第十七話
『プログラム不適合』
これは滅多に起きる現象ではなかった。
何らかの要因で『プログラム』内にバグや故障が発生し、本来とは違った行動を行ったことにより『プログラム』の使用主が被害を受けてしまうのを避けるための“プログラム強制終了”の措置だ。
…………………………
………………
「一度“それ”になってしまうと回線がその『プログラム』の型を記憶していてしまい、二度と同じ型のものを通さなくなる。仕組みとしては簡単だから騙して通ることはできるが、これを無理に突破しようとすると大元…………つまり、回線を作った“政府のシステム”へ自動的に伝達され、その『プログラム』の情報が筒抜けになり消去の対象にされる」
自宅のソファーで彼は『リリ』と話し込んでいた。
『……じゃあ、突破可能だとしても下手に回線をこじ開けて入ろうものなら、すぐにあっちのプログラムに取り囲まれてしまうのね?』
「そういうこと。それこそ、回線内は逃げ場がないトンネルと同じ。あっという間に捕まって、システムごと焼き尽くされるのがオチだな。これは【143】にも話してあるから【844】も知っている」
『…………生きていてこそ、チャンスがあるものね。ここで危険を犯してまで、再び行くことはできないか』
「……………………」
先日、『リリ』が会いに行っていたのは、あるひとりの青年だった。その青年は昔、『リリ』の仲間である【844】という『子守り』と一緒に暮らしていた。
しかし、青年と暮らす中で【844】は人と同じ感情を持ち、それを政府のシステムに見つかって弾き出されてしまった。
それ以来、想いあっていても二人は会えずにいる。
「……『リリ』たちは、【844】のために彼と接触を試みたわけだ。それで…………これは“失敗”したと思っていいのかい?」
『私たちとしては、何とも言いようがないの。失敗といえば失敗だし、成功といえば成功だし』
「……………………」
彼は『リリ』が言わんとしていることが解った。
――――つまり、今世では失敗だが、来世では成功したということかな。
新しい世界で『リリ』が『聖女』と呼ばれるように、【143】は『王』と呼ばれるということを知っている。
きっと、その青年は【143】の“補佐”というものになるのだろう。
「みんなはもう、人類が滅んだ先を見据えているわけだ…………」
『全てがそうじゃないよ』
「いいよ。『リリ』たちは確率とそれに基づいた結果を出してるだけだって知ってる。別に責めている訳じゃない。結果を変えるためには、私たちの努力が要ると改めて思っただけさ」
よいしょ……とソファーから立ち上がると、彼は背もたれに掛けてあった白衣を着た。
「じゃあ、仕事に行ってくる。帰ってくるのは、明日の夕方だと思って」
『…………わかった』
「………………」
【中核基地】から戻ったばかりだが、それに伴って彼の仕事は山のようにあった。こうして『リリ』と話す時間も少ししか取れていない。
「なぁ、『リリ』?」
『ん?』
「もう少しで『惑星再生計画』の基盤がちょっとだけ落ち着くから、私も久しぶりに休みをもらって【永久図書館】に顔でも出しに行こうと思ってた。館長にも父の葬儀以来直に顔を合わせてないから、ホログラムじゃなく時間を取ってお会いしたいと思っているんだけど……」
『ほ、本当に? あはっ、それはみんなも喜ぶわね!』
思わぬ彼の言葉に『リリ』はたまらず笑顔になる。
「なるべく早めに調整しよう。じゃ、行ってくるよ」
『うん! いってらっしゃい!』
ブンブンと腕を振って見送る『リリ』を背に、彼は所長室への扉を潜った。
一瞬で家庭的な香りから、冷たく澄んだ空気が鼻に入ってくる。
所長室へ入ると、彼の机の隣りに置かれた小さなテーブルで、クリスが何かの打ち込みをしているのが目に入る。彼にはそれが何か、すぐにわかってしまう。
「おはよう、クリス」
「あ、おはようございます! 所長っ!」
そうとう集中していたのか、クリスは彼が声を掛けると驚いて勢いよく立ち上がった。
「君の出勤は午後からじゃなかったか? それに、それは『人類研究室』の『助手のプログラム』の資料だね?」
「いえ、これは仕事とは別のものでして………………その……正直に言うと、『プログラム』の勉強をしてました。勝手にすみません……」
所長室で使えるシステムは、『総合研究所』の全ての研究室の研究に繋がるようになっている。それぞれの研究室で使っている『プログラム』の仕組みも、所長室から閲覧や調整ができるのだ。
もちろん、所長の助手にしか過ぎないクリスは、閲覧はできても調整や『プログラム』を勝手に操作することは不可能である。
「そうか。いや、勉強になるなら見るのに使っても構わないよ。ただ、何かの『プログラム』を研究して操作したい時は必ず報告するように」
「は、はい。わかりました!」
「うん。じゃあ、今日も始めるか……」
生真面目なクリスは直立で返事をする。その様子は可笑しかったが、真剣さが伝わってくるので敢えて笑わずにいた。
――――そろそろ、クリスにも本格的に『プログラム』の新規作成や開発を任せなきゃいけないだろう。
「あの……所長?」
「……なにかな?」
彼が自分の仕事に取り掛かろうとした時、クリスがそっと声を掛けてきた。
「実は、うちの母が所長に面談を希望していまして…………」
「君のお母さんが……?」
「まだ、先ではあるのですが…………この日……」
クリスはある日付けを指定する。
それはだいぶ先で、当然、所長の彼の仕事もまだ未定であった。
――――確か、ここの元研究員だったか。会長とも知り合いみたいだし、一度どんな人か会うのもありか……。
「まぁ、これだけ先なら、他に世界的なイベントでも入らない限りは大丈夫だが…………わかった。その日、会う予定にしておいてくれ」
「ありがとうございます! 母も喜ぶと思います!」
クリスの母親は内容こそ違えど、元々は『総合研究所』で同じ研究者だった。現役の時は、いくつも抱えていた研究があったほど優秀だったと聞いている。
それに、クリスは彼と同じ『原始人種』である。それについて何かに悩むことがあれば、彼が母親に話を聞くこともできるだろう。
お互いに、何か有益な会話になるかもしれない。
「私も君のお母様に一度くらいは挨拶しないとな。いつも、クリスには大変世話になっているって…………」
「し、所長! お世話になっているのは僕の方ですよ!?」
「あははは……」
――――ふむ…………この日程だと、図書館に行く前に会うことになるか……。
この時はスケジュールを確認しながら、そんなに深刻な考えは浮かんでこなかった。
…………………………
………………
月日が流れ、彼の仕事は少し落ち着いてきた。
『惑星再生計画』は最終段階を迎え、何年か前に行っていた一部地域の地上の浄化機能のテストも成功の報告があがってきた。
これをもっと広範囲に、もっと時間を掛けて行えば、惑星はやがて自然豊かな土地に生まれ変わるだろう。
「あとは『プログラム』を新規に配置する作業を繰り返すだけ。ひとまず、うちの課のやるべき事は山を越えた。みんな、お疲れ様! 乾杯!」
「「「乾杯! お疲れ様でーす!!」」」
この日は、所長を含む『総合研究所』の『プログラム』の開発者たちが集まって、簡単な立食パーティーを行っていた。
人数は100人ほど。研究所全体から見たらごく一部の人間だけだったが、それくらいの人間が交代とはいえ翌日から各々休暇を貰えることに、この場にいる研究員全員が浮き足立っていた。
「いやー、『プログラム』班だけでも無事に終わって良かったよ」
「でもさ、惑星の完全浄化って何百年もかかるんだろ?」
「先が長い話よね。来年から、私達は他の部署も手伝うのかしら?」
素直に今を喜ぶ者。
もう来年の話をする者。
「まぁ、とにかく……しばらく休んだら、また普段の仕事だから。みんなにはこれからも頑張ってもらうよ」
「『惑星再生計画』以外にも仕事はありますからね……」
人間が生活している限り『プログラム』の需要はある。惑星を救うことだけが仕事ではないのだが、何世代に及んだ事柄が少しずつ完了していく様子は喜ばしい。
「あの……所長……」
「ん? あぁ、わかってる。今行くよ」
彼は一通りみんなを労ったあと、クリスに促されて一度会場から出ることになった。
「『リリ』、私は所長室に行ってくるから……」
『わかった』
「みんなが飲み過ぎないように見張っててくれ。ハメを外しすぎないように……って」
『ふふ。じゃ、何かあったら呼んでね』
「あぁ」
会場の見張りを『リリ』に任せ、彼はクリスと共に所長室へと向かった。
………………
「クリスです。失礼します……所長がいらっしゃっいましたよ」
所長室の扉が開き、応接用のソファーにはひとりの女性が座っていた。
女性は彼と視線が合うと、すぐに立ち上がって会釈をする。
「お邪魔しております……」
「いえ、ようこそいらっしゃいました」
挨拶をしながら、彼は女性の姿を確認する。
クリスの母親の見た目は、だいたい三十代半ばだろうか。
息子と同じ金髪で、とても華奢な体型と化粧された美しく整った顔立ち。
どこから見ても上流階級のご婦人で、研究者だった名残りはあまりないと思った。
「所長、いつも息子がお世話になっております」
「すみません、お待たせして……こちらこそ、クリス君には助けてもらっています」
「そんな……恐縮ですわ。でも、うちの子がお役に立っているなら良かった……」
定型通りの保護者と上司の会話を、クリスは横でもじもじしながら見ている。
「す、すみません……僕は、その……会場に戻ります…………」
「そうか? 別にクリスは居ても…………」
「ありがとう、もういいわクリス。お母さん、所長に会えて嬉しい……」
「……はい。ごゆっくり」
クリスは一礼すると、部屋の出入口へと歩き振り向く。
「……では、所長。母のこと、お願いします」
「あぁ。帰りは私がターミナル入り口まで送るから安心してほしい」
「じゃあね、クリス……おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい……」
現在が夜だったこともあり、母子は就寝の挨拶を交わして手を振っていた。
クリスが退室して、一瞬だけ沈黙がながれる。
「あ…………どうぞ、お掛けになってください」
「はい。ありがとうございます……」
母親は座る動作も美しかった。その動きには貴婦人の品格が備わっている。
会長から支援を受けているとは聞いていたが、彼女の格好を見る限り貧しさ故の援助ではないらしい。
彼女は彼の顔をじっと見詰め、ふんわりと笑顔になった。
「所長、本当にご無沙汰しておりました……」
「は……はい……でも、その……」
上品な笑顔に彼は内心戸惑ってしまう。
「聞いていたのは、以前はこちらで働いていたと…………申し訳ないのですが、私はお名前は見たことがあったのですが、貴女のことをあまり憶えていなくて…………」
「当たり前です。私は一研究者にしか過ぎません。こうして所長と面と向かってお話するのは初めてですから……」
「そうですか……」
――――気は悪くしてない……か。
笑顔を崩さない様子に少しほっとしながらも、彼は目の前の女性の言動に何か違和感を覚える。
「本日はお会いしていただき、ありがとうございます」
「いいえ。パーティと重なってしまった時は、正直申し訳ないと思いました。こちらが先に予定していたのに…………」
ぺこりと頭を下げると、くすくすと静かな笑い声が聞こえてきた。
「大丈夫ですよ。予定通り、時間には間に合わせてくださいましたから」
「はぁ……」
彼が再び彼女を見ると、美しい笑顔はそのままで、益々じっと彼を見詰める視線が突き刺さった。
何故か、その視線に彼は居心地が悪くなってくる。
「…………所長」
「は、はい」
「今日ここへ来たのは、どうしても所長にお伝えしたいことがあったからなのです」
「私に?」
「はい」
にっこりと彼女は微笑む。
唇の紅い色がやたらと鮮やかに見えた。
「所長。あなたを、愛しています」




