第30.5話
こちらの話は余談になります。
浄化開始直後の【143】の話。
長くなったので本編とは別にしました。
「…………あー、ダメだ……疲れ過ぎ」
ある部屋の大きな机があり、そこには【143】が疲労感から突っ伏したまま動けずにいた。
いつもは几帳面に身なりを整えている彼だが、人目のない執務室に戻るなり倒れ込んだ。そのせいで、髪の毛は乱れ、服もボロボロのままになってしまっていた。
『リリ』と呼んでいる【827】と【中核基地】から生還して、そろそろ丸一日が経とうとしている。
彼女は精神的に相当なダメージを受けていた。
さらに半日以上、【143】にしがみついて泣いていたせいか、今はプログラム専用の『自室』で休養をしているところだ。
仲間を休養させるのに精一杯で、自分まで気が回らずにいたのだ。
「こんなに疲れるとは…………」
ひとり愚痴を零して、ため息をついていたその時。部屋から離れた場所で仲間が帰ってくる気配がした。
「はは……まだ、始まったばっかなんだよな……」
彼は苦笑いを浮かべて、席から立ち上がろうともがいた。
こんなだらけた姿を仲間に見られる訳にはいかないと、席を立ってふらふらと部屋の真ん中まで歩く。
何事もなかったように姿勢を正して立っていると、部屋に眼鏡の少年【472】が入ってきた。
「ただいま……」
「ん。おかえり【472】」
「【143】も帰ってたんだね」
チラリと仲間の格好を確認すると、彼の服は全身が煤まみれになって真っ黒だった。
話を聞くと、彼が居た【グリーンベル】は火災によって消失し、【472】はそのギリギリまでその最期を見てきたという。
『リリ』と同じく【472】の顔も涙でぐちゃぐちゃになっていた。
いつもは物事を冷静に観察し、感情には流されそうにない少年も、大事にしていたものを喪ったことは相当堪えたようだ。
今後のことを話し、彼にも休むように促した。
「………………ふぅ……」
自分も休もうかと顔を上げると、そこには妹の【844】が何やら思い詰めた表情で立っている。
「……お疲れ様です」
「【844】? どうした?」
「兄様にお願いがあって来ました」
「…………アイツのことか?」
「はい」
『アイツ』とは【844】がずっと想っていた人間のことだった。
「兄様、どうか私を地上に行かせてください。彼の最期を看取りたいのです……!」
声は小さいが、ハッキリとした口調で言って頭を下げる。
震える背中を丸め、兄に懇願する妹を【143】は目を細めて眺めた。
「…………今、地上は浄化が始まり、人間の居住区を中心に全てが火の海だ。アイツの所にも同じように燃え広がるだろう」
「ですから、彼がまだ生きているうちに…………ひと目だけでも、彼に…………会いたいです」
「まだ世界中に政府の回線が生きていて、一度『不適合』になったお前は、見つかればすぐに襲いかかられて消されかねないぞ?」
「っ…………で、でもっ……!!」
――――いつも臆病だった妹が、随分と強くなったもんだ。
涙を流しながら悲痛な表情をするが、それでも食い下がろうと必死な彼女に、【143】は思わず口の端を上げた。
「それなら、チャンスは一度だけだぞ。アイツのいる建物に火がついてから、こちらから回線を伸ばして潜る方法がある」
火がついた建物は、政府の回線やシステムが完全に途絶える。
そこでスプリンクラーを操作して、水の流れに乗せて【143】が回線を作るのだ。
「水の流れが止まりそうになったら、すぐにでも帰ってくること。すぐに戻ってもただじゃ済まないし、遅れればお前のシステムごと焼かれることになるが…………それでも行くか?」
「…………行きます……!」
「わかった……」
それ以上、彼は何も言えなかった。
心を決めた妹にできるのは、地上へのゲートを開いて送り出してやること。
…………………………
………………
そして、とうとう浄化の火が目的の場所へ到達した時、彼は妹のために回線を用意する。
彼女は少しも迷うことなく飛び込んでいった。
――――生きて戻ってきたら、あの子を【王】にして世界を託そう。
ずっと前から、自分が新しい世界で【王】になることに疑問を抱いていたからだ。
【永久図書館】では、もう何十年も前から『会長』による介入と人類の滅びを予測していた。
そして『所長』が惑星のシステムの修正を行う『女神』を埋め込むことも、ほぼ予測されていたことだった。
新しい世界で偏ったシステムが構築される前に、原始の人間社会が円滑に動くように三つの基本システムが造られたのだ。
【聖女】は精神的な拠り所。
【賢者】は知識の伝道者。
【王】は人民への影響力。
彼らは生まれてから、自然と動き出せるように特殊な能力を持たせる。
いくら『所長』が『女神』で惑星の生命誕生に修正を入れても、支配を望む『会長』の意思を受け継いだ人間が多く生まれては意味がない。
それに抗う人間も必要として、こちら側の意思を注ぎ込む。『会長』の意思から外れた人間を味方につければ、相手が巨大だったとしても、それなりに対抗できる数にはなるはずだ。
――――結局は、人間同士の争い事が正当化されるんだよなぁ……。
【王】はその時、人民を率いていかなければならないのだ。
自分だったら、他人に命じて動かすことは容易いかもしれない。しかし、おそらくだが自分は相手に対して、容赦なく攻撃するタイプだと考えていた。
――――……それじゃ、ダメなんだよなぁ。
【143】は妹が辿っていった回線を見つめた。
自分は相手を叩き潰すが、妹は相手を赦そうと必死に考えるだろう。
そちらの方が【王】として慕われる。
彼女自身が実行ができなかったとしても、代わりに立ち塞がる役目は自分がやればいい。
【王】を護る立場。ついでに【聖女】や【賢者】の手助けもできればなお良し。
例えるなら、妹が好きな小説にあった【騎士】のように。
「ついでに『所長』が好きな【勇者】も手伝うか。どうせなら、双子も巻き込んでやろう。ははは……」
声に出したら、楽しい気分になった。
新しい世界ができるまで、まだまだ時間は掛かる。仕事の合間に企み事をするのも悪くないと思った。




