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第二話

 現在、世界の総人口は5億にも満たない。



 大昔、世界の全盛期の人口は100億を超えていたが、何世紀にも渡って人類はその数を減らした。


 人類減少の大きな原因は、度重なる人間同士の戦争と惑星の環境悪化であると云われる。


 幾年にも及ぶ世界戦争で急激な環境悪化が進み、緑地は消え、動植物は死に絶え、大地は完全に干からびた。海はかつて深海と呼ばれた所にしか生物が住めなくなった。


 戦争が終結するも、世界の大部分は砂漠と化し、大気中の水分が消えたように、晴れか砂嵐かの天候が繰り返されていた。



 一部の人類は持てる科学力で生きる場所を確保できたが、それに頼ることのできなかった人間は自然と共に滅びの道を歩んだ。

 ここで消えた人種は数えたらキリがないほどだ。


 生き残った人類も安心はできないだろう。

 ジリジリと追い詰められている様は、日々減少していく人口と、毎年低くなっていく平均寿命に表れていた。


 皮肉なことに、残ったのは追い詰められた“人間”同士。お互いの滅亡を避けるため、世界から戦争の類は消えていく。


 やがて人類は国や人種などに関係なく、すべてを『ひとつの人類』としてまとめ、新政府の下に【新たな世界】を立ち上げて『惑星の再生とすべての共存』を目標に掲げた。



 世界の人種問題が少なくなった頃、置かれたのは【中央都市(セントラルコア)】と呼ばれる大都市だった。



 この【中央都市(セントラルコア)】に住んでいるのは、世界の総人口の約15%にあたる7千万人。

 まさに【中央】に相応しく、この都市は世界の中心であり要であった。


 【中央都市(セントラルコア)】に居住を許された人間は、人類の中でも“選ばれた者”として惑星救済のために集められた“上位の人間”のみだ。


 ここでは『惑星を救う』ために、選りすぐりの為政者たちが昼夜問わず議論を重ね、最高の研究者たちが研究や実験を行っていた。


 それが、この都市でのさらに中心。


『中央議会』と『総合研究所』である。



 …………………………

 ………………




『総合研究所』の所長室。

 出勤した彼は、ひとり窓の外を眺めてため息をついた。


「はぁ……“ホログラム”設置、『緑地の街』……」


 ガラスに手をあてて言うと、今までビル群しかなかった景色が、そんなに大きくない建物と樹木が半々の景色へと様変わりする。


 緑が混ざった街に人間の姿はない。


 ――――……今日は“本当の外”は見たくない。


 これは本物の景色ではない。

 気分転換のための“背景画像”である。映し出されたのは、かつてこの惑星にあった光景だと言われている。


 ――――『リリ』が“偽物の外でもリラックス効果はある”って言ってたしな……。


 準備運動のように大きく両腕を回すと、肩に鈍い痛みが走った。ずいぶん肩凝りが酷い。




「………………まだ時間ではないが……」


 始業時間までまだ15分ほどあったが、おそらく彼を待っている者はずっと前から待機している。


「……ふぅ。おはよう、少し早いが始めようか」


 イスに座る前に彼が机に向かってそう言うと、机の表面から少し上の空中に、次々と電子の画面が現れた。



 ピピッ。


 彼が机の上の画面の確認をしていると、就業時間開始と同時に、窓とは別の壁から『入室の許可を求める音』が鳴る。


「……どうぞ」


 彼の許可が下りると、壁にできた四角い光から一人の白衣を着た青年男性が部屋へ入ってきた。青年は背が高く、黒髪で黒縁の眼鏡を掛けている。見た目は大人っぽいが、実年齢はまだ17才だ。


 この男性は彼の助手であり、所長である彼が一番目を掛けて育てている人材だった。いつも朝に所長室へ来て、一日のスケジュールなどの確認をする。



「おはようございます『所長』」

「ん、おはよう。今朝も登場が早かったね」

「はい。所長の出勤が最近早いので、それに合わせるようになりましたから」

「…………申し訳ない。年寄りは朝が早くてね」

「いえ。こっちは寝坊しなくて済んでます。それに、所長はまだ年寄りじゃないでしょうに……」

「君も『リリ』と同じこと言うなぁ……」

「俺も『リリ』ちゃんの言うことに賛同します。所長だってまだ若いので、自分を“年寄り”とは評価しないでください」

「はいはい……」


 青年は目上である彼にも、ハッキリとものを言う性格であった。


「この【中央都市(セントラルコア)】で研究の大部分の指揮をしているのは所長なんですから、その辺の若者には負けないでもらわないと」


「本当なら私を負かすような若者にも、そろそろ出てきてもらいたいものだが…………そうも言ってられないか」


 トン。


 彼の指がひとつの画面に触れると、それが頭上に大きく表示される。ズラズラと並ぶ文字列が生き物のように点滅や移動を繰り返した。


「あと数年はこれの最終確認か。私の仕事も終盤ということだ」

「はい。『惑星再生計画』は、所長がいなければ進まなかったと言われてますから」

「大袈裟だよ。私は自分の分野以外は詳しくないのだから」



『惑星再生計画』


 彼らの住む惑星(ほし)は、滅びに向かう寸前であり、これが現代の人間に課せられた最後の手段だった。


 彼はその計画の“中核”を担う。


 主に彼が担当していたのは、惑星で使用されている『プログラム』の充実だ。



『プログラム』とは、現代で人間の生活を補助する“人型”の機械である。


 特殊な電子を現実の空間に実体化させ、家事、育児、雑用、教育…………あらゆる分野の『役割り』に変化させて人間を手助けさせるもの。


 数を減らした人類が、人手と知識不足を解消するために創り出した存在で、生活空間、職場問わず『プログラム』を見ない日はないだろう。


『惑星再生計画』でも『プログラム』の要素が使われているのだ。




「コホン。さて、今日の予定は?」


 秘書であり助手である青年が、自身の手のひらの上にモニターを出す。


「えぇと……本日は午前11時から【総合研究所】会議室にて、各部署の報告があります。所長はそのまま、『中央議会』の各大臣と、経済界会長のホログラムでの報告会に参加。軽食を摂ったあと、14時から『育児施設』へ移動して『プログラム』の確認…………ここは『リリ』ちゃんにも任せるとなってますが?」


「『リリ』には『保育士』のプログラムに不具合が無いか、子供たちと遊びながら確認してもらおうと思っている。私はその様子をひたすら観察だ」


 そう言った彼の頭には、今朝の朝食を自慢げに並べる少女の姿が浮かんだ。今頃、どうやって施設の子供たちと遊ぼうか考えているはずだ。



「『リリ』ちゃん、家事もやって所長の助手もしてますよね。通常の『秘書』なんかのプログラムよりもずっと優秀じゃないですか」


 青年は研究室に来た『リリ』を何度も見掛け、彼を完全にサポートする彼女の行動に素直に感心していた。


「『育児施設』とか子供に関わる場所だけ頼んでいるんだ。本来の彼女は『子守り』だから、仕事までは手伝わせるつもりはなかったんだが……私の仕事が終わらないのが許せないらしい」

「え? 『リリ』ちゃんって『子守り』の“プログラム”だったんですか?」


 青年はひどく驚いた様子だ。彼はその態度に内心慌て、ちょっと言い訳をする。


「いや……『子守り』は家主の仕事よりも、体調を優先させるからな。仕事を手伝うのも、私の負担を減らそうとしているみたいだし……」

「俺はてっきり、あの子は『家政婦』だと思ってました。だって、その……失礼ですが、所長という立場と年齢を考えると……」

「ははは…………普通は、とっくに()()()()()だよなぁ……」



 一般的に、家主の生活のサポートをするのは『家政婦』が多い。『子守り』も家事はするが、名前の通り主人が成人する前の子供の世話が主になっていた。


 そのせいか、成人を過ぎても『子守り』が付いていると“精神的に未成熟”だと疑われることがあった。



「普通は、いい年齢(とし)して『子守り』はないんだが、うちの『プログラム』は特別なんだ」

「え、特別? 何が特別なんですか?」


 ちょっと興味深そうに尋ねる青年に、彼はにっこりと微笑みながら自分の口に指を立てる。


「そのうち教えるよ」

「勿体ぶらないでくださいよー」

「ははは……」


 笑いながら、彼は新しい画面を次々と机の上に表示させていく。


 ――――今は“特別”だが、そのうちそれが当たり前になる。“『プログラム』にも人権を”なんて言われているうちは、まだまだ本物じゃない。




 彼は『惑星再生計画』の合間にこっそりと、ある事を企んでいた。それは子供の頃から、彼がずっと考えていたことだ。



 すべての『プログラム』を“人間”にする。

 主従関係ではなく対等に生きるために。


 それが、彼の最終目標だった。






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