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第三十四話

 ピシピシ、ピシピシ…………


 天井の至る所から亀裂が走るような音が聞こえた。


 しかしそれよりも、微笑みながら自分を見詰める『リリ』の方が、所長には何倍も気を向ける価値がある。


「お疲れ様。がんばったねぇ所長」

「うん…………まぁ……」

「となり座るね」


 所長の周りの床は、あちこち血溜まりができていたのに『リリ』は躊躇なく彼の隣りにピッタリとくっ付いて腰掛ける。


「え〜っと……いつから居たの?」

「ん〜と、あなたが『女神』ちゃんを『会長』に送り込んだところから?」

「………………あー……そう……」


 色々と講釈をたれていたのを見られていたことに、所長はどう話していいか分からなくなる。


「まるで、世界を救おうとしている『英雄』か『勇者』みたいだったよ。ふふ」

「…………『勇者』……」


 クスクスと笑う『リリ』から目を離してドームの出入口へと視線を向けると、そこには目立たないように壁に寄りかかっている【143】が居た。


 所長と目が合うと、【143】は「そっちを見てろ」と言っているようにアゴで『リリ』の方を指す。


 ――――そうか、これで私は最後なのか。


【143】は二人の邪魔をしないように気を遣ってくれていたのだ。




 ピシピシピシピシ…………

 パラパラ…………


 振動と亀裂音、それに小さな破片が床に落ちてくる。



「ねぇ、『リリ』。私は新しい世界ではどういう立ち位置になるの? 『リリ』が『聖女』と呼ばれるなら、私はそれを手伝うようになるの?」


「うん……正直、それは私もわからないんだ。いくら『聖女』って言っても、どんな人間になるか想像もつかない。どんな世界になるかもわからない」


「今と同じ感じの世の中にはならないってこと? 科学の進歩とか、人口の問題とか、『今の続きの世界』じゃないの?」


「う〜ん…………それも、わかんないや。館長も特に気にしてないみたいだし」


 どうやら、世界の在り方までは図書館側も想像が出来ないらしい。



「でもねぇ……」


 にっこりと微笑んで、『リリ』は所長の髪の毛を指で撫でる。


「どんな世界でも、また会えて笑って暮らせたら良いんじゃないの。私はどこでも楽しみにしてるから」

「ん、そうだね…………っ、ゴホッゴホッ!!」

「あっ……」


『リリ』はすぐに、噎せ込んで丸くなった所長の背中をさする。


 血を吐きながら覗き込んだ彼女の顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。

 無理をして、なんでもないように装っていたのが丸わかりである。


 ――――これ以上、この姿は見せたくないなぁ。


「はぁ…………なぁ『リリ』。もう、図書館へ戻った方がいい。そろそろ……ここも崩壊する。私なら、また巡って……新しい世界で『リリ』や、みんなに……会えるんだろうし……」


 所長は未来における前向きな希望を言ったつもりだった。しかし、その台詞を聞いた『リリ』は目を見開いて固まった。


「………………?」


 動かない彼女を不思議そうに見上げると、急に口元をわなわなと震わせ始める。


「な、な、何をっ……今のあなたは、今だけなのよっ!! 私たちだって巡ったら、今のあなたを憶えていないのに!!」


 作った笑顔が完全に崩れ、『リリ』はボロボロと涙を流し始めた。


「“巡った”ら、みんな……私もみんなのことを忘れてしまう……?」

「たぶん…………“巡る”ことは、違う人間として……生まれ直すこと、だからって……」


 太古の宗教という思想と同じ、『神』や『生まれ変わり』など、随分とスピリチュアルな話が出てきた。


「生まれ変わり……ね」


 考えをまとめるために天井を見上げると、さっきよりも多くの火花が空中を走っている。



「なるほど……“巡った”先の『私』は、たぶん私ではないな……」

「へ……?」

「今の記憶が無く、身体も違う。これを同一人物とは言えないと思うけど?」

「……………………」


 隣りに座る『リリ』が哀しそうに眉を下げた。

 彼女の様子に、所長の胸にもやっとした表現しがたい不快感が湧いてくる。


 ――――まずい…………研究者としての悪い癖が出てしまったか。別に、悲しませようとした訳じゃないのに。


 彼女たちの中では“巡る”ということは、自分そのものが新しい人生を得ることだと認識していたのだ。

 だから、新たに生まれた人間が違う存在であると言われてしまうと、現在に生きる自分たちは存在としての『死』を迎えてしまう。


「いや、その…………そうじゃなくて……」


 言い方が悪かったと思い言い直そうとしたが、理論的にまとめようとすると、また同じことを言ってしまいそうだと感じて言葉を飲み込んだ。


「……………………違うんだ」

「あはは、別に何度も言わなくても大丈……」

「違う、違うことが違っていて…………その、だからっ……!!」

「……ど、どうしたの?」

「あー、もうっ……!!」


 ――――こういう時、今の気持ちを伝える上手い言い方は……?


 所長は伝えるべき“感情”を、頭で考えるが何も浮かんでこない。


 頭を掻きむしる所長に、『リリ』は苦笑いを浮かべて首を傾げた。


 その時、


 カツンッ!


 所長の足元に手の平に乗るくらいの天井の欠片が落ちてきた。

 その欠片の周りに、ピリピリと火花が飛び散っている。


「あ…………」



 頭の中が一瞬で冷えた。

 もう、彼女との時間はほとんど無いと悟る。



「リリ。私は、ずっと君たちに一番に考えられて、世話をされてきた…………」

「え…………」


「それが『プログラム』の当たり前だとして、感謝の気持ちはあっても、それ以上のことは考えないでいた……」



 欠片から出ていた火花が、床で弾かれて所長の足へと這い上がってくる。


「あっ!!」


 慌てて『リリ』は火花を叩いたが、それはパチパチと跳ねるように動いて分散していく。

 やがて、所長の白衣のあちこちで、小さな電流を起こして纏わり付いた。


「ダメっ!! お願い、消えて……!!」

「もういい。それよりも、話を聞いてくれる?」

「っ…………」


 白衣の一部が電流によって焦げ始めたが、所長はそれをまったく気にもせずに『リリ』を見詰めて微笑んだ。


「私はね、リリのことを家族だと思っていたけど、一方的に私だけが心地好く過ごしていたと思う」

「そんなことっ……」

「ううん。それじゃ、いけないと思う。だから、今度はリリにお返しをしたくなった」

「お返しって…………きゃあっ!?」


 バチバチッ!!


 小さな電流が合わさって大きくなり、所長の周りをグルグルと囲むように這っていく。隣りにいた『リリ』だったが、その力に弾かれて5歩ほど後ろへと押しやられた。


「………………」


 バチバチと自分の腕を焦がす火花を眺め、所長は再び口を開いた。


「正直……お返しは今思い付いたんだ。だから“巡った”ら、返したかったのに……今のことを……忘れてしまうなんて、リリとの記憶が消えるなんて………………残念だ」


 電流のせいか、身体の感覚が無くなっていくのが判る。口を動かすのが億劫になってきたが、言いたいことがまだ残っている。


「所長っ……!!」


 取り囲む青白い電気の渦が、プログラムである『リリ』を弾いて遠ざけてしまおうとしていた。


「だか……ら“巡って”も……私は――――」



 未来が、どんなに今を憶えていなくとも。


「リリ……君の“幸せ”……を願う……」


「っ……!?」


 所長が言い終わると同時に、真っ白な光の柱が彼を飲み込んだ。




 それを皮切りに、部屋の至る所から同じような光の柱が出現していく。


 バチバチバチバチバチバチッ!!


 まるで巨大な爆竹を100個くらい一気に爆発させたように、大きな破裂音が連続で響いた。


「ーーーっ……!!」


 彼女の叫んだ声もそれに掻き消されていく。


 あまりの轟音と眩しさに『リリ』が目を閉じた時、彼女の手が握られ引っ張られた。




 …………………………

 ………………




「……………………」


 突然、破裂音がしなくなった。


 目を開けると真っ暗で、彼女は聴覚と視覚を失ったのではないかと不安になる。


「何度か瞬きして、落ち着いて周りを見ろ」

「あ……【143】……?」


 座る彼女を見下ろす、少年の顔がぼんやりと見えた。


 言われた通りに落ち着いて周りを見ると、彼女が居たのは【永久図書館(ライブラリィ)】にある大理石の大きな廊下だった。


 外が暗いせいで、灯り無しではすぐにわからないほど、その廊下は暗くて広かった。



「私たち…………」

「ホームに帰ってきた。帰り道は荒れてはいたけど、邪魔がなかったから何とかなった。おかげで酷い格好になったけどな…………」

「そう、だね」


『リリ』のスカートやリボンが、無理やり引っ張られたように大きく裂けてしまっていた。

 よく見ると、【143】の服もあちこち破れて、裾や袖はボロボロになっている。


 相当険しい回線を、無理やりに駆け抜けて来たのだろうと思った。



 ――――帰ってきたということは…………


「所長……は……?」

「………………今頃、【中核基地(マントルベース)】は高圧電流の海になっているはずだ」

「………………………………」


 眉間にシワを寄せ、少年は彼女から目を逸らしながら答えた。


「あと、これ…………」


 視線を合わせないまま、少年は何かを手に乗せて差し出す。


 それは、キラキラと光るゴルフボール大のガラスの玉だった。


「………………」

「これに、お前の持っている情報を入れろ。俺よりも()()()()()()()()()()()綺麗にできるだろ?」


 無言で少年からガラス玉を受け取り、そっと両手で包むと玉は手の中で強く光った。


「……………………」


 手を開くと、玉の中で一層キラキラと光る銀色のリボンが舞っている。


「……あの子の記録…………」


 このガラス球は『死んだ人間の記録』である。


 現代に生きていた人間は、この世界で何かしらの医療や教育に触れ、その度にあらゆる記録媒体にその足跡を残してきた。

 このガラス球はそれを個人ごとにまとめたものだ。


「…………こんなに、あの子が生きてきた記録が残っているのに、“巡った”ら何で憶えていられないのかな?」

「……………………」


 沈黙が続いて、その間に二人でガラス球を見詰めた。


「…………たぶん、だけど……」


【143】がぽつりと言う。


「この人生を忘れないと、次の新しい人生が縛られてしまうから………………新しい選択ができるのに、旧い自分が邪魔をする。俺だったら、それは嫌だ……」


「旧い自分を好きな人もいるかもよ?」


「全部それに縛られたら、新しい人生は『幸せ』とは言えないと思う…………」

「幸せ……?」


『リリ』は、ガラス球を抱き締めるように背中を丸める。


「忘れたら、私は『この子』を幸せにできると思う? 自分のことばかり、考える人間になったりしない?」


「“巡る”っていうのは、旧い自分を忘れてもどこかに何かは残ることだ。まったくの他人じゃない。お前が望むなら、そういう人間になる確率は高い。だから、今の願いも望みも無駄にはならない」


「願いと望み…………」


 ――――“君の幸せを願う”


 最後に望んだのは彼女のこと。


「私は『この子』の願いだけ、それだけで良かったのに…………」


「同じ立場にいたかったんだろ? 『プログラム』を人間にしたいとか…………ずっと前から、所長が願っていたはずだけど」


「そうだったね。でも、でもね…………やっぱり、私は……『子守り』だか、ら…………」


 言おうとすると、目から涙が次々と流れ出る。


「わたし…………自分の、幸せなんて、わかんない……!! 『この子』がいたから、楽しくて、頑張ってて…………『この子』が、喜ぶから……『この子』と、周り全部、幸せに出来ればそれで、良かったの……!!」


 泣きながら、半ば八つ当たりのように【143】に叫んでいた。



「それなら、強く()()願え。“巡った”時に、魂にこびり付いて離れないように……」

「うっ、うぇっ、うぅ……」


 廊下に押し殺した泣き声が響く。


 時々、奥の方から別の『プログラム』が様子を窺っているが、【143】が視線でそれを追い払う。



 しばらく【143】は黙って見た後、『リリ』の頭にそっと触れた。


「…………酷いかもしれないが、ひとしきり泣いたら部屋へ戻れ。『聖女』が弱々しくしていたら、他の奴に示しがつかない」


「……………………」


「俺は泣かないぞ。泣いてる暇がないし、浄化後なんて死ぬまで忙しい。お前も、泣いてる余裕なんて微塵も無くなる。なんせ、新しい世界の『聖女』に立候補してんだからな」


 吐き捨てるように言った声に、冷たさは感じられない。


「だから、今だけだ。 今だけ…………一生分、枯れるまで泣いておけ……他の『番号付き』が来る前に……」

「うっ……ん…………う、ううっ、うわぁああああんっ!!」


 ガッシリと【143】にしがみついて泣き始める。


「うあぁああああああっ……!!」

「ったく…………仕方ねぇなぁ……」


 時々、遠慮がちに髪を撫でてくるぶっきらぼうな仲間の気遣いに、涙が益々止まらなくなっていった。



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うおおおおおん!!!!(ブワッ)
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