第三十二話
「所長は……所長には、最後まで死んでほしくなかったのにっ!!」
『は、放してっ……クリス!』
涙こそ出ていないが、泣き叫ぶような切羽詰まった声。
クリスにギリギリと腕を掴まれて、痛みと言うよりは恐怖が勝って『リリ』は身体を強ばらせた。
『おい! お前、落ち着け!! リリから手をはなせよ!!』
「っ…………」
【655】がクリスの手を払った。長く感じたが掴まれて数秒しか経っていない。
『大丈夫か? ったく……』
『私は平気だよ…………ねぇ、クリス。所長はどこに?』
「あ…………」
クリスを睨む【655】を手で制して、静かに所長の居場所を聞く。
クリスはまだ動揺しているようだが、『リリ』から少し離れて口を開いた。
「す……すみません。所長は『大統領』……いえ、『大統領』に取って代わった『会長』を追って【中核基地】へ向かいました」
『…………どう、やって?』
「それは…………」
今まで乗り物で移動する、物理的な方法で向かっていた。しかし、それならば『リリ』たちは所長に追い付いていたはずだ。
それがないのは…………
「所長は、自らの身体を『プログラム』に換えたんです。自分の生命をエネルギーに、物理移動を超えたポータル移動で向かいました……」
『自分をプログラムに……』
にわかには信じがたい言葉だったが、設備が無いのに、この場所から別の場所へと瞬間で移動するのは『プログラム』以外には不可能だ。
『リリ』が事実を頭で処理しようと固まっていると、背後から深いため息が聞こえた。
『あーぁ…………本当にやっちまったか』
『【143】? あなた、わかってたの?』
『ある程度……』
『そんな……』
所長ならば知識を持って過程を考察し、辿り着いたことが出来ただろう……【143】はそう呟く。
『あいつは昔から、俺たちプログラムを人間として考えていた。俺たちを同じ土台に上げるために必死になっていた』
必死になって考えて、考え抜いてどこかで気付いたのだ。
『同じ世界に生きるなら、“自分がそっちに行く”ことは可能か?……って、理論が出たんだと思う』
『…………あの子らしい……』
『リリ』が寂しそうに笑う。
それを見て【143】は彼女の肩を叩いて、部屋の奥を指差した。
『あそこにポータルの形跡が在るな。所長はここから【中核基地】へ向かった。なら、すぐに追い掛けてあいつを看取ってやらないと』
「看取る……? なんですか、それはっ!?」
『あ? お前うるせ……』
『【143】、私が言うから……』
“看取る”という言葉にクリスが反応して叫んだ。彼に向かって言いかけた【143】を止めて、『リリ』がクリスの正面に立った。
『クリス、あなたも解るとは思うけど、この惑星は…………現代の文明は終わる。“浄化”という理由で……』
本来の“浄化”は人類の存亡のためだったが、それを無理やり行って“滅亡”へ向かっている。
じっと見詰められたせいか、クリスは少しバツの悪そうな顔になった。
「解りますよ。それを行ったのは『会長』です。ですが、汚れきった今の人類は一度終わるべきだ。『会長』がそれを早めただけで…………」
『お前っ……そんなの、一部の奴の――――』
『もういい。今は聞け【655】……』
『っ………………』
クリスに食ってかかりそうな仲間を声だけで抑え、静かに状況を見守ることにした。
『じゃあ、その先が会長の思い通りの世界になっても良いの?』
「惑星が再生して、新しい世界になるのなら構いません」
『惑星じゃなく、人間も思い通りにさせられる。その時にあなたの意思は通らない』
「一人の人間の思想に統一されるということですね。でも、それを見られるのは会長だけ。僕たちはもういない」
『形はね。でも、人類は新しい世界でも生きるのだから、あなたも他人事じゃいられないよ?』
「だから、僕たちはもう終わりだと…………」
『終わらせない。私たちは“巡る”ためにもがいてる……!!』
「………………巡る……?」
――――“巡った”ら、また会おう
別れ際に所長が言っていたことを思い出した。
「“巡る”って…………何ですか? 所長も言っていました……」
まるで、生きてまた会えるような気持ちになる。今の人類は誰もいなくなるのは確実なのに。
「あなた方は、滅びを知っていたんですか? “浄化”の先、滅びた先に何があると言うんですか?」
『滅びは予想されていただけ。浄化後の新しい世界には“私たち”がいる。今の人類の“意志”を継いだ人間。ううん、人間だけじゃなく、プログラムも入る予定』
「プログラムも……」
サァッと血の気が引いて、さっきまで所長や『会長』がしていた会話が頭に浮かんできた。
「『リリ』さんは、人間を犠牲にして生まれた『プログラム』だと…………」
『感情を持ったプログラム』は『原始人種』を素に造られたと言っていた。
『私たちは無から生まれたものじゃなく、誰かを踏み台にして生まれた。だから、私たちはまた人間として“巡る”ことにした。他の造られた人間と一緒に』
『人工配合人種』のことは、クリスの母親に会ってから所長が調べた。
『原始人種』と『人工配合人種』も、二つとも人間であることには変わりない。でも、変に弄ったせいで人工配合人種は本来の寿命を縮めることになった。
結論として、能力の高さだけを考えた遺伝子配合は、生物としての生命力と引き換えになってしまった。それに気付いた時にはもう、引き継ぐ優秀な細胞に“短命”という条件が付いていたのだ。
『会長』くらいの人間なら、その事は充分に知っていた可能性がある。
「人類は、生き延びるために完全になろうとして、逆に寿命を縮めてしまった。それも『会長』に付け込まれた原因かもしれません」
だから、今の人類を捨てようと思ってもおかしくない。
次の世界で自分が支配者になろうとしている。
『総てに優れた生命はないと、うちの館長が言っていた。生物というのは、何かしらの“短所”を持つから“長所”が生きる……って』
「人類が完全な生物に近付いたから、滅ぶのは当たり前だと……?」
『どうかしら? 完全な生物なんて、見たことないもの。所長だって、あなたが思うほど完璧じゃなかったでしょ?』
所長は感情を理解できないと言って、それを知ろうと悩んだり、一人の人間の暴走を止めようとしたりしている。
「あはは…………確かに。でも、それでも良かったんです。所長が、いてくれれば……良かった」
笑いながらも、クリスの目からボロボロと涙が落ちていく。『リリ』は両手でクリスの手を握った。
『ありがとう。所長のこと、想ってくれて』
「いえ……僕は、勝手に所長がお父さんだったらなぁ……って…………でも、それは…………叶わな……」
『“巡った”ら、所長のことを捜して。私が目印になるから』
「へ……?」
『所長は私の傍にいるはずなの。私、新しい世界では“聖女”になる予定よ』
「…………???」
クリスは『リリ』の言うことが理解できずに、呆然と彼女の顔を見て静止した。
『今の世界が良くない形で終わるなら、新しい世界では誰かがそれを正さないといけない。だから私たちは“巡って”…………新しい“自分”になって、今度は惑星も人類も守りたい』
「つまり、あなたは新しい惑星や人類の『浄化装置』になると?」
『浄化装置……そうね、そうなれればいい。惑星のシステムが創る“新しい人類”と一緒に生まれてくるから』
今を止められないなら、未来を変える手段を仕込んでおきたいと思った。
『リリ』たちはこれを『世界の叩き直し』などと呼んだりもしていた。
トントン。
急に肩を叩かれる。
『リリ、いい加減に所長を追い掛けるぞ。あいつが最後に何をするのか、見ておかないといけない』
『わかった』
「あ、『リリ』さん!」
【143】に促されて部屋の奥へと進もうとすると、クリスが片手を握って引き留める。
「所長は、あなた方と“巡る”んですね」
『うん。私にとって、所長は新しい世界で必要なの』
「『会長』も所長を必要と言ってました。僕もできれば一緒にいたい」
『あの子は渡さないよ』
「ですよね」
苦笑して、クリスは『リリ』から距離をとった。
「僕も新しい世界で“巡った”ら、所長とあなたを見つけに行きます。例え、今を忘れていても……」
『うん』
「そうしたら、僕も仲間に入れてくださいね」
『もちろん!』
「ありがとうございます」
クリスは深々と頭を下げる。
「では、また……」
『また、新しい世界で』
頭を下げたままのクリスに手を振って、部屋の奥の壁に手をついた。
バチンッ!
音と共に、景色は一変する。
左右の壁には申し訳程度の灯りが灯された、大きな暗いトンネル。前後、先が見えないくらいに続いている。
「ここは…………」
「俺も初めてだけど、ここが【中核基地】の入り口か……」
「でっかいなぁ……」
『リリ』の隣には【143】と【655】が立っている。
「中心は……こっちか。通路に邪魔が無い今なら、一気に行けると思ってたんだが…………」
『会長』が通れているのだ。【143】は通路が解放されているのはわかっていた。
だから、すぐにでも『中心』へ行こうとしたが、上手くいかずに入り口に出たそうだ。
「もしかして、今まで『プログラム』を通せなかったのは、惑星の『核』の意思……?」
ブツブツと呟いて【143】が首を傾げていると、急に【655】が両手に剣を持って数メートル先へと歩き出した。
「…………あの性悪ジジイ。ただじゃ通してくれないとは思ってた」
「【655】……?」
「所長が無事に通ってるなら良いけどな。おれたちは歓迎されていないから」
「「…………っ!?」」
ザッ、ザッ、ザッ…………
トンネルの向こう、暗がりから多数の足音が聞こえる。
「何……?」
「たぶん、『ボディガード』のプログラム……」
「おれが引きつけるから、リリと【143】は隙間から行け」
「わかった、すまん。お前は、片付けた後はホームへ戻ってろ」
「了解。じゃ、二人とも気をつけてな」
「【655】も……」
剣を手にニカッと笑って、【655】は暗がりへと猛ダッシュしていった。
ザッ、ザッ、ザッ……!!
「行くぞ」
数名のシルエットが見えた段階で、【143】が『リリ』の片手を握った。
「っ……!!」
身体が浮いたような感覚。
これは『回線』を渡る直前に感じるものに似ていた。しかし『回線』には乗らず、二人は空中を飛ぶように移動していた。
景色が一気に流れるように動いて、遠くで【655】が大人数に囲まれようとしているのが見えた。
「65…………っ!!」
「大丈夫だ、見るな!!」
いつもだと目的地まで一瞬なのに、通路を通っていくので『回線』よりもかなり遅い。それが、余計なものまで見せることになった。
長いトンネルの暗さ。
途中で通る施設の部屋にはウロウロと歩き回る、棄てられたであろう『不明のプログラム』がいる。
地上では見かけない、何かの朽ちたゴミが重なっている所もいくつもあった。
どうやら、ここは入り口であると同時に、過去に不要なものを棄ててきた場所でもあるようだ。
――――あぁ、陽の光の当たる場所こそが、本来人間のいるところなんだ。こんな所に、人間は来てはいけなかった。
唐突にそんな考えが浮かんでくる。
「通路を抜けるぞ!!」
「きゃっ……!!」
トンネルから空中へと、投げ出された大砲の弾のように飛んでいた。
頭上には大きなドーム状の天井と、眼下には同じような四角い建物が並んでいる。
「たぶん、ここは居住スペースだな。所長はあっちの研究スペース…………いや、そのもっと先だ」
「お、落ちるっ……!?」
「落ちない。このまま移動する!」
ぐいんっと引っ張られて、あっという間に別の景色に変わる。今度は暗いドームに、点々と灯りが見える夜景のような場所。
「あ、あれ……!」
「…………居た」
小さな灯りの先に、一際目立つ光源があった。
それはドームの一番奥。
「所長……」
『リリ』は思わず顔を顰める。光の場所へと移動するのに、今の暗闇よりも不安になっていった。
…………………………
………………
ストッ……
所長の足裏に何度目かの床の感触が伝わる。
前方から赤い光が照らしてくるが、この部屋の全体は真っ暗だ。
「……やっと追い付いた…………ゴホッ、ゲホッ!!」
床に鮮やかな色の血の塊が吐き出された。
すでに所長の白衣は、首から下まで吐血によって赤黒く染まっている。
『おや? 随分と遅かったものだね。身体もかなり辛そうだが、少し休んだらどうかね?』
頭上から、くぐもった老人の声が降ってきた。
「…………いいえ。まだ、大丈夫です」
時間のことなのか、身体のことなのか。そのどちらでも取れる“大丈夫”が本人ができる精一杯の強がりであった。
「『核』の溶媒……」
顔を上げた先には、大きな赤い水槽のようなものがある。
全体的に赤っぽく光る液体の中には、ゆらゆらとかろうじて人型を保つ影が見えた。
「『会長』…………そこから、出てきてください。出てこないなら、あなたを不純物として『消去』させていただきます」
『はははははっ!! 残念だがもう遅い、儂が新しい世界の“神”だっ!! はははははっ……!!』
「………………神……か」
ゆらゆら、ゆらゆら。
笑い声に併せて揺れる影を、所長は冷めたような眼で見詰めていた。




