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第十六話

 休日にしたこの日は、独り用意された自室で一日中ボーッと過ごすことにした。


 彼はベッドに腰掛け、床の一点を意味無く見詰めながら、クリスと話した両親のことを思い出している。



 確かに、一時期は『人型プログラムの権威』と言われた両親だった。


 正確に言うと、母親は彼を身篭った時に引退したので、その名声のほとんどは父親のものである。


 彼が物心ついた時には父親の名は、『プログラム』の開発において【中央都市(セントラルコア)】で知らない者はいない、とまで言われていたほどだ。

 彼と同じく『総合研究所』の所長も務め、周囲から人柄も認められていた。


 しかし、彼が成人を迎える少し前、その父親は突如として失脚したのだ。



 理由として挙げられたのは、政府への反抗的な『プログラム』を意図的に作成した疑いである。


 本来、人間に仕える『プログラム』は生活に必要なこと以外には動かない。しかし、父親が作ったとされる『プログラム』は人間に“危険思想”を植え付けようとしたという。



『教師』を使って、偽物の歴史を教えた。

『インストラクター』を使って、暴力的な行動を助長した。

『子守り』を使って、幼い頃から反政府思想を刷り込んだ…………『プログラム』に関する数々の疑いを掛けられた。


 それらを『下級』や『中級』の人間が暮らす施設へ送り込み、現政治組織への反乱の火種を作ろうとした……と指摘されたのだ。



 父親は寝耳に水だった。

 もちろん反論して無実を訴えたが、情報が1秒で広まる現代では、すぐに悪いイメージを付けられてしまう。しかも、父親をよく思っていなかった人物たちはここぞとばかりに、不利な証言を並べ始める。


 狭い研究畑の世界。あっという間に父親は引きずり落とされ、『プログラム』に関わる仕事から引き離された。



 そして、それは息子である彼の生活にも影響を及ぼすことになった。


 当時、彼は普通の研究員として『総合研究所』にいた。この時、研究所の同僚たちには父親との親子関係や、自分が『原始人種(プライマリー)』であることは公表していなかった。


 それでも彼らの関係を知る上層部から、父親の逮捕を知らされたと同時に、長期の自宅待機を命じられたのだ。


 急に仕事から離され、自宅に閉じ込められた彼は、状況を把握しようと家に帰ってこない父親へ連絡を取ろうとしたが全く繋がらなかった。


 心配してくれる『リリ』にも顔を見せず、彼は何がいけなかったのか? と自分だけでは答えの出ない問いを繰り返す。


 ――――父さんがそんな罪を犯すはずがない。でも疑いが晴れなかったら? 息子の私にできることは……?


 考えても埒が明かない。仕事に出られないならば、せめてスキルを上げようとひたすら『プログラム』の勉強と独自の研究に没頭する日々を送った。



 …………………………

 ………………




 父親の逮捕から半年が経とうとした頃、彼の無実を訴える人物が二人現れた。


 それは【永久図書館(ライブラリィ)】の『館長』と、世界に多大な影響力を持つ『会長』だった。


 二人とも、個人的に父親とは旧知の間柄で、何かの間違いだと訴え、無実の証拠を揃えてくれたのだ。


 世界でも一、二を争う二人の言葉は強力である。


 驚くほど事態はすんなりと進み、彼の父親は無実ということで釈放されることとなった。


 この助け舟に彼は心底感謝した。

 これで父親も自由の身になり、完全ではなくとも元の生活に戻れると思ったのだ。


 ――――もし、父さんが今後は動けなくとも、私が何とかできればいいんだ。


 まだ年若い息子の彼は前向きに、これからの父親との生活を考えた。


 しかし釈放されたはずの父親は、家族のもとには帰ってこなかった。



「父は、帰宅を許されたのでしょう? 何で帰ってこないのですか」

「いえ……我々も施設から出たのは確認できていたのですが…………」


 留置されていた施設の職員に詰め寄るも、その足取りは一向に掴めない。


 大昔の“失踪”なら見つからないこともあろうが、いなくなったのは現代の【中央都市(セントラルコア)】の中である。

 町中の端から端まで、人間のあらゆる行動が記録されるくらい、現代は管理されているのだ。簡単に姿を隠せるものではない。



 どの管理下においても父親の足跡は掴めず、『リリ』をはじめとする図書館側の『プログラム』たちも行方を追えずにいた。


 一体、どこで何をしているのか?

 無実になったはずなのに、なぜ帰ってこないのか?


 父親が見つかったのは数カ月後だった。


 彼の父親は変わり果てた姿で、地上から遥か遠くの『中核基地(マントルベース)』の研究施設内で見付かったのだ



 警察からは“自死”だと言われた。


 警察の調べによると、父親は施設を出てすぐに【中核基地(マントルベース)】へ潜入し、死の間際まで施設内に隠れていたということがわかった。


 しかし、徹底管理されていた【中核基地(マントルベース)】へ誰にも気付かれずに入れたことと、父親が何をしていたのかまではついに分からなかった。



 “前所長の最期は狂死にしたようだ”

 “やはり、何かを隠してたのか?”

 “身内は何か知っているのではないか?”


 憶測ばかりが飛び交い、息子である彼は表に出ることが難しくなっていく。



『ツラいなら、図書館に来る? 館長が、あなたなら歓迎するって言ってたから』


 身動きの取れなかった彼に、【永久図書館(ライブラリィ)】から『リリ』を通して『館長』が声を掛けてきたこともあった。しかしどんなに辛くとも、【中央都市(セントラルコア)】を離れる気には到底なれそうもない。


 ――――父さんは最後に何がしたかった? 息子にも言えないことを本当にやっていたのでは……?


 彼でさえ、父親に対しての疑問が絶えなかった。


 父親が帰ってきたら復職するつもりだったが、こうなっては元の職場に、ましてや研究員として戻ることなどできはしない。



 事件から一年が経ち、彼が八方塞がりになっていた時、父親に関する良くない噂を払拭させ、彼を『総合研究所』へ復帰させたのは『会長』だった。


『会長』はまだ若い彼の後見人となり、配属先の研究室にも多額の援助も申し出たのだ。

 おかげで、研究所は彼を無視することができなくなった。また、休職していた期間に熱心に勉強をしていたため、彼の実力に対する評価はかなり上がった。



 そして数年が過ぎる頃、満場一致で彼を『総合研究所』の所長に据えることが決まったのだ。





 …………………………

 ………………





 いつの間にか、彼はベッドに横になっていた。考え事をしているうちに眠っていたようだ。


 時計を見ると夕方になる時間帯だった。


「ふぁ…………だいぶ寝てたな……」


 普段の疲れが溜まっているせいか、まだ寝足りない気もするし、寝過ぎて余計疲れそうな気もする。

 休むならきちんと睡眠時間を取る方が良さそうだ。


 ポキポキと鳴る腕や背中を伸ばした時、


 ピピピ、ピピピ…………


「ん? どうぞ……」


 入室を求めるアラームに反射的に返事をした。

 シュッと音がして出入り口が開く。そこには白衣を着たクリスが立っていた。


「……失礼します。所長、もしかして寝ていらっしゃいましたか?」

「あぁ、そうらしい。さっき起きたところだよ」

「あ、すみません。お昼に部屋から出てこなかったので、休んでらっしゃるとは思っていたのですが…………その、心配で……」

「あはは。倒れてるとでも思ったのかい?」


 この心配はクリスだけではなく、前の助手の青年や『リリ』からも向けられていたものだ。


「あ、いえ! でも…………それも心配してました……所長、ここへ来てからかなり根を詰めているように思いましたから……」

「大丈夫、いつもの仕事量しかしていないよ。ここに来る前に『リリ』にキツく言われてきたんだから」


 彼は笑って手を振るが、実を言うと研究所にいる時よりも【中核基地(マントルベース)】では集中力が上がっている。いつもと同じ時間でも、仕事量は増え、ストッパー役の『リリ』もいないから歯止めが利かない。


 ――――ほどほどにしとかないと、クリスにまで言われてしまいそうだな……。


「まぁ、気を付けるよ。頑張るのは明日から、今日はしっかり休んでおくつもりだよ」

「はい。そうしてください」


 ――――仕方ない、今日くらいは大人しくしておくか。


中核基地(マントルベース)】にはもう少し滞在するつもりでいる。今夜あたり一度、家で留守番をしている『リリ』に連絡を取ろうと思った。



「あ、そうだ。所長、明日は朝から作業で僕とは会えませんよね?」

「そうだね。なんだい?」

「あの……明後日から『医療薬品』の研究室の使用許可をいただきたいのですが……」

「あぁ、会長から依頼の仕事かい?」

「は……はい。そうです……」


 クリスは時々、会長の指示で研究をすることがあった。元々が会長の息の掛かった医療関係の施設で働いていた経緯もあり、商業用の『医療プログラム』を作成し、さらに新薬の勉強も兼ねているらしい。


「良かったら私も手伝おうか? 『プログラム』作成で分からないことがあれば教えるけど」

「ありがとうございます。でも、これは僕個人の作業でもありますし、本来の業務を削ってしまっていますので…………これ以上、お手を煩わせてしまう訳にはいきません。所長はご自身の作業を進めてください」


 申し訳なさそうな顔のクリスに思わず苦笑する。

 彼は目の前に出現させたモニターを少しいじって、指でクリスの方へ弾いた。画面はクリスの前でキラキラと四散する。


「準備もあるだろうし、一応今日から使えるよ。気をつけて作業しておいで」

「はい! では、失礼します!」


 クリスは元気よく頭を下げて退出した。

 だいぶ研究所の研究員らしくなってきたが、まだ年若いせいか学生のような雰囲気が拭えない。

 そういえば、前の助手の青年も最初の二年くらいはそんな感じだった。


 ――――これがもう一年くらいすると、世話する苦労人の顔になるんだろうなぁ。私の世話が大変だと愚痴も出てきたり……。


 そのうち『リリ』とも結託するのかと思うと可笑しくなった。




 …………………………

 ………………




 彼が【中核基地(マントルベース)】から自宅へ帰ったのは半年後のことだった。


 珍しく陽の落ちる前だったが、だいぶ家を留守にしてしまった罪悪感と疲れが溜まっていたせいで、研究所の所長室からすぐに自宅の玄関へと移動する。


「ただいま……………………あれ?」


 いつもなら家に入った途端、バタバタと『リリ』が出迎えてくれるのだが、家の中はしぃんと静まり返り夕方の影が落ちる。


「『リリ』? なんだ、いないのか」


 薄暗い部屋は、彼が入ったと同時に明かりが灯った。


「………………」


 部屋は明るくなったのに、何か胸にザワつくような不安がのしかかった。


『リリ』が家を留守にするのは、『育児機関』など他の施設に出掛けている時だ。彼が帰宅した時に、独りで家にいるのもそんなに珍しいことではない。


「『リリ』? 『リリ』……」


 半年も家を空けていた。その間、『リリ』には定期的に連絡をしていたから、特に何も変化がないのは知っている。

 それに、彼が今日帰ってくることは事前に報せていたのだ。


『リリ』は彼のための『プログラム』だ。彼の帰宅する時間にわざわざ用事を作ることはしない。


 その『リリ』がいないことが妙に気になった。


「……………………」


 バタン! 彼は無言で隣りの部屋のドアを開ける。この家は両親がレトロ好きだったせいもあって、大昔のドアノブが付いた扉が多い。


 居間、寝室、浴室、台所、書斎…………ひとつひとつ部屋を確かめずにはいられなかった。



「やっぱり……いない、よな?」


 ――――何で私は不安になっている? そのうち帰ってくる……はずだ。


 そう思いながら居間へ入り、ソファーに深く腰掛けた。『リリ』はやることがない時はいつも、このソファーに座って人間のようにうたた寝をしていることがある。



「ふぅ…………」


 軽くため息をついて俯いた時だった。


 ポスン、と隣りでソファーが沈む感覚があった。


『……あ、おかえりなさい。ん? ただいまかな?』

「『リリ』っ!?」


 急に現れた『リリ』はきょとんとした表情で、驚く彼の顔を見あげている。だが、すぐに笑顔になって彼の頭をポンポンと撫でた。


『ごめんね、せっかく帰ってきたのに留守にしてて。ちょっと急に呼ばれたものだから……』

「呼ばれたって、どこ行ってたの? 図書館?」

『ううん。ちょっと惑星(ほし)の裏側へ』

「え?」


 今度は彼がきょとんと『リリ』を見下ろす。


『私、“不適合”って言われたの初めて。現代人(いまのひと)って、人間の心を持ったら()()()になるのね? アハハハハっ!』


『リリ』はソファーに仰け反って声をあげ、その笑い声はどこか乾いていた。



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