リディア王女の話
私は神聖ローゼン帝国の第三皇女のリディアである。
最近ヤルド神の神託が秘密に下されたその内容が問題だった。
ザイデン王国では魔王の復活が預言され、既に異世界から勇者が召喚され、勇者パーティが組まれているということは各国に知れ渡っている。
それが、1人はぐれものの勇者がいて勇者パーティに加わらずにいるというのがヤルド神の神託だったのである。
ザイデン王国もその勇者を捜索しているかもしれない。けれども、こちらが先にそのはぐれものの勇者を奪ってしまえば切り札になるではないか。
その捜索についての問題点はザイデン王国と神聖ローゼン帝国は国交断絶していることである。大っぴらに皇族がザイデン王国に入ることは難しい。
ザイデン王国の主神は勇者パーティを召喚したハーラ女神であり、ヤルド神とハーラ女神は反目している。宗教的な反目は根が深い。
そのため白羽の矢が立ったのが私だった。
もし見つかったとしても子供だったらそこまで無茶な扱いはされないに違いない。私はまだ12歳なのでどこの国でも未成年である。
引退した侍女の家を訪問するという理由で私はザイデン王国に入国を許された。もちろん、皇女としてではなくメラニー・ボール伯爵令嬢としてである。彼女は私の昔からの友人で今は病でベッドに横たわったままの生活を送っている。
異変はザイデン王国の王都を出てメールス辺境伯の領地に入った時に起こった。メールス辺境伯の兵は精強をもって知られており、確かに魔獣の出現は多いものの、領内の街道は安全に保たれていることが彼らの自慢だったのである。けれども、リディアの乗った馬車は街道で魔獣たちに襲われたのである。
ゴブリンだけでなくボブゴブリンやオーガなども混じった魔獣の軍団に対して勇敢な護衛騎士たちは戦いを挑んだ。けれども、多くの敵を屠った騎士たちもついには力尽きて斃れてしまった。御者も同じである。私は馬車の反対側から降りて脱出しようとした。それに気づいたゴブリンたちは馬車に迫ったが、侍女のアマンダとジェシカはゴブリンたちと勇敢に戦い、命尽きた。
ゴブリンたちは馬車に火を放つと残った私を追跡してきた。もうだめだ、耐えられない!と悲鳴を放つと生き残った二匹のゴブリンたちは舌なめずりをして私を捕まえて押し倒そうとしてきた。
その時、その二匹のゴブリンはバッタリ倒れたのである。
全く意外な展開に驚いて立ち上がるとゴブリンたちの向こうに奇妙な服装をした男が立っていた。
何を考えているかわからないような表情で口だけは満足そうに笑っている。
「私を殺しに来ている?」
恐怖に駆られた私はさらに叫んで後をも見ずに逃げ出した。
その時皇族が危機に瀕した時に発動される保護術式が働いた。
この保護術式は安全のために自分の身元に関する情報を喋れなくなる代わりにほとんどの魔法や物理攻撃から守られるようになるものである。また、人間を赤か青に色をつけて見ることができるようになる。赤は危険な人たちである。たとえば私を奴隷に売ったりするような悪い人は真っ赤っかになるのである。逆に青の人はお人好しの善人である。私が頼れば私財を投げ打ってでも助けてくれるはずである。だから保護術式が働いたら青く見える人に保護を頼んで帝国の保護が届くまで生き抜きなさいというのが私の教えられたことである。
この保護術式が発動したということはフラグが発動したということなのでできるだけ早く青い人を見つけ出して保護してもらわなければならない。
特に現状では敵国に近いこのザイデン王国に帝国から保護が届くことは絶望的である。
で、辺りを見回すと事態はもっと絶望的だった。赤も青も見えないのである。
(みんな死んじゃったのね)
さっきの場所に戻ってくると、ゴブリンたちの背中にもう炭化した火傷の痕が残っているのを見つけた。あの危なそうな男はライトニングの呪文を唱えてゴブリンを倒したのだ。ということは私を助けようとしてくれたのかしらん。
けれども、馬車のところに行くと、さっきの男が馬車を漁って、普段使いのために銀貨や銅貨を入れておいた袋を見つけてその中の銀貨や銅貨を数えて喜んでいる。
なんだよ、こいつはチンケな盗賊なのか?期待して損した。他の金貨の入った袋は魔法で隠されているので盗賊には見つけられなかったようである。
けれども、周囲を見てもその青く光る盗賊以外には反応するものは何もないのである。
(え?青?盗賊のくせに?)
彼はその小銭の入った皮袋を懐にしまってバックパックを背負って出発しようとしている。
(ちょっと待ってよ!)私はその人の服の裾を掴んだ。
彼は歩き出そうとして私が掴んでいることに気がついたらしく「えっ?」というように私の顔を見て「君、どこかに逃げてったんじゃないの?」と言う。
人のお金をとっておいてふざけた奴である。
私はこの男の懐にある皮袋を指さして男の顔を睨んでやったら終いには情けなさそうな顔をして「じゃあ、メランの街まで送ってやるよ」と言ってトボトボと歩き出した。
なんともチョロい奴である。
私がちょっと本気を出すとこんなものね。