第三話
「ねぇ、『リリ』。僕は“珍しい人間”なの?」
彼がまだ8才くらいの頃。
ホログラムで通っているスクールにて、友人に言われたことが気になり、彼は部屋の回線を切断後に台所にいた『リリ』に疑問を投げかけた。
おやつのクッキーを焼いていた彼女は、見上げていた彼に目線を合わせるように床へ膝をつく。
『何でそう思ったの?』
「先週、お母さんのお葬式のためにスクールを休んだでしょ? 友達とお母さんの話になったの。それで、みんなが…………」
そこで彼はもじもじと手わずらいをして言い淀んだ。
『何か嫌なことを言われた?』
「ううん、そうじゃないけど…………僕、産まれた時からお母さんがいるでしょ?」
「そうね」
「僕って、お母さんのお腹から産まれたんだよね?」
『え? えぇ、そうよ』
「それは“普通じゃない”って言うんだ…………コレ見て!」
そう言うと、彼は手のひらの上に小さなモニターを出す。
「休み時間に『図書館』で調べたの。ほら、ここにズラっと並んでる“カプセル”があるでしょ!」
モニターに映し出された映像には、一抱えほどの球体の透明なケースに液体が満たされ、そこに人間の胎児が収まっていた。
「みんなは『ホイクキ』って機械から産まれて、『イクジキカン』で育つんだって! お母さんから産まれて、お母さんが育てるのって、みんなとは違うって……!」
『“保育器”に“育児機関”ね…………機械から産まれるんじゃなく、機械の中で赤ちゃんが育つだけ。育てるのも、機械や別の人がお母さんの“代わり”をしているの』
「代わり……?」
『みんなにだって、“遺伝子上のお母さん”はちゃんといるし、大昔はあなたの産まれ方が主流だったのよ?』
「じゃあ、僕の方が普通なの?」
『“普通”って言葉は適切じゃないね。昔の“多数”ということ』
「今は“少数”になったんだね」
『そうね。直接、生物が生物を出産すること、それで産まれた子供…………あなたのことを“プライマリー”と呼ぶくらい珍しくなっただけ』
「プライマリー…………『ゲンシジンシュ』……?」
音声検索に反応して、モニターの画面には『原始人種』の説明が流れる。
「“産まれるのは数年に一人”だって。他にいるなら会ってみたいけど………………捜すことはできる?」
『個人情報もあるし、本人が名乗り出ない限り一般人が捜すのは無理かな』
「そっか、うん。なら、しょうがないね」
手のひらのモニターを消して彼は俯く。
調べた記事を読んだ彼の声は少し落ち込んでいた。
どんなことでも、自分以外の仲間を無意識に探してしまっていたのだ。
ボーン……ボーン……ボーン…………
壁に掛けられたフクロウの形のアンティーク時計が鳴った。おやつの時間だ。
『はいはい、座った座った!』
『リリ』は彼をダイニングの席に座らせると、目の前に紅茶とクッキーを乗せた皿を置く。
『私はあなたが、どっちで生まれても良いと思ってるよ。だって、こんなに可愛くて元気なんだもの!』
「うわっ! あははっ! やめて『リリ』、くすぐったい!」
『あ〜、私の“弟”はなんでこんなに可愛いんだろーねぇ♪』
彼に抱きつき、スベスベな顔に頬擦りをする『リリ』。彼は堪らず笑い転げた。
…………………………
………………
――――現在。ある日の所長室。
最近の仕事は“『プログラム』の種類”に関することが多かった。
「…………近頃、役所に『生活プログラム』以外を申し込む人が増えてるって?」
「はい。既存の『プログラム』ではなく、特殊な人種を求める方がいるとか……」
「特殊?」
「はい。何でも『家族』が良いとか」
「……………………」
彼は助手の青年が出した資料のモニターを見てスゥッと目を細める。
「……というか『擬似家族』だな」
「ええ。生きている人間の伴侶や養子を迎えるよりも、怪我や病気の無い『プログラム』と一緒に住む方が楽だと考えてるみたいですね」
依頼人の要望から読み取るに、『プログラム』であれば理想の相手を造ることができる……という考えが見えた。
「…………なんか、複雑な気持ちになる」
「俺も正直、『家族』というよりも『ペット』扱いみたいに思えてならないです」
「仕方ない。現代人は『家族』も『ペット』も、本物を知る機会がほとんどないのだから」
彼はモニターに表示された案件の数を横目で確認して、小さくため息をついた。
現代の人類の大半は、自らで伴侶を得ても個体を殖やすことができない。良くて数年に一人、一組の夫婦の母体から産まれる程度。それくらい、人間の子供は自然には産まれにくい。
『家族』という光景はもう、絵本や物語の中の出来事だ。
何世紀も前から、いくら政府が『婚姻制度』や『出産育児推進制度』を憂慮しても、どの地域も人種もまったく成果が表れなかった。
急激に減っていく人口。自然の繁殖では圧倒的に減少の方が勝っていて、酷い時には世界で一日に産まれる人間の100倍の死者がでる。
それと同時期に、人間の平均寿命がどんどん若年化していった。
その状況を嘆き、『人類滅亡』を論じる社会に共感した者が『個人主義』を歌うようになった。これを理由に多忙な若者たちが『家族』や『婚姻』を否定していく。
悪循環は止まらず、もはや自然や人心に任せることは困難になってしまった。
だから、人類は『科学』にすがったのだ。
政府は『繁殖機関』に国民の細胞を提供させ、そこから最良と思われる遺伝子の組み合わせで“人間”を造り出すことにした。
細胞の組み合わせだけを優先し、個人の思想や相性、人種や性指向なども関係なく人間を殖やすのだ。
この制度が導入された最初こそ、『非人道的だ』『神に背く行為だ』と精神論で政府を批判する者がいたが、大多数は黙って人類滅亡を待つよりはマシだと強引に推し進めた。
そして時代はそのまま進み、今ではそのシステムが当たり前になる。
人口の増加は国民の義務ではなくなり、政府が勝手に増やすものになった。
そのため皮肉にも、現代社会から『家族』や『婚姻』などの概念は一層希薄になっていった。
「それが、最近は『家族』を持ちたいっていう人間が増えているんです。これも一種の流行りじゃないでしょうか」
「まさか『原始人種』を望んで……?」
「いえ、それは無いみたいです。人間を乳児から育てるのは、一般人には容易じゃありませんから」
「……………………」
現代で“育児”をするためには『育児資格』が要る。それが無ければ、一般家庭では子供を産んでも迎えることはできなくなっていた。
「『家族』は作りたいが、出会いも資格も無いから『プログラム』にその代わりをさせるのか……」
「そういうことですね……でも、仕方ないんじゃないですか」
「……『プログラム』には、人間関係の煩わしさがないからね」
当たり前だが『プログラム』は機械だ。
「確か……“家族認定”をすれば、『プログラム』にも人権が与えられるんでしたっけ?」
「いいや。いくら政府に届け出て“家族認定”を貰っても、『プログラム』に【シンギュラリティ】が起きていると判断されなければ人権は与えられない。家主の死後は『プログラム』も消されてしまう……」
「【シンギュラリティ】……機械に“感情”が芽生えることですよね…………?」
この時、助手の青年は彼の顔を意味深げにチラリと見た。
「あの……所長?」
「何かな?」
「前から何となく思ってましたが、もしかして『リリ』ちゃんってシンギュ…………」
「シィッ…………」
「はっ…………」
「ちょっと……」
「は、はい」
モニターを全て引っ込め、彼は青年を手招きして近くへ寄せる。
「君も将来は私の研究の後を継ぐことになっている。今から話すことは他言無用だ。いいね?」
「はい……」
彼の真顔に気圧されしたのか、青年は眉間に皺を寄せながら小さく頷いた。
「うちのは“家族認定”は貰ってるけど、…………とは認めてないから人権は貰ってない」
「え、何でです? 人権があれば、所長の死後も他の家主のもとで『人間』として存在できるんじゃ……」
「無駄だからさ」
「え?」
彼の一言が、青年は一瞬だけ理解できない。
「世界に利益をもたらす存在全てに平等を掲げた裏で、政府は『プログラム』の人権は認めない。家主が死んだ後…………『人間』となった『プログラム』の行方なんて誰も知らないはずだ。何故なら、彼らはすぐに存在を…………抹消される」
声量をさらに落とし、彼は暗い表情で話す。
「政府にとって『プログラム』は所詮『機械』なんだ。人間と共存していると見せかけて、今でも『機械』は人間にとって『道具』のひとつだと考えている」
“機械は人間を補佐するものであって、人間の居場所を奪ってはならない”
世界の上層部は大昔のその概念が消えない。
あくまで『道具』とは人間が使い、人間が足りない部分を埋めるまでの繋ぎとする。
もしも人間と同等の権利を与え、自己主張を始める者がが出てきたとして、それに共感し同胞を蔑ろにする人類が現れてきてもおかしくないのだ。
「まるで旧時代の考えですね…………俺から言わせれば、そんなに怖がることないと思いますが」
「なるほど。君は『プログラム共存派』なんだね」
「どちらかと言えばそうですね。『プログラム』だって社会に貢献している、いわゆる“人種”だと思えばいいかと。身体を作っているのが、細胞か電子かの違いだけでしょう?」
助手の青年が首を傾げる。本気で“訳が分からない”と言いたげな表情に、彼は口の端を上げた。
「君みたいな若い子が皆、そう思ってくれればいいんだけどね。古代から人間ってものは、“人型”というものに警戒するようにできていると思う。きっと本能だ」
彼が大学で単位欲しさに受けた、現代ではほとんど廃れてしまった『宗教』という思想。
それは人間の根底にあるもので、何百年何世代と過ぎても、簡単には変わらないものなのだろう。
再びモニターを出して、世間が求める事を改めて思い知る。
――――私はただ、家族を『人間』として扱ってもらいたいだけだ。
部屋の時計を見ると、もうすぐ就業時間だ。
「今日は早く帰れるかな……」
自宅でやきもきしている『家族』の姿を想像しながら、彼はモニターに映し出された案件をひとつずつ片付けていった。