだ生きるんじゃーって俺の頭をがつーんと殴ってさ! あれで俺の脳細胞半分死んだね! ってなわけで無理。他の脳細胞が死んでない有能君達にお任せしてあげて。ぱぱーっと終わらせてくれちゃうからさ」

 やー、本当に生きている人間ってのは凄い! ただ歩いているだけなのにこれだからなあ。

「馬鹿言うとらんで早ぅ行てこい」

「いや、だからあ」

「……泰広王からも願いがきておるのだが」

「逃げられないってことかよ…」




「おら、早く歩けぇ!」

「逃げようなんて思うなよ!」

 両脇を赤鬼と青鬼がしっかりと囲んで、禿げた中太りの男が奥へと連れていかれる。毎度毎度、大変なことだと苦笑して手を上げる。すると俺に気付いた赤鬼と青鬼が驚いたような、それでいて喜んでいるような顔をし、頭を下げた。

「あー、駄目だって、手を離しちゃあ」

 手を離したため、頭から地面に落ちそうになった人間を体で受け止める。

「す、すみませんっ」

「この野郎、気軽に触るな……!」

 鬼が怒って人間の頭を叩こうとするのを苦笑いをしながら止める。

「仕事、ご苦労様」

 言うと、慌てたように返事をしながら、差し出した人間を受け取った。

「っと、泰山王の所か」

 庁の外だから姿は見えないけど、拝んでおく。さあ、君も一緒にどうぞ! この人は最終判決をする王様だ、最高裁判所の裁判官だ。拝んでおいて損はないだろう!

 ちなみに、この庁から少し先に行ったとこには六つの鳥居がある。その鳥居の中から一つを死者は選べる。つまりは生きている時と同じで、自分の進む道は自分が選ぶ。次の自分は今の自分が選ぶんだ。地獄にはこんな特典がついている。ちょっと悪くないだろ? ゆっくりじっくり選んで、さあ行こう! 素晴らしい君人生ライフに!

「おい、何をしている」

「って、誰だ……よ」

 後頭部を軽く叩かれ、俺は振り向いて相手を見た。すらりと背の高い――六尺二寸くらいはあるだろうか――整った顔をした男。俺と同じ閻魔庁にいる冥官、小野篁だ。

「相変わらず、間抜けな面だな」

「たかむー!」

 にやりと、小野小町の先祖に当たる美丈夫の顔が不敵に歪んだかと思うと、指を差して叫んだ俺の額をそいつの長い指がぴんっとはじいた。

「いって。いってー……あれだよ、これ絶対爪の痕残った。残ったってえー」

 額を押さえてしゃがみ込む。俺は打たれ弱いんだ、か弱い凡人なんだ。

「誰がたかむーだ、誰が」

「だからたかむー、いつも言っているけどさあ、俺は傷つきやすいナイーブなんだからもっと丁寧に扱ってくれよって、わー! ごめんごめん、もう呼ばないから足下ろしてくださいほんとすみません!」

 俺なんかとは違ってすらーっと長いおみ足が上がったのに気付いた俺は即効で頭を下げまくった。もう、そりゃ赤べこも驚くくらいにね。

 さっき出会った二人の鬼が口をぽっかり開けてこっちを見ていた。……は、恥ずかしい。

「分かったのならばもう良い」

 そうしたらなんとか足を下げてくれる。ふー、危なかった。

「まったく、貴様は大げさすぎる」

「そっか?」

 えー……だって、大げさにしないと止めてくれないじゃん。俺、痛いのって嫌いだからなるべくなら回避したいんだよな。

「んで、どうしたんだ?」

「命令を受けたのでな。参ってきただけだ」

「命令?」

 おおーっ、やっぱ有能な人エリートは違うねえ! だから、俺みたいなのじゃなくってたかむーに全部仕事を任せちゃえばいいんだって!

「ああ。貴様を上まで送っていくという、な」

「え?」

 とぼけた顔をしたらたかむーが懐から扇を取り出して俺の頭を叩こうとしてくる。また俺が必死に首を痛くさせたら止めてくれた。これ以上脳細胞がふっとんでくれたら困るからな。

「どうせ迷うだろうとのことだ」

 よく分かってらっしゃることで。

「じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかなー」

 笑顔で俺がお礼を言ったら、たかむーは眉根をきゅっと寄せて、間に皺を作った。あんまり難しい顔すると顔がそれに慣れて固まるぞー。

「私は命を受けたから来ただけで、別に貴様のために来たわけではない」

「んなの分かっているっての! お礼ぐらい素直に受け取れよ!」

 そんな照れ隠しは別にいらないから! 気持ち悪いんだってーのっ。

「行くぞ!」

「ちょ、おまっ。置いてくなよ?」

 ずかずかと進んでいくたかむーの背中を追う。

「って、おい、どこ行くんだよ? そっちじゃないだろ」

 俺が前を早足で歩くたかむーに呼びかけたらたかむーは眉間に皺を寄せたまんま振り向いた。

「お前は馬鹿だな」

「そんなのずーっと前から分かっていることだろ?」

 何を今更。たかむーってばとぼけているなあ。

「私は先ほど言わなかったか? どうせ、迷うだろうと」

 たかむーは、腕を組んで呆れた顔を、いや、これは蔑んでいる顔だな。

「言っていたなあ!」

「ということは」

「……俺、迷っていた?」

 首を傾げる。いや、そんなはずはないと思うんだけどなあ。

「此処はどこだ」

「泰山王の庁だけど、それがどうした?」

 俺がぽかーんした顔をしたら、またたかむーは青筋を立てた。あ、あー……あれだね! 格好良い人は怒っても格好良いね! なーんちゃって。

「泰山王様の庁は閻魔庁よりも奥だろうが」

「あれっ? そうだっけ?」

 おかしいな、俺の記憶じゃ閻魔庁は一番奥だった気がするんだけどな。

「そうだ。全く、お前は何百年此処にいれば覚えるのだ」

 あ、そっか。泰山王は最高裁判長なんだった。最高裁判長の庁が最後にないとおかしいよなー。

「中にばかり篭っているから覚えられんのだ! 一日一度くらい外に出ろとあれほど言っていただろう!」

「そ、そのお説教聞いていたら明日になりそうなんだけど……早く案内してくんね?」

 たかむーの説教は長いんだよな。同じことの繰り返しだから長いんだけど。

「第一貴様は何故そんなにもやる気がないのだ。それではいけないと言っているだろうが」

「そーですね! すみませんねえ!」

 だから、時間が勿体ないってーの!

「貴様のせいでこれ以上時間を食うのは避けたいことだ。早く行くぞ」

「あーはいはい、分かりましたよ」

 お前が悪いのに、何で俺が肩を押されなくちゃいけないんだ。ああっ、なんって可哀想な俺! まあ、でも、それでも良い子ちゃんな俺は黙ってたかむーに付いて行く。土に顔が半分埋まっている石のせいでぼこぼこしていて足が痛くなってくる道をもくもくと歩いていたら、にゃーん、という魅惑的な声が聞こえてきた。

「宋帝王の庁だ」

 もう一度猫の声が聞こえた。しゅーしゅーって音は聞こえないふり。なんか怖いから。あー、いいねえ。羨ましいねえ、猫! 俺もひなたぼっこしてにゃーにゃー言っているだけの生活がしたいなあ!

「おい、今貴様は宋帝王様の猫に対して失礼なことを思っていただろう」

「そんなことはない」

 俺は猫を羨ましがっていただけなんだからな!

「それが失礼だと言っているのだ。猫も蛇も、お前よりも数倍、いや数百倍仕事をきっちりしているのだからな」

「たかむーこそ、俺に失礼だって思わないのか? 部下のくせにそんな態度でいて。そんなんだから上で閻魔王みたいだーなんて言われちゃうんだぞ!」

 そう指を差した俺は、ふんってたかむーに鼻で笑われた。それだけでも充分痛かったのに、指を扇で引っ叩かれたから余計に痛かった。

 確かに、猫は仕事熱心だ。死者が二十一日目に辿り着く宋帝王の庁は、猫と蛇と使って、死者が生前に邪淫の罪を犯してないかどうか調べるところだからな。皆、猫は大切にした方がいいぞ。お猫様を邪険にするとあんまり良くないことが起こっちゃうかもしれないぞ。

「ぶっ!」

 ぼーっと歩いていたら、たかむーにぶつかった。顔面がたかむーの背中にうずまって、あまり痛くはなかった。

「ごめん」

「気を付けろ」

 目で殺されそうになったからとりあえず謝った。なんか俺、今日ついてなくないか? 運をたかむーに吸い取られている気がするぞ。

 初江王の庁前で並んで手を合わせる。俺が顔を上げた時にはもうたかむーは歩き始めていたから、後を追っかける。しーんと、静かだ。いや、亡者の悲鳴とか鬼の怒鳴り声とかは聞こえてくるけど、そんな怖い背景音楽は嫌だから、聞こえないものとしておく。あー、あそこで書物山ほど抱えてる赤鬼の顔すんっげえ怖い。口すっげえでかい。俺なんかばくっと一口でいけちゃいそうなんだけど! おお怖っ。そんな風に、少しだけどんよりと俯いていたけれど、すぐに俺の気分は戻った。

「あっ!」

 つい大声を出してしまったから、すぐに口を手でふさぐ。起こられるかなと背後をちらっと見たら、たかむーがわずかに首を傾げた。

「どうした」

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