最終話
「……こんな所に、こんなデカイ建物があったなんて」
「もしかして【精霊族】の城より大きいんじゃ……」
「それは言い過ぎだと思う……」
深い深い森の中。
小さな影が三つ、木々の間をおっかなびっくり歩いていく。三人はいづれも華奢な子供で、長く尖った耳が特徴的だった。
この世界では【精霊族】に属する『エルフ』という人種だ。
「ねぇ……あの奥、何かない?」
「岩山じゃないのか?」
「いや…………あれは…………」
エルフの少年少女たち三人が、迷った末に辿り着いたのは石造りのかなり立派な建物だった。
確認できる範囲で地上5階建てだろうか。どこかの国の城だと言われても通じるくらいの荘厳な造りをしている。
建物が立派な割には、その周辺は草木に覆われて荒れていた。
「はぁ……ほんとにすごい建物。なんでこんな森の奥に? 何の建物?」
建物の周りからは人の気配が感じられない。
「あ! この扉、開くよ!」
「だ、ダメだよ……勝手に…………」
「何でもいいじゃん。中に入れるなら、一休みさせてもらおう? 今日はもうこれ以上、歩けそうにねぇよ……」
「……でも、ここって誰か住んでるのかな?」
三人とも、疲れ切った顔でその建物を見上げる。
建物からは何ひとつ音がしない。
無人の館のようだが、それにしても立派な造りをしている。
「もしも家主が居て、怒られたらちゃんと謝ればいいよ。物置きでもいいから寝かせてもらおうよ……」
「だ、大丈夫かな……?」
「この森に住んでいるなら【精霊族】だろうし、オレたちを【魔神族】に突き出したりはしないって!」
この深い森は【精霊族】の国が治める土地。
彼らは数日前まで森の外にいた。
物心ついた時には、異種族である【魔神族】の屋敷で奴隷として働いていたが、同じ奴隷の大人から自分たちの故郷のことを教えてもらっていた。
ある日、親切にしてくれた大人奴隷が死んだことで、意を決して三人で逃げ出して来たのだ。
幸いなことに、追い掛けられることも、途中で戦場を通ることもなく【精霊族】の森まで辿り着いた。
「こ、怖い…………」
「大丈夫だよ、入ろう?」
「置いて行くぞ!」
一人だけ足が動かずに立ち尽くす。
それに構わず、二人はすぐに扉を開いた。
「ご、ごめんくださ…………わぁー、キレイ!」
「すっげぇ!! 広い!!」
最初に建物に入った二人が感嘆の声をあげる。
そこは天井が吹き抜けになったエントランスホールであった。
真上には大きな天窓があり、建物の中はかなりの明るさが確保されている。
「お前も入って来いよ!」
「う……うん……」
その様子に、後ろにいた一人が恐る恐る入ってきた。
「キレイだけど……なんか……?」
三人目の少年は首を傾げる。あと一歩というところで、なかなか入ってこない。
「………………」
「大丈夫だよ。どうしたの?」
「臆病な奴ー! いいから来いって!」
一人が無理やり手を引っ張って入れたところ、
「あっ!!!!」
「きゃっ!?」
「わぁっ!?」
三人目は急に叫び声をあげた。それにつられて、二人も驚いて声を出す。
そして、急にバタバタとエントランスの奥の壁へと走っていった。
「な、何?」
「どうした!?」
仲間の挙動に、二人は慌てて追い掛けた。
…………………………
………………
「あっ!!!!」
仲間に手を引かれて入った途端、彼の目に飛び込んできたのは、真正面の奥の壁の下で倒れている人影だった。
慌てて駆け寄って見ると、倒れているのは二人。
白っぽい髪の毛の少年と、その少年に寄り添っているふわふわの金髪の少女だった。
「だ、大丈夫です……か?」
二人とも眠っているように見えるが、身動きひとつすることはなかった。
「まさか…………」
倒れている二人の呼吸を確かめようと、しゃがんで手を伸ばした時、仲間が彼の肩を思い切り掴んで後ろに引いた。反動で後ろに仰け反る。
「おい、何やってんだよ!?」
「だって、ここに人がっ……!!」
「「ひと……?」」
「ほら、ここに…………え?」
体勢を直して前を向くと、倒れていた人物たちは跡形もなく消えていた。
――――確かに、倒れていたのに…………
その代わり、床には小さなガラス玉がキラキラと光りながら転がっている。
「ねぇ、コレなんだろう?」
「…………何も無いよ?」
「お前、疲れてるな。大丈夫か?」
――――二人には、この玉も見えてない?
訳も分からず、取り敢えず玉を拾ってみようと手を伸ばすと、カシャン……と儚い音をたててガラス玉は崩れた。
すると、中からキラキラ光る銀色のリボンが2本、彼の目の前にふわりと浮かんだ
「これ…………」
思わずリボンを握ると、それは彼の手のひらに染み込むように消えていった。
「…………………………」
「い、行こう。先に行っちゃったよ!」
一人目がずんずんと先に進んで行ったので、二人目が彼の腕を引っ張った。
彼は無言で立ち上がると、二人の後ろへとついて行った。
…………………………
………………
次に入ったのは、3階分全てが見通せる縦にも横にも大きな部屋。
そこには何も入ってない、木製の本棚がズラリと並んでいた。
壁や柱も本棚になっているのか、たくさんの仕切りがついている。
「うわ、ここもでかい……」
「何の部屋かな?」
「閲覧室だ…………」
「「え?」」
彼の言葉に二人はきょとんとしている。しかし彼は二人にはお構い無しで、本棚の奥へと歩き出した。
「……………………」
ある大きな本棚の前で止まる。
そこには分厚い本を抱えた眼鏡の少年が、本棚にもたれかかって倒れていた。
「……………………」
眼鏡の少年の前にしゃがんで眼を閉じる。
彼が再び眼を開くと、その姿は本ごと消えていてガラス玉に替わっていた。
彼が手を伸ばすとガラス玉は割れて、やはり中から銀色のリボンが舞う。
それを手に取り、彼は立ち上がって部屋を出ていく。
「あ、お、おい待てっ!?」
「待って!」
今度は二人が彼の後ろについて行った。
…………………………
………………
無言でどんどん進む彼を追い掛けながら、二人は顔を見合わせて肩を竦める。
広い廊下を歩いて行くと、途中に中庭らしき場所を通り掛かった。
「…………………………」
彼はふらりと中庭へと足を運んだ。
中庭の中央、様々なハーブのような植物に囲まれた所に小さな噴水があった。
その噴水の側には、顔が瓜二つの男女が倒れていた。
彼は二人にも手を伸ばすと、男女がガラス玉に替わった。再び浮かんだ銀色のリボンを手に取る。
「アイツ、さっきから何やってるんだ?」
「わからない……」
やはり、他の二人にはこれらの出来事は見えないようだ。
…………………………
………………
まるで建物内の構造を知っているように、彼はなんの迷いもなく廊下を歩いていく。
そして、今度はある部屋の前で立ち止まった。
重厚な木の扉。
同じ廊下にあった他の扉とは、明らかに違う装飾が施されていた。
ガチャリ。
鍵は掛かっておらず、彼はすんなりと部屋へ入っていく。
その部屋はこじんまりとしていたが、置かれている本棚や机はとても立派だった。
「なんか、偉い人の部屋みたい……」
「えぇっと……ここは何だ?」
「………………」
「「…………」」
彼が無言で机の方を見詰めているので、二人も黙って何が起きるのか見守っていた。
机に寄りかかるように座る、一人の金髪の少女がいる。
彼が机の前に膝をついて手を伸ばすと、今度はその手を握り返された。
『…………お待ちしていました』
掠れた声がして少女が彼を見上げる。
『みんなも頑張って待っていましたが、やっぱり限界がきてしまった。残ったのは私だけ……』
よく見ると、少女の身体が段々と透けていくのがわかった。
『私だけでも、お迎えできて良かったです……』
寂しそうに笑う少女の顔は、ほとんど後ろの机の色を透かしている。
「ただいま。ずいぶんと、待たせてしまった。もう大丈夫だから、君も“巡って”おいで……」
彼がそう言うと、少女は両手で彼を抱き締める。重みも感触も、まったく感じない。
『おかえりなさい。いえ…………はじめまして、館長。また、いつかお会いしましょう……』
少女が消えて、彼の手にはガラス玉が残った。
ガラス玉が割れて、リボンも彼の手の中で消える。
「……………………」
彼は静かに立ち上がると、机の裏側へ回って大きな椅子に腰掛けた。
「すぐに【精霊族】の王に目通りしないと……」
まるで、昔からここで仕事をしていたように、彼は机の引き出しから紙やペンを取り出す。
その道具たちは何もかもが揃っていて、恐ろしいくらいに手入れが行き届いているのが判る。
「現代の本も手配しないと…………集めるのに、何年かかるのか……」
ブツブツと呟き、彼は何かの書類を作成し始めた。目の前にいる仲間たちを忘れたように、一心不乱にペンを走らせている。
「アイツ…………字なんて、書けたか?」
「書けなかったはずだよ……読み書きなんて、わたしたち…………教わってない」
少し前まで奴隷だったのだ。
簡単な読み書きさえ無理だったのに、難しい事務仕事などできるわけがなかった。
「ねぇ……あなた、何があったの……」
「お前、何なんだよ……?」
仲間たちは動揺しながらも彼に尋ねる。
声を掛けられて、彼はやっと二人の方に視線を向けた。
「私はここの『館長』だ。たった今、そうなった」
にっこりと笑ってさらに言う。
「ようこそ【永久図書館】へ。これから忙しくなるよ?」
少年であったはずの彼の落ち着いた言動は、老成した者のそれにしか見えなかった。
お読みいただき、ありがとうございました。
これで本編は最終回になります。
次回はおまけのお話です。




