第七話
最初は『旧世代のロボット』という印象だったらしい。
それがたった一年で覆り、青年は『家政婦』の彼女に対して“伴侶の申請”をするまでに至った。
「…………日を追う事に、黙っていても俺の日課や好みを理解してくれて、ちゃんと見ててくれているなぁって嬉しくなってきたんです。あ、コーヒーどうぞ」
そう言ってはにかみながら、青年はカップにコーヒーを注ぎ彼のデスクに置いた。
「ん、ありがとう。うん……まぁ、人の好みを覚えるのは『家政婦』の特徴ではあるけど…………伴侶にしようとまで思ったのは、それだけじゃないんだろう?」
「え、まぁ、そうですね。はは……やっぱり、これもデータで残すんですか? “アレルギー”に関連するなら仕方ないですけど……」
「そりゃあ…………いや、個人的に聞きたい気持ちもあるかなぁ。はは……」
青年の『プログラム』に対する“アレルギー”の観察を記録しながらも、彼は少しだけ興味を持って話を掘り下げようと思ってしまう。
一年前、彼は『リリ』に頼んで青年と相性の良さそうな『プログラム』を連れて来るように頼んだ。
そこで『リリ』が連れてきたのは、“兄弟たち”の間でもまだ“第二次シンギュラリティ”が起きていなかった【915】だった。
「あの、これを言うと、一部に怒られそうなんですけど…………」
「うん」
「え〜と……その、最初は単純に、彼女の容姿が……………………好みだったんです」
「あははっ。確かに、美人だからな。行った先で『プログラム』の彼女に、ちょっかい出そうとしてきた輩もいたみたいだし……」
【915】の見た目は、ほとんどの人間が“美人”と評すると言っていい。
そのせいなのか、これまでも個人の『家政婦』として働きに行った時、男主人に変に懸想されたり、女主人に必要以上に冷たくされた経験がある。だから、この頃は彼女の派遣先を、同じ『家政婦』のプログラムが多くいる施設などにして紛れさせていた。
「『彼ら』の“現在の派遣主”は相手を選んで行かせていたんだ。心を育てるために外へ社会勉強をさせるにしても、酷い“主”には会わせたくないと思う親心は、人間にも『プログラム』に対しても同じだ」
「なら、俺もそうだったんでしょうか。彼女からしたら、プロポーズなんて迷惑だったんじゃ…………」
青年が暗い顔で項垂れる。
今まで『家政婦』に対して、いやらしい目で見てきた連中と同じだったのでは? と急に不安になったのだ。彼はそれを見て吹き出しそうになった。
「いいや。今回の君のケースはちょっと違ったね。だって彼女はプロポーズ後に何て言った?」
「え? 確か『承知しました。“主”と“家族”に確認をとってきてからお返事致します』って…………だからまだ、決定とは言えなくて…………」
「ふっ……いやいや、君は大丈夫だ。だって本人は“承知しました”って最初に言ってるじゃないか」
「あ…………」
再び吹き出しそうになるのを堪え、青年に諭すように話した。
「で? 確実な返事を貰うのはいつになるのかな?」
「あの…………明日、朝から来ることになってて…………うわ…………」
どうやら、自分で話していて急に恥ずかしくなったようだ。両手で顔を押さえて慌てふためいている。
――――ま、心配はないな。昨日の夜にあんなやり取りがあったんだから……。
…………………………
………………
――――昨晩。
彼の自宅に来た【655】と【472】は、この事で相談に来ていたのだ。
『実はさっき、【915】が帰ってきて………………所長んとこの助手に求婚されたって。“プログラムでもかまわない。これから先も、伴侶として対等の立場で一緒にいてほしい”……って、そう言われてきたって』
眉間にシワを寄せながらも、怒っているというよりも照れたような雰囲気で【655】はポツリと報告し始める。
「おー、それは……ずいぶんな進歩があったもんだな。そこまで考えるなんて……」
彼は純粋に、青年が『プログラム慣れ』をすればいいとしか考えてなかった。よもや、人生の伴侶とまで発展するとは、正直に驚きしかない。
「とにかく……『リリ』が聞いたら大喜びするだろうね」
『ほんと、今年の良いネタができたよねぇ』
『ネタ扱いするなっ! でも……ま、そいつが見る目のある奴で良かったというか…………』
「うん、私が見ても彼は本当にいい人間だよ」
『…………………………』
話すうちに、盛り上がる彼と【472】とは対照的に【655】は苦いものを噛んだような複雑な表情を浮かべる。
彼はそれに気付いて首を傾げた。
「ん? もしかして、【655】は反対なのか?」
『おれは、別に…………』
「君は……って、まさか『館長』が反対とか?」
『いや、館長も反対はしないと思う。実際に、他の兄弟プログラムで人間の伴侶になった奴も知ってるし。現代じゃ、特に珍しくもないんだろ?』
「そうだね……」
少し前までは一過性の流行かと思われたが、ここ最近は『伴侶』のプログラムを求める人間も増えている。それくらい、現代の社会にその風潮が根付いてきていた。一緒に暮らす存在だけを欲するなら、人間でも『プログラム』でも関係ないからだ。特に相手が『プログラム』であれば、理想を詰め込むこともできる。
――――相手に求めるものが“利害の一致”なのか“恋着”なのか…………拘らなければ何とでもなるからな。
「彼はちゃんと【915】を大事にしてくれると思うよ。気まぐれや、ふざけた流行りなんかで決める人間じゃない」
『それは…………所長が言うなら、そうなんだろうけど』
「じゃあ【655】は何をそんなに渋っているんだ?」
『…………………………』
またもや【655】は固まってしまう。何かを答えあぐねている。
沈黙が部屋を支配しようとした時、呆れたようなため息が聞こえた。
『はぁ……まったく、ちゃんとしゃべらなきゃ、所長だって困るんじゃないのかい? いちいち会話を中断してるのは、所長にも君にとっても時間の無駄になるんだけどねぇ』
黙って様子を見ていた【472】が【655】に向かって言う。いつもは何事にも動じない【472】が、どこかイライラしている口調である。
「【472】、私は構わない。誰だって言い難いことはある。今日は時間もあるし、ゆっくり話してもいいよ【655】」
『……ごめん、所長』
微笑む彼と項垂れる【655】に、【472】は呆れたような表情を向けた。
『…………やれやれ、所長は優しいもんだね。どうやら自分が付き添いにされたのはこれが理由なのか』
「これって?」
『自分が“通訳”ってことさ。【655】が気持ちをまとめて説明できないから、何も躊躇いなく話す自分が連れてこられた。違う?』
『ごめん…………頼む』
『……やれやれ』
【472】の言葉は図星のようだ。【655】がさらに俯く。
「説明?」
『自分から見てだけど、【655】の悩みは【915】が求婚されたことについてじゃないんだよ』
「うん?」
『自分たちプログラムに“心”があるというのは、とても画期的なことなんだけど、同時にそれは人間以上に厄介なのさ。頭で割り切れれば簡単なことなんだけど、感情を伴う“心”があることが足枷になるのは今も昔も変わらない』
少年の姿をしているが、【472】は彼や【655】よりもずっと年上だった。そのうえ、彼特有の話し方はまるで謎かけをされているようで、すぐに答えには辿り着かない。
「【472】すまないが、先に『答え』を言ってくれるか? 理由を考える時間が欲しい」
『うん、いいよ。つまり、【655】は【915】が“絶望”することが怖いんだ』
「…………絶望?」
本人が嫌がっている訳でもない、特に反対する理由もないのに、何故『絶望』することになるのか?
【472】の不可解な言葉に、彼は思わず眉間にシワを寄せて【655】を振り返る。
「なんでそんなことになるんだ? もしかして、本当は反対なのか?」
『反対…………本当はそう言えたら楽なんだけど、うちの妹を想ってくれる人間がいることは素直に嬉しい。一緒に生きてほしいと言われた本人だって喜んでいると思うけど、でも…………』
『――――でも一緒に生きた先に待っているのは、主に…………“伴侶になった人間に先立たれる未来”なんだよ。自分たちプログラムは、確実に君たちより“長生き”だ。それは所長も解っているよねぇ?』
「………………」
【472】の言葉を、彼も充分過ぎるほど理解していた。
人間は必ず死ぬ。もちろん『プログラム』も死ぬが、人間よりは遥かに長生きで老いもしない。
だからこそ、現代の人間は『自分の死後の後始末』をしてもらうために『プログラム』を伴侶として選んでいる……と言っても過言ではないのだ。
「人間の最期を看取る未来…………」
『そう。一緒に人生を歩む……と言いつつ、実際おれたちは置いていかれる未来なんだよ』
ぽつりと【655】が呟く。
それは人間同士でも同じ。
しかし、彼はその言葉を飲み込んだ。時間の長さと彼らの存在意義が、人間とはあまりにも違うものだから。
『所長、おれの役割り知ってるよな?』
「あぁ、【655】は『飼育員』とか『獣医』だったか。実はちょっと羨ましい」
『そうそう。本物の動物って良いよな』
人間ではない、生身の動物は今では珍しくなっていた。
『おれ……担当してるのが人間じゃなく、研究対象にされたりする動物だけど、一緒に暮らすとあいつらにも多少の情が湧いてくる。でももしもそれが、特別な感情を持って接した人間なら? 意思疎通ができる人間に、妹が“心”を開いてすっかり懐いた時にそいつが死んだりしたら? その時、あいつがどうなるのか怖い』
「それは……」
特別な相手を喪う恐怖。
彼はそれを、自分を産んで育ててくれた両親が亡くなった時に痛いほど思い知った。
今まで彼らのプログラム仲間の中にも、主が亡くなったことを嘆いて、後を追うように消えてしまった者がいる。
それは“心”がある『彼ら』独自の行動であったが、機械として生活する『プログラム』にとっては苦痛であろう。
だからこそ、彼は【655】の言うこともよく解る。
『反対ではないけれど、【915】が消えたりする可能性があるなら、やっぱりおれたちプログラムが人間の伴侶というのは厳し…………』
『何で勝手に決めるのですか?』
「――――え?」
『『あっ!』』
彼と『彼ら』は声のした方を振り返る。
いつの間にか、部屋の中に【915】の姿があった。
『お前……何で……?』
『あの方からの申し出の話をしてから兄さんの姿が見えないので、【143】に聞いたらここにいるだろうと言われました。現状の説明役として【472】まで連れていったのだろうとも聞いてます』
『君の行動、【143】に完全に把握されてるね』
『………………』
【915】はいつもの抑揚のない口調で淡々と話す。しかし、いつもの彼女の言葉とはどこか違って聞こえた。
『私が最初にあの方の所へ行くことになった時、仲良くなってこい……と言ったのは兄さんですよ?』
『いや、言ったけど! お前ら仲良くなり過ぎだからっ!!』
『では、兄さんは反対なんですか?』
『別に…………諸手を挙げて賛成できないが、全面的に反対という訳でも…………』
『所長は賛成ですか?』
「まぁ、そうだね」
『では、館長も賛成してくださっていたので、これは“可決”でよろしいですね。兄さん』
『え…………あ、あぁ』
「…………へぇ……」
煮え切らない兄に、妹が必要以上に強く押している。
彼はいつもと違って、彼女の言葉に『感情』がこもっているを感じた。
――――“第二次シンギュラリティ”が起こりかけてる。
あと“ひと押し”というところだろう。
『面白いところに遭遇しちゃった』
「あ、おかえり『リリ』……」
彼の後ろに帰宅した『リリ』が立っていた。彼女は嬉しそうに双子の会話を聞いている。
『【915】の勝ちー♪』
「勝ち負けじゃないけどね」
『“完全な心”ができた彼女と話すのが楽しみ。ねぇ、お祝いはどうしようか?』
「あとでね」
きっと近い将来、【655】は妹の【915】に口では絶対に勝てなくなるはずだ。これは彼も身に覚えがある。
――――『女きょうだい』を持つ者として【143】の意見も聞きたいもんだな……。
あとで、彼の助手と【915】の結婚祝いを『リリ』と選んでおこう。彼はぼんやりと考えていた。
そして後日。
彼は【915】が“完全な心”を持った瞬間に立ち会うこととなるのだった。