表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/38

第一話

 ひとりの中年の男性がそこに立っていた。


 彼は自分の足下がカラカラに乾いた砂の大地だと気付く。


 それは360度、地平線まで砂漠。

 キャラメル色と濃い青色が、はっきりと世界の上下を分けていた。



 ――――そうか、私は失敗したんだ。



 何故か言葉が頭に浮かび、ボロボロと零れた涙が頬を伝うが、着ている白衣を濡らす前に蒸発していく。


 ――――いい歳をして泣く訳には…………


 そう思って袖で拭おうとした時、


「うわぁっ!?」


 彼の身体は一気に砂の地面に埋まった。まるで地中から足を引っ張られたようだ。


「うっ…………」


 脇まで埋まって、そこから這い出ようと藻掻くが、砂は流動的で捕らえどころがない。


「だ、誰かっ……!!」


 ざぶっ! 少しずつ身体が砂に埋まり始めた。


「助けてっ!! たす……ゲホッ!!」


 救いを求めて叫ぶ口の中に砂が入る。



「やだ!! 死にたくないっ!!」


 急に、叫んだ声が妙に高くなった。有り得ない事に自分の身体が小さな子供になっている。


「助けて!! ーーーーーっ!!」


 ザバッ!!


 誰かの名前を呼んだところで、彼は完全に砂に埋まった。





 …………………………

 ………………





「…………………………………………………………………………………………………………」



 真っ白な天井の下、大きなベッドに横たわる中年の男性は、眼をこれでもかと見開いたまま黙って宙を見詰める。


「………………朝……?」


 いつも通りの朝。


 昔からアラームが鳴る三分前に目が覚めてしまう癖があったので、彼は寝坊をするということはほとんどなかった。

 すでに眠気は微塵も無く、二度寝もする気はない。びっしょりと汗をかいた身体は寝疲れで痛みが走り、彼はすぐに起き上がることができなかった。



 ピピピ、ピピピ、ピピピ…………



 しばらくすると、音と共に空中に時計の表示が現れ、彼は寝そべったままそれに触れてアラームを解除する。


「………………よいしょ……」


 彼がベッドからのそのそと立ち上がり寝室を出ると、廊下で何かを移動させて忙しなく走る少女の姿が視界に入った。


 少女の見た目の年齢は十五、六歳。全体的に小柄で、腰までの金髪にリボンを可愛らしく織り込んでいる。


「…………おはよ」

『あ、おはよー! 朝ごはんできてるから、さっさと着替えて顔を洗ってきて!』

「はいはい…………」



 促されて洗面所へ向かうと、正面の鏡に寝起きの男の顔が映った。



 三ヶ月前に切った白髪混じりの黒い髪はボサボサだ。頬はこけていて目の下にはクマがある。しっかり寝たはずなのに全然疲れが取れなかった時の顔だ。


「この頃は毎朝ひどい顔だ……髪も切らないとな。ま、来年40になるならこんなものか…………」


 ひとり鏡の自分に向かって、侮蔑と慰めを口にしてアゴや頬を撫でる。


「なんか……変な夢、見た気がする……」


 洗面器に水を貯めながらため息が出た。




 髭を剃り髪の毛をできる限り整え、寝巻きから出勤用のシャツとスラックスに着替えて、食事を摂るための部屋へ移動する。



 廊下にある焦げ茶のドアを開けると、そこはまるでロッジのような木目を基調にした造りの部屋で、家具も装飾も木と布でできていた。


 正直、家主である彼の雰囲気にはあまり合っていないが、毎日見慣れているので少しも気にはならない。



『はいはい、すぐに準備できるよー!』


 キッチンに繋がっている部屋の端の木のテーブルに、先ほどの少女が料理の乗った皿を並べていた。


 少女は可愛らしいエプロンとスリッパを身に付けている。どうやら、この部屋の趣味は彼女のもののようだ。


「改めて、おはよう……」

『おはよう。さっき思ったけど、そろそろ髪の毛切ってあげようか?』

「うん。次の休みに頼む……」

『了解。はい、じゃあ朝ごはん食べてね!』


 元気の良い声に急かされ席に着く。


 テーブルには焼きたてのパンをはじめ、スープ、サラダ、チキンの香草焼きなどが“一人分”並んでいる。朝からけっこう豪華だ。


「あぁ、今朝はパンか……」

『そーよ。ちゃんと小麦粉とかイースト菌なんかを使って、昨晩から仕込んだのを今朝焼いたの。お昼はそのパンで作るサンドイッチだから楽しみにしててね!』

「そっか。ありがとう…………ふぁ」


 彼は意気揚々と話す少女を、軽く欠伸をして微笑みながら眺めた。少女が自分の作った食事を、誇らしげに紹介するのは毎朝の日課だ。


 だが、今朝は彼はまだ眠そうにしていた。いつもより極端に口数が少ないく、欠伸ばかりがでてしまう。


「ふぁ…………ふぅ……」

『なんかテンション低い。パンよりライスの方が良かった?』

「いやいや、毎日毎食、作ってくれるごはんはどっちでも美味しいよ。ただ、最近はちょっと朝が弱くなってきたかな……昔ほど、シャキッと起きられない」


 彼の発言に少女は眉間にシワを寄せた。


『何を年寄りみたいに……まだ39なのに』

「来年は40だし、もう年寄りだよ。平均寿命も今や45・8才だからな」

『世間ではまだ50才になってたね?』

「……混乱が生じるから、政府としてはまだ事実が言えないらしい」

『ふぅん。あ、わたしも食べよっかな♪』


 少女は棚から自分用の皿を出して並べる。

 皿は空だったが、少女の手から離れてテーブルに置かれた瞬間に、勝手に彼と同じ料理が皿の中に出現した。


 それを微塵も気にもとめず、彼は少女と向かい合って食事を始めた。


「じゃ、いただきます……」

『はい、どうぞ。いただきまーすっ! んー、我ながら美味しそうにできたわ!』


 二人は他愛ない世間話をしながら、朝食をゆっくりと楽しんだ。



 食卓のある部屋の窓の外。朝の柔らかな光に照らされ、可愛らしい花壇やプランターが並ぶ庭が広がっていた。




 …………………………

 ………………




「ん……そろそろ行くよ」


 そう言って彼は壁に掛けてあった白衣に袖を通す。その姿にはベテランの風格がある。


『後で行くけど…………今日こそ帰りは早くね』

「善処する。だから、職場で帰るまで待つなんてやめてくれよ?」

『分かってるわ。善 処 し ま す !』

「ん。じゃ、いってきます『リリ』」

『はい、いってらっしゃい。()()さん』


 彼は自室から来たとは違う扉の前に立った。


「…………『執務室』へ」


 一言、前方に向けて言い放つと、シュッという音を立てて扉は横へスライドした。その中はまるで青い光が壁のようになっていたが、彼は迷うことなくその壁をすり抜ける。



 トン。


 彼が床に足をついた。

 その途端、彼の体に入る空気は一変する。


 ふんわりとパンの良い匂いを漂わせた暖かいものから、目の覚めるような澄んだ涼しさに。


 そこは先ほどとはまるで違う部屋だった。

 磨き抜かれた真っ白な床と壁。置かれている物も無機質でモノトーンのデザインに囲まれている。


 真っ先に目に付くのは正面奥の壁一面の大きな窓。

 薄暗かった部屋は彼の入室を待っていたように、その窓に掛かっていたカーテンを巻き上げていく。



 明るい光が入ってくる窓から見えるのは、恐ろしく青い空と細長い幾つもの建物が並んでいる景色。


 まるで等間隔に生えているヘアブラシのように、ビルの一本一本の見分けはつかない。ビルの隙間に、樹木やその他の植物のようなものは一つも見当たらなかった。



 彼のいる部屋はこの建物の最上階である。ビルの隙間から覗くタイルで舗装された地上では、歩く街の人間が()()のように小さくしか見えなかった。


 ――――まだ、街の中は人間が歩けるだけ良いか。


 街から一歩でも“外”へ出れば、動植物もいない乾ききった砂漠の大地である。


 この世界において、現在の人類の活動領域は“都市”だけになっていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] せひろさんの作品は本当に未来の技術描写が魅力的ですね!でも活動領域は確実に狭まっているようで。砂漠に飲まれていくのはかなりな悪夢です汗 夢だったのかな? この少し疲れた彼が魔王になってしま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ