Mysterious Meeting
「はぁっ、はぁっ……」
走るたびに怖くなる。
走っても、走っても、恐怖はなくならない。
クリスマスで人通りが多い街を、ボクは疾走する。
その度に周りの人達がボクに視線を向けてる気がして、それがまた怖い。
独りが怖い。他人が怖い。
寒さが怖い。走るのが怖い。
――つい数分前まで、友達とメールのやり取りをしていたのに?
体力の限界が来て、ボクはふらふらと路地の間にある暗くて細い道に入る。
「にゃー」と背後で聞こえた声に、ボクは立ち止まって振り返った。
チリン、と鈴の音がする。
「お前……着いてきてたの?」
真っ白で雪のように綺麗な、まだ幼い子猫。
首に巻かれた赤い首輪。
そこから鳴る鈴の音。
ボクを見上げて甘えた声を出す子猫。
それを見て、思わず顔が綻んだ。
それでまた、近寄ってきて足に擦り寄るもんだから。
――ぽろっと涙が零れ落ちた。
一度出したら歯止めが効かなくなって、ぼろぼろと馬鹿みたいに零れ落ちてくる。
拭っても拭っても零れ落ちてくる涙についには鼻水まで出てきて、ボクは丸まってひっそりと泣く。
嗚咽を噛み殺して、そんなボクにまだ擦り寄る子猫の感触に「泣いてもいいんだよ」なんて言われてる気がして、ボクは我慢出来ずに声を上げる。
ボクの悲鳴は子猫にしか聞こえない。
騒がしい街にボクの悲鳴は紛れる。
それがなんだか今のボクみたいなもんだから、ボクはまた苦しくなる。
「なにしてんの」
背後から声が掛かった。
ビクリと体が強張る。驚きで涙が引っ込んだ。
子猫だけだと思ってたから、ぼろぼろ泣いてたのに……。
恥ずかしくなって顔を上げようにも上げられない。
慌ててぐちゃぐちゃになった顔を拭ってたら、ひょいっと覗きこまれた。
――目に飛び込んできたのは、濁りのない黒。
病的なほど真っ白い肌に、背中まで伸びたサラサラの黒髪ストレート。
まるで揃えられたみたいに、整った顔のパーツ。
人形みたいに無機質だけど、どこか清楚な雰囲気。
だけどまだどこか幼さが残ってるし、しゃがんだらボクと同じぐらいだから同級生かもしれない。
すると突然現れた美少女の顔が、怪訝そうに歪んだ。
「なにじろじろ見てんのよ、気持ち悪い」
ハッと我に返ったボクは俯く。
そんなに直球に言われたら、初対面でも傷つく。
じわりと浮かんだ涙に、いつからボクは泣き虫になったんだろうと思って、それで何か悔しいからぎゅっと唇を噛んだ。
……泣くもんか。
勝手にボクのなかで意地が生まれた。
「ちょっと、喋りなさいよ」
何だかキツめの命令口調。
何で、そんなこと言われなくちゃいけないんだ。
さすがのボクもムッとする。
俯いていた顔を上げて、キッと睨んだ。
驚いて目を丸くする美少女が目に入る。
「なに」
思ったより低い声が出て、少し驚いた。
美少女はそんなボクを見て小さく笑う。
「あんまり喋らないもんだから、人形かと思った」
「………人形?」
どこが。
人形みたいなのは、君のほうじゃないの。
悲しくなってボクは俯く。
こんな人形、いたとしても誰も買ってくれない。
人形じゃなくても、誰もボクを見てくれやしない。
ふと浮かぶのは、恐怖に染まった顔とか怯えた顔。
――ボクは今日、してはいけない犯罪を犯したのだ……
「ねぇ、あたしに名前つけてよ」
小さな沈黙の後、唐突に口を開いた美少女はよくわからない事を言う。
いや、意味はわからないことはないんだけど……
「早くつけて。あ、それより先にあんたの名前を聞こうか」
マイペース。
ボクは少し美少女に呆れる。
それに……ボクは犯罪者だから名前を明かすわけにはいかない。
ぎゅっと口を噤んだボクに整った眉を寄せた美少女。
その時、微かにパトカーのサイレンの音が聞こえた。
体が凍ったように動かなくなる。
すかさず膝に顔を押し付けて、丸まる。
じっとサイレンが聞こえなくなるのを息を潜めて待つ。
どれだけ待っただろうか。
そっと顔を上げて、光のほうに目を凝らす。
聞こえなくなったサイレンに息を呑んで、見えないパトカーに安堵した。
「名前は?」
まだいたんだ。
ボクはビックリして隣を見る。
そこにはボクと同じようにしゃがみこんでいる美少女がいた。
濁りのない黒の瞳は真っ直ぐボクを見つめる。
「……日下部ケイ」
気づけば名前が口をついて出た。
ボクはその事に驚いたけど、ボクの名前を聞いて動じない美少女にどきまぎもしたりした。
――日下部。
ボクの名字。
ボクが唯一両親と繋がっているモノ。
ボクが世界で一番、断ち切りたいモノ。
――ボクが今日、断ち切ったモノ……
「日下部ケイ。あたしには時間がないの。だから早く名前を決めて」
それが人に物を頼む態度なのかな。
常に強気な美少女を見て、ボクはこの子のお母さんに会ってみたいと思った。
「10、9、8、7………」
「えぇっ?! ちょっ、待ってよ!」
名前を決めろとかどうとか……。
無視してやろうと思ってたのに、カウントなんかされたら焦っちゃう。
5秒切ってもボクはそっぽを向いて無視してたけど、少ししてポンと、ある名前が思い浮かんだ。
「3、2、1……―――「撫子」
「……ナデシコ?」
首を傾げる撫子にボクは頷く。
黙ってたら清楚な雰囲気を醸し出す撫子は、大和撫子みたいだから。
……大和撫子見たことないけど。
「ナデシコ、ナデシ子、撫子……うん」
ボクのつけた名前を連呼する撫子は、何だか自分に馴染ませようとしてるみたいで不思議だ。
徐々に片言が無くなっていく様子も面白い。
すくっと突然立ち上がった撫子にボクはビックリした。
撫子はボクに顔を向けてニヤリと不敵に笑う。
雰囲気に似合わないけど、どこか勝気な感じが撫子にピッタリだった。
「行こーぜ、日下部ケイ」
男口調のそれもピッタリだ。
それにしてもどこに行くというのか。
そもそも、撫子は誰なんなのだろう。
「逃げるのよ。とろいわね」
ボクは心臓が跳ね上がったような感覚を覚えた。
逃げる?
なぜそのことを知ってるんだろう。
固まって動かないボクを見て、撫子は苛立ったように髪をかき上げる。
その目が爛々と輝いてるように見えて、ボクは思わず息を呑んだ。
「行くわよ」
ふいっと背を向けた撫子を見て、ボクは慌てて立ち上がる。
足にまた擦り寄る子猫に気づいて、ボクは抱き上げてジャンバーの間に突っ込んだ。
それを支えながら撫子のところに走りよる。
撫子はなんなのか、とか。
どこに行くんだろう、とか。
何で知ってるんだろう、とか。
どうしてボクは撫子を追いかけてるんだろ、とか。
色々疑問は浮かんだけど、ボクは光に向かって一歩踏み出した。




