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第五話

 “心”があるということは、自ら考え、その理念に従って動くこと。


 主のために存在する『プログラム』が人間のように私用で動くことは()()であり、機械と人間を分けている者から目を付けられれば厄介だ。


 それでも彼の父親は『彼ら』に“人間の心”を芽生えさせるための工夫を凝らした。


 作った『器』に“心の素”となるものを埋め込み、人間と生活する中で経験させ、さらに“心の素”を練り上げていく。


 いつか『彼ら』が本物の人間たちに認められる日がくるように、と――――。




 …………………………



「それが……『リリ』ちゃんの基礎プログラムなんですか?」


「そう。『プログラム』の“心”が育つ過程を、第一次、第二次……と人間の成長に似せて作っている。私はノウハウを教わってはいたが、父親から新しく『心を持つプログラム』を作成するのは禁じられた」


 真剣な表情の青年に、彼も思わず固い面持ちで答える。


「そんな凄い技術なのに……世間には公にできないなんて……」


「これは諸刃の剣だと言うんだ…………私の父親が密かに研究し開発した『必然性シンギュラリティ共感システム』…………言ってしまえば、『傍にいれば人間の感情を自然に汲み取って、独自に進化していく人口知能』だ。『プログラム』を人間の支配下に置く政府にとっては、反乱分子の恐れがあると考えてもおかしくない」


 大昔は機械に“心”を持たせる研究もあったそうだが、彼らを人間に近付け過ぎると非効率になるという結果が出た。


 例えば、人間に与えられた命令に対し『戸惑う』や『反発』というものが見られたから。それも、全体ではなく個体差が出る。


 人間と違い、機械というものは『正確』であり『均一』でなければいけない。

 人間ができない部分ができるのが機械の強みであり、人間と同じような動きをするものは時に重大なミスを招くことになるかもしれない。



 結果、政府の『プログラム』は知識的な経験は蓄積させたが、そこに“感情”を導入させることはなかった。



「父は“どんな経験にも知識にも心が必須であり、心無きものに進化はない”と考えていた。進化に道徳や感情を持ち込まない政府とは真逆だった」

「所長のお父上は古代からある『人間の感情』を大事にされたんですね」

「大昔の綺麗事になるが、そういうことだね…………それで失墜したとも言えるが……」

「『リリ』ちゃんは、そのシステムで出来た『プログラム』なんですか」

「そう。でも、これはここだけの話だよ…………さて、休憩なんだから重い話は後にしようか」



 ある日の昼。


 完全に外部と遮断された所長室にて、彼は自分が知る『プログラム』について助手の青年に話をする。将来、青年に彼の仕事を任せる上で、いつか『リリたち』のことを託そうと思っていたからだ。


 その後、遅めの昼休憩に入り、彼はそのまま所長室の応接用のソファー席で、先ほど『リリ』が持ってきたランチを広げた。


 深刻に話をしていた空気に、ふんわりと作りたての料理の匂いが混ざっていく。


「いやぁ、良いですよねー。職場に出来たて、しかも素材から調理過程を経た、手作りのお昼ご飯が届くって……俺も研究室に自宅の『ポータル』繋げようかな。なんせ、出社まで数秒ですもん」

「やりたいなら、私が引退した後にでも君が所長になったらやればいい。ほら、たくさん食べなさい。私一人じゃ、とても食べきれない量を用意されたから」

「ありがとうございます。いただきます!」


 青年はニコニコと料理を皿に分けて食べ始める。

 まだ十代で若いだけあってか、『リリ』の作った料理はどんどんなくなっていった。


 その様子を彼も微笑ましく眺めた。

 彼はこの青年が『保育施設』から来たばかりの頃から、研究者として指導し面倒を見ている。


 青年は何事にも器用で、仕事も他の研究者よりも成果をあげていた。どんな人間との付き合いも悪くない。

 だから、彼はゆくゆくは青年に『総合研究所』の所長を継がせようと考え、そのために自分のことを含めて教えているのが現在の話だ。



 しばらくすると、『リリ』が作ったランチは全てなくなっていた。


「ごちそうさまでした! あ〜、やっぱり食事は誰かに作ってもらうのが一番いいなぁ。自分じゃ、味の想像ができちゃって新鮮味がないんですよね」

「ん? 君は自分で作っているのか。作ってもらいたいなら、『家政婦』のプログラムにでも頼めばいいじゃないか」

「え? あ……いえ、その…………」

「…………?」


 急に青年が口ごもった。

 なんだか、バツの悪そうな顔をして下を向いている。所長は首を傾げて青年を見た。


「何か、私は悪いことを言ってしまったかな?」

「いえ! 所長は何も…………というか、俺……実は……その……」

「うん?」


 チラリと窺うような視線を向ける。


「実は…………うちでは、『プログラム』は起動させていないんです……」

「へ? 君、ひとり暮らしだよね?」

「は、はい。だから、自分のことだけですし『プログラム』には頼っていないんです」

「家事もか? 仕事も他の人間より多いのに…………」

「えぇ、まぁ。料理、洗濯、掃除……手の空く時に少しずつですが、何とか自分でやれています…………」

「……………………」


 正直、彼は心底驚いていた。

 現代において、家の雑用や家事全般は『プログラム』の仕事であることが多い。その分、仕事に費やす人間も多いが、単に雑務を面倒臭いと感じて『プログラム』にやらせている者が大多数だろう。


 そのせいか、現代人で家事を進んでやる人間はおらず、覚えようともしないのが当たり前だ。はっきり言うと、所長である彼も家事はあまりしたことがない。


「少し前に『リリ』と君の家に用事で寄った時に、部屋も片付いていたし、お茶まで出してもらったな。確かに『プログラム』が見えなかったような気がしていたが……」

「いえ、片付けは最低限だし、お茶くらいは自分の好みで淹れていたのもありましたので……」


「君のことは前から器用だと思ってはいたが、まさか家事までこなしていたとは恐れ入った」

「大したことじゃありませんよ。そんなにべた褒めされるとは…………あはは」


 彼は素直に褒めていたが、青年からは照れる……というよりは、気まずいといった雰囲気が伝わってくる。


「…………………………」

「……」

「…………あの」

「ん?」


 少しの間の後、青年が恐る恐る彼に尋ねてきた。


「やっぱり、俺も『プログラム』は使った方がいいのでしょうか? その…………この研究所は『プログラム研究』の先頭に立っているところですから、ここに勤める職員が『プログラム』を使わないというのはおかしいと思われるかと…………」


「ふむ…………」


 この『総合研究所』は様々な分野の研究を担っているが、現在所長である彼の担当の分野は『プログラム』に関することだ。


 その所長の一番近くで仕事をしている青年が、プライベートでは『プログラム』を使わないことに申し訳なさを感じているのがわかった。



「別に『プログラム』を使うかどうかは自由だが…………最近は君も上に立つ人間になってきた。仕事に集中したい時間も多いだろうし、『プログラム』を置いた方が便利ではあるな」


 実際、彼は『リリ』に全てを任せていたからこそ、仕事に集中することができていた。彼女がいなければ、自身が使える時間など極わずかだということはよく解っている。


「…………実は、俺……『プログラム』が()()なんです……」

「へ?」


 青年の言葉に彼は一瞬、何の意味か理解出来なかった。


「苦手っていうのは、別に『プログラム』そのものが嫌いとかいうんじゃないです。施設や職場にいる『プログラム』には何も思いません。でも、自宅に『プログラム』が居ると……息が詰まるというか…………何か落ち着かなくて……」


「うん……たまにいるな。君みたいな人……」


 彼は小さく頷いたが、すぐにあることを思い出して首を傾げた。


「でも…………君、うちの『リリ』とは仲が良いよね?」

「あ、はい。『リリ』ちゃんは平気ですね。話したりしても楽しいし、所長が一緒に家にいらした時も何とも…………」


 青年が笑顔で答える。どうやら前から面識があった『リリ』とは、他愛ない話や料理のレシピを教えてもらったりと、普通に交流ができるらしい。


「うん……『リリ』は平気か。他の…………世間一般の『プログラム』がダメだということは…………」


『リリ』と普通の『プログラム』の違いは、シンギュラリティが起きているかどうか。


 あとは製作者の違いである。


「なるほど。興味深いデータが取れるかもしれない…………“ファイル”……」


 彼は青年の全身を見回して、すぐに目の前の空間にモニターを出現させた。


 ピピピ…………


 小さく指で何回か打ち込み、最後にモニターは“通信”の文字を映し出す。


『はーい』

「あぁ、『リリ』? 今ちょっと良いか?」

『えぇ。こんな時間に連絡なんて、お昼ご飯の感想?』

「うん、美味しかったよ。でも違う。ちょっと聞きたいんだが…………」

『なぁに?』

()()()で誰か『家政婦』で来られる者はいるか?」

「えっ!?」


 彼が『リリ』に言ったセリフに、青年はビクリと身体を揺らした。


『そうね、皆に問い合わせてみるね』

「うん、早いうちに頼むよ」

『はいはい、すぐ聞くわ』


 プツ。通信が切られ、所長室は静かになった。


「あの…………所長?」

「突然で悪いが、実験の“被験者”になってくれないか。君にも悪い話じゃない」


 青年の特性に少々戸惑いはしたが、それよりも“確かめたい”という感情が先に出てきたのは研究者の(さが)であろう。



「実験とは?」

「いわゆる、『プログラム』に対する“アレルギー”の研究」

「アレルギー……?」


 実は青年のように『プログラム』に対して、何か“圧迫感”のようなものを感じる人間は少なからずいる。現に、研究所にもそんな報告がいくつか寄せられていたのだ。


 別に命に関わることではないが、現代においては不便になることはわかっている。


「この症状に関しては、医療チームが研究している。精神的なのか、どこか身体に与えるものがあるのか、とかね。前から取り組みたい問題でもあったし」

「そうですか…………」

「よし、そうなれば『リリ』からの連絡待ちだな」



 連絡は昼休みが終わる前にきた。


 そして早速、就業時間に『リリ』が一体の『プログラム』を連れて所長室へとやって来た。





『リリさんからお話は聞いております。どうかよろしくお願いいたします』

「よ、よろしくお願いします……」

「『…………………………………………』」


 お互いに会釈した後、部屋の中は長い沈黙が続いた。その様子を、少し離れたところで彼と『リリ』が見守っていたのだが…………


「…………『リリ』、ちょっと……」

『何?』

「…………人選、大丈夫なのか?」

『大丈夫でしょ』

「……………………」


 ――――できれば、すでに“第二次シンギュラリティ”を起こしてるプログラムが良かったんだけど…………この子、大丈夫か? よけいに『プログラム』へのアレルギーが酷くなるんじゃないか?


 所長室のソファーに青年と向き合って座るのは、一見美人と称されている『家政婦』……プログラムの【915】である。


 ピクリとも表情を変えない『家政婦』は、何を話して良いのか迷っている青年のことを、まるで指示を待つかのようにじぃっと見詰めていた。



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