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第八話

 所長の助手である青年が、正式に『家政婦』のプログラムである【915】を伴侶として届けを出すことになった。


 しかし…………


「婚姻届を出すのを三ヶ月後に?」

「はい。構わないでしょうか?」

「私は証人になるだけだから、別に構わないが…………」

『えー、何で? すぐに出しちゃえばいいじゃない!』


 朝、彼が仕事を始める時に、助手の青年が報告してきた。

 青年がまだ届けを出さないことに彼は首を傾げ、たまたま一緒に所長室までついてきた『リリ』は不満そうに声をあげた。


『もしかして手続きがめんどくさいとか、まさか誰かが妨害してきてるとか!?』

「『リリ』、そんな訳ないよ。手続きなんて、彼女に『名前』を決めてあげて書類一枚提出すればいいだけだ。相手が『プログラム』だからと、今の時代は変に止められたりはしないだろうし…………でも、何か問題があるのかい?」

「あぁ、いえ……俺の問題なだけで……」

「『………………?」』


 ポリポリと鼻の頭を掻き、青年は彼と『リリ』に向き合った。


「何か大事なこと?」

「えっと……彼女『家政婦』の年齢が20歳(はたち)っていう設定じゃないですか……」

『え? えぇ、そうね。私たちは見た目とかでそんな感じの設定になるけど…………それが?』

「俺……三ヶ月後に、同じ20歳になるんです。だから、彼女と並んでから結婚したくて……」


 青年が照れくさそうに語ったのは、彼女との“年齢”の差だった。


 各『プログラム』には見た目や職業、職業に合った性格を決めるために“性別”や“年齢”を設定している。それは主になる人間の好みに合わせるためであり、これといって性能に関わるものではなかった。


『え〜と……私が言うのもなんだけど、プログラムは歳をとらない。だから、すぐに追いつかれて引き離されるだけ。年齢なんて、一緒に暮らしている間に逆転されちゃうものよ……?』


 チラッと『リリ』が彼の顔を見上げる。

 青年の考えがよく分からない……と、彼に目で訴えていた。


 ――――この辺の感覚は『リリ』には理解できないかもな。こだわり……というか、プライドみたいなものだろうし。


 彼にも青年のように年齢を気にした時期があった。


 人間は歳をとる。今まで少しだけ年上だった『リリ』と並んだ時、やっと彼女の庇護から抜け出して一人前になれた気がしたものだ。



「……コホン。まぁ、どうするかは本人たちの自由だろう。でも【915】…………『家政婦』にはちゃんと話しておいたの?」

「はい。彼女も構わないと言ってくれました」


 こくんと頷く青年は、やはり照れくさそうにしている。きっと、この話題に関しては何を言っても嬉しいのだろう。


『ねぇねぇ! そういえば、彼女の“名前”って決めたの? 婚姻届には“名前”をつけなきゃいけないんでしょ』


『リリ』は生き生きとした様子で青年にインタビューをし始めた。こういう話題は彼女にとって大好物なのだ。


「えぇ、決めてます。というか、少し前から『名前』で呼んでました」

『ほほぉ、どんな“名前”? 可愛いの? カッコイイの?』

「ひ、秘密です。まだ人に言うのは恥ずかしいんで…………」

『えぇ〜、いいじゃないのぉ!』

「『リリ』、仕事にならないから、今はやめてくれるか?」

『はーい。じゃあ、今度教えてね!』


 顔を赤らめた青年に、さらに突っ込もうとする『リリ』。彼は呆れながらそれを制止する。

『リリ』はわざと唇を尖らせながらも、すぐに笑って所長室を出ていった。


「うちのが、すまないね」

「いえ。ふふ……」


 苦笑するが、青年は幸せそうに見える。



 ふわふわとした空気感の中、彼は気を取り直してモニターを出す。

 そこにはビッシリと今後のスケジュールが書かれていた。


「そうだ、君は今度の『施設職員育成』のための講習の責任者になってたね。その内容は解ってると思うけど…………」


「はい。先月行った職員採用の施設振り分けの試験で、特に優秀だった人間を集めてます。その方たちは【中央都市(セントラルコア)】への配属はもちろん、世界の各研究施設の責任者の候補だと聞いてます」


「うん。三年に一度くらい開いているけど、今回も優秀な人材ばかりで楽しみだよ」


 その試験と講習は、彼も青年も経験している。前回までは所長である彼が、その人材育成の講習会の責任者を担っていた。


「『惑星再生計画』は何年にも渡って行っているから、次々と後継者を見つけていかなきゃならない。私の代で終わらせたかったが、それもどうやら君に託す日が近付いてきたみたいだな」

「ご冗談を。俺はまだ所長に教わることがたくさんあります。それに所長はまだ現役なんですから、滅多なことを言わないでください」


 ピシャリと言い放つ青年の横で、彼は青年が準備した内容をスクロールして眺めた。

 資料や講習の内容はほぼ完璧である。彼がこれまで培ってきたものは、きっちり受け継がれていると感じた。


「冗談抜きで、だ。現代では私はもう若くない。早々に君を後継者にして良かったと思っている。頑張ってくれ」

「ありがとうございます」


 今後、自分のやってきたことは、青年がさらに磨いて世に送り出してくれる。


 ――――頼もしい限りだ。でも、私もまだ少しは頑張らないといけないな。


 嬉しいという気持ちにほんの少し寂しさが顔を出すが、彼はそれを押し込めて本日の業務に戻った。




 …………………………

 ………………




『で? 寂しくなって残業してきた……と?』

「誰も寂しいなんて言ってないけど」


 一日の仕事を終え、彼が帰宅したのは日付けが変わってからだった。

 座らせられたテーブルの上には、今日の夕食であるはずの食事が綺麗に包まれて置かれている。


『助手さんに“今日の仕事は終わりだ”って嘘までついて、定時で帰らせてから自分が全部引き受けたのよね? 完全にセンチメンタルじゃないの』

「今日くらい早く帰らせても良いじゃないか。彼も最近は張り切り過ぎて疲れていたようだし……」


『そんなこと言って……助手さんにいい格好見せたいだけでしょ? 今までは“所長が一番”って言ってた子に、もっと大事な存在ができたから、それに理解を示してあげるという年上の余裕を見せつけてるのよ』

「え〜…………」


 実は『リリ』の言うことは図星に近く、彼の心にグサグサと刺さってくる。

 別に自分を格上げしたいとは考えていないが、幸せそうな結婚の報告を聞いたため、今日は青年を早く帰してあげたいとは思ったからだ。


「今回はずいぶんと突っかかるなぁ…………それに『リリ』だって、私が残業してきただけで怒ってるわけじゃないだろう? 何でそんなに怒ってるの?」

『別に……怒ってなんか……』

「怒ってるよ、何で?」

『……………………』


 彼が小さい時から、『リリ』は時々妙なことで拗ねることがあった。


 大抵の場合、それは彼女の“ヤキモチ”だ。


『だって、ずっとなんだもん……』

「ずっと…………って?」

『毎日毎日、仕事仕事って…………あなたを“惑星”に取られてる気分なんだもん』

「…………そうか」


『リリ』は頬を膨らませて大袈裟にそっぽを向く。

 彼が研究施設に勤めてから、仕事のし過ぎには度々言及してきたが、こんなに拗ねられたのは久しぶりだと感じた。


「……………………」

『……………………』


『リリ』が黙り込んだので、彼も声を掛けずにじっと彼女を見詰めた。

 彼女は拗ねるが、それが如何に子供っぽいことなのかをちゃんと解っている。だから彼は、彼女が落ち着いて話せるタイミングを黙って待つのだ。



『…………………………あのね』

「うん」

『あなたは、私の家族よね?』

「うん、そうだよ」

『あなたは…………私のこと“何”と思ってる?』

「一応、登録上は“姉”になるけど……」

『私を“お嫁さん”にしたいとか、思ったことはある?』

「え…………」


 ここで彼は彼女の顔を見ながら考え込む。


『リリ』は彼が物心つく前からこの家にいた『子守り』のプログラムだ。初めから“姉”であり、彼の実母が亡くなった日からしばらくは“母”にもなっていた。


 彼にとっては一番身近で長く傍にいる存在だ。


「え〜と…………私が5才くらいの時に、考えたことあったかな」

『え? あったの?』

「うん」


 子供の彼が“大人になったら『リリ』と結婚する”と両親に告げたら苦笑いされて教えられてしまったのだ。


「『リリ』は『子守り』だから15才が固定で変更することができないから、結婚はできないんだよ……って両親に言われて諦めた。ほら『道徳意識法』っていう法律で、18才未満の外見をした『プログラム』とは、家族にはなっても婚姻関係にはなれない……っていう法律があるだろう?」

『うん……子守りは成人前の子が多いわ……』


 頷きながらも、『リリ』は口を尖らせて呟く。


『……じゃあ、私が大人だったら考えてくれたわけ?』

「たぶん、考えたんじゃないかな」

『そ、そうなんだっ…………』


 バッと下を向いた『リリ』は何かをブツブツと呟いている。彼は静かに近付いて彼女の顔を覗き込んだ。


「『リリ』?」

『ひゃっ!? わ、私、お風呂の用意してくるっ!!』

「…………」


 大袈裟にビクついて慌てた様子で部屋から出ていく。そんな『リリ』を彼は複雑な気持ちで眺めた。


「……『お嫁さん』にできなくても、もう『家族』にはなってるんだけどな」


 彼は食卓に置かれた夕食の一部をつまみながら、いつも通りの『リリ』が部屋に戻って来るのを待った。







 一方、風呂場にある洗面所では『リリ』がタオルを抱き締めてしゃがんでいた。


『あの子、たまにくる不意打ちがズルいのよ……』


 てっきり“お嫁さんなんて考えたこともないよ”と、彼が言ってくるものだと思っていた。


『私……何で“お姉ちゃんの子守り”なんだろ。【915】みたいに“大人の家政婦”が良かったなぁ……』


 見上げる鏡の中。何年経っても少女である自分の姿に、彼女は小さなため息をついた。




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